2020.04.17

アースガーデン/アースの地味すぎる"商品改良術"に学ぶ|夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」(第9回)

アース製薬の園芸用品が売れている。今まで園芸用品と言えば、パッケージに大きく"病気&虫"と表示するノリが当たり前だった。しかしアース製薬は「やさお酢」「おうちの草コロリ」などネーミングもパッケージもかわいい感じ。成分も食品にも含まれるナチュラルなものを使って一気に消費者の支持を得たのだ。"アース流"に学ぶところはないか、さっそく同社を訪ねた。

売り上げ倍々ゲームのポイント

アース製薬のロングセラー商品には共通した特徴がある。お客さんの視点で改良を加え、徐々に、しかし確実にシェアを伸ばしていくのだ。例えば「モンダミン」はフタが丸型からカド付きになった。理由は「濡れた手でも開けやすいから」だという。「ごきぶりホイホイ」も、いまだ専門の研究室があってエサや捕獲の仕方が改良され続けていて、実際、筆者は同社を訪ね、黒光りするニクいやつらが大量にいる部屋に入りもした。

アース製薬のロングセラー「モンダミン」(左)と「ごきぶりホイホイ」(右)

川端克宜社長は言う。
「商品に"完成"はありません。だから、仮に後発であっても売り上げを伸ばすことは可能です。むしろ当社の強みは、社員全員が"お客様相談室にお寄せいただいた声や、営業が小売店さんで伺ってきた話をもとに商品を改良し続ければ売り上げは伸びる"と理解していることだと思います」

川端氏は社長就任前、園芸用品の事業本部長としてマーケティングを担当していた。それまでアース製薬は"虫ケア用品の販売のついでに"くらいの規模で園芸用品を製造・販売しており、売り上げは年間1~2億円程度だったが、川端氏が担当になってから、これが3億、7億、14億円と伸びていったという。

具体策は、市場の見極め、家庭向けのパッケージ作成だった。現在、マーケティング総合企画本部 ブランドマーケティング部で園芸部門を担当しているシニアブランドマネージャーの佐藤淳さんが話す。

「実を言うと当時も今も、園芸の市場は長期的に縮小していると言われ続けています。例えばホームセンターのバイヤーさん(商品を選ぶ人)もご覧になる、日本生産性本部さんの『レジャー白書』という調査では『余暇に園芸を楽しむ』と答えた方が2002年から2018年にかけ半分ほどに激減しています。しかし、私は別の実感を持っていました」

川端氏のあとで園芸部門を担当した、マーケティング総合企画本部 ブランドマーケティング部 
シニアブランドマネージャーの佐藤淳さん

調査は正しいのだ。休日にがっつり盆栽を楽しむ、専門家に習いながら様々な品種の菊やバラを育てる――そんな、ガチで園芸を趣味にしている人は確かに減っている。

「しかし、市場データを分析したり、販売店を訪ねてお客様と会話したりする中で、私は"ライトな方は逆に増えている"と感じました。まず、植物に触れる機会は増えているはずです。例えばおしゃれなアパレルショップやカフェに行くと植物が置いてありますよね。家具のお店に行けば最近は植物も売っています。"部屋にちょっと鉢植えがあったらいいな"とか"庭で家庭菜園をやってみよう"くらいの方は増えているはずなんです。企業も同じで、国は屋上を緑化したら補助金を出す制度を設けています」

川端社長が言う通り、商品に完成はない。また社会が変われば、いったん"完成"に見えた商品も完成品ではなくなっていく。そこでアース製薬はまずパッケージを変えた。

例えば"うどんこ病に効く"と書いても、園芸に詳しい方でなければわからない。家に鉢植えがある、くらいのユーザーは"うどんこ病って何?""そもそもうちのトマトは何でしおれてるの?"と、そこから説明がほしいのだ。そこでパッケージに"この植物に効きますよ""この症状の場合はこれですよ"とイラストなどで一目瞭然でわかるようにすると、実際に売り上げは急伸していったのだ。

