マーケティングファネルのトップに位置する「認知」。ふだん私たちはブランドや商材、サービスなどの認知獲得のため、さまざまな活動をしています。
しかし、PRWEEK誌の「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に選ばれたPRストラテジスト・本田哲也さんは、著書『パーセプション 市場をつくる新発想』のなかで「重要なのは、客観的な認識である」と語っています。
その理由や「認知」と「認識」の違い、そしてそもそもパーセプションとは何かについて、さらに「パーセプションの活用法」について、事例を交えてうかがっています。
*編集部注 2023年7月配信のC-station会員限定メルマガに加筆修正したうえで配信しています。
把握すべきは認知度ではなく、客観的な認識(パーセプション)
──これまでのマーケティングは、トップファネルである「認知」を顧客との出会いと位置づけて、重視してきました。そのような状況下、本田さんは著書『パーセプション 市場をつくる新発想』(日経BP刊)の中で、「客観的な認識(パーセプション)の重要性」を語られています。はじめに、その理由から教えてください。
本田 まず「認知(知っているかどうか)」があり、その先に「認識(どのように知っているか)」があります。つまり認知のないところに、認識はありませんから、決して「認知獲得が重要ではない」と言っているわけではないのです。
ですが、認知度は高いのに売れないといったお悩みがあるのは事実で、それはどこかに問題があるからです。たとえば、テレビなどに露出し、認知拡大に成功しても、結果、人が動かなければ、マーケティングにおけるPRは失敗したことになります。
その課題解決に寄与する視点こそが「パーセプション(客観的な認識)」だと、私は考えています。
たとえば、洗濯洗剤のアリエールは、他社との差別化を図るために「除菌力」を打ち出そうと考えました。しかし当時の洗濯洗剤のパーセプションは、「いい洗剤=小さい洗剤」であり、除菌の必要性は認識されていませんでした。そこに勝機があると考えたアリエールは、商品の機能訴求の前に、「通常の洗濯では菌は残っている」という認識を広めるPR施策を展開することで、大成功を収めました。
──まずは、いい洗剤の定義(認識)を「除菌ができる洗剤」へと変えた。これによって、除菌機能を持つアリエールは一躍、いい洗剤の代表格となったわけですね。
本田 はい、その通りです。これをパーセプションチェンジ(認識変容)と言います。
ほかにも、同じくパーセプションチェンジの成功例として、森永製菓のラムネが挙げられます。子ども向けのお菓子と思われていたラムネが、実は二日酔いに効くという情報がSNSを中心に口コミで拡大。しかもそこには科学的根拠もありました。そこで森永製菓は「大人向けのラムネ」と称して、大きいサイズのラムネを発売したところ、大ヒットしました。サイズやパッケージは違えども、中身は同じ。ですが4年前と比較して、売上が2倍になったのです。
同様に、ロングセラーのブランドや何十年もの歴史を持つ企業の方から、「認知度は高いけれど、売上が伸び悩んでいる」といった相談を受けることが多くあります。そのとき、最初に把握すべきはパーセプションです。顧客に商品はどう認識されているか。そしてその認識は、自社が思い描くものになっているか。大抵の場合は、そこにズレが生じているものなのです。
──現状のパーセプションを把握することが大切なのですね。
本田 そうですね。「Perception is reality」(客観的な認識こそが現実)と向き合うこと。パーセプション活用の第一歩は、そこから始まります。
それはブランドや企業、商品・サービス単体だけでなく、生活習慣にまでおよびます。
アリエールの事例は、商材の現状におけるパーセプションを「正」とせず、理想を思い描き、PR施策を展開し、パーセプションチェンジを起こしたことで、「除菌洗剤」という新しい市場を開拓し、成功につなげた代表例と言えます。
パーセプションを構成する5つの要素〜タイミングの重要性〜
──プロダクトを変えるのではなく、認識を変えることで現状を打破する、という発想は非常に斬新ですね。著書の中ではパーセプションを構成する5つの要素が紹介されています。もしどれかひとつ選ぶのなら、どれが重要でしょうか?
【パーセプションを形成する5つの要素】
- 事象(ファクト)
- リテラシー
- グループ
- タイミング
- コントラスト
本田 すべて重要な要素ですし、どれかひとつの要素だけでパーセプションが構成されるわけではないため、ひとつを選ぶのは難しいところです。しかし、すべてに共通するという点では、「タイミング」でしょうか。タイミングは時代性、と捉えることもできます。
物事やブランドの認識は、時代とともに変化していくものです。たとえばその昔、喫煙はカッコいいもの、大人の嗜みというイメージでしたが、近年は、喫煙は不健康であるというイメージのほうが強いのではないでしょうか。ですからいまと昔では、当然、アプローチも変わる。その点で、「タイミング」(時代性)はパーセプションを構成するうえで重要な要素のひとつと言えます。
──タイミングは、パーセプションに大きな影響を与えるのですね。直近ですと、コロナ禍がありました。そこでも、何らかのパーセプションに変化はあったのでしょうか?
