2020.03.30

J:COM/活路は"検索"にあった!|夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」(第8回)

J:COMの加入者が増加しているという。理由は2019年12月に"無限のコンテンツを自在に、シームレスにつなぐ"という触れ込みで登場した新しいセットトップボックス(テレビと接続する専門チューナー)「J:COM LINK」が好評だからだ。その変化を追うと、コンテンツ業界を勝ち抜く知恵が見えてきた。

コンテンツ業界の「なし崩し的融合」

「通信と放送の融合」という懐かしいフレーズをご記憶だろうか。2005年のライブドアによるフジテレビ買収騒動の時に堀江貴文氏が大義名分として口にし、世間に知られた言葉だ。

この流れ、実は90年代には始まっていた。当時、全国各地にケーブルテレビが発足し、BS・CS放送も普及。これらは旧来のテレビの電波に頼らない通信手段だったため「ニューメディア」などと呼ばれた。2000年代に入るとADSLが普及してネットで動画を見る人が増え、05年にはNTTが光回線経由の「ひかりTV」の提供を開始。この時、NTTと総務省が幾度も「これは放送法で管理すべきものなのか、通信なのか」と協議を重ねたことが記録に残っている。

次の曲がり角は2012年~14年頃だった。4GLTEが普及し、スマートフォンで動画を見る人が爆発的に増え、これはこれで懐かしい「動画元年」というフレーズが生まれた。このあと結局、通信と放送はなし崩し的に融合していった。「YouTube」は一般人が投稿する動画や芸能人のオリジナルチャンネルを扱い、英国発のスポーツチャンネル「DAZN」は日本を含む世界中のスポーツコンテンツを買収しまくり、「NETFLIX」や「Amazonプライム・ビデオ」はドラマや映画に強い。

そんななか業界の"古豪"とも言える「ケーブルテレビ」が復活ののろしをあげた。その戦略の鍵は「検索」だった。

歴史が可能にした"全動画検索"

何を今更、と思われるかもしれないが、Googleの覇権は「正確な検索」によってもたらされた。Google以前の検索エンジンは単純に文字列を検索し、引っかかれば検索結果に出てくる仕様だった。しかしGoogleは"他の有用なWebページからの参照数が多いページのランキングを高くする"など、ユーザーが「これを見たかった!」と感じるページを上位に表示されるようアルゴリズムを作り替えた。

J:COMが「検索」に眼を付けたきっかけは、2018年に新型のセットトップボックス(以下、STB)「J:COM LINK」を開発した時のことだった。株式会社ジュピターテレコム 商品企画本部 次世代プラットフォーム戦略部長・関屋慎一さんが話す。

株式会社ジュピターテレコム 商品企画本部 次世代プラットフォーム戦略部長・関屋慎一さん

「例えば4K放送を開始する時など、当社は定期的に新たなSTBを開発しています。そんななか、2016年に開発を始めたSTB(J:COM LINK)では、マルチな動画プラットフォームを目指し、『Android TV』(Googleが提供しているAndroidを搭載したスマートテレビのプラットフォーム)を採用しました」

これが新型STB「J:COM LINK(XA401)」

このSTBにはGoogle Playミュージック、ゲーム、ムービー&TV、「YouTube」などGoogleのアプリケーションのほか、「NETFLIX」「DAZN」「TVer」、さらには「AbemaTV」、「J SPORTS オンデマンド」、などがプリインストールされている。さらに、Google Playで提供されている「Android TV」向けアプリをユーザーが追加することも可能。「Amazonプライム・ビデオ」のほか、ライバルであるNTTの「dTV」も見られる。こうなるともう、放送も通信もない。"動画なら何でも見られますよ"という状態だ。

この時、彼らは考えた。
「検索機能を強化しよう、と思いました。『Android TV』で見られる動画だけでなく、当社の場合は、これに地上波、BS・CSも加えて検索ができるのです」

それは"全動画のメタ検索"とでも言うべき機能で、J:COMにとってはまさに、自社の強みを活かす戦略でもあった。筆者の目の前にテレビとリモコンが用意されていた。そこで試しに、筆者が好んでやまない方のコンテンツを検索すべく、リモコンに「橋本マナミ」と話しかけると......。

なんと、彼女が出演している映画やCSだけでなく、テレビ埼玉(略称「テレ玉」。UHFの局)の番組からYouTubeまで出てくるではないか! これはアツイ。
次に関屋さんが、「ではこの場合......」とリモコンに「戸田恵梨香」と話しかけた。

関屋さんは細身の女性がタイプなのだろうか、いずれにせよ目の前の画面には、それがYouTubeなのか、CS・BSなのか、地上波なのかが整理された上で、画面いっぱい、戸田恵梨香さんの情報が並びに並んだ。
「例えばここに『ネコメンタリー』と出てきましたね......。『朗読』とあるので、彼女は声で出演しているようです。これ、彼女のファンでもなかなか知らない情報かも知れませんね」

