2021.10.20

接点別にみたマンガ活用プロモーション(聖地巡礼編) | マンガ・キャラクター 活用の極意と最新事情<第18回>

緊急事態宣言がようやく解除され、新型コロナウイルス感染者も激減しました。しかしF1日本GPが中止になるなど大規模イベント開催のハードルは未だに高く、大勢が集まる学会などの会合も難しいのが現状です。個々人が引き続き気を付けることはもちろんですが、以前の生活に完全に戻るべきか? 代替案として浸透してきたオンラインのメリットとデメリットは? 真の働き方改革とは何か? などを考えるべき時期に差し掛かっていると思われます。

先月はマンガを使ったプロモーションの事例と展開上のポイントのうち、2.5次元舞台について以下の内容をまとめました。

  • キャラになりきる若手俳優とファンとの共創で成立する2.5次元舞台
  • 2.5次元舞台の主な客層はマンガ原作のコアファン
  • 2.5次元舞台をキャラクターの接点として使う際に留意すべきこと
  • 講談社の最近の2.5次元舞台事例

今回は、主要接点別のマンガを使ったプロモーションの事例と展開上のポイントのうち、コアファンに定着した感のある「聖地巡礼」の活用について解説します。

ファン同士と地域住民の交流によって成立する聖地巡礼

聖地巡礼とは、「コンテンツツーリズム」とも呼ばれる観光行動の一種です。本来の意味である、宗教上神聖とみなされる場所を信者が訪れる古来よりの行動、日本においては伊勢神宮に参拝するお伊勢参りや弘法大師ゆかりの寺を訪ねる四国八十八箇所巡りなどと区別するため、「アニメ聖地巡礼」と呼ばれることもあります。2016年には「君の名は。」の大ヒットで、「聖地巡礼」がユーキャン新語・流行語大賞のトップ10に選定されました。

2021年に刊行された『コンテンツツーリズム』を著した東京外国語大学のフィリップ・シートン教授と北海道大学の山村高淑教授によると、コンテンツツーリズムは『物語、キャラクター、ロケ地など、ポピュラーカルチャー作品を構成する創造的要素によって、全体的あるいは部分的に動機付けられた旅行行動。なお、ここでいうポピュラーカルチャー作品とは、映画、テレビドラマ、マンガ、アニメ、小説、ゲームなどを含む(Seaton et al.2017)』、『コンテンツによって動機付けられた、一連のダイナミックなツーリズム実践・経験。コンテンツツーリストは、〈コンテンツ化〉を通して絶えず拡張する〈物語世界〉にアクセスし、それを身体化しようと試みる。(山村、2020)』と定義されています。

以前から映画や小説のロケ地巡りはありましたが、アニメ作品に限定すると「美少女戦士セーラームーン」(1992)の麻布十番界隈や「天地無用!」(1992)の岡山県浅口市から、「らき☆すた」(2007)の埼玉県鷲宮町(現・久喜市)、「ガールズ&パンツァー」(2012)の茨城県大洗町など、作品舞台となった地域を訪問するコアファンと地域住民の交流および経済効果によって一躍注目を浴びるようになりました。これらの現象を紐解く形で、この10年間でアニメ聖地巡礼をテーマにした論文も多数見受けられます。

関東学院大学の岩崎達也教授は、2019年8月に日本全国の男女15-49歳2,152名のうちアニメ聖地巡礼経験者208名を対象に調査を実施し、因子分析を用いて聖地巡礼に関する4つの行動動機を抽出しました。2021年に刊行された『地域は物語で10倍人が集まる』から、以下に引用します。

  1. 自己承認欲求 (他人から認められたい、他人をリードしたい、自分ができるということを他人に示したい etc.)
  2. 地域探索・解放欲求 (その土地の特別な雰囲気を感じたい、アニメ聖地を自由に行動したい、思い出を作りたい、日々の生活を忘れたいetc.)
  3. 同行者との楽しみ共有 (同行者とアニメの世界を楽しみたい、同行者と一緒に何かをしたい etc.)
  4. 地域の人とのつながり欲求 (現地の人々の暮らしぶりにふれたい、地元の人たちと交流したい etc.)

