2020.02.07

ワークマン/快進撃のきっかけは『お試し』と『SNS』!|夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」(第6回)

現在、全国に850店舗以上展開する「ワークマン」。今や女性にも人気、自転車や釣りなどアウトドアで使う服としても人気が高く、ユニクロに続く大型ブランドに成長しつつあると見る向きもある。彼らの快進撃の核心に迫った。

写真右から、ワークマンのバイヤー・杉山慎一郎さんと、広報の伊藤磨耶さん。
ワークマンプラスは『フィールドコア』、『イージス』、
『ファインドアウト』の3ブランドを取り扱っている。

「ワークマン」ヒットを支える"毎朝のエゴサーチ"

冬の寒い日、自転車でワークマン本社を訪ねると、途中で雨に降られた上、小さな雑居ビルの前に出た。全国850店舗以上展開する企業の本社がラーメン屋の2階だったらむしろニュースだ。所在地をググったら、行くべき住所が間違っている。

必死でチャリを漕ぎ、雨と汗に濡れた姿でワークマンのバイヤー・杉山慎一郎さんの前に出ると、自然と"こんな時こそワークマン"という話になった。

ワークマンの1号店は1980年に誕生、その後約40年の長きにわたり、同社は社名の通り、作業服や関連商品を売ってきた。働く男たち――ワークマンたちは、自分の味方であろうこの会社に言いたいことをビシビシぶつけ、会社も御用聞きかのようにそれに応えた。杉山さんいわく、これが同社の資産になったという。

「機能性が高い商品を安価でつくれるようになったんです。例えば『汚れが落ちやすい耐久撥水 半袖ポケット付Tシャツ』です。50回洗濯しても水を弾く洗濯試験に合格し、汚れも落ちやすいんですよ。ほかにも、防寒・防暑性能に優れていたり、雨や風に強かったり、ストレッチ性が高く動きやすいなど、様々な機能性を持った服があります」

左が商品、右が撥水の実験をしてみました! の図。広報さんが「汚れが落ちやすいんだからお醤油で......」と仰ってくれたが、杉山さんいわく「これ、今日工場から届いたサンプルだからまた使うんだけど」とのことで水で試した。これだけ水を弾いちゃう商品が580円だからすごい。

その後、ワークマンの商品はほかの分野の消費者に見出されていった。例えば今日の僕のようにチャリに乗る人、さらにスキーや登山やキャンプや釣りなど、アウトドアが好きな人が「ワークマンはやる!」と気づいたのだ。広報の伊藤磨耶さんが話す。

「例えば当社の厨房向けの靴が妊婦さんによく売れています。非常に滑りにくいため、転倒が怖い妊婦さんにご愛用いただけているんです。また、脱ぎ履きがしやすいから玄関で子供をだっこしたまま着脱できることも人気の理由ですね」

これがお母さんの強い味方『ファイングリップシューズ』。ちなみに価格は1,900円。

ちなみに書籍の世界では"読書家ではない人が買い始めたらベストセラーになる"という法則がある。多分スポーツ選手やアイドルも同じで"その分野に興味がない人も知っている"状態になると、国民的○○と呼ばれるようになる。ではワークマンはなぜ、働く男たち相手の商売から国民的な地位を得るまでアウトブレイクしたのか。

お試しだった新業態が大人気!

理由その1は、彼らが意識的に「会社のキャラ」を大切にしてきた事実だ。例えば商品開発もブレがない。

「当社の商品は、まずは価格ありきで企画しています。こういう機能のシャツを580円で売るとなったら、絶対に売価を580円以内におさめます」

どうやってですか?

「まず、安く作ってくれる工場を世界中から探します。それでもダメなら発注量を多くして単価を下げることもありますし、"お願いします!"と必死で頭を下げることもあります(笑)。それでもダメなら......めったにないのですが、優先順位が低い機能を諦める場合もあります」

例えば写真の『クロスワーク立体成型長袖ローネック』を見てほしい。ロングセラー商品で、背中の生地が姿勢をサポートしてくれる。メーカーは言いにくいだろうから筆者がズバリ言うと、写真のX型の素材によって着ると背筋がピンと伸び、肩こりが軽減する。実を言うと筆者は十数年前、他メーカーが発売した同様の商品を取材したことがあったが、価格は倍以上だった記憶がある。これがワークマンなら980円だ。

『クロスワーク立体成型長袖ローネック』。最初、これが980円と聞いた時に耳を疑った。風呂に入った後でこれを着るとストレッチになって気持ちがいい。

ワークマンは社内でも、徹底的にムダをなくす努力を続けている。例えばサイズも"この商品なら売り上げ構成比はMが22%でLが35%でLLが22%で~"と正確な予想システムがあり、生産数=販売数になるよう調整している。さらに、商品の多くはプライベートブランドだから中間マージンが必要ない。

