2019.04.26

次世代を読み切って「蛻変(ぜいへん)」せよ│帝人フロンティア社長インタビュー 後編

成長する素材メーカーは
"問題発見能力"が高い!

日光 それは、企業全体で"問題意識を持ち続けること"です。帝人は1969年に「未来事業部門」を設立して"まだ世の中にないものをつくって社会貢献していこう"と考えました。素材メーカーは、社会の課題を解決することで発展していくからです。
 
夏目 具体的な例を教えていただきたいのですが?

日光 例えば今後、海洋プラスチックの問題がクローズアップされてくるはずです。そして当社は既に解決策を準備しています。

夏目 海洋プラスチック、ですか?

日光 海外の洗濯機は日本の洗濯機に比べ強い力で繊維を洗います。すると繊維が抜け、排水に混じって最後は海底に沈んでいくんです。なかでも問題はフリースです。繊維を掻いて、毛羽立たせてつくるため、海外の洗濯機だと糸が抜けてしまうんです。そこで当社は、風合いはフリース同様なのに、つながった糸でできている素材をつくりました。これなら洗濯をしても繊維くずは出にくくなります。

夏目 なるほど、問題意識があるから、問題が大きくなる前に準備しておけるんですね。

日光 さらに当社は、純度が落ちた樹脂を再生する技術も持っています。海に捨てられた樹脂製品の多くは腐敗しています。これを再びポリマーに戻して、繊維にするんです。非常に高い技術力が必要ですが、これも将来、きっと脚光を浴びるでしょう。

夏目 以前、素材メーカーの方のお話を伺ったときに「これからは熱伝導率が高いプラスチックが必要だ」という話を聞きました。「今後はIoT機器が普及して、靴や服がネットに繋がる世の中がくる」と言うんです。しかし電子部品は熱を持ちます。そこで「放熱性に優れたプラスチックが必要だ」と。

日光 まさにそういう考え方ですね。問題意識を持って次に必要となるものを前もって準備しておくことが非常に重要な業界です。

夏目 そこで伺いたいのですが、日光さんはどのようにして「未来を考えるヒント」を手に入れているんですか?

日光 それは......現場ですね。

夏目 現場。

日光 我々は、防寒性、耐久性など、様々な機能を持った繊維や樹脂を顧客企業と一緒に開発することがあります。しかし、お客様はほとんどの場合、我々が提供するものでは満足してくれません。

夏目 貴社に望むレベルが高いんでしょうね。

日光 だから、一度顧客企業に持って行ってから、改善、改良を繰り返します。この間、当社と顧客企業はほぼ一心同体で、お客様から「どうしてもこの性能は実現したい」と言われたら謙虚に聞き、私たちの技術でできることはすべてお客様にお伝えします。すると、そんな対話の中から「いま世の中ではこういったものが求められているんだ」とヒントが得られるんです。「軽いものが求められている」さらには「軽いものはこんな事業でも使えるかもしれない」などと......。

夏目 哲学的でもありますね。他者の話を謙虚に聞く者が時代の変化についていける、というわけですね。

日光 そうなんでしょう。だから私は「お客様と1分1秒お話しすることが我々の宝なんだ」と考え、それをたびたび社員に伝えています。もちろんシステム化もしています。我々は月に一度「こんな技術がありますよ」という技術シーズと「今、世の中ではこんなものが求められていますよ」というニーズを開示し合う会議を開催しているんです。ほかにも部門を横断して技術情報を交換し合うなど、社員全員が「今後はこれが問題になる」「当社にはこんなソリューションがある」と認識している状態を目指しています。

夏目 よくわかりました。素材メーカーは「蛻変(ぜいへん)」を繰り返す必要がある、だからこそ、どう変わるかを見定める必要がある、というわけですね。


入社式で新入社員たちに言葉を述べる日光社長。
帝人は昨年、創業100周年を迎えた

素材メーカーも
健康、I0Tに対応せよ

夏目 では最後に、日光さんが選ぶ貴社の「今後注目すべき製品」を教えてください。

日光 例えば各種のウェアラブルソリューションです。当社は「MATOUS(マトウス)」というブランドを展開しています。これは面白いですよ。「MATOUS MS」は滑り止め性能に優れる「ナノフロント」に人の動きを高い精度で捉えるモーションセンシング技術を融合しています。これを着用して動くと、スポーツの指導で「正しい」とされている動きと自分の動きとの誤差を可視化できるんです。

