2019.12.20

相模屋食料/『ザクとうふ』社長の今|夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」(第5回)

"ガンダム"に登場する敵キャラ・ザクをかたどった『ザクとうふ』が大ヒットしたのは2012年のこと。その後、発売元『相模屋食料』は大変なことになっていた! 業界激変、驚天動地の"おとうふ戦国時代"を語ろう――。

感動の"おとうふ人生論"

相模屋食料の鳥越社長が懐かしそうに振り返る。

「ザクとうふの頃は社員とパートあわせて300人程度だったんですが、今は全国のグループ会社も含め、仲間は1000人以上に増えました」

ガンダム好きの鳥越社長の話だ、せっかくだから筆者が、ここに至るまでの話をアニメのイントロ風にまとめたい。


相模屋食料の鳥越淳司社長と筆者。左が大ヒット『ひとり鍋』シリーズの『豆乳たっぷりカレースンドゥブ』、筆者が持っている右の商品が、女性に大ヒット『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』。

21世紀初頭――日本の国民食【おとうふ】はコモディティ化していた。白く四角いそのフォルムは小売店、消費者に「どれも似たようなもの」と認識され、メーカーは踏み出してはならない一歩、安売り競争を始めた。苦境に陥る各社、廃業も相次いだ。

しかし【白き勇者】が現れたのはその時だった。

勇者の名は鳥越淳司。雪印乳業につとめ、たまたま群馬県の中堅おとうふメーカー・相模屋食料の娘さんと結ばれ「よっぽど白いものに縁があるんですよ(笑)」と事業を承継することになった人物だ。

勇者は、おとうふメーカーの娘さんだけでなく、【おとうふ】にも恋をした。事業を承継するからには現場も知るべきと、彼は自ら工場という名の戦場に立ったのだ。時には朝1時(7時の誤植ではない)に起き、時には熟練の仲間から職人でなければつくれない【おとうふ】の寄せ方も学んだ。

きっと【おとうふ】の神々や朝1時にまたたく星々は、勇者のふるまいを見ていたに違いない。彼がおとうふ職人としても日本屈指の存在になった頃、勇者は戦略的着想を得たのだった。今まで【おとうふ】づくりの工程は、一部を人類の手に頼っていたが、勇者はさらなる進化が可能と判断した。製造工程を完全機械化すれば、調理直後の熱々の状態でパッキング可能、すなわち味が最高の状態で、約束の場所――おれらの食卓に届けられる。しかも雑菌が繁殖しにくくなるから賞味期限が長く、ロジスティクス(運送)の面でも有利。その後、彼は相模屋のリソースを一気に投入し製造機械を研究、完全機械化を実現し、のちの世で『おとうふの神殿』と呼ばれる大工場を建築したのだ。


相模屋食料の第三工場内部。『おとうふの神殿』は筆者の感想だが、本当にちょっとSFチック。

その結果、注文は相模屋に集中。勇者が趣味でつくった『ザクとうふ』がバカうけしたのはこののちのことだった――。

と、これが鳥越社長が事業承継したあとの相模屋の歴史だ。その後、彼の元には苦境に陥っていた全国各地のおとうふメーカーから「事業を売却したい」といった様々な相談が相次ぎ、相模屋はいつの間にか図らずも全国区になった、というわけ。

ところが、実はまだこの【おとうふ戦記】、ちっとも完結してなかったのだ。

なぜならば、ご覧いただきたい。相模屋軍の、この充実のラインナップを――。


レンジアップするだけで熱々のおとうふ鍋ができる『ひとり鍋』シリーズ、左は人気№1のスンドゥブシリーズと麻婆豆腐シリーズ、右は和風だしの湯とうふシリーズ。

麺・豆乳ベースのスープ・具材をレンジアップするだけで食べられる『とうふ麺』シリーズや、とうふパスタを野菜にのせるだけで、簡単にとうふサラダやとうふパスタサラダができるシリーズも。


左が『ナチュラルとうふ』シリーズ。ドリンクタイプのとうふ『TOFU latte Mocha』も。右が『BEYOND TOFU』シリーズ。乳製品を使わず、トッピングもピザ生地も大豆から作ったビザや、チーズのように使えるおとうふも。

......ていうか、このおとうふの数々、驚きませんか!? 紹介しきれないだけで、本当はもっとあるんです。

チョコ味のとうふが出た!

