2019.08.02

ロート製薬/『DEOCO』を生んだ"苦節5年"|夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」(第1回)

ネットで「女子高生の香り」と話題沸騰、生産が間に合わなくなるほどの大ヒットを記録した『DEOCO』、この商品が誕生したきっかけはなんと15年前にまでさかのぼる。
ヒット商品の開発、PR手法を聞く新企画、第1回はロート製薬を訪ねた。

右から『デオコ 薬用ボディクレンズ(ボディソープ)』、『デオコ 薬用デオドラントロールオン(制汗剤)』、『デオコ 薬用デオドラントスティック(制汗剤)』
詳細はhttps://jp.rohto.com/deoco/

大胆なメッセージが会社を変えるまで

ロート製薬の創業は1899年(明治32年)で、旧社名は「信天堂山田安民薬房」、実は120年もの歴史を持つ企業だったりする。主力商品は長く胃腸薬(現在の『パンシロン』)と目薬だったが、特筆すべきは、最近、スキンケア用品やボディソープの市場で大躍進を遂げていることだ。

筆者は、そのきっかけは2004年にあると見る。同社はそれまで『胃腸薬と目薬でおなじみのロート製薬』『健やかな明日のために』といった、失礼ながら当たり障りのないコーポレートスローガンを掲げていた。しかし2004年にこれを『Happy Surprise! よろこビックリ誓約会社』に、2016年には『NEVER SAY NEVER』(不可能は絶対にない)に変更したのだ。これは「ど根性で仕事に励む」という意味ではなく「その先の幸せ、誰かのために困難にも当たる覚悟を持つ」宣言だという。

理由は想像できる。現在は「ロングセラーに頼っていたらいつ何時、会社が潰れるかわからない時代」なのだ。例えば世界最大の写真用品メーカーだった米国のイーストマン・コダック社はデジカメの台頭に押され2012年に倒産、そのデジカメもスマートフォンの登場で売り上げ台数が下落気味、そしていつかは、スマホも別の何かに駆逐されるはず。そんな世の中にあっては、みずからが次世代のスタンダードをつくらなければ企業は生き残れないのだ。

だから、老舗のトップはあえて"よろこビックリ"という一見奇異な言葉すら使い、社員に「うちはそういう会社になる」というメッセージを伝えた。そしてこういったメッセージは、最初こそ現場に"?"と疑問で迎えられる場合も多いが、会議等で"よろこビックリ"な案を出した人間が評価され、多少ヤンチャであっても『NEVER SAY NEVER』にチャレンジした人間が評価されるうち、徐々に組織全体が変わっていく、話すのは広報CSV推進部デオコ担当の宮下侑子さんだ。

「実際に今は、企画会議でも"お客さまが喜び、驚いてくださることであればチャレンジしてみよう!"という雰囲気があります。あとは何より『NEVER SAY NEVER』ですから"自社に技術がなくても、やりたかったらやるすべを探そう"としますね」

広報CSV推進部  デオコ広報担当の宮下侑子さん

組織が変われば、自然と商品構成も変わっていく。同社はこの頃から、スキンケアブランド『Obagi』の大ヒット、食事業への進出とレストラン『旬穀旬菜』のオープンなどを経て"胃腸薬と目薬の会社"から脱却していった。2013年にはボディソープの市場にも進出、男性の加齢臭対策ブランド『デ・オウ』を発売した。

ちなみにボディソープは競合商品がひしめく"レッドオーシャン"の市場だ。ロート製薬はどのようなマーケティングの結果『デ・オウ』発売に至ったのか?
「大手さんなら大規模な顧客調査を実施されるのかもしれませんが......」
大手じゃないつもりなのか、という部分にも驚いたが、宮下さんが話を継ぐ。

男性用加齢臭対策用ボディソープ『デ・オウ』

たしかにマーケティングでは既知の問題しか察知できない。そして、既知の問題を解決しても新たな市場までは築けない。理屈としてはもっともだ。

その後『デ・オウ』の開発チームは、当時まだあまり認知されていなかった「加齢臭」の問題を真剣に追求した。原因物質「2-ノネナール」は頭やうなじを中心に手のひらや足の裏以外の全ての場所から発生する可能性があること、また汗のニオイの原因物質は水溶性のものが多くシャワーで流せるが(部活経験者なら何となくわかる)、「2-ノネナール」は水に溶けにくく少量でも強いニオイを発することなどを突き止めていく。そしてこれらの研究を元に、研究チームは「2-ノネナール」を徹底除去する洗浄技術の開発と、吸着剤として薬用炭を配合した『デ・オウ』を開発、商品は男性ボディウォッシュ市場で5年累計売上No.1を獲得する大ヒット商品となった。

