2024.09.26

波は常にやってくる。それをどうかわし、どう乗るか。ニッポン放送社長・檜原麻希さんの「変化」との向き合い方|Across the Border ~見えざる壁を越えて~ vol.3

社会の価値観が大きな変化の途上にある今、メディアが担う役割や、期待されることも変わりつつあります。

「『変えない勇気』と『変わる勇気』の両方が必要だと思っています」と語るのは、ニッポン放送代表取締役社長の檜原麻希さん。2019年、ラジオ局の在京キー局初の女性社長に就任したことが話題となりました。

女性が総合職として働き続けることが一般的ではなかった時代から道を切り開き、数々の変化を経験してきた檜原さんは、どのように時代の変化と向き合っているのでしょうか?

講談社SDGsの連載「Across the Border ~見えざる壁を越えて~」では、現代社会に存在する「見えざる壁」を越えるため、各領域でさまざまなチャレンジを続ける人々を取材しています。

インタビュアーは、講談社入社5年目の張蕾。彼女自身もまた、日々の生活の中で様々な壁を感じ、それを乗り越えようとしている一人です。各領域で活躍している先輩に話を聞くことで、壁を乗り越えるための「ヒント」を読者のみなさまと一緒に得たい、という思いでこの企画に携わります。

檜原麻希(写真左)/ニッポン放送代表取締役社長
東京都出身。5歳から10歳までをイギリスで、高校時代はフランスで過ごす。1985年ニッポン放送入社。デジタル事業局長、取締役編成局長、常務取締役等を経て2019年6月社長に就任。

張蕾(写真右)/講談社メディアプラットフォーム部
中国・西安出身。日本の大学・大学院を経て、2020年コロナ禍に講談社に新卒入社。広告部署に配属となり、以降、運用型広告を初めとするデジタル広告を中心に担務。

女性に「25歳定年制」があった時代

張蕾(以下・張):檜原さんはニッポン放送初の女性の社長、しかも、キー局ではTVを含めて初めての女性の社長でいらっしゃいます。会社の上層部に行けば行くほど女性が少なくなるのは多くの企業で起きていることですが、檜原さんはこれまでの会社生活で女性をマイノリティとして感じたことはありますか?

檜原麻希さん(以下・檜原)やはり、管理職になっていろんな会議に参加するようになると、女性が少ないというのが一つの目にみえる現象でした。今の時代においても、何十人という会議の中で女性がほぼいないという状況もあります。日本社会の中で、女性を幹部にしていくというシステムは長らくありませんでしたからね。

私がニッポン放送に入社したのは、ちょうど男女雇用機会均等法が施行されて2年目くらいのタイミング。女性の働き方に大きな変化が起きていた節目の時期です。私が入社する以前は、女性の「25歳定年制」というものがありました。

張:え? それは、結婚を機に辞める人が多かったということですか?

檜原:いや、結婚とか関係なく、女性は25歳で辞めなきゃいけなかったんです。すごくないですか?

張:なんという時代......

檜原:私の時代は、女性に対して門戸は開かれたわけですが、みなさんご存知のように、すぐにフィフティ・フィフティになれたわけではなかった。多くの企業で、女性は男性のアシスタント的に従事することがほとんどだったかと思います。その中でキャリアを全うしてきた女性たちは、厳しい局面を幾度となく経験してきたと思いますよ。

マイノリティって、文字通り「少数派」なわけなので数が少ないんですよ。私は帰国学生だったので、そういう点でも、少数派ならではの苦労や悲しみは体感してきました。

小さきものも、集まれば大きなうねりになる

張:マネジメントや経営を担う中で、ジェンダーギャップを解消するために意識していることはありますか?

檜原:ニッポン放送は3月と9月にSDGsのキャンペーンをしているのですが、2020年の3月に国際女性デーに合わせた特番を放送しました。社内で女性だけのプロジェクトチームを立ち上げて、働く中で感じること、社会に対して持っている意見などをまとめて企画に落とし込んだんです。

ニッポン放送では国連のSDGs週間(グローバル・ゴールズ・ウィーク)の設定に合わせ、「楽しくアクション!SDGs WEEK」を開催。その他にも様々なSDGsに関する取り組みを展開。

SDGsに関しては、17個のゴールを前にして、最近では「2030年はもう間に合わないんじゃないか」といった絶望や、諦めの空気も出てきているように感じます。終わらない戦争、格差の拡大や貧困問題、気候危機など、とにかく不安の多い世の中です。

そんな中、我々はメディアなので、やはり放送で「啓蒙し続けること」が本分。発信する側も当事者意識を持ちながら、発信先の方々一人ひとりに意識を持ってもらうことがとても大事だと思います。

国連の「SDGメディア・コンパクト」にも加盟しているので、一緒にムーブメントを作ろうと、フジテレビさん、BSフジさんとも三波連合のSDGsアクションも進めています。

小さきものも、集まれば大きなうねりになるというのは、絶対にこの世にあることです。やはり、それを信じて動き続けることが重要だと思っています。

ラジオはリスナーにとって「お友だち」のような存在

張:ニッポン放送さんの番組には、「オールナイトニッポン」をはじめずっと愛されている長寿番組がありますが、時代の変化とともにリスナーが求めるものも変わってきたのでは?

