AIが描く、マーケティングとユーザーの正しい交点
後編:データの正しい理解と応用をAIが実現する
最新のマーケティングをさまざまな視点で語る連載コラム。今回のテーマはマーケティングにおけるAI(人工知能)活用です。
AIは、マーケティングに関わる業務効率化や分析に寄与するものとして注目されています。しかし一方で、その具体的な活用方法が見いだせない、マーケターとAIの役割が明確でない、という悩みを持つ方も多いでしょう。
前編では、AIができることとマーケティングに与える影響について振り返ったうえで、マーケターとAIがどのような関係性を築いていくべきかを考察。マーケターはAIの特性を理解したうえで、その判断に依存することなく、市場を俯瞰したうえで手を取り合うような関係性を目指すべきと結論づけました。
後編では、そうしたマーケターとAIの関係性が良好な結果を生み出しているマーケティング事例を紹介します。
「ニトリ」が挑戦する自動化とユーザーエクスペリエンスの向上
インテリア小売業大手であるニトリは、数年でAIやクラウドを活用したオンライン(ECサイト)とオフライン(店舗)の連携を進めてきました。アプリで店舗商品のバーコードを読み取ることで、その場で商品を買うことなく、自宅に商品が届けられる「手ぶらdeショッピング」はその一例です。
また、ニトリはグーグルのディスプレイ広告をクリックしたユーザーが来店しているかどうか計測する来店コンバージョンを活用しています。さらにそれを自動化することで、ユーザーの位置情報から来店有無を判断し、来店に結び付く広告を自動表示しています。
例えば、あるソファの商品写真をディスプレイ広告に表示し、そのソファをクリックすると「近くのニトリをGoogleで検索する」ことに誘導します。その後、そのユーザーが検索したニトリに来店したかは、グーグルアカウントと紐付いた端末の接続地点によって判別されます。
ニトリはこうした商品広告に対する来店率を広告単価の基準とし、機械学習によってその入札作業を自動化しました。運用リソースを割くことなく、来店に直結する広告表示をし続けることに成功したのです。また、この施策によってニトリへの来店者数は36%増加しました。
オンラインとオフラインを連携させることを指標とし、機械学習に頼れるところは頼る。この采配が、ニトリユーザーの購入体験を利便性の高いものへと導いています。
また2019年7月、ニトリはソフトバンクと協業し、画像検索エンジン「Image Search」を導入しました。ニトリのオンラインショップでは、写真やスクリーンショットを登録するだけでその商品や類似商品の一覧を確認し、そのまま商品を購入することができるようになりました。また、同エンジンの利用によって、ニトリスタッフは店舗で訊かれた商品を素早く検索することも可能です。
外出先で気に入ったものを「Image Search」アプリで撮影すると、ニトリで扱っている類似商品をレコメンドしてくれる(画像提供:株式会社アイリッジ)
こうした一連の改革は、ユーザーのニーズと、来店という体験の模索から始まっています。膨大なユーザーのニーズを正しくつかみ取るために、機械学習によるデータ分析は必要不可欠です。どんな購入体験をユーザーに提供したいかマーケターが考えたうえで、適切なポイントにAIを利用するニトリのサービスは、極めて合理性の高い好例と言えるでしょう。
チャットコマース×不動産業界の好例、「チンタイガー」
AIによって成立するマーケティング手法のひとつが、チャットボットです。一方的に広告を見せるのではなく、ユーザーの課題解決に向けたコミュニケーションを取り持つことができるのがチャットボットの特徴です。
チャットを利用したユーザーへの訴求はチャットコマースと呼ばれ、SNSを利用するターゲット層には極めて親和性が高いと言われています。事例のひとつとして、不動産業者CHINTAIのチャットボット「チンタイガー」を紹介します。
チンタイガーはLINEアカウントがつながったユーザーと全自動でコミュニケーションを取るキャラクターで、ユーザーの条件に応じた物件の紹介や、過去の履歴に基づいたおすすめ物件のニュースを送ってくれます。また、位置情報に基づいた近くの物件も表示します。
チンタイガーは顔文字やくだけた表現なども使いながら、短文でのコミュニケーションを行います。まるで友だちにLINEを送っているかのような使い心地で、ユーザーは物件を探すことができます。