17年、筆者が当時の社長・吉野俊昭氏をインタビューした時、彼は笑顔でこう話した。
「できないと思っても、そこから知恵を絞ることが大切なんです。素晴らしい情報や、思いもよらぬ突破口は、大抵、隠れた場所にありますからね」

同社がボディソープの市場でヒットを飛ばすまでには、こんな組織改革、社員の意識改革があったのだ。その後、吉野社長は筆者がインタビューを行なった翌年に惜しくも急死してしまったが、彼の考えはしっかりと組織のDNAに受け継がれていた。

それは"人類未到の研究"だった!

男性用加齢臭対策ボディソープ 『デ・オウ』発売により、ロート製薬の研究員は潜在ニーズに気づいた。ユーザーの中には、何らかのきっかけで『デ・オウ』を使った女性がいて、彼女たちから「翌日もニオイに悩まずに済む」が「男性ものを使っている自分が悲しい」という声が届いたのだ。
ならば女性向けっぽい名前、パッケージに変え、別ブランドを販売すればよさそうなものだが、同社の開発陣はそんな薄っぺらいことはしなかった。宮下さんが話す。
「当時、40歳手前女性商品企画担当者が"悩みは加齢臭だけじゃない、30代くらいから自分の体臭が変化してくる""これを何とかしたい"と言うのです」

ニオイは身近でありながら研究が進んでいない分野だ。分析用の機器を使えばどんな物質が混ざってこの香りがするのか大まかにわかる。しかし本物のオレンジと、人が香料を混ぜてつくった「オレンジの香り」の間には多少の差を感じないだろうか。これは、本物のオレンジに分析機器を用いても検出しきれないほど少量の物質が様々混ざっているからにほかならない。
そして、ロート製薬は組織改革の結果、こういった手つかずのことにこそ挑む会社になっていた。では、開発陣はどう挑んだか。これが泣ける。
「様々な年齢の女性が着用したTシャツを回収し、研究員が匂いをかぎ、どんな匂いが足りないのか、ということはどんな物質が足りないのかをみんなで探したんです」(宮下さん)

こんな表も。筆者は男性ゆえコメントしづらい。

この仕事、やりたいような、やりたくないような......。しかし原始的な手段だからこそ、今までわかっていなかったことが明確になった。「10代の女性と40代の女性では明らかに匂いが異なる」「その変化は30代くらいが節目である」とわかってきたのだ。そして何と3年もの期間を費やし、研究員は「10代の女性の匂いには『ラクトンC-10』『ラクトンC-11』という物質が多く含まれている」と突き止めた。
彼らの研究は、一から始めたからこそ人類未到の分野にメスを入れたのかもしれない。

『DEOCO』と『ラーメン二郎』の意外な共通点

この後、ロート製薬は満を持して、男性用加齢臭対策ボディーソープ『デ・オウ』で研究済みだった2-ノネナールの洗浄除去力に、ラクトンC-10・11を含む香料加えた『DEOCO』を発売した。ところが、このあたりが面白いのだが、当初は徐々に売れていくだけだった。
「当社は『DEOCO』を匂いに悩む女性に届けようとコミュニケーションをしていました。お客様が購入時になるべく気にならないよう『加齢臭』という言葉は使わず『オトナ臭』と表現し、発売後はテレビCMで認知を獲得し、口コミサイトにCMを出稿し......」

特段、変わったことはしていないが、長期間の研究の成果は伝えたいと、サイトには「脂肪酸臭」「アミン臭」といった言葉も使って細かい解説を掲載した。売れ行きには特徴があった。詰め替え用がよく売れるため、リピーターが多かったのだ。これは「一度商品を使ってもらえば好評」であるととることができる。

