2022.02.22

対談|ファンコミュニティを進化させ続ける「イケウチオーガニック」の視点──ニューノーマル時代のファンマーケティング教室[番外編1]

連載「ニューノーマル時代のファンマーケティング教室」では、全8回にわたり、ニューノーマルの世の中でますます重要性を高める「ファンマーケティング」について解説してきました。
ここからは番外編として、実際に魅力的なファンマーケティングを実践されている企業のキーマンとの対談をお届けします。1回目は今治のタオルメーカー、IKEUCHI ORGANIC(イケウチオーガニック)で、「イケウチな人たち。」というオウンドメディアを立ち上げるなど、新しい形のファンコミュニティを生み出している「タオルソムリエ」の牟田口 武志(むたぐち たけし)さんとの対談です。

IKEUCHI ORGANIC 営業部 部長 タオルソムリエ 牟田口武志さん(左)と
本連載の著者、Asobica CCO 小父内信也さん(右)

理念のあるモノづくりで共感を集める

小父内 御社は愛媛県今治市に本社を構える今治タオルブランドのメーカーです。数多くの熱狂的なファンがいることでも有名で、私も家族全員でイケウチオーガニックさんのタオルを愛用しています。

今日は「イケウチオーガニック」がなぜ、こんなにも人々を惹きつけるのか。そのヒントをお聞きできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

牟田口 ありがとうございます。弊社はイケウチオーガニックという社名の通り、オーガニックコットンを100%使用したタオルやギフト、寝具など、様々なオーガニック製品を扱っています。

20年以上前から工場の電力を風力発電でまかなうなど、環境と安全に配慮したモノづくりで高い評価をいただいています。ですが、根底にあるのは"共感"だと思っています。「世界でいちばん安全で環境負荷を与えないタオルを一人でも多くのお客様に届けたい」という私たちの思いに共感してくださる方が、今日の弊社を支えてくださっていると日々感じています。

IKEUCHI ORGANIC 営業部 部長 タオルソムリエ 牟田口 武志さん

「たくさん売れる」より「長く使える」タオルを

小父内 御社は2003年に、取引先が倒産した影響で民事再生法の適用申請を行いました。熱狂的な顧客の支えで復活されましたが、SNSのなかった時代に、企業と顧客の間にそこまでの共感性を築けていたというのは、非常に珍しいと思います。なぜ、そこまでの共感力を生み出すことができているのでしょうか。

牟田口 弊社では数多く売ることよりも、お客様に長く使っていただくことを重視して、素材や製造過程にも徹底的にこだわっています。代表の池内計司が昔からブログなどでプロダクトや製造に関するこだわりや思いも発信していたので、その思いに共感してくださるコアなファンがいたのだと思います。

新聞に民事再生の記事が載ったときに、「あと何枚タオルを買えば、御社は助かりますか」というお問い合わせをくださったり、「がんばれ池内タオル」という応援サイトを立ち上げたりしてくださったのも、そういうコアなファンのお客様でした。

民事再生後に、それまで売上の99%を占めていたOEM(他社製品やブランドの製造)ではなく、オーガニックコットンを使用した自社ブランドで企業再生を目指すことにしたのは、こうしたお客様の声にお応えするためでした。

その結果、当時、数百万円程度だったオリジナルブランドの売り上げが数十倍規模に増えました。さらに、「もっと商品を見たい」「プロダクトについて話したい」というお客様も増えたことから、2014年に商品を手に取って見られる実店舗をオープンいたしました。

現在は、東京・南青山と京都、今治で実店舗を展開しています。商品を陳列しているというよりも、イケウチオーガニックを見て触っていただく「体感型店舗」と位置づけています。店内には洗濯機も置いてあり、300回以上洗ったタオルの手触りや吸水性を確かめていただくこともできます。

イケウチオーガニックのタオルは、洗濯機で300回洗っても肌触りが変わらない

小父内 300回はすごいですね! タオルは毎日使いますし、直接肌に触れる消耗品です。メーカーとしては買い替えを促進したいと考えるのが通常だと思うのですが、なぜそのような発想をされたのでしょうか。

牟田口 メーカーとして新品タオルの肌触りがよいのは当たり前で、繰り返し使うことで使用感が大きく変わってしまったとしたら、お客様の期待を裏切ることになります。重要なのは繰り返し洗濯をしたときに、どれくらい長持ちするかです。弊社のタオルを実際に触れてみて、経年変化を実際に体感していただき、ご納得して購入いただきたくてはじめました。

昔から池内が「お客様の前で90分間、商品を説明できないタオルはダメ」と言っていますが、弊社タオルの特長をじっくりご説明する店舗では、1回の接客時間がだいたい30分くらいとなっています。基本的にお客様とのコミュニケーションが好きなスタッフが多いこともありますが、長い方だと1時間以上お話させていただくこともあります。