さらに、最近、楽天市場からの撤退が話題になったが、きっかけは楽天が出店企業に送料負担を求めた話でなく、元々進めていた合理化の一環だ(そもそもワークマンレベルの大企業が、様々な準備が必要な決断を数日で下せるはずがないし、楽天を刺激するメリットもない)。ワークマンは「店舗在庫」による「店舗受け取り」通販の仕組みを構築し、2020年3月16日に新サイトをオープンさせる。これならネットショップ用に大量の在庫を抱えずに済む。しかも(ここからは筆者の類推だが)、ここまでブランド力がつけば、消費者の多くは「ワークマン」で検索してくれるからECモールに出店料を支払う必要はない。ようするに、ワークマンはそこまで合理化を進め、"高機能×低価格"という軸を極めようとしているのだ。

そしてブレイクした理由2つ目は、書けば簡単そうに思えるが、新市場に打って出たことそのものがすごい。同社は少子高齢化による労働人口の減少を受け、今後の市場規模縮小は避けられないと考えた。そこで2010年~11年頃、試しに、女性向け商品をつくってみた。夫婦で来店する方が多いわりにモノを買うのは夫だけ、という状況があったから、防水性・透湿性が高い軽量レインスーツのデザインを変えて女性向け商品を作り、2,900円で販売したのだ。すると、これが大ヒットした。

その後、同社は自社製品を釣りや自転車などアウトドア市場にもぶつけていく。この過程が興味深い。例えばバイクに乗る人が"安くて暖かい"と防水防寒スーツを気に入り、SNSの動画で情報を拡散してくれた。するとワークマンは"バイク向けには股下や膝が立体裁断になっている方がいい"と商品に改良を加えた。エゴサーチをしてニーズを掴み、涙ぐましいほど御用聞きに徹する――その結果、バイクや釣り用レインスーツのプライベートブランド「イージス」が誕生した。

バイヤー・杉山さんが話す。

「実は今も、毎朝通勤時間中にエゴサーチをしています。TwitterなどのSNSで"ワークマン"で検索するほか、イージスやファインドアウトなどのブランド名でも検索します。そしてどんな機能がウケていて、どんなことに使われているのかを知り、改善のヒントにするんです」

そして、これがアウトブレイクの直接的なきっかけになった。2018年、同社は新業態「ワークマンプラス」を東京・立川のららぽーとに出店。当初は「ワークマンに人を呼ぶための広告塔」という位置づけだったが、開店すると初日から大行列ができ、様々な商品が品薄になって困るほどの人気だった。これを受け、ワークマンは「ワークマンプラス」の出店を加速化、現在に至っている。

取材時、たまたま近くを通りかかった杉山さんの上司。
撮影時、彼が着ていた親指を通す穴があるヤツ、どんな場面で使う商品なのだろうか。

アウトブレイクのネタを探せ

これがまさにワークマンが長年続けてきた"高機能×低価格"が世に認められた瞬間だった。そんな会話のなかで、筆者が「いわゆる"品薄商法"じゃないですよね?」と余計なツッコミを入れたら、広報の伊藤さんが示唆に富んだ答えを返してくれた。

「いえ、本当に品薄になったんです。正直、何がバズる(=ネットで騒がれる)かわからないので......」

そう、最近のヒット商品は"ヒットする"のでなく"バズる"のだ。

広告はお金があれば打つことができる。しかし、SNS等でみんなが騒ぐのは、商品に対して驚きや、共感など強い感情を持った時だ。これが負の感情だと、いわゆる"炎上"になるのだろう。閑話休題、その点ワークマンには"この価格でこの機能!?"という驚きがあった。またワークマンの商品の機能性は"この商品をこんなことに使ってるんだぜ!"というSNSのネタにもなった。

しかもワークマンは、商品開発時、エゴサーチでネットのニーズを吸収しながら商品をつくっていった。これにより、ワークマンのファンが生まれ、ファンの手により徐々に情報が拡散され、そのなかにバズるものがあった、というわけだ。

もし、ワークマンが働く男たちの市場にだけこだわっていたら、エゴサーチをしてネットのニーズを必死で拾い上げていなければ、今のブレイクはなかっただろう。貴社の事業にも、アウトブレイクする要素はないだろうか――?

ワークマンプラスの商品はファッション性も評価されていて、
筆者がかめはめ波のポーズで着用している耐久撥水ジャケットは
『予想よりはるかによく売れた』そう。

●夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」
 第1回:ロート製薬/『DEOCO』を生んだ"苦節5年"
 第2回:ツインバード工業/「世界一」を求めた"熱狂マーケティング
 第3回:ライザップ/牛サラダとスイーツでダイエットを支援?
 第4回:桃屋/味へのこだわり『桃屋のいつもいきいき』
 第5回:相模屋食料/『ザクとうふ』社長の今』

取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。

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