2019.10.02

ツインバード工業 コーヒーメーカー『CM-D457B』/「世界一」を求めた"熱狂マーケティング"|夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」(第2回)

今回訪れたのは、新潟県燕市に本社があるツインバード工業。「世界一おいしいコーヒーメーカーをつくります!」と宣言し、告知も兼ねてクラウドファウンディングで先行予約を受け付けるなどちょっと変わった企画を行うと商品は大ヒット。現場で何が起きていたのか。同社の東京支社を訪ねてみた。

「違いがわかる男」というインスタントコーヒーのキャッチコピーをご存じのあなた! 昭和って楽しい時代でしたよね!

今回、筆者が訪れたのは「ツインバード工業」。この会社の、なんと3万5000円くらいするコーヒーメーカーがよく売れているということで、マーケティングや広報戦略を聞きに来たのだが......。

その前に、本当においしいかテストさせていただく!

下の4つのコップにはそれぞれ、インスタントコーヒー、缶コーヒー、昔のツインバード製コーヒーメーカーで淹れたものと『CM-D457B』で淹れたものが入っている。このメンバーで「ききコーヒー」を行う!

当然、忖度は禁止。味の違い、わかるのだろうか......。

「世界一を目指そう」「やりまっかー!」

さて、飲み比べの結果は後回しにして、マーケティングのお話を少々。まず、売れ具合はこんな感じ。

「コーヒーメーカーは国内で年間約250万台売れると言われています。そんななか、当社のこのコーヒーメーカーは約1万5000台、シェアの約0.6%ですね」

話を聞かせてくれたツインバード工業のプロダクトディレクション部・岡田剛氏。写真ではハンドパワーでコーヒーを淹れているように見えるがそうじゃない。


ちなみにコーヒーメーカーの相場は1万数千円程度。ツインバード製品は倍以上の価格だ。これでシェア0.6%はすごい。

開発が始まったのは2016年だったとか。その経緯が面白い。

「社長と中国へ出張に行く時、空港のラウンジでコーヒー飲んでいたら、社長が『世界一おいしいコーヒーメーカーをつくろうよ』と言いだしたんです。私も『やりまっかー!』と答えました」

ノリ、軽っ! と思うが、そうでもない。

「モノが足りない時代と足りている時代ではマーケティングのアプローチが真逆になります。モノが足りなければ、平均的な性能でみんなが使いやすい商品をお手頃な価格でつくれば商品は売れます。しかしモノが足りている場合、特徴がない商品をつくっても売れません」

一部の人にとってはメチャメチャほしい、これでなきゃいけない、そんな"指名買い"をしてもらえる商品をつくるべきなのだ。岡田氏と社長は、お互いがこれを了解しあっていたから『世界一を目指そうぜ!』『おっしゃ!』という会話が成り立った、というわけだ。

商品開発も『好きなことをして生きていく』時代

岡田氏は「じゃあ世界一うまいコーヒーってなんだ?」と文献を読みあさった。すると、書籍に何度も同じ名前が出てくると気づいた。田口護さん――東京・南千住の『カフェ・バッハ』店主で、沖縄サミットの時に日本政府に頼まれ各国首脳にコーヒーを振る舞った人物だ。ブルーボトルコーヒーの創業者も田口さんのコーヒーが好きらしい。ようするに、コーヒー界のレジェンドだった。

岡田氏は"この人が淹れるコーヒーを完全再現できれば『世界一うまい』と名乗ってよいのではないか?"と考えた。ただし......田口さんからは商売っ気も感じられない。きっと大手メーカーからも監修を頼まれたことはあるはずだが、今まで商品はない。断っているんだろうか――?

岡田氏は田口さんの考え方を勉強し尽くしてからカフェ・バッハを訪ねた。話を切り出すと、やはり田口さんは大手メーカーから声をかけられ、実現しなかったことがあったという。その瞬間、岡田氏はこう読んで「ガチります」と話した。

「きっとほかのメーカーも、田口さんのコーヒーのたて方(注:田口さんはコーヒーを"たてる"という)を再現しようしたんです。でも価格が高くなりすぎるとか、技術的に難しいといった理由で商品にできなかった。田口さんくらいになると、もうお金なんかじゃ動かないから、納得いかない商品だったら監修する必要はなく、話は消えてしまった......と、そんな経緯だったと思ったんです」

Youtubeの『好きなことをして生きていく』というCM、ご記憶ですか? 平成もいい時代でしたよね。そう、コンテンツ産業も、昭和は「みんなのためのモノをつくる」時代だったが、平成からはYoutubeのような「一部の人が熱狂するするモノ」の時代になった。しつこいようだが家電も同じで、値段がそこそこ安く、性能もそこそこいい商品を出せば売れるような気もするが、それだと誰にとっても優先順位が2~3番目になって逆に売れない。そこで岡田氏は高くても胸を張って「世界で一番うまい」と言えるものをつくろうとしていた。だから岡田氏は「ガチれる」のだ。ちなみに田口さんは「この会社も途中で投げ出しはしないだろうか?」と思いつつ監修を引き受けたらしい。しかし岡田氏は必死で彼にくらいついた。

