2019.04.26

次世代を読み切って「蛻変(ぜいへん)」せよ│帝人フロンティア社長インタビュー 前編

"着用する化粧品"に"着る健康診断"!?
素材産業が今後、ボーダレスになっていく理由とは!

世界的素材メーカー「帝人」は1918年に設立された「帝国人造絹絲株式会社」をルーツとする。第一次世界大戦中に「人造絹糸」――現在のレーヨンの開発・製造を開始し、第二次世界大戦後はポリエステルを、現在は炭素繊維を製造・販売するなど、常に最新鋭の繊維素材を提供し続けてきた。同社はなぜ"100年企業"になったのか、さらに、同社はどのような未来をつくろうとしているのか。帝人のグループ会社で、衣料繊維および産業資材繊維等を幅広く販売する「帝人フロンティア」の日光信二社長を取材した。


最新鋭の素材をつくれば
使い方はあとから見えてくる?

夏目 貴社の素材がスーツやバッグに使われていることは広く知られていると思います。そこで「こんなところにも使われているんですよ」という例を教えてください。

日光 例えば防災に活用されています。建物の天井や壁には燃えにくい「石膏ボード」が使われていて、火災が起きた時に延焼を防ぐ役割を果たしているのですが、これ......重いんです。だから震災や建物の老朽化によって石膏ボードが落下したりして人にケガを負わせることがあったんですね。

夏目 災害の映像などでも使われてましたね。

日光 そこで我々は「かるてん」という商品を開発しました。素材に難燃性の繊維を使っていて、重さは石膏ボードの10分の1程度。人を直撃してもケガなどのリスクを軽減できるため、今、全国で販売実績が伸びています。また当社には「かるかべ」という商品もあります。不燃性のシートを使っている防煙垂れ壁で、シートが透明なタイプなら普段はあまり気にならず、災害時には煙の充満や延焼を防ぎます。
 我々はこれらの商品群に他社さんの商品も加え、工場や事務所の室内安全対策として防災関連製品をパッケージにして提案する「まるごと防災」というブランドを立ち上げています。

夏目 さっきからネーミングが面白いですよね。いままでなかった商品だから、商品名で説明しきってしまおう、という気合いを感じます。

日光 ベタですよね(笑)。さらに、インフラにも当社製品が利用されています。橋梁や高速道路の橋桁に使われているコンクリートは、老朽化すると剥がれて落下する可能性があります。しかしコンクリートを打設する時、内部に当社の「SAMMシート」というメッシュ状のシートを入れるとシート上の微細な突起がコンクリートの剥落を防ぎ、ひび割れを制御することができるんです。

夏目 すごい。では身近な商品もご紹介いただいていいですか?

日光 たくさんありすぎますね(笑)。例えば衣料品店で販売されている吸汗、速乾性が高い繊維や、水を弾く繊維など、皆さんが「おっ!」と思うもの、いろいろあると思うんです。それ、当社の素材の場合も多いと思います。なかでも私が推したいものは、着用する化粧品「ラフィナン」です。直接肌に触れるように身につけていただくだけで肌荒れを防ぎ、肌に潤いを与えます。実はこの製品「化粧品」として製造・販売する認可を得ているんですよ。

夏目 技術の進化によって、製品のボーダーレス化が進んでいくんですね。

日光 あと、当社はコンビニエンスストアと共同でマスクも開発しています。断面積が髪の毛の7500分の1程度で、製造中はまったく見えない「ナノフロント」という繊維があって、これを使うとウイルスもほぼ通さない非常に高性能なマスクができたんです。

夏目 細い繊維はマスクをつくるために開発したんですか?