ではどんな施策によってさらなる認知を獲得しようか、というタイミングで異変が起きた。まったくターゲットではなかった人物たちによって、その名が一気に広まっていったのだ。そう、世の中のオジさんたちが『DEOCO』を使い"これは女子高生の匂いだ"と騒ぎ始めたのだ。宮下さんが話す。
「たしかにラクトンC-10・11は10代の女性の香りに多く含まれる成分です。しかし当社では"女子高生の香り"といったコミュニケーションはしていませんでした」

ようするに、ロート製薬の真面目な面々は少し困惑したのだろう。こういう"いじり"はコントロールがきかないから、企業にとっては諸刃の剣になる危険をはらんでいるのだ。
しかし筆者は、面白がった側の気持ちもよくわかる。その真面目さが面白いのだ。例えば「ねえ、いじって、いじって」というオーラを出している友達はいじりにくい。その点、ロート製薬は真面目に女性の加齢臭と向き合っているから、世の男性の"これ、面白い!"というココロに食い込んでしまったのではないか。

ここで筆者は、別のマーケティング成功例を思い浮かべた。豚の脂がコテコテで、かつお客さんの『ニンニクヤサイアブラマシマシ』といった注文が「呪文」と呼ばれるなど、独自の進化を遂げて人気を獲得する『ラーメン二郎』だ。この店、決してウケを狙ったわけでなく、体育会の学生に腹いっぱい旨いものを食わせてあげようとニーズに応えるうちにこうなり『二郎はラーメンではなく二郎という食べ物である』などといじられ、愛されるようになった。
そして、『二郎』と『DEOCO』には共通点があると思うのだ。小手先の話題づくりではなく、必死で誰かを喜ばせようとしたら「今までにないものができちゃった!」。だから、みんなが喜んで、好意的にいじった――。
宮下さんが話す。
「そうかもしれませんね。そして、多くの方のSNSでのコメントは当社にとっても有り難いことでした。まず『DEOCO』のサイトには少し難しい表なども載っていたのですが、知識のある方がSNSでわかりやすく表現してくださったんです。さらには、旦那さんが"話題だから買ってみたよ"と奥さんにお渡しくださったり、旦那さんが買って奥様が使われて驚いたり......」

こうして、2年目を迎えた夏、『DEOCO』は大ヒットを記録、全国の小売店が「うちに送ってくれ」と奪い合うほどの人気となった。そう、このヒットの背後には、老舗メーカーが新たな市場をつくろうと真剣に組織を変えた「必然」と、たまたま男性がそれをいじった「偶然」が重なっていた。こうしてロート製薬は、2013年の『デ・オウ』発売から2018年まで、約5年をかけ女性向けボディソープの市場でも大ヒットを登場させたのだった。

ドーン。こ、これは!

ヒット商品ぶらり旅、最後は「現場を訪れた者」ならではのレポートもしたい。そう、わざわざこんなに面白そうなビンを用意してくれたのだ。かがないわけにはいかないではないか。
まず、恐る恐る「女性加齢臭」を手にとり、蓋を開ける。筆者・男性、47歳。もしかしてこれに一番ときめいたりして......と思ってかいでみると、うむ、22時、帰りの電車の女性の香りした。やっぱり若干ドキドキしてしまったこと、あと、ほかの流通経路で売れば需要があるのでは? と感じたことは内緒である。

次に『ラクトンC-10』『ラクトンC-11』を手にとり、両方の蓋を取る。筆者の手が滑りそうになった瞬間、宮下さんが結構あせった表情をした。高価なのかもしれない。もしくはこぼしたらロート製薬東京支社中が女子高生の香りに満たされるくらい強力なのかもしれない......などと思いながらかぐと、これはなんというか、そういう芳香剤のようだった。

最後、様々な思い、期待、人生の光芒を感じつつ、禁断の瓶を手にとり蓋をあける。『ラクトンC-10』『ラクトンC-11』に皮脂の匂いなどを加え、"本物"っぽく仕上げた『若年女性臭』だ。

くんくんくん。
宮下さんが「いかがですか?」と言う。

筆者が何かのマイスターのような真剣な表情で「午後3時の女子高生のにおいですね」と言うと、カメラマンさんがかぎたそうにこっちを向いた。日本人はにおいに敏感、という。もしかしてインバウンドの力でこの商品が世界中のSNSで話題になれば、デジカメ等に続く世界への輸出商品になるのではなかろうか。

女性加齢臭にもときめいた筆者と、取材に応えてくれた宮下さん

取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。

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