檜原:オールナイトニッポンは57年、ショウアップナイターは58年ですからね。でも、ラジオの原点は、私が学生時代に聞いていた頃から変わらないですよ。

私が学生の頃は、お茶の間では家族がテレビを見ていてチャンネルを独占してるんだけど、自分の部屋に行くとラジオがあって、オールナイトニッポンなどの深夜放送をこっそり聴くという若者の定番スタイルがありました。今の若年層にはradikoがあり、ラジオはスマホのアプリという形を取って生きています。

ラジオはお友だちのようなもので、「一対一」の関係だと思って聞いてくれるリスナーが多いと思うんです。リスナーとパーソナリティが、目に見えない糸電話でつながっているような感覚。

ここ数年でいうと、コロナ禍のステイホームの時期に、今一度ラジオがクローズアップされました。人に会えなくて寂しい、という時期に、ラジオ特有の「お友だち」のような媒体の特性がマッチしたのかもしれません。

ラジオは、コミュニティを作るのがとても上手な媒体です。それが可視化された最たるものが、2024年2月18日の「オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム」だったと思います。会場とライブビューイングと配信、様々な形で16万人も参加してくれるなんて、我々自身も本当に驚きました。

リスナーさんの変化という点で言うと、昔、ラジオは生放送が主体でしたが、今はリスナーさんが自分の可処分時間を調整して、自分でタイムテーブルを作っています。我々にとっては、やはりリスナーさんが宝ですから、なるべくいろんなタッチポイントを作っていきたいんです。radikoやPodcastなど多くのプラットフォームとも協業していきたいと考えています。

変化の波にどう乗るか、どうかわすか

張:リスナーのライフスタイルや視聴環境がどんどん多様になって、マーケティングが難しくなると感じることはありませんか? どんなふうに企画を作っているのか、気になります。

檜原:いわゆる広告の世界の「ターゲティング」ってありますよね。でも、「20代男子」「ビールが好き」「車が好き」みたいな、思い込みに依ったターゲティングで番組を作るとダメだと私は思っています。

「10代だからこれが好きだろう」みたいなことは、ないんですよね。たとえばあるコミュニティがあったとして、そこに、性別問わず10代から70代までいます、というのは珍しくないじゃないですか。しかも、今の時代、一人が複数のコミュニティを持って、それぞれを大事にしていますよね。人間は本当に多面的です。だから、私はやっぱり、決めつけることがあんまり好きではない。「オードリーのオールナイトニッポン」のように、「面白い」と感じたら本当に幅広い人たちが聞いてくれて、ヒットするものです。

張:多様性が重視されるにつれ、あらゆる差別や偏見に敏感な社会になっているので、それがかえって表現の幅を狭めている、と考える人もいます。

檜原:表現の自由については、常に考えます。とにかく、常識が変わっていくスピードが速い。常に波がやってくる感じですから、それをどううまくかわしたり、乗ったりするか。変化に対して「面倒だ」と悲観的になるのではなく、「面白い」と頭を突っ込みたくなるキャラクターの方が、エンターテイメントの業界は向いていると思いますよ。

私たちラジオが継承してきた誇りに思えるレガシーを「変えない勇気」と「変わる勇気」の両方が必要だと思っています。

いろんな悩みや壁がある人生の中でも、笑顔になれるように

張:お話を聞いていていると、先入観を持たずに変化に対応してこられた、檜原さんの柔軟さが印象的です。この企画のテーマは "Across the Border" ですが、檜原さんには、壁を壁と思わない強さがあったのでは?

檜原:いえいえ、そんなこと言ったら、 "Across the Border Everyday" ですよ(笑)

会社の仕事も、人生全般にも、やっぱりバイオリズムってあるじゃないですか。みんな、朝起きて「なんだか調子がいいな」という日もあれば、めちゃくちゃ嫌なことやトラブルばかり重なって最悪だ、みたいな日もある。そういう意味では、毎日がちょっとした壁じゃないですか。

さっきも言ったように、常に波がやって来ますから、それをどうかわすか、それとも乗るか、ということ。

張:私は入社5年目ですが、今でもたまに「会社に行きたくない」っていうくらい気分が沈んでいる時があります。

檜原:それはありますよ。普通ですよ。

張:普通ですか(笑)

檜原:社会の中で、いろんなプレッシャーを感じて辛さを感じてしまうことは誰にでもあると思います。でも、「今日はどんないいことがあっただろう?」と思い返すようにすればいいんじゃないかな。人生を歩む中で、いろんな悩みや壁はやって来ますが、そのたびに「Stop & Think」をして、何か自分にとって新しい「Something New」を見つけようとする気持ちが大事だと思いますよ。

コロナ禍の時、みんな「これから世界はどうなるんだろう?」と不安で仕方がなかったと思うんですよ。でも、面白いコンテンツに触れて笑顔になれたら、人は気が楽になるものです。

張:ニッポン放送さんの開局70周年のキャッチコピーが、「笑顔にナーレ!」ですね。

檜原:これは社員コンペで決めたんです。こういう時代だからこそ、やっぱり我々は放送メディアとして、笑顔で前向きになれるメッセージを届けられる存在でありたいですよね。

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インタビューを終えて―

張:先人から受け継いだレガシーと楽しさをとことん追求する心は「変えない」、でも、目まぐるしく変化する社会に柔軟に対応するためには「変わる」。檜原さんが掲げるこの二つには両方とも大きな勇気が必要だと思いますが、その勇気の源となっているのはラジオへの深い愛情なのだと、お話を伺って感じました。

また、日常の中でぶつかる様々な壁に臆することなく、「Something New」を見つけて楽しもう! というマインドセットは、生活に取り入れてみようとこっそり決めました。

撮影/元柏まさき 編集・コーディネート/張蕾・丸田健介(講談社C-station)

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