2021年が始まりました。記事執筆時点の1月14日で11都府県に緊急事態宣言が発出されて予断を許さない状況下、知人が陽性になったとの話も複数聞こえてきました。最後に自分の身を守れるのは自分だけ、感染予防対策をしっかり心掛けながら気を付けねば、と思っています。
前回は、日本国内に居住する男女3~74才2,000名を対象として9月17日(水)~23日(水)に実施した最新定量調査結果から、キャラクターが提供する体験価値について、以下の傾向をご紹介しました。
- 物語への没入感や共感が高まることで、仲間との共通言語になるマンガ・キャラクター
- 少年マンガが提供する主な体験価値は「元気・楽しさ」と「非日常感」
- ヒット作品は男女問わず、「非日常感」「元気・楽しさ」に加え「参加・注目・同一視(なりきりやすさ)」で高評価
今回は、マンガ・キャラクター作品が提供する体験価値のうち、キャラクターの好意度や関連商品所有意向、つまり起用効果を高めるのに有効な因子が何なのか? を明らかにすべく、前回に続く形で主な少年マンガを題材に分析を進めます。
具体的には、多変量解析の一手法であるSEM(共分散構造分析)を用いて「キャラクターの提供体験とユーザーの好意度や商品所有意向との因果関係」についてご紹介します。
好意度も関連商品所有意向も高いマンガ・キャラクターの共通点は?
最初に、主要マンガ・キャラクターがどの程度好意を持たれ、関連商品を欲しいと思われているのかを比較してみました。
図表1は、上記キャラクター定量調査による、主要マンガ・キャラクターに関するキャラクター好意度(X軸)と関連商品所有意向(Y軸)と認知率によるバブルチャートです。
個々のキャラクター認知者を母数とした好意度(「好き」+「やや好き」と答えた人の割合)をX軸に、関連商品所有意向(「ほしい」+「ややほしい」と回答した人の割合)をY軸にした散布図で、認知率(「よく知っている」+「名前を聞いたような気がする」と答えた人の割合)を個々のキャラクターの円の大きさで表しています。
図表1. マンガ・キャラクターの好意度×関連商品所有意向×認知率によるバブルチャート(男女3-74才)
好意度も関連商品所有意向も高い右上ゾーンには、少年マンガ原作で、TVや劇場版で何度もアニメ化された作品が多く含まれています。
ヒット作品だから何度も劇場版が作られる訳で、鶏が先か卵が先かの理屈になりますが、アニメ化作品全てがうまくいくとは限りません。ファン層が拡大し、今に続く人気が保たれる契機としてアニメ化が機能した点が、各作品とも共通しています。
中でも「ドラえもん」が認知、好意、関連商品所有意向いずれでも突出して高く、好意度では「名探偵コナン」、関連商品所有意向では、調査時点で既に多くのコラボグッズが展開されていた「鬼滅の刃」が次いで高くなっています。
講談社の主要マンガ・キャラクターでは、「はたらく細胞」と「五等分の花嫁」が、認知率こそまだ高くないものの、好意度と関連商品所有意向がいずれも高くなっています。どちらも2021年1月からTVアニメ第2期が放送開始されており、今後さらに認知者が増えてファンの裾野が広がるものと思われます。
他にも好意度が高い作品として、ドラマ化の際に話題になった「逃げるは恥だが役に立つ」「コウノドリ」、関連商品所有意向が高い作品として、「カードキャプターさくら」「美少女戦士セーラームーン」「FAIRY TAIL」「転生したらスライムだった件」などが挙げられます。
なお、多くのマンガ・キャラクターが好意度も関連商品所有意向も低めの左下ゾーンに位置していますが、その中には特定の性・年代に強く支持され続けている長期連載作品も多数含まれています。今回はあくまでも男女3-74才全体についての調査結果のため、その点をご注意ください。
キャラクターへの「好意度」に特に影響を及ぼす提供体験は?
