<連載>データをチカラに アドテクノロジーとWEB広告
本連載では、インターネット上の広告運用におけるデータ活用や広告プラットフォーマーをテーマに考察を続けてきました。 最終回では、今後のWeb広告の変化について予想します。自社のWeb広告運用に対して疑問や課題がある方、根本的な見直しの必要性を感じつつもその方針が定まらない方などに、現状分析の参考になれば幸いです。
コロナ禍におけるWeb広告
まず、インターネット広告業界に限らず、あらゆる業界に打撃を与えたコロナ禍についてあらためて振り返りましょう。2020年から2021年にかけて起こった変化は、今後の変化へとつながるものです。
コロナショック当初起こった変化は、世界的な経済停滞です。旅行やアパレル、外食といった領域はマーケティングそのものが急停止し、広告出稿もそれに伴い激減。一方でECプラットフォーマーや、動画コンテンツを扱う配信サービスの存在感が強まりました。
ただし、これらの巣ごもり需要は経済全体が受けたダメージに比べれば小さなもので、外出自粛や生活様式の変化によって減った消費行動を補うものではない、ということは念頭に置くべきでしょう。全体の印象についてはこの程度にして、2020年以降の広告主と広告媒体の様子をそれぞれもう少し詳しく解説します。
広告主の変化
「withコロナ時代のプロモーション実態調査報告書」(2020年12月、一般社団法人日本プロモーショナル・マーケティング協会)によると、幅広い企業で今後のプロモーションに増やす手段として多く挙げているのが、インターネット広告(55.3%)とネット系プロモーション・ツール(23.7%)です。ある程度予算の見通しが立ったタイミングで、多くの企業がWeb広告やインターネット領域の施策に予算を投じていくことが予想されます。
補足となりますが、「2020年 日本の広告費」(2021年2月、株式会社電通)の調査結果では、2020年の広告費は前年比88.8%と大幅に減少、東日本大震災以来9年ぶりのマイナス成長を記録しています。マスコミ四媒体(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)やプロモーションメディア(屋外、交通、折込み、POPなど)が低迷する中、唯一プラス成長しているのがインターネット広告です。
こうしたデータから見ると、広告主はコロナ禍で、マスメディアや従来のプロモーションメディアからインターネット広告への移行をさらに進めたと考えられます。これはコロナ禍に限らず、今までも進んできた流れです。ただし、企業が投じる広告費が大幅に減っており、マスメディアのマイナスが大きいという点はコロナ禍の影響と言えます。Web広告はあくまで副次的な手法だと捉えてきた企業も、今後主軸の施策としてWeb広告を活用していくかもしれません。
また、デジタルマーケティングレポート(2020年7月、Merkle)では、検索エンジンの有料検索広告についてクリック数は伸びているものの、クリック単価は減少し続けているという結果が報告されています。
つまり、広告主は、先行きの見えないコロナ禍で広告予算全体は絞りつつも、Web広告掲出に対する意欲が高まっているということです。コロナ禍の長期化に伴う業績悪化が広告予算に響いている企業は少なくないでしょうが、2021年以降はWeb広告周辺に投じる予算差によって、企業の影響力に大きな差が出そうです。
広告媒体の変化
「2020年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」(2021年3月、CCI/ D2C/電通/電通デジタル)によると、2020年のインターネット広告媒体の広告費は、前年比5.6%増加しました。広告の種類別で詳細を見ると動画広告の伸長がめざましく、前年比27.2%増加しています。また、SNS広告市場も前年比16.1%増加と成長しました。インターネット広告費全体に占める割合は、動画広告が2割、SNS広告が3割と、それぞれ存在感を強めています。
取引手法に注目すると、コロナ禍で出稿を控える企業が多かったことから、予約型広告や成果報酬型広告は減少しました。しかし、この落ち込みは一時的なもので、2020年秋以降は回復の兆しを見せています。現在主流の運用型広告は、変わらず広告媒体費全体の8割を占める結果となりました。
また、広告媒体に影響する大きなニュースとして振り返っておきたいのは、2020年1月に発表された、Google ChromeにおけるサードパーティCookieのサポート廃止についてです。サードパーティに依存したモデルのアドテク関連企業は、大きな打撃を覚悟せざるを得ません。ここで生じた広告媒体費の変化は、2020年の段階では明確に語ることができませんが、今後の広告媒体側の対応は逐一チェックしておくと良いでしょう。
Web広告で今後重視される3つのポイント予想