不動産業は顧客と1対1での対応が必要不可欠なうえに、課題解決までの時間が想定しきれない点で営業単価が読めない特徴があります。物件を検討する段階のユーザー対応をAIに任せたことで、対応リソースの削減に成功するだけでなく、的確な物件情報を開示してユーザーのニーズにも一層応えることに成功しました。
チャットコマースはAIにユーザーコミュニケーションを一任するため、骨子となるシナリオが成功の鍵を握ります。このシナリオを作るのはAIではなくマーケターです。
ユーザーが好む傾向や必要な情報を的確に答えるシナリオ作りを徹底したからこそ、チンタイガーはユーザーのニーズに沿ったサービスになったのでしょう。その成果は、AIとマーケター双方の役割分担が適切に行われた賜物です。
クリエイティブなキャンペーンを、効率よくユーザーに届けた「ポカリスエット」
大塚製薬のポカリスエットは、広告掲載サービスGumGumと連携し、AIによるインターネット記事の自動認識と判別を用いたキャンペーンを実施しました。
GumGumはAIによって、オンラインコンテンツのテキストと画像双方を自動認識し、各ページに適した広告を表示するサービスを提供しています。たとえば、料理関連の記事には鍋の広告を、猫の記事には動物関連の広告をといった風に、記事の傾向に合わせたレコメンドを行います。また、同サービスはAIの認識によって危険性のある記事への広告表示を避けるため、ブランドセーフティーの観点でも効果的です。
ポカリスエットはこのGumGumのサービスを利用し、ポカリスエットを飲む必要性が出てくるアクティビティやダイエットに関する記事にインイメージ広告(記事内イメージに溶け込むようなクリエイティブの広告)を設置。ABテストを経て、ウォーキングの歩数をカウントできるシミュレーターの企画ページへユーザーを導きました。
企画ページ「STEP MAP」では、ユーザーの性別や身長、体重などを入力させたうえで、地図上のウォーキングルートから歩数をシミュレーション測定することができます。
距離や歩数と併せて必要な水分摂取量を表示することで、ポカリスエットをアピールするのが広告の着地点です。
作り込まれたクリエイティブである一方、ユーザーが最後までコンテンツを楽しむには1分程度の時間を要します。このページが広告効果を発揮するためには、ウォーキングに対して積極的かつ具体的な目標を持ったユーザーをページに誘致する必要がありました。そうした判別をAIによる広告表示サービスによって解決した結果、本キャンペーンは業界平均値を超える10.33%のエンゲージメント率を記録しました。
GumGumが提供するページ認識による自動広告表示は、今後のAIとマーケティングの鍵を握るランダム性につながるものだと考えられます。ユーザーの行動履歴に応じた広告表示は、合理的な方法として現在主流となっていますが、ユーザーにとっては過度なレコメンドや既視感のあるコンテンツの増幅にもつながりかねません。ページごとの属性を画像とテキストから認識する技術があれば、ユーザーは純粋に興味のあるコンテンツを楽しみつつ、それと類似の新規性のある広告と出会えます。
今回のポカリスエットの広告は、そうした偶発的な出会いとしてウォーキングとポカリスエットの親和性を示し、幅広い流動的なターゲット層に訴求しました。歩数シミュレーションというある程度の時間をかけて楽しむエンターテインメントコンテンツを的確な層に届けたことで、ブランドイメージの定着につながる体験を生み出せたと言えるでしょう。
AIは特別視する相手ではなく、マーケティングのパートナーである
今回ご紹介した実例は、いずれもAIを導入したことが大々的な話題を呼んでいるものではありませんが、AIによる分析や自動化が、展開しているキャンペーンやプロジェクトにフィットすることで、高い評価や効果を得ています。
AIの力を的確に借りることができれば、マーケティングは極めて効率的かつ成功率の高い業務へと進化を遂げます。そして、的確に力を借りるためにはマーケターの判断力が必要です。どんなサービスを活用するか、どのようにAIを用いるかを熟考することこそ、マーケターが請け負うべき最大の仕事かもしれません。
自社のサービスやプロダクトをより多くのひとに届けるために、データをどう扱うか。その複雑で終わりの見えない問いの答えを、AIと共に探ってみてはいかがでしょうか。
筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)
広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。