本田 はい。わかりやすいところでは、マスク。コロナ以前、海外では、「マスクをするのは本当に病気の人だけ」という認識でした。それがコロナによって、マスクは「(予防のために)普段使いするもの」というパーセプションチェンジが起きました。さらに、せっかく着けるならおしゃれなものをと、デザイン性まで求めるようになりました。これらはすべて、認識変容によって起きた事象です。
雑誌メディアは、パーセプションチェンジに有効
──認識変容は、客観的な認識を正確に把握できれば、起こせるのでしょうか。またその際に、雑誌メディアの活用は有効だと思われますか?
本田 パーセプションチェンジのためには、「1.理想の言語化」と「2.現状把握」が必要です。
- 自分たちはこう思われたい、という理想を言語化すること
- 顧客から実際どう思われているのかを把握すること
そのうえで、生じているギャップを埋めるために何をどこで発信するのか、という戦略を考えていきます。それが具体的なメディアプランニングや広告PRの実行につながっていきます。
このギャップを埋めるのに、雑誌メディア、出版メディアの活用は有効だと思います。
なぜなら、15秒CMなどでは届けづらい、より深い情報を伝えることができるからです。加えて、雑誌メディアは、すでに確立されたパーセプションを有していることが多い。ですから雑誌メディアに取り上げられること自体が、そのパーセプションの影響を受けることにつながります。また、読者は雑誌のファンでもありますから、雑誌を媒介にすることで、よりメッセージは届きやすくなり、認識変容も起こしやすくなるのではないでしょうか。
リーチではなく、パーセプションを知ることが重要
──理想と現実のギャップ。その差を埋めることが大切なのですね。
本田 企業やブランド側が「こう認識して欲しい」と願っても、顧客がどう認識するかを100%コントロールすることはできません。だからこそ、顧客を正しく知ることが重要なのです。ちゃんと調査すれば、顧客がどのように認識しているかはわかりますし、そこからパーセプションチェンジのための戦略を立てていくこともできます。
顧客を知る方法はいくつかあります。カスタマージャーニーを把握することもそのひとつです。しかし往々にして、そこにはパーセプションの視点が欠落している傾向にあります。
──「視点の欠落」について、もう少し詳しく教えてください。
本田 行動と認識はつながっています。ですから、調査の際は行動だけでなく、その行動を起こした理由、つまりパーセプションの部分を聞くことが大切なのです。そのレベルまで調査することで、初めて顧客に寄り添った戦略を立てることが可能になります。
広告出稿においても、リーチ以上に大切なことは、広告を見た顧客が「どう認識したか」です。たとえ広告接触は多くても、顧客が「うっとうしい」と感じたのならば、それは失敗です。都合のいいデータだけで効果を検証せず、深い部分まで理解する必要があります。
真の顧客理解。これはパーセプションに留まらず、これからのマーケティングにおける重要なキーワードだと私は思っています。
資生堂とSansanの事例〜パーセプションを「つくる」
──本田さんの著書『パーセプション 市場をつくる新発想』では、「つくる」「かえる」「まもる」「はかる」「いかす」という、パーセプションの五段活用が紹介されています。いちばん難易度が高いのはどれでしょうか?
本田 パーセプションを「つくる」ですね。しかし新しいパーセプション(客観的な認識)を生み出すことは、市場創造にもつながりますから、その効果は大きいと言えます。
たとえばオール・イン・ワンの美容クリーム「BBクリーム」。女性の愛用者は多くいましたが、かつて男性利用者はほとんどいませんでした。そのなかで資生堂は、男性コスメの潜在ニーズに着目。「第一印象はつくれる」という新たなパーセプションを構築することで、そのニーズの顕在化を狙いました。そしてテレビCM、転職・就活イベントでのPRなど統合的に発信した「第一印象がよくなると、仕事やプライベートが充実する。だから男性コスメを利用しよう」といったメッセージは、見事に潜在層の心を捉えることに成功しました。
こうして資生堂unoの「男性用BBクリーム」は発売からわずか9ヵ月で累計出荷数が38万個を突破。大ヒット商品となるとともに、日本に存在していなかった男性用メイク市場という新しい市場を生み出しました。
──新たなパーセプションを「つくる」ことは、潜在ニーズを顕在化する効果があるとも言えそうですね。
本田 はい。法人向け名刺管理サービス「Sansan」も、パーセプションを「つくる」ことで、成功した事例のひとつです。それまで名刺は個人が所有するもので、社内で共有されるものではありませんでした。そこでSansanは「(名刺を活用して)人脈は共有できる」というメッセージを、広報活動や広告を通じて発信。見た人の潜在ニーズに訴え、「うちの会社は損しているのかもしれない」と、行動喚起することに成功しました。
いまでは、名刺を社内で共有するのは"当たり前"の時代となりましたが、実は新しいサービス浸透の裏には、新しい認識(パーセプション)の形成、浸透があったわけです。
ワークマンの事例〜パーセプションを「かえる」
──「つくる」は、ゼロからパーセプションを創造するから難易度も高い。では、「かえる」であれば、少し難易度は下がるのでしょうか?