図表2は、前回紹介した個別キャラクターが提供する体験価値と、キャラクター好意度および関連商品所有意向の因果関係を示すため、概念モデルとして筆者が作成したパス図です。
図表2.キャラクターが提供する体験価値と好意度、関連商品所有意向のパス図
前回ご紹介した因子分析※1で算出した5つの因子を潜在変数※2として設定し、各因子を構成する項目(観測変数※3)と矢印で結びつけています。矢印の向きで因果関係を示し、矢印は単方向と双方向の二種類が存在します。
今回作成したパス図の左側は、因子分析に相当します。そしてパス図の右側は、潜在変数として設定した5つの因子がそれぞれ「好意度」と「関連商品所有意向」にどれだけ影響を及ぼしているのかを示す、重回帰分析※4に相当します。そして上記パス図で小さな〇で「e○○」と表記されているのは誤差変数※5です。
この、因子分析や重回帰分析などの機能を併せ持つ統合的な統計手法は、共分散構造分析、または構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling:SEM)と呼ばれています。今回はIBM SPSS Amos 27を使って集計しました。
※1:因子分析:多変量データに潜む共通因子を探り出すためによく使われる統計手法。表中の因子負荷量は各変数と各因子の相関係数で、0から±1の値をとる
※2:潜在変数:直接的に調査・測定していない、仮定上の変数。因子分析の「因子」に該当する。パス図では「丸」か「楕円」で囲んで表記する。
※3:測定変数:直接的に測定した変数。因子分析の「項目」に該当する。パス図では「四角」で囲んで表記する。
※4:重回帰分析:説明したい1つの変数(従属変数と呼ぶ)を、複数の変数(独立変数と呼ぶ)を使って予測する統計手法。集計の結果算出される標準偏回帰係数(Amosでは標準化推定値)は、各独立変数が従属変数に及ぼす影響の向きと大きさで、0から±1の値をとる
※5:誤差変数:分析している潜在変数や構造変数以外の要因を意味する変数。パス図では「丸」か「楕円」で囲んで表記する。
ここからは、キャラクタータイプ別のSEM結果を記載します。今回のモデルは全般に説明力が高く、データの当てはまりがよいと評価※6されました。図中の矢印横スコアは標準化推定値で、矢印方向の影響度合いの大きさを示しています。
※6:SEMモデル全体への評価に関する各指標
図表右下のχ2値と自由度でモデル全体の帰無仮説を行っており、いずれも有意(=モデルは棄却されない)。
GFIは適合度指標、AGFIは修正適合度指標で、0-1までの値をとり、1に近いほど説明力がある。GFI≧AGFIで、GFI と比べてAGFIが著しく低下するモデルは問題がある。CFIは値が1に近いほどデータの当てはまりが良い、RMSEAは0.05以下なら当てはまりが良くて0.1以上だと当てはまりが悪いと判断。
調査対象全111キャラクターでは、提供体験の潜在変数5因子のうちで「好意度」と「関連商品所有意向」に特に影響を及ぼしているのは、「元気・楽しさ・ワクワク感」と「癒し・安らぎ・収集」でした(図表3)。また、「癒し・安らぎ・収集」を構成する癒し系の要素が、グッズ収集欲求を刺激している様子が窺えます。
図表3. 全111キャラクターの提供体験と好意度、関連商品所有意向:因果モデル
対照的なキャラクターのタイプとして、マンガ原作系とファンシー系を比較してみました(図表4)。
図表4. マンガ原作系とファンシー系の提供体験と好意度、関連商品所有意向:因果モデル
《マンガ原作系(計30)》
《ファンシー系(計6)》
「好意度」に特に影響を及ぼす提供体験が、マンガ原作系では「元気・楽しさ・ワクワク感」なのに対し、ファンシー系では圧倒的に「癒し・安らぎ・収集」と、支持構造が異なることがわかります。「元気・楽しさ・ワクワク感」は、ストーリーが展開する中、登場キャラの行動や感情に引き込まれながら、時には共感、時には反発することで次第に生じる感情ですが、「癒し・安らぎ・収集」は、見た目のデザインやグッズの材質などで瞬時に生じる感情のため、このような違いが出てくるのでは、と推察されます。
