本連載はGA4を活用したい企業に対して、「Webサイトの種別で見るGA4の活用方法」をお届けしてきた。株式会社Faber Company 取締役(CAO)・株式会社HAPPY ANALYTICS代表取締役であり、数多くのGA4解説書籍を世に送り出してきたWebアナリスト小川卓氏を迎え、GA4に向き合うWebサイトの担当者に向けて、具体的な準備や分析術を伝えている。
さて、第3回となる本記事は、GA4によるアクセス解析をもとに、Webサイト運営の中で回していくべき"PDCA"に着目する。これまで小川氏に解説してもらったKPI設計やGA4による分析は、数字やデータを見るだけで終わっては意味がない。目標やツールは、PDCAを回し続けられる環境の中で初めて活きるものだからだ。
ビジネスゴールを目指して、Webサイトを改善していくために、PDCAを回し続けられる環境に必要なものとは。そして、担当者が意識すべきこととは──。数多くの企業のWebサイトを支援し、運営する組織そのものを改善してきた小川氏と共に紐解いていく。
Webサイト運営におけるPDCAは、なぜ止まってしまいがちなのか
本記事で小川氏が解説するのは、Webサイト改善のためにPDCAを回し続けるノウハウだ。では、そもそもPDCAを回し続けることがなぜ重要なのか。そして、PDCAの流れはなぜ止まってしまいがちなのか。今回のテーマの背景にある課題について、まず解説してもらった。
──Webサイト運営において、PDCAを回す意義を教えてください。
小川 PDCAを回すことは「数多くバッターボックスに立つこと」だと、私はよく説明します。ただし、PDCAを回せば成果が必ず出る、つまり「ホームランを打てる」とは限りません。繰り返しバッターボックスに立ち、結果を振り返って改善していくことで、徐々に打率を上げていくイメージです。そしてPDCAを回し続けることは、最終的なチームの勝率を上げることにつながります。チームの勝率を上げることとは、つまりビジネスの成果につながることですね。Webサイトを運営し、そこで得たいゴールがあるならば、PDCAと向き合う必要があると思います。
──Webサイト運営におけるPDCAとは、それぞれどんな業務を指していますか?
小川 Pにあたる「Plan」は、KPIを設計したり、施策を考えたりする段階のことです。本連載の第1回は、おもにKPI設計の考え方について解説しました。
Dにあたる「Do」は、Pに基づいた施策を実行することです。具体的には、Webサイト上でキャンペーンを打ち出したり、ページのレイアウトを変えてみたりすることですね。そして、Cにあたる「Check」は、GA4をはじめとしたツールを利用してデータを確認し、施策の評価をおこなうことです。連載第2回では、このDとCについておもに解説しました。
最後のAにあたる「Action」は、分析結果を次の施策に活かすために、実行した施策から得られた気付きを"棚卸し"することです。そして、次のPへと進みます。 このようにPDCAが回り続けることで、より成果につながりやすいWebサイトへと成長させていくことができます。
──Webサイト運営の現場では、なぜPDCAの流れが止まってしまいがちなのでしょうか?
Webサイト運営におけるPDCAが止まってしまうのは、PからD、DからC、CからA、そしてAからPへとステップが進んでいく過程で、それぞれ課題があるからです。その課題が何か、そして解消するためにどうすればいいかわかっていれば、PDCAを回し続けられるでしょう。
GA4ビジネス活用のポイント
GA4による分析を活用してサイト改善を進めていくためには、PDCAを回し続けられる環境が必要。
PDCAがどこで止まりがちか見極めて、課題の解消を。
Webサイト改善におけるPDCAサイクル
PDCAが止まってしまう場合は、図中の赤い×のステップ「Plan→Do」「Do→Check」
「Check→Action」「Action→Plan」の過程に、課題があると考えられます。
PDCAのステップを進めるときに、課題がある。その課題は何なのか、そしてどんな対策を打てばいいのか。ここからはステップごとに分けて、解説を聞いていく。
PからDへ――フローチャートと起案書を準備しよう
はじめはPからDの段階である。KPIを設計したり、施策を考えたりして、それを実行に移す。このプロセスにおいて、社内では具体的にどんなことが起こるか想像してみよう。小川氏はここでプロジェクトが停滞する原因として、「フローが決まっていないこと」に着目する。
──はじめに、PからDの間で生じる課題を教えてください。
小川 PからDの段階でプロジェクトが停滞してしまうのは、そもそもPDCAのフローが組織内で確立されていないことが第一の原因です。
施策を考えて提案する人、それを実行する人、分析する人など、その施策に誰が関わっているのか。そして、誰が合意すれば次のステップに進めるのか。見積りを承認するのは誰か、情報をどこまで伝達するのか......。こうした諸々の役割分担や合意形成のルールが決まっていないと、せっかく施策案が出ても、誰がどう進めていくかがあやふやになってしまいます。
──どうしたらその課題は解消できますか?