夏目 なるほど、先に話をきいたナノフロントのグリップ力があるから実現できたんですね。

日光 将来的にはものづくりなどの現場で熟練技能者の技能継承に使うなど、幅広い分野で応用が可能でしょう。さらに、心電、心拍、運動量を高精度にセンシング、可視化できる「MATOUS VS」という製品もあります。これを着て動けばスポーツ選手の疲れ具合を可視化できるなど、プロスポーツで今までにないチームマネジメントが可能になるかもしれません。工場や建築現場で作業員の皆さんが疲れていないかもわかるため、労災や熱中症の予防もできるはずです。

夏目 まさに未来の洋服ですね!

日光 このウェアを使えば、高精度なセンシングが可能で、さらにずっと着ていることができるから継続的な変化も見える化できます。例えばウェアラブルの端末でシャツをつくって、スマホに接続して、何か体調に異変があるとAIが「こんな病気の可能性がありますよ」と診断してくれる......そんな未来がくるかもしれません。また睡眠時の状態も計測しやすくなるので、不眠症の治療がより進むかもしれません。「こういう寝具を使って眠るとこんなにぐっすり眠れる」というビッグデータを取得できれば「眠りやすい寝具」をつくるために新しい繊維も開発できるかもしれませんね。

夏目 これは「着る健康診断」ですね。なるほど、今後は素材をいかにIoTにマッチングさせていくかが重要なんだとわかりました。

日光 でも、我々は普段着る服もどんどん進化させていこうと思っていますよ。やはり生活の基本となる衣食住の分野はインパクトが大きいですからね。なかでも期待の素材は「ソロテックス」です。スーツにも使える優れた風合いを持つ素材なのですが、よく伸びる上に形態回復性にもすぐれているから、スーツで自転車に乗っても快適で、しかもひざ抜けやひじ抜けがしにくいです。しかも洗濯機で洗えるから、最近、ソロテックスを使ったスーツは大変人気があるんですよ。

夏目 うわ、ほしい。ちょっとこのジャケット、着てみていいですか?

日光 どうぞどうぞ。あとは「ミノテック」という水を完全に弾いてくれる繊維です。このコートに水をかけると、ほら......。

夏目 あ、本当に水が水玉になった。これも着てみていいですか?

日光 はい。ミノテックも応用範囲が広く、最近はバッグにも使われています。雨が降っても中の書類やパソコンが濡れない、と大変好評なんですよ。
 こうした素材を次々と開発し、今までありえなかったことを当たり前にしていく。素材メーカーの未来はここにあるはずです。そして、こういう仕事は社員にとっても面白いはずですよね。だから私は当社を、社員がどんどん新しいものを創り出せる場にして行くことが自分の使命だと思っているんです。

夏目 なるほど、お話いただきありがとうございます。貴社が100年企業になった理由も、貴社が描く未来もよく理解できました。
 しかも、今日はこんなにいいものをいただいてしまって......。

日光 あ、すみませんがジャケットとコートは置いていっていただけませんか(笑)。

【プロフィール】
にっこう・しんじ/1956年、北海道生まれ。1979年に関西大学商学部を卒業し、帝人商事(現・帝人フロンティア)へ入社。2003年にN.I.Teijin Shoji(Thailand)社長、2008年にN.I.Teijin Shoji (U.S.A.)社長を経て、2015年に帝人グループ執行役員兼製品事業グループ長兼帝人フロンティア代表取締社長に就任し、2017年、帝人グループ常務執行役員 繊維・製品事業グループ長兼帝人フロンティア代表取締役社長、2018年帝人フロンティア代表取締役社長執行役員に就任、以来現職。

夏目幸明プロフィール
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。「マーケティング、マネジメント、技術がわかれば企業が見える」と考え、これらを報じる連載を持つ。講談社『週刊現代』に『社長の風景』を連載、大手企業トップのマネジメント術を取材する。著書は『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。現在は「夏目人生法則」のペンネームでも活動し、Itmedia、ダイヤモンドオンラインなどで記事を連載する。

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