2019.11.06

望まれる"次世代型教育産業"とは!? │ キッザニア KCJ GROUP 住谷栄之資氏インタビュー

さまざまな業界のトップに、その企業が実施した課題解決や将来展望をヒアリングして好評を博したインタビューシリーズ「業界未来図」。「教育・医療サービス」という業種からは、キッザニア KCJ GROUP 住谷栄之資氏に取材に応じていただきました。過去人気だった回を再編集してご紹介します。

そろそろ21世紀型の教育を始めよう。社会が望む人材は勝手には育たない! 
望まれる"次世代型教育産業"とは!?

KCJ GROUPが運営するキッザニアは、こども向けの"職業体験型テーマパーク"だ。施設に築かれた「街」の航空機パイロット、お菓子工場の工員、消防士などなどはみんなこども。ANA、森永製菓、AIGなど錚々たる企業からスポンサードを受け、仮にパイロットであればフライトシミュレーターで"操縦"可能など、リアルな職業体験ができる。'06年にキッザニア東京が誕生すると、'09年にはキッザニア甲子園(兵庫県)が開業、現在は名古屋への出店計画も進めるなど人気がとどまらないなか、住谷栄之資代表取締役社長兼CEOは今の教育産業に何を思うのか。

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キッザニアは、モタモタする姿を見守る施設?

夏目 別の角度から質問を始めたいのですが......今のこどもたちは昔と違う、と感じることってありますか?

住谷 いえ、こどもたちはいつの世も変わらず、よほどシリアスな場面でない限り無邪気に明るく遊ぶものだと思います。ただ"大人たちがどんな環境にいるか"は敏感に察知しているはずです。むしろ現代は、大人たちが昔と違うのではないでしょうか。昭和の頃、大人は「今より悪くなることはない」とがむしゃらに頑張っていました。一方、現代は満ち足りた世の中ですが、「今以上」を望む大人が少ない。さらに言えば"こどもを見守る余裕"もありません。

夏目 どのような場面でそうお感じになりますか?

住谷 例えばこどもがユニフォームを着るとします。その時、こどもは「まずここに腕を通して、次に......」と自分の頭で考えようとするはずで、当然、モタモタします。ただし、こどもの「考える力」を育てたいなら、そのモタモタする姿を見守ってあげるべきなんです。
ところが今は大人が忙しい。時間がないからつい着させてあげてしまう。これでは、こどもは自分で考える力を身につけられません。
ただし、これは特定の大人の責任ではなく、社会の風潮に原因があると思います。大人は職場で「早くやれ」「結果を出せ」と追われ、まさか「ゆっくりやりなさい」とは言われないから「早くやることが正しい」と思ってしまいがちなんです。

夏目 なるほど。

住谷 あえて言えば、キッザニアは「モタモタする」姿を見守る施設かもしれません。(消防士やパイロットなどの)仕事に慣れたこどもは誰もいませんよね。だからみんな、新しいことに時に戸惑い、それを理解し、時には自分なりのやり方にトライしたりする。これが実は、こどもたちにとっては楽しいんです。

塾もキッザニアも、学校教育を補完していた

夏目 住谷さんがキッザニアを起業されたきっかけをお教えください。60歳を過ぎてから起業されていますね。

住谷 ええ、元は先輩と一緒に起業した会社に勤めていました。キッザニアと出会ったのはたまたまで、定年退職後、アメリカ人の友人から「メキシコにこんなテーマパークがあるよ」と話を聞いたんです。面白そうだと思い、日本での展開も視野に入れつつ家族で訪ねてみると......孫たちが閉館時間まで帰ろうとせず「明日も来たい」と言うんです。その時、私は成功を確信して、ライセンスの獲得と日本への誘致を決めました。もし孫が「もう帰りたい」といっていたら、日本にキッザニアは誕生していなかったかもしれません(笑)。

夏目 キッザニアは工場見学のように何かを見るだけでなく、体験ができるからこどもがワクワクするんでしょうね。例えばムーンスターの「くつ工場」のパビリオンに行くと、タブレットでパーツに色や模様をつけて靴のデザインができます。