2021年6月現在もwithコロナ時代が明ける見通しは立っておらず、感染防止を意識した生活はまだ続きそうです。多くの企業が注目するインターネット広告やWeb施策は、今後どのような変化を見せていくのでしょうか。3つのポイントに分けて、導入施策で重視すべきことを解説します。
ユーザーコミュニケーションを取るWebサイトやWeb広告
第一に、ユーザーコミュニケーションに関わる施策の重要性が増してくるでしょう。コロナ禍で接客や営業が難しくなっただけでなく、すべてのWebサイトがユーザーに対してあるお願いをしなければならない時代がやってくるからです。これについて、もう少し詳しく解説します。
2022年6月の個人情報保護法改正の全面施行に向けて、Webサイトやアプリなど、ユーザーの個人情報を取得できるツールを持つ企業は対応を迫られています。とくに早急な対応が必要なのは、Cookie情報取得のためのバナー表示です。
一般データの保護規則に基づき、Webサイトやアプリは、データ取得の同意をユーザーから得なければCookie情報を取得できなくなります。GDPRが施行された2018年以降準備を進めてきた欧州企業は、すでに8割程度の企業サイトがユーザーの同意を得るためのバナーを表示しているそうです。一方、日本企業は5割程度しか対応が進んでいないと言われています。
2021年になってから、企業サイトやアプリが次々とこのバナー表示対応を始めた印象があります。ただ、ひとりのユーザーの視点でこのバナー表示を観察していると、ページ訪問時唐突に通知が表示され、個人情報や行動履歴を取得すると伝えてくるのは、顧客体験として評価できるものではありません。私の場合は信用できない、あるいは認知していない企業のサイトにおいては、データ取得を拒否しています。どれほどのユーザーがすべてのサイトに対して自身の情報を提供することを許可しているのかはわかりませんが、この可否の割合が、そのまま企業の顧客情報差に結びついていく時代がやってきます。
表示が義務づけられているのだから、この体験自体を改善することは難しい。であれば、ユーザーとの間に信頼関係を構築し、納得いく形でデータ取得に同意してもらうという顧客体験を作るべきです。
こうした背景をふまえて、あらためてユーザーコミュニケーションの重要性が高まってくることが予想されますが、その具体的な手法の一つとして挙げられるのが、Web接客です。Web接客とは、通知やチャットを通じて一人ひとりの顧客に適したメッセージを伝え、購入を促したり、課題を解決したりする手段です。
ユーザーに対してクリックやタップ、簡単な文字入力といったアクションを働きかけることが可能で、まだデータ取得に至っていないユーザーと接点を持つ手段としても効果的です。もちろん、取得データを活かして購入を促すための機能も充実しています。
Web接客に限らず、Webサイトに信頼できる顧客体験を設計しておくことが大切です。この意識があるかどうかで、企業が取りうるユーザーデータの質や量には大きな差が開いてくるでしょう。
モラルのある広告クリエイティブが求められる
次に意識したいのは、モラルのある広告クリエイティブの制作です。SNSのバイラル効果は広告価値を高めるものとして注目されてきました。しかし、ここ数年はその影響力が逆効果につながるケースが急増しています。
ダイバーシティやインクル―シヴといった考え方が浸透しつつある昨今、偏った思想に基づく発言や広告は非難の対象です。とくに、一方的なジェンダー観や人種差別などを想起させるクリエイティブは拡散され炎上につながる可能性が高くなります。
この風潮は、より加速することが予想されます。さまざまなバックグラウンドを持つユーザーの立場から客観的にクリエイティブを分析し、企業ブランドを傷つけるものとなっていないか慎重に判断しましょう。
過度なビジュアルや誇張したメッセージで記憶に残ろうとしてきたマス・メディア的な表現は、すでに前時代のものとなりました。多くの顧客は広告というものを経験知として学んでおり、感覚が成熟しています。企業がもたらす社会的意義という観点からクリエイティブを磨く姿勢が、SNS時代の広告価値を高めるでしょう。
アドネットワークの衰退と、純広告やタイアップへの再注目
個人情報に関する法規制や媒体規制が厳しくなることで、アドネットワークの前提となる媒体横断型のビジネスモデルは改善を迫られます。従来のサードパーティCookieを代替する仕組みが誕生するとは思いますが、広告主の多くは、ファーストパーティデータを重視する施策へと移行するでしょう。
そうすると、純広告やタイアップのニーズが増えてくることが予想されます。第三者を介さない直接取引によるWeb広告掲載の手段としては、純広告が妥当だからです。近年は大手広告プラットフォーマーに依存しない、独自の広告掲載システムを提供する広告媒体も増えてきました。媒体の読者を細かにセグメントし、良質な顧客体験を維持しつつ、確度の高いユーザーに広告を表示するシステムを持つ広告媒体は、新しい潮流を象徴する存在です。