日光 いえ、開発時は「これにも使えるかもね」という議論はしつつも、具体的な計画はありませんでした。我々はナノフロントのように「細ければ」、もしくは「かるてん」のように「繊維なのに燃えにくければ」、もしくはSAMMシートのように「強ければ」、世の中のどこかで役立つだろうと考えて、性能が高い繊維を開発します。だから、新素材ができたあとで用途を次々と広げていくんです。
 例えば今、ナノフロントは工業用のフィルターとしても使われています。具体的には、セメント工場など微細な粉じんが出る工場にナノフロントでできたフィルターを設置すると、微細な粉じんを外に逃さなくなるんです。見ると感動しますよ。従来品よりフィルターのろ過面の通気性が高いので、貯まった粉じんが滑るように落ちていきます。
 また、このナノフロントは高いグリップ力を持たせることもできます。そこで当社は「ナノぴた」という製品も開発しました。がんの患者の方が薬物療法を続けると副作用で指紋がなくなり「紙がめくれない」「瓶のキャップを開けられない」など様々な不便に直面するのですが、ナノぴたを使うことでアシストできます。

夏目 なるほど、こうして次々と新素材を開発して、今までなかったものをつくっていくのが貴社の価値なんですね。

日光 そうですね、だから当社は、創業100年を経た今もなお、ある意味「ベンチャー企業」なんですよ。

TEIJIN FRONTIER(THAILAND)CO.,LTD.設立50周年の式典でスピーチする日光社長。
タイは初めて海外出張した国だった

"変わり続ける何か"を
コアバリューに据えよ

日光 帝人は2018年に創業100周年を迎えています。創業当時の商品は、日本初の化学繊維「レーヨン」でした。「天然の繊維でなく人造の絹糸をつくろう」と考え、日本で初めて化学繊維の製造に成功したんです。そして第二次世界大戦後はナイロン、ポリエステルをつくり、その後は高分子化学をベースに樹脂をつくるなど幅を広げてきました。

夏目 常に新しいものに挑戦していくから「ベンチャー企業」なんですか?

日光 はい。技術は必ず進化していきます。もし我々が「レーヨンをつくる企業」だったなら、遠い昔に歴史的な役割を終えていたでしょう。だから素材メーカーは、全社員が「こんなものがあったら社会の役に立つ! 面白い!」と未知なるものをつくろうとするベンチャー企業でなくてはならないのです。
 ポリエステルのあとの歴史も面白いですよ。「アラミド繊維」という鉄の約8倍の強度を持つ繊維を開発したり、炭素繊維の事業を買収して進化させるなどしています。しかも、これら新技術を組み合わせることによって、今までにないものをつくれるようになるんです。例えば、自動車は軽いほど燃費がよくなりますよね。そこで、炭素繊維の技術と樹脂の成形技術を使って鉄の代わりになる軽くて丈夫な成形品を続々つくっています。

夏目 発展していく企業の歴史を見ると、祖業から幅を広げ、しかもシナジーを出していく場合が多いように感じるんです。例えば鉄を仕入れて自動車の部品に加工していた工場が「もっといい鉄がほしい」と素材作りを始め、次に「もっと精度を高めたい」と表面処理を始め、次に「この鉄にこういう表面処理を施すと今までにないものができる!」などと得た技術の組み合わせでシナジーを生んでいく、とか。

日光 そうかもしれません。私、帝人の元社長である故・大屋晋三が口にした「企業にも蛻変(ぜいへん)が必要だ」という言葉がとても好きなんです。蝉は卵が孵化して幼虫になり、蛹になり、羽化して成虫になります。その、成長段階でまったく別の形になるさまを「蛻変」と呼ぶんですね。

夏目 常に脱皮し続けろ、別のものになれ、ということですね?

日光 ええ。先にお話ししたアラミド繊維や炭素繊維は、今、帝人グループの柱となる事業になっています。炭素繊維は軽くて丈夫なため、飛行機の素材などにも使われているんですよ。また、軽い樹脂は自動車など軽量化が必要なものに次々採用され、燃費の向上に寄与しています。当社の祖業は人造絹糸です。でもコアバリューは、その製造によって培われた「化学力」だったんです。

夏目 レーヨンのような"時代が変われば当たり前になるもの"をコアバリューにしている企業は数十年で消えていく。でも、化学のように"進化していく何か"をコアバリューにした企業はそのスピリッツを失わない限り成長し、未来をつくる側に回っていけるんですね。

日光 まさにそうです。ただし、もうひとつ、絶対に欠かせない要素があるんですよ――。

インタビュー後編はこちら

講談社が提供する各種プロモーションサービスのご利用に関するお問い合わせ・ご相談はこちら