作り手の顔が見えることがファンの熱量を高める

小父内 1時間の接客は、マニュアルでできることではありません。社員教育というか、社内の意識共有という面では、どのような取り組みをされているのでしょうか。

牟田口 ものづくりにはいろいろな人が携わっていて、みなが同じ思いでつくっているという弊社の姿勢を、まず社内で統一したいと思い、ホームページ内に「イケウチのヒト」という特集を設けました。

それまでは代表の池内は前面に出ているものの、モノづくりの背景や関わる人が見えないところがありました。ですが、自分自身で本社工場を初めて見た時に、「これだけ丁寧に複雑な工程を経て1枚のタオルが作られているのか」と感激してしまいました。お客様にも、もっと知っていただきたく、「ホームページ上にモノづくりに関わる人たちを出したい」と提案をして、私ともう1人のスタッフで社員全員にインタビューを行い、記事を書きました。

タイトルの「イケウチのヒト」は、「イケウチオーガニックの中の人」という意味です。このサイトでは、自社の良い点も悪い点も、包み隠さず語ってもらいました。社員同士の考えを知るきっかけにもなり、記事が公開される度にコミュニケーションのきっかけにもなったようです。

IKEUCHI ORGANICで働く人の本音を掲載した「イケウチのヒト」

小父内 社員以外にはどのような反響がありましたか?

牟田口 コアなファンの方がものすごく喜んでくださり、「この人に会いに行きたい」「この工場が見たい」とたくさんのお声をいただきました。

工場の職人がクローズアップされる機会はこれまでありませんでしたから、これは社員にとっても良い機会だととらえ、2017年にはじめて工場見学ツアーを行いました。

愛媛松山空港集合・解散で、参加費も8000円という高いハードルでしたが、告知後あっという間に満席に。ご参加いただいた皆さまからも、大変ご満足いただくことができました。また参加者の多くは「イケウチのヒト」の熱心な読者でもあり、社員の顔と名前が一致しているので「○○さん、サインください」と名指しでリクエストくださる場面もありました。

全国各地からファンが集まる工場見学ツアー「今治オープンハウス」の参加者

小父内 2020年からは新型コロナウイルスの感染拡大によりオンライン工場見学もスタートされていますが、これがまたすごい反響でしたよね。

牟田口 生配信で工場視察をオンライン中継したのですが、同時視聴で300人以上方にご視聴いただきました。リアルで工場見学を行っていた時は、受け入れ体制の問題もあって1年に1回、受け入れ人数も40〜50人が限界だったことを思うと、オンラインの可能性を感じました。

その後、生で見られなかった方からのリクエストを数多くいただき、現在はどなたでも見られるよう公開設定にしています。

昨年は、コットンの生産地の1つでもあるタンザニアの生産者とオンラインで中継をつなぎ、生産者とオンラインで交流をはかる「IKEUCHI ORGANIC タンザニアオンラインツアー」も行いました。綿花を植えてから製品になるまで、1枚のタオルにこんなにたくさんの方が関わっていて、時間もかかっているんだと、物語に共感してくださる方がさらに増えました。

オンラインだから実現できた、コットンの生産地をめぐるタンザニアツアー。
熱量の高いファンのコメントが数多く寄せられている

小父内 「オンラインツアー」という新しい顧客接点が生まれたことが、ファンを広げるきっかけになったのですね。ほかにもコロナ禍による変化はありましたか?

牟田口 弊社はBtoBとBtoCの両方で事業を展開していますが、コロナ以前は、BtoBが多かったんです。コロナの影響で2020年の全体の売上は下がりましたが、下がったのはBtoBだけでした。OEM事業や企業のノベルティ、催事が減少した影響はありましたが、一方でBtoCが伸び、販売比率を逆転できたのは大きかったです。2021年はおかげさまで好調に推移し、販売額も盛り返しました。

「好き」が広がるオウンドメディア

小父内 愛用者の裾野が広がったという目で見ると、この先の広がりが期待できますね。

ところで、牟田口さんは先ほどの「イケウチのヒト」とは別に『イケウチな人たち。』というサイトも立ち上げておられます。この2つの違いと、わざわざ別サイトで立ち上げた理由を教えてください。

牟田口 「イケウチな人たち。」は、イケウチオーガニックが好きな人たちと、これからの豊かさについて考えるウェブメディアです。

有名無名を問わず、イケウチオーガニックが大好きという方たちが登場する『イケウチな人たち。』

私たちが大切にしている価値観に「すべての"人"を感じ、考えながらつくる」という言葉があります。綿花を育てる生産者、タオルづくりに関わる人、想いを伝える人、そしてお客様など、すべての"人"の幸せが弊社のモノづくりの根底にあります。