講談社が提供する『OTAKAD』も、大手広告プラットフォームを介さない広告プラットフォームの一種です。講談社が運用する複数メディアの読者に対して広告を配信するだけでなく、コンテンツ力のあるキャラクター活用したタイアップ企画の提案など、出版社が母体である強みを活かしたプランも充実しています。影響力を持つメディアと読者データ、それに紐付いたWeb広告施策を自社で保有する企業は、広告媒体として頼れる存在となるでしょう。
効果的なWeb広告施策を打ち出すために
このように、Web広告に求められる機能や考え方は、ここ数年で大きく変化していくことが予想されます。広告主側はトレンドをつかみながら対応していくことが肝心ですが、そのときに意識したいのは、自社にある資源を最大限に活用することです。資源として挙げたいのは、「取得データ」「ランディングページ」「顧客接点」の3点です。
自社取得データを活用する
第一に、自社サイトの取得データと真摯に向き合いましょう。サードパーティデータ利用に制限が増えると、ファーストパーティデータの価値はさらに高まってきます。ユーザーから上質なデータを得るためには、前章で挙げたユーザーコミュニケーションを積極的に取ることや、EFO(エントリーフォーム最適化)といった施策が効果的です。Cookie取得の合意を得ることや入力フォームの離脱を防ぐことが、優先順位が高い施策と言えるでしょう。
Web広告とランディングページの交点を最適化する
Web広告の効果に課題を感じる企業は、ランディングページの見直しも必要かもしれません。というのも、ランディングページとWeb広告は本来セットで施策を考えるべきものだからです。流入経路となるWeb広告と受け口となるランディングページは、顧客体験という観点から見れば、ひとつのストーリーを紡ぐ要素です。訴求ポイントがずれていたり、ランディングページの内容が充実していなかったりすると、ユーザーの離脱が増えます。
ランディングページを「コンバージョンの改善」という切り口から管理・改善できるツールも登場しています。たとえば、2020年Microsoftが発表したClarityは、ランディングページのヒートマップチェックや行動録画ができる無料ツールです。ランディングページについて考え始めるきっかけとして、こうした手軽なツールがあることを念頭に置いておきましょう。
今後、ランディングページ最適化に役立つツールは、さらに登場してくるはずです。Web広告と連携させながらランディングページの内容を見直していくことで、一連の顧客体験を改善していくことができるでしょう。
最適な顧客接点をつくる
前章で挙げたWeb接客ツールの導入などはもちろん、今後はWeb広告も顧客接点の一つであると考え、適切なメッセージングを心がけることが大切です。
インターネット広告全体は、いよいよマス・メディアに代わる広告のスタンダードモデルとして認知されていくことが予想されます。その中で意識したいのは、Web広告の価値そのものも上がるということです。
これまでのWeb広告はデータ至上主義に基づいて運用されており、Web広告とユーザーの出会いひとつひとつにフォーカスした分析はあまり重視されていなかったと思います。今後はそうした視点での分析も行いながら、顧客接点としてのWeb広告の質を高めていく努力が、コンバージョンに結びついていくでしょう。
Web広告から始まる一連の顧客体験を改善していく
コロナ禍や個人情報保護関連の影響で、Web広告とその周辺領域は、変化の渦中にあります。ただこれまでもこれからも変わらないことは、インターネットの情報発信は双方向性があり、デジタルマーケティングにおける企業とユーザーは対等な関係であるということです。
企業はユーザーとの間に信頼関係を構築するために、Webサイトを基軸とした顧客体験を綿密に設計していく必要があります。その一つの手段として、Web広告を捉えると良いでしょう。
顧客体験の改善という視点から、Web広告からランディングページへと続くストーリーを意識すると、優先度の高い施策が何であるかがおのずとわかってくるはずです。Web広告施策の改善に取り組む際、ぜひ参考にしてみてください。
>#1 アドネットワーク、DSP、DMP、ユーザーデータ...。WEB広告の基本とは
>#2 広告プラットフォームのトレンドと特色を知って結果につなげよう
>#3 WEB広告に関するデータ分析のステップと、今後のデータ活用を考える
>#4 ペルソナとAIがもたらす広告配信の変化
>#5 広告プラットフォームを活用するための基礎知識
筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)
広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。