ちなみに岩崎教授の調査によると、1回の巡礼は平均1.7日で平均支出は3.4万円。巡礼で必ず行うことは、グッズ購入と周辺観光が約50%、他の巡礼者との交流が約20%です。

聖地巡礼を行う層はマンガやキャラクターのコアファン

ここで、2020年9月に日本全国の男女3-74歳2,000名を対象に実施した「キャラクター定量調査2020」結果から、アニメなどの聖地巡礼に関連する訪問経験を紹介します。(図表1)。

図表1.性・年齢別:聖地巡礼に関連する訪問経験
Q.  以下にあげる中で、あなたご自身の行動に当てはまるものがございますか?

「アニメやマンガ、特撮の舞台になった場所や地域に行ったことがある(聖地巡礼)」人は、男女3-74歳全体の11.4%です。特に多いのはM1(男20-34歳)と男子ティーン、次いでM2(男35-49歳)とF1(女20-34歳)です。

また、こちらも聖地巡礼に該当する行動と言える「アニメやマンガ、特撮のキャラクターを使った観光施設やモニュメントがあるスポットに行ったことがある」人は、男女3-74歳全体の14.4%です。特に多いのは男子ティーンと男女20-34歳ですが、キッズから40代までの幅広い層に見られる行動です。
キャラクターのコアファンおよびマンガのコアファン(それぞれ「キャラクターが好きなほうである」「マンガが好きなほうである」の質問に、「かなり当てはまる」と回答:男女3-74歳全体に占めるシェアはともに約15%)では、聖地巡礼に関連する訪問経験が3割以上に達し、ライトファン(同質問に「まあ当てはまる」と回答)以下の層を大きく引き離しています。
これらの結果から、聖地巡礼はキャラクターやマンガにかなりの思い入れやこだわりを持つ層にとって、作品への愛着を起点とした思い出作り、ファン同士や地域住民とのつながりを求めての行動であることがわかります。

聖地巡礼をキャラクターとの接点として考える際に留意すべきこと

作品や作者との結びつきが強い地域を選定する

聖地が持つ意味合いの違いで分類すると、マンガやアニメ、小説など原作の舞台として描かれた実在する地域と、ドラマや映画のロケ地として便宜上使われる場所に分かれます。
一般的にコアファンへの訴求力が強くて地域誘客を促し、中長期的な地域ブランドイメージ強化というメリットを打ち出しやすいのは前者ですが、どうしても舞台となる地域が限られますし、すでに人気の地域では自治体や観光協会の協力が難しいこともあります。
そのため最近は映画でもドラマでもアニメでも、地域振興手段として撮影しやすいロケ地と協力的なボランティアスタッフを用意した自治体フィルムコミッションの積極的な誘致活動に、製作側が乗る場合が増えています。ロケ地使用を重ねることで、様々なドラマや映画のロケ地が多数存在する地としての地域ブランド価値が高まった、北九州市のようなケースもあります。

ファンや地域社会と真摯に向き合い、中長期的な協働関係を築く

誰が主体になって聖地巡礼を促進しているかで分類すると、作者や製作者が明記せずともファンが自発的に聖地を突き止めてネットなどに公開するファン主導型と、集客や地域振興を図るため企業や自治体が積極的に関与して作品や作者ゆかりの地とコラボするタイアップ型に分かれます。
最近は聖地巡礼の話題性や経済効果創出を期待しての後者による働きかけが目立ちますが、ファンや地域住民の気持ちを蔑ろにしたまま一方通行的に施策を羅列しても「笛吹けど踊らず」「アニメ放送終了に伴い自然消滅」といった残念なケースが見受けられます。
前述の山村教授は2011年に、コンテンツ製作者、ファン、地域社会の3者の双方向的かつ良好な関係性構築がコンテンツツーリズム開発の要点の1つと指摘しており、これは今でも当てはまることです。中長期的な取り組みにより地域に根付いて成果が出てくることもあるので、近視眼的反応は控えるべきでしょう。