小川 各ステップの承認プロセスや権限、役割を持つ人の流れを図にして表すのが効果的です。必要な情報をわかりやすくまとめたのが、下図のような「フローチャート」です。フローチャートがあれば、誰が止めているのかわからない状態で施策が立ち消えてしまうのを防げますし、責任の所在が明らかになります。
【Plan→Do】運用フローチャート(例)
ステップの確認と、どういう人が関わるかを表したフローチャート例。縦に色分けされているのが担当者(または担当部署)。
白いボックス内に、「企画を検討する」「決済の承認」「施策の実行」など、具体的な作業を書き入れます。
このようなフローチャートは、社内のリソースを可視化する役割も果たします。理想の流れを書きだすと、社内の人員だけで運営するのは難しい部分も見えてくるはずです。うまく回らないと考えられる部分には、外部パートナーの力を借りる必要があるかもしれません。社内体制を万全にするためにも、フローチャートを活用しましょう。
──フローチャートのほかに準備したほうがいいものはありますか?
小川 施策管理には、下図のような規定フォーマットの「起案書」の活用をおすすめします。起案書には、起案者、施策区分(目的)、施策の重要度、評価指標や想定されるコンバージョン増加数などの項目を入れます。
【Plan→Do】起案書フォーマット(例)
施策の効果(想定されるコンバージョン増加数など)を事前に見立てて、既定フォーマットに記入します。
こうしたドキュメントを書いて共有することを、フローの一環として現場で徹底することが、PからDの段階で施策が立ち消えることを防ぐのに効果的です。「どうしてその施策をやるのか」といった疑問が芽生えたときに、根幹の狙いに立ち戻れるドキュメントがあれば、その施策がゼロの状態に手戻りすることはありません。もしも方向性がずれた場合でも、フローチャートのどこまで戻ればいいのかがわかりやすくなります。
──決定権者や経営者が意識すべきことはありますか?
小川 経営陣や責任者は、現場が施策を実行しやすい環境を整えることが大切です。施策実行に必要なツール、人材、予算などの条件を踏まえ、KPI達成のために投資が必要か判断し、最適な環境を構築することに注力しましょう。
意思決定の順序がトップダウンかボトムアップかは、決定権者の中にどの程度Webマーケティングの知識があるかによります。もしも決定権者に適切な判断ができるほどの深い知識がないのであれば、その決定権者はKPI設計から現場に入り、知見のあるメンバーの意見に耳を傾けることが重要です。
連載第1回の記事に立ち戻ると、施策について判断するためには、社内の「人、物、金、技術」といったリソースを把握することが重要だと小川氏は語っていた。そこからKPIを設計することで、実行可能な施策も見えてくる。この判断を担うのが、決定権者である。
PからDの流れを止めないためには、施策に関わるメンバーの責任の所在、施策の目的といった情報をドキュメントによって可視化し、PDCAのフローを明確にすることが要となる。このフローとドキュメントを確立していくことは、社内の体制を整える観点でも有効だ。
【Plan→Do】PDCAを回し続けるポイント
運用体勢を確立するため、「フローチャート」を作成・活用して。
施策の管理も、規定フォーマットの「起案書」を使い、メンバーや決定権者に共有を。
DからCへ――チェックに必要な数字は事前に取るのが大切
次はDからCの段階である。なんらかの施策を実行したものの、その結果をチェックできないのはなぜだろう。結果をチェックしないと施策のよしあしを判断できないし、次の施策にもつながらない。問題の原因から考えてみよう。
──DからCの段階で生じる課題を教えてください。
小川 このステップで立ちはだかるのは、「数字を見るのが面倒くさい」、「数字の見方がわからない」というふたつの大きな壁です。多くの場合、数字に対するネガティブな気持ちが邪魔をして、施策をやりっぱなしで放置した結果、流れが止まってしまいます。
──その壁を乗り越えるためにはどうしたらいいですか?
小川 まず、施策前の数字を取っておきましょう。施策の効果をチェックするためには、前後の変化を見なければなりません。では、いつ施策前の数字を取るのが適切かというと、提案をするとき、つまりPの段階です。
前述した企画の提案につかうドキュメントに、施策前の状況がわかるデータを記入するようにしましょう。すると、施策を評価するためにどの数字を見ればいいのか、どう数字を取ればいいのかが、あらかじめわかります。これらがわかっていれば、施策後に数字を見ることも、さほど面倒ではなくなるはずです。
また、GA4にログインして細かな操作をすることに煩雑さを感じているのであれば、Looker Studioなどレポート作成ツールを活用して、データ取得やレポート作成の手間を減らすのもいいでしょう。チェックが簡単になり、上長やメンバーへの共有も楽になると思います。
──そのほかに注意点や工夫などはありますか?