これがアース製薬のわかりやすすぎるパッケージ

商品に"完成"はない

その後、アース製薬は園芸用品の分野で次々とヒット商品を生み出していく。佐藤さんが話す。

「最初は"おうちの草コロリ"でした。有効成分は、トウモロコシやお茶に含まれている油の一種、すなわち食品原料の成分で、正しい使い方であれば人がなめてもペットがなめても影響はありません。しかし草には非常に良く効きます。植物の細胞壁につくと浸透圧で細胞が壊れ、雑草の種類にもよりますが、5分も待てば色が茶色くなって枯れていきますよ」

「アースガーデン おうちの草コロリ」。
食品成分生まれで、まいてすぐに効き始める超速効性タイプ

実を言うと、市場に雑草に関する"農薬"はたくさんあり、おもにプロの農家が使うものと同じ成分のものが一般家庭向けに売られていた。また、ナチュラルな成分で雑草をやっつけられることも、他社を含め一般的に知られる事実だった。そんな中、アース製薬は市場の隙を見つけた。具体的には「ライト層が増えている」と見込んだからこそ、一般家庭でも使いやすい、安心できる成分の除草剤を世に出したのだ。佐藤さんが話す。

「この商品、園芸をやっていない方も対象にしています。玄関や駐車場や庭に生える雑草に悩まされている方って多いんです。抜こうとすると腰が痛くなる、手に草の汁がつく、しかも抜いたって根っこが残っていてまた生えてきます。一方、この商品ならかけるだけで除草作業が楽になります。お掃除感覚で使ってもらえるといいですね」

その後、佐藤さんはさらに市場を変革していく。その一つが「やさお酢」だ。

「やさお酢」は、あらゆる植物の病気・虫退治と予防に使える特定防除資材。
オリジナルブレンドした食酢100%で、収穫直前まで何度でも使える

「市場には元々、お酢を使った商品があって、当社だけでなく様々な企業が販売していました。実は江戸時代から"お酢をかけると虫を退治できる"と言われていたんですよ」

お酢で殺菌ならイメージできるが、虫はどうやって退治するのか?

「体長数ミリのアブラムシくらいの虫の場合、お酢は呼吸器官を閉塞して呼吸困難を引き起こすんです。当社はお酢に含まれているアミノ酸や糖分をスクリーニングして、葉や虫に付きやすいお酢をつくりました。化学的な物質で虫ケアを行うと、虫が抵抗性を獲得する場合がありますが、この方法ならその心配はありません。もちろん人間がなめてもペットがなめても大丈夫です」

とすると"お酢が入っている虫ケア用品"でなく"お酢"なんですね? 思い切ってこれでお寿司を握ってもいいんですか?

「はい。もちろん会社としてそんなことは言ってませんし、おいしさという点では食品メーカーさんのお酢をつかったほうがいいと思いますが、仰る通りこの商品は"お酢"そのものです」

ではアース製薬は何を変えたのか? 他社製品はパッケージに大きく"病気に、虫に!"と書いてあって若干怖い。また、アース製薬も細かく効果効能が異なる商品を何種類も売っていた。そこで佐藤さんは、そこそこ売れていた商品をリニューアルすると決めて、まったく別物に変えてしまったのだ。

「具体的には、食品原料であることを全面に出すことによって差別化したんです。パッケージも優しい印象に変えました。これ、評判は悪かったですね。前の商品は4タイプに分かれていたので、営業からは"せっかく全国のドラッグストア、スーパーやホームセンターに営業して4商品分の棚を確保したのに1種類にするの?"と言われました。バイヤーさんに見せ"何? このへんてこなパッケージ......"と絶句されたこともありますし、ついには川端にまで"本当にそれでいくの?"と言われましたよ」

ところが、売ってみると反応は一変した。営業も、バイヤーも"負けたよ"と言うくらいよく売れたのだ。なんと、前の4商品の合計の約3倍。佐藤さんは"これくらい突き抜けていてよかったんです。実は今も、売場に行くと「ほかの商品にくらべ浮いてるなぁ」と感じますよ"と笑う。