そして、ちょっと得意げに話を継ぐ。
「長く『通信と放送の融合』と言われてきましたが、検索はまだ融合されていなかったのです」

貴社のよき競争相手である「dTV」も含めてですね?
「そうです。そして"検索ができる"ということは、ポータルサイトのようにすべての入口になれる、ということでもあるのです」

情報が乱立する現在、プラットフォームの覇権は、優れた「検索」機能を持った企業が握る。J:COMは自社の強みを活かし、まさにこの急所を掴んだのだ。

動画の空白地帯「シニア層」をつかめ

さらに、彼らの目論見はこれにとどまらない。今までシニア世代は「通信と放送の融合」に取り残され気味だった。「TikTok」「C CHANNEL」のような若年層向けの"動画サービス"だけでなく、「NETFLIX」「DAZN」「AbemaTV」のような"番組""映画"と呼ばれるものも、20代、30代、40代と年齢を重ねるごとに利用者が減っていく。シニアはお金も持っているし時間もある。なのになぜ、リッチなコンテンツを利用しないのか?

それは単純に「新しいデバイス、新しいユーザーインターフェース(以下、UI)について行きにくいから」。例えば、スマホやタブレットはテレビに比べ画面が小さい。余談だが、筆者は経営者の取材が多いため、名刺の住所やメールアドレスを大きな文字で記載している。すると、様々な経営幹部に「この名刺、わかってる」と誉められる。筆者が好んでやまない菊川怜さんのCMでブレイクした「ハズキルーペ」だって大ヒットした。

この状態じゃ見にくいですよね。

さらにはUIだって慣れが必要だ。筆者の友人のサッカーファンは、まだ40代だというのに「DAZN」で目的の試合にたどり着けず困っていた。ようするに、ここには巨大な「空白地帯」があったのだ。

「そこで我々は、海外の放送サービスも含めて直感的に使えるUIを研究し尽くしました。何か困ったときはリモコンの<スタート>ボタンを押していただけば、トップ画面に戻ります。さらには番組表です。ほら、まったくストレスなく動くでしょ?」

困ったときは<スタート>ボタンを押せば、トップに戻ってやる直せるという、
シンプルな操作性もシニアのハートを掴んだ理由のひとつ

今までは、例えば14時、15時、16時......と時間を進めるボタンを押しっぱなしにすると、データの読み込み速度が追いつかず、数日分移動させると、ボタンを話したあと何秒か(時には十数秒?)待ってから、番組の内容が表示された。しかし『J:COM LINK』はめちゃサクサク動く。もちろん「NETFLIX」「DAZN」の契約等も、スマホでなくテレビでできる。※NETFLIX、DAZNは有料サービス。

「しかも、設定からサポートまですべて、我々にお任せいただけます。これにより、年齢層が高めのお客様に"『NETFLIX』や『DAZN』、そして『TVer』などもスマホではなく、テレビで見られますよ"とご案内できるようになりました。もちろん今までもテレビで見られたのですが、やはりスマホやタブレットで使うようにできていて、ちょっと慣れていないと扱いが難しかったのです」

実を言うと、根付いた習慣を変えるのは非常に大変だ。「AbemaTV」を立ち上げたサイバーエージェントの藤田晋社長も、筆者の取材に「家に帰ってテレビのリモコンでスイッチをつける習慣を持っているシニア層は、なかなか、パソコンを立ち上げ『AbemaTV』を開くように変わってくれません。だから『AbemaTV』では若者向けの番組が多いのです」と話していた。そんななかJ:COMは逆に「AbemaTV」をテレビの大画面でサクッとどうぞ、という戦略をとったのだ。

最後、戸田恵梨香ファンと思われる関屋さんに「これによって通信と放送の融合は進むんでしょうか?」と聞いた。

「現状、設置に伴うサポートサービスもあわせて提供することで、J:COM LINKの普及数は想定より3割以上多く、既存ユーザーの買い換え、J:COM自体の新規契約ともに増えています。もしかしたら仰る通り、通信と放送の融合は、検索によって実現するのかもしれませんね。

 さらに言えば、当社は家族団らんも復権させることができるかもしれません。スマホで動画を見る文化が普及してから"シニアはリビングのテレビ/若年層はスマホの動画"という住み分けが生まれていました。しかし今後は、家族皆でリビングのテレビを使い、スマホの動画を楽しんでいただくようになるかもしれません」

●夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」
 第1回:ロート製薬/『DEOCO』を生んだ"苦節5年"
 第2回:ツインバード工業/「世界一」を求めた"熱狂マーケティング
 第3回:ライザップ/牛サラダとスイーツでダイエットを支援?
 第4回:桃屋/味へのこだわり『桃屋のいつもいきいき』
 第5回:相模屋食料/『ザクとうふ』社長の今』
 第6回:ワークマン/快進撃のきっかけは『お試し』と『SNS』!
 第7回:PayPay/ソフトバンクグループの"還元秘話"!

取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。

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