今回はあえて筆者が最も印象に残った言葉から伝えたい。鳥越社長はこんな話をする。

「一生懸命、夢中になってやりこんでいるからこそ、自分たちの商品の深さやフィールドの大きさに気づけないことって意外と多いんですよ」

彼はその気付きを「ザクとうふからもらった」という。それまで業界では"ターゲットを絞ったおとうふは売れない"と言われてきた。確かに、木綿と絹があれば消費者としては充分だったはずだ。でもザクとうふが売れ、彼は「例えば"若い女性向けのおとうふ"とかもあっていいのかな?」と考えるようになっていた。

そんな折、彼は知人の会社から情報を得た。牛乳は昔から乳脂肪分とその他を分離するのが容易で、だからバターや生クリームが存在した。しかし、長く「無理」と言われていた豆乳でもこれが可能になったというのだ。

そこで彼は考えた。広いターゲットに訴えかけるなら"クリームとうふ"といった商品ができるはずだが、あえてターゲットを絞り"女性向けのおしゃれなおとうふ"にしよう、と。それが『ナチュラルとうふ』だった。

「今は当たり前の"木綿"と"絹"だって、元はおとうふの多様性だったはず。ガンダムのコアファン層に向けたおとうふがアリだったわけですから、他にも色々とターゲット別のおとうふがあってもいいんじゃないかと思ったんです」

『ナチュラルとうふ』は、まるっこくて可愛い形にし「オリーブオイルをかけて食べてください」と紹介した。しかも東京ガールズコレクションに出展、モデルがおとうふを持ってランウェイを歩くという大胆な世界観を実現した。結果、試食ブースには女性たちが大行列をつくった。その後、『ナチュラルとうふ』はハロウィン限定のカボチャ味、チョコ味と、想像を絶する進化を遂げていく。鳥越社長は「正直、最初はおっかなびっくりだったんです」と話す。

さらには『ひとり鍋』シリーズを出した。おとうふ、豆乳、調味料、さらに調理用でもあり器としても使えるトレイを同封した一品で、スンドゥブシリーズ、麻婆豆腐シリーズなど様々な味がある。レンジアップすると、手軽でおいしい。これは元々、旺文社の方と知り合って「受験生が夜、温かい鍋を食べられるようにしたい」という思いで『合格とうふ』として売り出したものが予想を超えるヒットを記録し、シリーズ化したものだ。

さらには『焼いておいしい絹厚揚げ』を出した。


本当に焼くと表面がカリッとする。筆者の故郷・豊橋には、おとうふをパリッと焼いて味噌だれをかけて食べる習慣があり、いかにパリッとさせるかが職人技だった。でも、これを買えば素人の筆者が油+フライパンで焼くだけでパリパリに。冷蔵庫に常備するほど好きな品です。

おとうふは煮るだけでなく、焼く文化もある。そこで、タピオカでんぷんを用いて絹とうふをつくり、焼くとカリッとして、なかはもっちりした食感を実現したのだ。当時、同業者から「邪道」とも言われたが、商品は2011年、日本食糧新聞社主催の「食品ヒット大賞優秀ヒット賞」を受賞、相模屋の看板商品になった。

「携わる者の心がけ次第で、商品ってどうとでも変わっていくんですよ。もちろん失敗もありました。子供向けにつくったメロン味のおとうふは見事に売れませんでしたよ」

そんなものまで......?

「ええ。メロンに近づけようとして頑張りすぎたのが失敗だったと思います。メロンの風味程度でよかったんです」

そこじゃない気もするが、こんな挑戦があるから様々な商品が生まれたのだ。「おとうふはこういうもの」、その強固な壁は、おとうふ屋さんがつくっていたものでもあったかもしれない。

みんな自分のフィールドのポテンシャルをわかってない


企業が売り上げを伸ばす場合「量的進化」と「質的進化」がある。量的進化は、1時間に100個生産できたものが110個生産できるようになった、といったもの。一方、質的な転換は別の何かに変わることを指す。おとうふで言えば「豆乳がおいしくなりました」といった変化は量的進化で、『ナチュラルとうふ』や『焼いておいしい絹厚揚げ』は質的進化と言える。