小川 「あとから事例集を作る」のはやめたほうがいいですね。事例をまとめるためのリソースを割くのが無駄ですし、事例集を作ること自体は成果に直結するわけではないからです。理想的な流れは、事例集をあとで作るのではなく、ドキュメントに記入した項目がそのまま事例として活用できることです。
また、現場の工夫の一例としては、社内で使うSlackなどのコミュニケーションツールで自動投稿機能を活用して、施策の結果をメンバー同士でシェアするのが効果的です。個別にツールを立ち上げてチェックする手間を省くことができますし、みんなで結果を見ていく習慣がつきます。
──とにかくチェックする手間を省いていくことが重要なんですね。
小川 それに加えて、チェックするのに必要な情報をすべて見られる状態にしておくこともポイントとしてお伝えしておきます。そこでもう一つおすすめしたいのが、「戦略カレンダー」の作成です。戦略カレンダーとは、数字と施策が時系列に並んでひとつのレポートとして見られるものです。
【Do→Check】戦略カレンダー(例)
「施策」のスケジュールとレポートの「数字」が、ひと目でわかるのがメリット。中段の色帯が
各施策のスケジュールで、上段・下段に売上やアクセス関連の数字が記されています。
大半の企業では数字のレポートと施策のカレンダーが分かれていて、各部署が別々に管理し、必要な情報だけを見ています。この方法は、個人的には不健全だと思います。というのも、「数字に変化がなかったとき」に、大事な兆候を見逃す可能性があるからです。
たとえば、ある部署が流入数を増やすための施策を実行したとします。施策実行後に計測した流入数に変化がなかったとしたら、想定した成果が出ていないのですから問題ですよね。しかし、数字と施策を分けて管理していると、この問題に気づけない可能性があります。レポートだけをチェックして、「いつも通りの流入数だったから問題ない」と判断してしまうかもしれません。
数字が変わらないときの見落としを防ぐためにも、施策に関する情報は戦略カレンダーにまとめたほうがいいです。戦略カレンダーがあれば、過去・現在・未来を通して見渡すことができますし、施策がどんな影響を与えたかもわかります。数字の影響を把握していれば、KPIの達成度合いと照らし合わせつつ、適切な施策を検討できるはずです。
【Do→Check】PDCAを回し続けるポイント
Pの時点で改善すべき数字を明確化しておけば、施策後のチェックも楽に。
数字と施策を時系列に並べた「戦略カレンダー」で過去・現在・未来をつねに見渡して。
今回の記事は、PからD、DからCの段階で立ちはだかる課題と、それを解決するための手段を紹介した。フローチャート、規定フォーマットの起案書、そして戦略カレンダー。これらのシートに基づいて情報を的確に整理することで、マーケティングに関わるメンバー全員が、迷わずネクストアクションに向かえる環境を構築し、プロジェクトの停滞を防ぐ。
Webサイトをより良くしていくためのPDCAを回し続けるためには、施策のよしあし以前に、PDCAを回すための準備が必要なのだ。
次回の記事では、引き続きWebサイト運営におけるPDCAに着目し、後半のCからA、AからPの停滞を防ぐ解決策を小川氏に聞いていく。
【Webアナリスト小川卓氏の熱血解説! 「GA4」成功戦略 シリーズ記事】
- Vol.1 GA4はどんなツール? まず、ゴールとKPIを設計しよう|Webアナリスト小川卓氏の熱血解説! 「GA4」成功戦略 Vol.1 [導入編]
- Vol.2 どのレポートを見る? どの数字を追う? GA4の分析術|Webアナリスト小川卓氏の熱血解説! 「GA4」成功戦略 Vol.2 [分析編]
- Vol.3 Webサイト運営のPDCAを回し続けるために[前編]|Webアナリスト小川卓氏の熱血解説! 「GA4」成功戦略 Vol.3 [活用編](本記事)
- Vol.4 Webサイト運営のPDCAを回し続けるために[後編]|Webアナリスト小川卓氏の熱血解説! 「GA4」成功戦略 Vol.4 [活用編]
小川 卓(Taku Ogawa)
ウェブアナリストとしてリクルート、サイバーエージェント、アマゾンジャパン等で勤務後、独立。株式会社Faber Company 取締役(CAO)をはじめ複数社の社外取締役、大学院の客員教授などを通じてウェブ解析の啓蒙・浸透に従事。株式会社HAPPY ANALYTICS代表取締役。
主な著書に『ウェブ分析論』『ウェブ分析レポーティング講座』『マンガでわかるウェブ分析』『Webサイト分析・改善の教科書』『あなたのアクセスはいつも誰かに見られている』『「やりたいこと」からパッと引ける Google アナリティクス 分析・改善のすべてがわかる本』など。最新版のSEO対策はこちらから。
聞き手:宿木雪樹(やどりぎ ゆき)
広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。