ただし、「関連商品所有意向」に最も影響を及ぼす提供体験は、マンガ原作系、ファンシー系ともに「癒し・安らぎ・収集」で共通します。シリアスなストーリーのマンガに登場するキャラクターも、グッズ化の際には2-3頭身にかわいくデフォルメされて人気を集めることがあり、そのような現象も反映した結果ではないか、と思われます。
少年マンガに好影響を及ぼす提供体験は「非日常感」と「元気・楽しさ・ワクワク感」
以降は、個別マンガ・キャラクターのSEM結果を紹介します。まずは少年マンガから、「五等分の花嫁」と「進撃の巨人」です(図表5)。
図表5. 少年マンガ作品の提供体験と好意度、関連商品所有意向:因果モデル
《五等分の花嫁》
《進撃の巨人》
「五等分の花嫁」では、「好意度」に影響を及ぼす提供体験が「郷愁・幼年回帰」と「非日常感」、「癒し・安らぎ・収集」です。現実にはあり得ない設定に引き込まれつつ、学生時代の郷愁を誘われ、癒されながらグッズ収集意欲を掻き立てられているファンの姿が目に浮かびます。
「進撃の巨人」では、「好意度」と「関連商品所有意向」に影響を及ぼす提供体験が「非日常感」と「元気・楽しさ・ワクワク感」です。こちらも現実にはあり得ない設定と、ラスト間際ながら先の見えない展開に引き込まれて、グッズ収集意欲まで掻き立てられているファンが多数いるようです。
ここで参考までに、他社の大ヒット少年マンガについても、「鬼滅の刃」と「ワンピース」を例にご紹介します(図表6)。
図表6. 大ヒット少年マンガ作品の提供体験と好意度、関連商品所有意向:因果モデル
《鬼滅の刃》
「鬼滅の刃」は、最近のブームに乗って若年層を含むライトファンが多く流入していることからか、「好意度」に影響を及ぼす提供体験は「非日常感」がやや高い程度で、明確な傾向が見られませんでした。「癒し・安らぎ・収集」が「関連商品所有意向」に及ぼす影響が極端に大きくなっていますが、様々なコラボグッズやキャンペーングッズが溢れているため、流行に乗り遅れるまいとグッズ収集に全集中している人の多さを示す結果ではないかと思われます。おそらく年代やファン歴で支持構造が異なっていると考えられるため、さらなる分析が必要です。
《ワンピース》
「ワンピース」は、「元気・楽しさ・ワクワク感」が「好意度」と「関連商品所有意向」に好影響を及ぼしています。こちらも「癒し・安らぎ・収集」が「関連商品所有意向」に及ぼす影響が高く、これまでのコラボグッズやキャンペーングッズの多さとの関連性についてなど、やはりさらなる分析が必要です。
今回は以上です。SEM(共分散構造分析)に慣れていない方にとってはとっつきにくい内容でしょうし、性・年齢でターゲットが細分化されている作品も多いためか、男女3-74才全体では明確な結果が出なかった事例が複数ありました。
そこで、来月の第10回では、今回紹介しきれなかった青年マンガや女子マンガを含めて、ターゲットを絞り込んでのSEM分析を続行してみます。どうぞお楽しみに。
<バックナンバー>
第1回:調査データにみる日本人とマンガ・キャラクターの関係
第2回:データでわかった、キャラクターが提供する体験と効果の実像
第3回:キャラクターが誰に、どのように効くのか可視化する
第4回:Twitterの書き込みからマンガの情報拡散を分析する
第5回:Googleトレンドから見えた、マンガ・キャラクターの人気傾向とクラスタリング
第6回:最新調査で探る各種マンガコンテンツの「広がり」と「熱さ」
第7回:DX(デジタルトランスフォーメーション)が進むキャラクターとユーザーとの接点
第8回:ユーザーへの提供体験は、キャラクターによってどう異なるか
筆者プロフィール
野澤 智行(のざわ ともゆき)
栃木県宇都宮市出身。1987年千葉大学文学部卒業、(株)ビデオリサーチ入社。98年旭通信社(現ADKグループ)入社、研究開発部門、マーケティング部門で広告効果やブランディングの研究、企業のマーケティング・プロモーション支援を、キャラクター総研リーダーとしてアニメコンテンツの戦略支援、キャラクターに関する開発・活用提案を行う。2013年に日本百貨店協会主催「ご当地キャラ総選挙」実行委員として、企画立案およびキャンペーン・イベント総指揮を担当。デジタルハリウッド大学院で客員教授として、現在は法政大学経営大学院で学びながら、駒澤大学や福井工業大学で講師も務める。