住谷 しかも、仕事を体験すると「キッゾ」という通貨でお給料がもらえます。その時、こどもたちは本当に嬉しそうな顔をしてくれるんですよ。これは何かをもらえたことがうれしいだけでなく、自分が社会に参加したことがうれしいはずなんです。そして、こどもたちはもらったキッゾをどう使おうか自分で考えます。実はこの「社会に参加した感覚」や、キッゾの使い方を「自分で考える」ことも大切な要素です。

夏目 一足先に大人になれた、何かに変身できたような楽しさもありますよね。キッザニアは「エデュテインメント」をコンセプトにしていますが、いままでこういった施設はなかったのかな、と想像します。

※エデュテインメント=楽しむ(エンターテインメント)+学ぶ(エデュケーション)の造語

住谷 今まで日本では「教育」というと「教える」ことを指していたと思うんです。先生や親も「いい教え方ないかな?」と気を揉みますよね。しかし、こどもたちが自分で考え、何かに気づく体験も重要なはずなのです。私は学校教育や塾を否定するつもりはまったくなくて、こどもたちには「教える」ことも必要だと思います。でも、自分で考え、自分で気づく機会をこどもたちに与えることも大人の役割だと思っています。

夏目 学校では気づけない何かに気づける場をこどもたちに与えているわけですね?

住谷 そうかもしれません。以前はおもに学力によって能力が評価されてきました。しかし多くの方が現状にクエスチョンを持っていたのだと思います。例えば無人島に行って自活するような能力も、誰かを笑わせる能力も、生きていくために大切な「能力」ですよね。そしてキッザニアには、職業を体験することによって「僕にはこういう何かをデザインする仕事が向いているのかもしれない」とか「私は誰かに喜んでもらえた時が一番楽しかった」と自分の能力を感じるチャンスがあるんです。これが社会に受け入れられたのだと思います。

夏目 学校教育を補完するという意味では、塾と同じ役割もあるんですね。

実在する企業がスポンサーとなった、こどもサイズのパビリオンがリアルな街並みを形成している

次の世代で伸びるのは、最先端の職業にコミットした教育

夏目 考えてみれば、いま、社会人教育の場でも「学びだけでなく"本人の気づき"や"本人の頭で考えたこと"を大切にしよう」という空気がありますよね。確かに、学びだけだとダイバーシティ(多様性)が失われてしまいます。

住谷 まさにそこです。例えば企業が学生を採用するときに何を重視するかの調査結果を見ると、パッション、コミュニケーション、コラボレーション、クリティカルシンキング(枠組みにとらわれない発想)、といった項目が並んでいます。ところが、これらを持った人材をいかに育てるかに関しては手つかずなんです。

夏目 私見ですが、学校教育も時代遅れなのかな、とも思います。計算や歴史の年号の暗記など、エクセルや検索ページがあれば1秒もかからず正解が導き出せますよね?

住谷 いえ、私は学校教育を否定はしませんし、ある程度はこどもたちに大切なことを教えていくことも大切だと考えます。ただ、世の中が求めるものが変わっていて、学校教育だけでは対応できない部分が大きくなっていると思うんです。高度経済成長の時期はモノが足りなかったから、工場などでモノを大量生産できる、規則通りに動ける人が求められていました。しかし今は「何をつくるか」も要求される時代ですよね?

夏目 iPhoneもそうですが、モノを大量に安くつくるより、新しい技術を活かして何をつくるか考えるほうが大切な時代ですよね。

住谷 そこにキッザニアの意味もあります。当社は「ジュニアチャレンジジャパン」という中学生向けのプログラムを用意し、例えばAIの分野で著名な企業経営者をお招きし、特別なプログラムを実施しています。また、人気YouTuberをお招きして「YouTuber体験」をしてもらったり、ロボット、アート、食育など、様々な分野でプログラムを実施しました。
なぜなら、「新しい何かをつくってみたい」という思いは、やはりワクワクしながら世の中の最先端と触れ合ってこそ生まれるものだからです。これらの体験を通して好奇心を持てば、こどもたちは学校の授業も「今これを学んでいるのは、あの時に見たあの職業に役立つからなんだ」と広い視野を持って聞いてくれます。また、ニュースに興味を持つなど、自分から学び始めるでしょう。