ファン目線で寄り添える「おもてなし」の場やイベントを用意する

地元の有志および自治体が、ファンの熱量をしっかり受け入れられる場所や体制を整えることが重要です。そのためには、まずファン同士や地域住民との自然な交流を促すサードプレイスとして機能する観光案内所、休憩所、食堂、カフェ、居酒屋などを整備します。顔出しパネルや登場キャラの衣装やアイテムによる撮影スポットはもちろん、作品や作家に関する地元ならではの資料や語り部、限定グッズも用意すべきでしょう。
遠方のファンが訪問する理由付けとなるイベントを企画し、定期的に開催することも、ファンの維持と観光収益を増やす両面で望まれます。こちらについては、季節の風物詩となる既存のお祭りに併せて開催するなどの工夫によって、地域住民との相互理解が進み、交流が活性化するものと思われます。

SNSや動画配信で、ファンへの発信・共有を図る

これまで紹介してきた他の接点と同様、距離・時間・資金面などの点で、聖地に行けないファンに現地の熱気を伝えるため、日常的なSNS発信や、イベント時の動画配信をすべきでしょう。
予算や人員の不足で製作者や自治体の対応が難しい場合も、コアファンによる撮影や動画配信を積極支援することで、自然な形で作品自体と地域の魅力が伝わっていきます。イベントに人気タレントや声優を招聘した場合、事務所との取り決めで撮影や動画配信が困難なときでも、撮影タイムを設けるなどの施策によって、拡散力が格段に高まります。

講談社作品に関連する聖地巡礼事例

最後に、講談社の人気マンガキャラクターに関連する聖地巡礼事例を紹介します。

「進撃の巨人 in HITA ミュージアム」(大分県日田市)

作者である諫山創先生の出身地・大分県日田市「道の駅水辺郷おおやま」施設内に、2021年3月27日に開館しました。地元有志が集まりクラウドファンディングで資金を募った銅像プロジェクトで、JR日田駅前広場にはリヴァイ兵長、大山ダムの前にはエレン、ミカサ、アルミンの3人の銅像が立ち、人気スポットとなっています。

>進撃の日田スポット

「ちはやふる」(東京都府中市、福井県あわら市、滋賀県大津市)

主人公・綾瀬千早と幼馴染の真島太一がかるたと出会った片町文化センターのある府中市では、市の協賛で「ちはやふるフェスティバルin府中」の開催、主要キャラのデザインマンホール設置&マンホールカード配布、ステッカーラリーなど様々な施策が実施されています。
またメインキャラの1人、綿谷新が住む福井県あわら市は、小中学校でかるた教育が盛んです(担当編集者の出身地でもあります)。新が千早と再会した桜並木が「あらた坂」と命名されて、2019年3月31日に記念碑が建てられました。

JR芦原温泉駅

JR芦原温泉駅(筆者撮影)

競技かるた日本一を競う「競技かるた名人位・クイーン位決定戦」の舞台である滋賀県大津市の近江神宮では「ちはやふるおみくじ」が人気で、京阪電車による「ちはやふるラッピング電車」も運行されています。

>ちはやふる in 府中
>ちはやふるweek in あわら

「東京タラレバ娘」(東京都)

ドラマのロケ地となった、主人公である鎌田倫子のアパート、勤務先、レストランなどが多くのサイトで紹介されています。他にも「逃げるは恥だが役に立つ」「コウノドリ」などドラマ化された人気作品では、ファン主導によるロケ地関連情報の発信が共通して盛んです。

>東京タラレバ娘ロケ地ガイド
>【東京タラレバ娘】撮影ロケ地・おすすめベスト9!