ようするにアース製薬は市場の変化――「趣味と聞かれて"園芸"と答える人は減っている。しかしライト層は増えている」という大きな転換点に気付き、商品をライト層向けの、印象が従来の商品と一線を画すものに変え、一気に市場の支持を獲得したのだ。あらためて"商品に完成はない"という言葉が思い出されるではないか――。

商品名は「中学生でもわかるもの」

 その後も同社は「葉を食べる虫退治」などのヒットを出していく。これも成分は従来品に使用していたものだが、ライト層でもわかりやすい名前をつけ、大ヒットした。

「アオムシ・ヨトウムシ・コナガなど葉を食べる虫の退治に」と詳しく説明したいところだが、この名前に。
小林製薬っぽいですね、と言ったら佐藤さんは笑っていた。

ちなみにこのネーミング、やっぱり1000個くらい単語を付箋に書き連ねて「このワードはこのイメージがあって、このワードはこのイメージ」と分類し......なんて付け方をしたのだろうか?

「いえ、感覚です。ただし、自分基準ではなく、表現は"中学生でもわかるもの"くらいの簡単さを目指しています。あと、文字は少なく、できるだけイラストやパッケージの雰囲気で商品の内容を伝えるようにしています。例えば『やさお酢』も"人と植物にやさしいお酢"の略なんですよ」

そして今、彼らは次のステージに進んでいるようだ。まず、ホームページを変えた。通常のホームページは「アース製薬はこんな商品を売っていますよ」と伝えるものだが、同社のホームページ「アースガーデン」は、<野菜・花の育て方><ガーデニング基礎知識>といったコンテンツがメイン。実はこれ、トレンドだ。今まで企業のホームページと言えば「ウチはこんなの売ってます」がメインだった。しかし最近は、消費者のニーズを把握し、どんなコンテンツなら見てもらえるか考え、「こんな場面ではウチの商品もいいですよ」と消費者目線で伝えるページが増えている。

「ちなみに私たちの場合は、園芸で失敗しないためのページとしてつくっています。また、LINEで園芸に関する相談も受け付けています。ただ、商品の売り上げにつながる相談ではない場合が圧倒的に多いのですが(笑)。今、Webでは"神対応"してくれる企業が支持を得る時代です。しかも、ライトな方が多い市場だからこそ、この方たちに"園芸って楽しい""奥が深い"と感じてもらえたら、今後、市場も伸びていくはずです」

筆者が調べたところ、業界のリーダーと言われる企業でも、フォロワー数は数百~1000人レベルで、Web上で積極的なサポート活動をしているとは言えない。佐藤さんは「質問にお答えするための人員がいるのでコストはかかりますが、当社のファンが増えると期待していますし、なかなかアプローチできない若い層を取り込んでいけるはずです」と話す。

アース製薬は奇手を使ったわけでなく、莫大なコストをかけたわけでもない。市場の変化を見逃さない、お客さんの小さな不満も見逃さない、といった非常にベーシックな企業活動で商品を大ヒットさせた。もしかしたら、あなたの会社の市場にも、この"不満"や"不便"や"市場の変化"といった宝が眠っているのではないか――。

佐藤さんがうれしそうに話す。

「今年、開発に10年かかった力作を発売します。それがこの『ロハピ』です。

マーケティング総合企画本部 ブランドマーケティング部 係長「たねダンゴ指導員」の浜口唯衣さん。
浜口さんはパッケージを担当した方で、
彼女も「虫の研究って面白いんですよ」と若干、変わり者の雰囲気を醸し出していた。
ちなみに佐藤さんいわく、商品名に「ピ」とか「パ」とつくと可愛い感じになるのだとか。

「『やさお酢』は予防効果があり、かつ、小さい虫に効く商品です。一方、この『ロハピ』は大きい虫にも効きます。私が研究員だった頃に有効成分を見つけ、現在の研究員が商品化してくれたもので、これが売れたら泣いちゃいますね......」

取材にこたえてくれた佐藤淳さんと、浜口唯衣さん

●夏目幸明の「ヒット商品ぶらり旅」
 第1回:ロート製薬/『DEOCO』を生んだ"苦節5年"
 第2回:ツインバード工業/「世界一」を求めた"熱狂マーケティング
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取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。

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