夏目 なるほど、わかってきました。いままで教育産業というと塾や〇〇教室が多かったと思うのですが、今後は、こどもたちの大学進学でなく、こどもたちがどう働くか、どう社会と向き合うか、そこを教育すべきなんですね。そして教育産業の中でも、そこにコミットした企業が伸びていく......。

住谷 だといいですね。そして、そういう教育もあったほうが、日本の将来のためにもなると思うのです。

実を言うとキッザニアは大人を対象とした施設でもあった!?

夏目 一つ伺いたいのですが、これだけのスポンサーが集まったのもまたすごいことだと思います。大きな資本があったわけでなく、「エデュテインメント」という言葉もほぼ使われていませんでした。

※エデュテインメント=楽しむ(エンターテインメント)+学ぶ(エデュケーション)の造語

住谷 徒手空拳だったなか様々なスポンサードを受けられたのは、背景に思想があったからでしょう。もちろん、前職からのお付き合いでプレゼンテーションさせていただいたこともありますが、お付き合いだけで資金は集まりません。多くの企業幹部が、日本の現状に危機感を持っていたんです。「勉強しなさい!」から始まる勉強でいいのか? そのまま大人になって仕事が楽しめるのか? と。

夏目 ちなみにキッザニアのスポンサードをするメリットはどんなところにあるのですか?

住谷 まずはCSRにつながります。キッザニアの職業・社会体験は、こどもたちがコミュニケーション力、チームワーク、ホスピタリティなど、様々な能力を身につけられるように考えられています。また、親子両方へのブランディングにもつながります。良い体験の中で企業特性をつかんでもらえるからです。

夏目 スポンサーさんから言われてうれしかったことはありますか?

住谷 皆さん「従業員や現場の人間たちのモチベーションがグッと上がったように見える」とおっしゃいますよ。

夏目 こどもたちにとってカッコいい職業になった、という感覚があるんでしょうか?

住谷 それもあるかもしれませんし、従業員の方たちが「自分たちの仕事を理解してもらえた」と感じる部分もあると思います。働いている皆さんにはきっと、「本当はここまで考えているんだよ」「仕事としてやっているけど、喜んでほしい」といった思いがあるはずです。それをこどもに体験し、理解してもらえた、という喜びもあると思います。もちろんそれは、保護者にも伝わるでしょう。実を言うとキッザニアは大人も対象にした施設なんです。こどもたちの気づきは、保護者の方にも伝わっていくはずですからね。

夏目 完成度が高いビジネスモデルなんですね......。

飛行機の搭乗口に佇む住谷社長。ここから、こどもの国キッザニアに入国できるのだ

グローバルよりコスモポリタンの時代がやってくる

夏目 では、キッザニアの運営のなかで、住谷さんが懸念する部分はありますか?

住谷 よく「グローバル化を進める」といった言葉を聞きますが、私は今後、望まれるのは「コスモポリタン」だと思っています。「グローバル」は、どこか「世界の仕組みを統一しよう」という試みのように感じます。みんな一つの価値観で考えて、こういうのが偉い人で、こういう人たちは貧しい、と決めつけてしまうシステムに見えてなりません。 
一方「コスモポリタン」には、自然や歴史から生まれたそれぞれの地域の特徴ややりかたを尊重しつつ、地球規模で活躍する人材、という意味があります。歴史が全人類の共存をゴールとするなら、私はコスモポリタンのほうがうまく行くと思います。
 資本主義の世の中だと、大抵はお金を持っている人は羨ましがられ、相対的にお金がない人たちは貧しいとされますが、そんな一軸で人間の評価をしていいわけがありません。現在は経済の軸が資本主義だから、仕方ないと言えば仕方ないのですが、周囲を見渡しても、全員が全員、お金持ちになりたいと思っている人ばかりでもないじゃないですか。

夏目 それに対するアクションは?