「ブルーピリオド」(東京都・上野エリア)

原作マンガは2017年から月刊アフタヌーンで連載中。単行本が現在11巻まで刊行され、2021年10月にTVアニメが始まりました。主人公の矢口八虎が入学した東京藝術大学と2017年6月に「連携・協力に関する包括協定」を締結していた京成電鉄が、上野エリアの魅力向上や文化・観光の振興に向けた取り組みの1つとして、2021年12月までの期間限定で、京成上野駅の装飾と限定デザイン記念乗車券の発売を始めました。

京成上野駅

京成上野駅(筆者撮影)

>ブルーピリオド×京成電鉄 コラボ

他にも「東京リベンジャーズ」で、原作マンガおよびTVアニメで描かれた渋谷などの地域や映画ロケ地が、自然発生的に聖地としてファンにより発見・紹介されています。

今回は以上です。
コロナ禍で観光業界も大きな打撃を受けていますが、緊急事態宣言が解除されたこの10月から、各地の観光地も賑わいを取り戻しつつあります。その際に背中を一押しするきっかけとして、聖地巡礼したくなるようなキャンペーン施策やSNS発信が有効かと思われます。
なお、C-stationにはキャラクターコラボ事例が多数紹介されていますので、是非ご覧ください。

次回は、マンガキャラクターを使ったプロモーションとして、アニメやマンガ、キャラクター関連の美術展・展示会や常設ミュージアムの活用事例について語る予定です。どうぞお楽しみに。

<バックナンバー>
第1回:調査データにみる日本人とマンガ・キャラクターの関係
第2回:データでわかった、キャラクターが提供する体験と効果の実像
第3回:キャラクターが誰に、どのように効くのか可視化する
第4回:Twitterの書き込みからマンガの情報拡散を分析する
第5回:Googleトレンドから見えた、マンガ・キャラクターの人気傾向とクラスタリング
第6回:最新調査で探る各種マンガコンテンツの「広がり」と「熱さ」
第7回:DX(デジタルトランスフォーメーション)が進むキャラクターとユーザーとの接点
第8回:ユーザーへの提供体験は、キャラクターによってどう異なるか
第9回:どんな体験提供がキャラクターの魅力を高めるのか
第10回:(続)どんな体験提供がキャラクターの魅力を高めるのか
第11回:マンガを使ったプロモーションに際して考えるべきこと(ターゲット編)
第12回:《番外編》「進撃の巨人」が読者に提供した体験とSNSでの反応
第13回:マンガを使ったプロモーションに際して考えるべきこと (コア体験の強化編)
第14回:マンガを使ったプロモーションに際して考えるべきこと (クリエイティブ事例編)
第15回:接点別にみたマンガ活用プロモーション(コンビニ編)
第16回:接点別にみたマンガ活用プロモーション(コラボカフェ編)
第17回:接点別にみたマンガ活用プロモーション(2.5次元舞台編)

筆者プロフィール
野澤 智行(のざわ ともゆき)

栃木県宇都宮市出身。1987年千葉大学文学部卒業、(株)ビデオリサーチ入社。98年旭通信社(現ADKグループ)入社、研究開発部門、マーケティング部門で広告効果やブランディングの研究、企業のマーケティング・プロモーション支援を、キャラクター総研リーダーとしてアニメコンテンツの戦略支援、キャラクターに関する開発・活用提案を行う。2013年に日本百貨店協会主催「ご当地キャラ総選挙」実行委員として、企画立案およびキャンペーン・イベント総指揮を担当。デジタルハリウッド大学院で客員教授を、駒澤大学や福井工業大学で講師を務め、法政大学経営大学院でMBAを取得して、キャラクターやアニメコンテンツに関する企画提案・分析業務で活動中。

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