まず、ミルを見てほしい。

たいてい、羽根がガーッと回転してコーヒー豆を粉砕するわけですが、このミルは石臼の原理で豆を挽くから、粒の大きさが一定になる。手裏剣っぽい形も技術者の研究の結果。

「田口先生には"コーヒーの粒の大きさは一定でなければいけない"というこだわりがありました。そこで、新潟・燕三条地域の金属加工の技術も活かしながらこのミルを開発したんです」

ドリッパーについている謎の線にも意味があるという。

「これはドリッパーとペーパーフィルターの密着を防ぐための突起です。突起の高さによってお湯が落ちる速度が変わって、味も大きく変化するんですよ」

ほか、湯の注ぎ方も工夫を凝らし、6方向から出るシャワードリップとし、お湯が出ない"インターバルの時間"もつくった。

「田口先生から『ドリップのタイミングがよくないと味のボディがなくなる』と指摘を受けたんです。実際、マシンに改良を加え、適切なタイミングでお湯を出し、止め、出し、止め......と繰り返すと、コーヒーの味と香りが驚くほど違いました。奥が深いなあ、と思わされましたね」

また抽出温度は2段階とした。ホットコーヒーなら、浅煎りから深煎りまで、豆のキャラクターを引き出しやすい83度。アイスコーヒーなど、深煎りの豆を使い、濃い目に抽出する場合は90度だと旨い。

当然、技術者は大変な思いをする。しかし、岡田氏はこう話す。

「大変でしたが、それがよかったんです。我々にはむしろ熱狂がありました」

熱狂ですか?

「はい。『世界一を目指す』って面白いじゃないですか」

「熱狂」はユーザーをも巻き込んでいく

筆者と岡田氏と「ツインバードだけ!」の家電の数々、岡田氏の写真右が、冷蔵室と冷凍室が「ハーフ&ハーフ」になった冷蔵庫。冷凍食品の進化に合わせ、冷凍室を大きくした。筆者が手に持っているのがコードレスクリーナー。おしゃれ感があるので部屋に置いておけ、パッとお掃除できる。ほかの10分で洗える洗濯機や、岡田氏が持つ小顔になれるヘッドケア機など、詳しくは同社ホームページを!

マニアックなものやニッチは面白い。皆から愛されるものより、自分だけのものや特殊なもののほうが、つくる側も買う側も自分の思いを投影でき、熱狂しやすいはずだ。

「実際に『コーヒーはそんなにわかんない』と言っていた技術者も、次第に『わかるようになってきた』といろんなこだわりを加えてくれるようになったんです。ちょっと、この金具とスキマを見てください」

多くのコーヒーメーカーが、挽いたコーヒー豆が出てくる穴とドリッパーの間にスキマを作らないように設計されている。ミルで豆を挽くと、豆が静電気を帯びてスキマから飛び散ってしまうからだ。

「でも本当は、ここに適度なスキマがあったほうがいいんです。コーヒーを淹れる時の香りも楽しめますからね。そこで技術者は"なら静電気を除去しようよ"と必死でやり方を考えてくれました」

上の写真の謎金具は静電気を除去するためのもの。しかも熱狂は岡田から技術者へ、さらには消費者へと伝わっていった。

「その後、我々は販促を兼ねてクラウドファウンディングも行いました。すると、予定より遥かに多くの方が『完成したら初号機を売ってくれ』と資金を投じて下さったんです。熱狂できる商品開発をすると、味方が増えるのかもしれませんね」

しかも、岡田氏がやっとの思いで田口先生のOKをもらった瞬間、意外なことが起きた。

「普段は落ち着いている田口先生が、何と、僕とハイタッチしてくれたんです。先生も長年研究してきた手法を普及させたかったんだと思います」

その後、田口先生は自分のお店にもこのコーヒーメーカーを置き、お客さんに勧めているという。よほど、気に入っちゃったのだ。

今はこんな「ニッチなモノを熱狂と共に創る時代」なのかもしれない――。

さて、忖度なし、ガチのマジのききコーヒーをやってみると......4つのコップのうちの1つはすぐ違うとわかった。缶コーヒーっておいしいけど独特の香りがあるじゃないですか。これはすぐ候補から外せました。

次に、香りがちょっと強めながら、ちょっとイガラッぽさも残るコーヒーがあった。これも却下。ちなみにあとで聞いたらツインバード製の昔のコーヒーメーカーで淹れたものでした。

そして最後、2つのカップで迷った。両方、香りも味もいいのだ。

一瞬、本気でわからず泣きたくなった。変な実験をするんじゃなかった。ここでわからなければマーケティングの話もぶち壊しではないか。でも、何度も飲むうちにふと、あるソムリエの言葉を思い出した。彼は「ワインは人間と似ていて、本物には余韻がある」と言った。そう、一方のコーヒーには余韻があったのだ。そこでおそるおそる「こっちっすか?」と紙コップを持ち上げると――。

どうですか。僕、違いがわかる男っしょ!

最後の最後でなんですが、本当はスタバに行くとフラペチーノを飲む甘党です。そんな筆者でも、違い、わかりましたよ。

取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。

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