住谷 現在のキッザニアも、コスモポリタン的な考え方に基づいて運営されています。消防士、裁判官、サービス業など様々な職業を経験すれば、様々な視点でものを考えられるこどもたちが育つと思うんです。また、中学生向けカリキュラムの「コスモポリタン キャンパス」も開催しました。4Cスキル(コミュニケーション、クリティカルシンキング等)や、国境や文化の違いを超えて共生することの大切さを学ぶために、各界の第一線で活躍する人物を招いて「世界の中の日本を知ろう」「AIとヒトの未来とは?」「哲学対話にチャレンジ」といったテーマで講義とワークショップを行うものです。
 私は、多くのこどもがそれぞれの能力や持ち味を活かして、ともに尊敬しあって生きる世界にできたらいいな、と夢見てもいます。

夏目 もし教育産業が「学校教育では学べないことを補完する」ものなら、時代を追って、塾で受験対策をする、エデュテイメントで職業を知る、その次は4Cやコスモポリタン的な考え方を身につける、と進化して行くのかもしれませんね。

"将来の教育産業"は学校教育と社会のはざまにある

夏目 では最後に、キッザニアにいらっしゃる保護者の方に、何か望むことはありますか?

住谷 帰り道、こどもの話を聞いてあげてほしいですね。こどもには一人ひとりいろんな特徴があり、こどもなりにやりたいこともあるでしょう。そして、話をしながら「この子、本当はこれがやりたいのかな?」とか「これが楽しかったのかな?」と引き出してあげてほしいんです。
 親の希望で「あなたはこれが向いてるから」とか「この仕事やったらどう?」と言うより、こどもが自分で考え、気づくままに任せつつ、話を聞いて整理してあげるほうがこどもは力強く成長します。そんな形でキッザニアの体験を使ってもらえたらうれしいですね。

夏目 将来への危惧はありますか?

住谷 今、将来の産業体系がどうなっていくのかが見えず、懸念しています。科学技術が発達することで、職人さんも店員さんもロボットにかわっていくと言われます。しかし、科学技術によってすべての職業が必要なくなるとは思えません。そのバランスがどうなるのかが気がかりなのです。ことによっては科学技術の進化に引っ張られて人間の生き方が変わってしまい、それが本当に目指す社会ではなかった、といったことも起こりえるのではないか、と。

夏目 もう少し詳しくお教えください

住谷 仮に収入を得る方法を考えなくていいとするならば、現在は1ヵ月でも2ヵ月でも外に一歩も出ず生活できます。食事もネットで届けてくれる、洗濯物もとりに来てくれる、エンターテインメントも見放題......。それはラクなはずです。しかし人は退化していくでしょう。運動もしない、人と関わって気をつかったり、感謝したりすることもない。それでいいのか? と思うのです。

夏目 なるほど。

住谷 さらに大きな問題は、そういった社会がいいか悪いか議論されていないことです。「科学技術を活かしてどんな社会をつくっていくべきなのか」という理念がないまま、技術は「これも、あれもできますよ」と発達していく。技術の進歩は素晴らしいことですが、議論も理念もないから、社会が後追いで追随していくだけになっているんです。

夏目 わかってきました。そんな風に、社会は勝手に進歩してしまう部分があります。そして、国家が施そうとする教育と、親や社会が望む人材の育成には、常に開きがあるわけです。だから今後の教育産業はそこを埋めていくことが重要なんですね?

住谷 そうかもしれません。そして、こどもたちが自分で学びたいものを学べる環境は、大人たちがつくっていくしかないんです。

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【プロフィール】
住谷栄之資(すみたに・えいのすけ)

1943年、和歌山県生まれ。'65年に慶應義塾大学商学部を卒業し、藤田観光株式会社へ入社。その後、ハードロック・カフェ、カプリチョーザなど、20以上のレストランブランドを国内外で展開する外食事業会社WDI GROUPの創業に参画し、同社社長を経て退職。2004年キッズシティージャパン(現・KCJ GROUP)を設立、代表取締役社長兼CEOに就任し、以来現職。

取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)

経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。

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※この記事は2019年1月に前編後編に分けて掲載したインタビューをまとめて1記事に再構成し、再掲載したものです。インタビュー本文は、取材当時に掲載したものから変更はございません。

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