そして、日本企業は量的進化が得意だ。

携帯電話やデジカメがそうだった。携帯は1gでも小さく、デジカメは画素数を多く......。この間、市場は日本製品が席捲した。しかし量的進化は必ず行き止まりを迎える。デジカメが肌のシワまで撮れるようになって「女優が苦労する」と言われるまで進化、携帯はお菓子『フリスク』と同じサイズのものまで登場した。その瞬間、競争は終焉を迎え、旧来の品は駆逐される側に回った。『iPhone』が登場したのだ。

日本人は、クレイジーなものをつくるのが苦手だ。理由は簡単、量的変化は周囲に説明しやすい。携帯は軽く、デジカメは画素数が多い方がいいに決まっているから、失敗しようがないし、失敗しても責められない。

でも、質的変化は失敗すると、社内で「こんなものつくって」と批判されてしまう。だから鳥越社長のように、職人としても経営者としても一流、といったカリスマでなければ責任のとりようがなく、組織人は手をつけにくいのだ。

しかし筆者は、今こそ、組織の全員がクレイジーになるべきだと思うのだ。特に、量的進化が行き詰まったら、その技術をもって質的変化を果たすべきなのだ。

最後に鳥越社長はこんな話を聞かせてくれた。

「最近『おだしがしみたきざみあげ』という商品が非常によく売れているんです。でもこれ、新しい技術がつまっているわけじゃなくて、目の前にあった可能性に気づいただけの商品なんですよ」


「鰹風味の甘辛だし」の味付き。常温保存可能で、賞味期限3ヶ月、独自の乾燥技術により油のべとつきも気にならず、油抜きも不要。程よい大きさにカットされ、包丁いらず、チャック付きの袋入りだから必要な分だけ使える。異例の大ヒットとなって、相模屋はテレビCMも打った。

この話がメチャクチャに深かった。

鳥越社長はある日、石川サニーフーズというメーカーから救済を依頼された。従来のビジネスモデルではたちゆかなくなっていたのだ。しかし同社がある北陸は市場が小さく、鳥越社長は「難しい案件になるかなぁ」と考えつつ同社を訪ねた。

そこで彼はたまたま使われていないカッター設備を見た。石川サニーフーズはカップ麺に使う油揚げをつくっていたのだが、形が悪かったり欠けていたりしたものを刻んで、別に売っていた。瞬間、鳥越社長は気づいた。

――便利じゃん!

鳥越社長は、同社が相模屋グループに入ったら、必ず「刻んだ油揚げ」も販売しようと決意し、すぐにカッター設備の導入を進めることにした。「何をとち狂った」という顔をする人もいたが、商品は大大大ヒットを記録したのだった。

実を言うと、筆者もこの商品をベタベタに使っている。元はカップ麺の油揚げ。おだしがしみていて、入れるとスープまでおいしくなる。筆者はカップ麺の天ぷら蕎麦を買って、そこに『おだしがしみたきざみあげ』と卵をぶちこみ、夢のオールスター"狐と狸の月見うどん"などをつくって遊んでいた。正直、地元のスーパーで最初に見た時「こういうのがほしかった!」と思ったし、今も食卓に欠かせない。とんでもない大ヒットへと至る質的変化はすぐそこにあった。そして、自分たちのフィールドのポテンシャルを知り、クレイジーと言われてもやってみることにより実現できたのだ。

そして、この時に聞いた『白い勇者』の言葉、筆者はすべてのビジネスパーソンへの祝福だと思うのだ。

「皆さん、自分がやっていることの可能性に、一生懸命やっていればやっているほど気づかないものなんですよ。本当にそれだけなんです。
 事業再生も一緒で、いいところを探せば、苦境に陥っていた会社も再生します。可能性って無限大で、どこにでもあるものなんですよ、本当は」


著者謹製、夢のオールスター"狐と狸の月見うどん"卵白がぶわっと広がってまずそうですけど、食べるとおいしいんですよ。鳥越さん、筆者の夢を叶えてくれてありがとう!

●夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」
 第1回:ロート製薬/『DEOCO』を生んだ"苦節5年"
 第2回:ツインバード工業/「世界一」を求めた"熱狂マーケティング
 第3回:ライザップ/牛サラダとスイーツでダイエットを支援?
 第4回:桃屋/味へのこだわり『桃屋のいつもいきいき』

取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。

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