「イケウチのヒト」や工場見学ツアーは、コアなファンには非常に好評でしたが、まだ弊社を知らない一般の方まではなかなか届きませんでした。実店舗も東京と京都、今治の3店舗しかないので、顧客接点をつくれる場が限られていて、拡散は難しいという課題がありました。

弊社のタオルを体験したことがないお客様にも、イケウチオーガニックがどういう会社なのかを知っていただきたいと考えた時に、取引先のお客様が実はコアなファンの1人でもあるということに気がついたのです。

レストランや美容室、ホテルのオーナー様といった弊社のタオルをご愛用くださっているお客様で、イケウチオーガニックの理念に共感しあえる人たちがつながり、そのつながりを大きくすることが、これからの豊かさを考えるきっかけになるのではないか。そんな想いから、『イケウチな人たち。』を立ち上げました。編集、ライターもイケウチオーガニックのファンで構成しているので、「イケウチオーガニックが好き」という気持ちが伝わる内容になっていると思います。

小父内 サイトの運営には成果を求められることが多いと思います。サイトを立ち上げたことでPVが上がるなど、具体的な効果に結びついていると思われますか? ほかにも顧客の熱量を実感できる具体例があれば教えてください。

牟田口 いまコロナ禍で取材件数をかなり減らしているので、一概にPVでは判断できない状況です。それでも、メディアを通じて実店舗に来店されるお客様がいたり、「コンセプトに共感したので一緒にやりたい」と法人から新規コラボや取材のご相談をいただいたりすることも増えました。

法人に絞れば、効果は明確に出ていて、法人の問い合わせ数はメディアを開始してから2倍に増えました。かつほとんどの方が、メディアを見て問い合わせをされているので、熱量が高い状態で問い合わせがきます。

小父内 御社は企業指針に「2073年(創業120周年)までに赤ちゃんが食べられるタオルをつくる」と掲げておられます。その未来に向けて、この先の展望などを教えてください。

牟田口さんのお話に惹き込まれ、いつのまにか「仕事」ではなく「ファン」目線になっていた小父内さん

牟田口 2つあります。

1つはタオルメンテナンスです。2021年10月に、全国で100店舗以上のコインランドリーを提携する「OKULAB(オクラボ)」と提携して、タオルのメンテナンスサービスを開始しました。弊社のタオルは、適切に洗濯・乾燥すれば、5年〜10年も使用することができます。タオルを消耗品ではなく、ご家庭での愛用品として長くお使いいただけるよう、このサービスを2022年3月からは自社でも提供してまいります。

もう1つは、先ほどお話した工場見学です。リアルとオンラインとの融合も取り入れながら、デジタル技術なども積極的に活用し、もっとお客様のリクエストにお応えできるような工場見学ツアーを考えていきたいです。オンラインで大好評だったオンラインによるタンザニアツアーも、コロナ収束後にリアルでやりたいと、お客様からお声をいただいています。私自身も行きたいので、これはぜひ実現させたいですね。

小父内 それは楽しみですね! 今日のお話は、これからファンマーケティングを始める方や悩んでいる方にも大きなヒントになったと思います。ファンコミュニティの達人として、牟田口さんからこれから取り組む方へ、アドバイスをお願いいたします。

牟田口 ファンマーケティングをやろうとする時に、意外と難しいのが経営陣への価値の伝え方です。弊社は代表や社長が理解してくれたので社内調整にそこまで時間はかかりませんでしたが、難しい場合はファンイベントに一緒に参加してもらうなど、ファンの熱量をリアルで体験してもらうと理解度が進むと思います。

ファンは、本音を聞かせてくれる貴重な存在

小父内 最後に。牟田口さんにとってファンはどんな存在ですか?

牟田口 ありがたい意見も耳の痛い意見も届けてくれる緊張感のある存在です。モノづくりの過程で私たちは時に判断を間違えたり、方向性を見失ったりすることもあるかもしれません。そうした場合、普通は何も言わないで去っていくケースが多く見られますが、立ち止まって「これは違うのではないか」と本音を言っていただける貴重な関係が「ファン」だと思っています。

ですから、ファンに甘えてはいけないと常々自分に言い聞かせながら、いかにお客様の期待を超えていくかということは意識しています。接客もメールも交流も、あらゆる顧客接点において、常に緊張感を持ちながら、「好き」を共有していけたらと思っています。

小父内 モノ作りもコミュニティ形成も、ひとつひとつていねいに「好き」を重ねてこられたことがよくわかりました。ファンマーケティングのヒントもたくさんいただき、大変勉強になりました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

小父内さんは対談後、家族や知人向けに、「贈り物に最適」と語る、イニシャル入りのタオルハンカチを10枚ほど購入した

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