本田 そうですね。実際、いちばんご相談が多いのは、「かえる」=パーセプションチェンジ(認識変容)です。
たとえば20年前は「おしゃれ」で人気だったボールペンが、時代とともに「ダサい」と、顧客の認識がネガティブに変化してしまうことがあります。もしそのパーセプションを「かえる」ことができれば、再びボールペンは人気商品になる可能性があります。
さらに「かえる」の中には、"拡張"も含まれます。
たとえば、作業服で知られるワークマンは、男性向けが主流でしたが、パーセプションを拡張させて、新たに女性向けブランドを誕生させ、大ヒットさせました。これは、それまでのパーセプション「ワークマン=(男性向けの)作業服」を、「ワークマン=女性も着るブランド(作業服)」へと拡張したことによるものです。
対象を広げることに成功したワークマンの事例は、認識を変えることで売上拡大につなげた、パーセプションチェンジの好例と言えるでしょう。
ここで重要なのは、既存のパーセプションを拡張(パーセプションチェンジ)することで、従来の顧客を裏切ることはしてないという点です。もしも新しい顧客を開拓できても、既存の顧客を失ってしまっては、それは成功とは呼べません。
つまりパーセプションを「かえる」ことは、ブランドイメージを完全に変えること=リニューアルとは、異なるものなのです。
おやつカンパニーの事例〜パーセプションを「まもる」
──ブランドイメージを変える際の主語は企業ですが、パーセプションチェンジにおける主語は顧客。主語が違う以上、別物ですね。一方で、パーセプションを「まもる」は、企業が主語になりえそうです。
本田 はい。パーセプションを「かえる」のではなく、「まもる」場合には、企業が現状のパーセプションを理解し、戦略的に守っていくことが重要となります。
たとえば、おやつカンパニーの「ベビースターラーメン」は、ある程度年齢を重ねた人なら「昔懐かしい」と感じるお菓子です。しかし若い人にそのイメージはありません。だからといって、若年層を意識し、完全に商品のパーセプションを変えるようなことを同社はしていません。「かえる」のではなく、レシピを展開するなど新しい知識を提供することで、パーセプションを「まもる」を実現しているのです。なお、レシピもあえて、B級グルメにこだわっています。
こうして、パーセプションを「まもる」ことで、同社は企業として成長し続けているのです。
「Perception is reality」。いまを知ることが未来につながる
──世界三大広告賞「カンヌライオンズ」にも本田さんは関わっています。同アワードにおいて、パーセプションはどのような位置付けにあるのでしょうか?
本田 「カンヌライオンズ」に限らず、昨今の広告賞の審査において、よく耳にする言葉のひとつが「パーセプション」です。特にPR部門では、「多くの人にリーチしたか」だけでなく、「いかに鮮やかなパーセプションチェンジを起こしたかどうか」が審査基準に入っています。日本ではこれからの部分もありますが、すでに海外では意識するのが当たり前になっています。
──海外に追随して、これから日本でも「パーセプション」の視点は浸透していくかもしれないですね。しかしパーセプションは、客観的な認識です。目に見えないものを意識することは、想像以上に難しいのではないでしょうか?
本田 そうですね。企業の中にいると、自社ブランドを愛しているがゆえに、周りが見えなくなってしまうことがあります。それはときに、熱意を誤った方向へと導くこともあります。やはり、正しい方向に熱意を向けるためには、自社のパーセプションを正しく理解し、戦略を立てていくことが大切です。
「Perception is reality」(客観的な認識こそが現実)。自分たちが正解と思っていても、それが現実とは限りません。客観的な認識が異なれば、それこそが現実なのです。
愛社精神やブランド愛は素晴らしいものですが、独りよがりになることは避けなくてはなりません。また、客観視する方法としては、顧客へのパーセプション調査を行ってもいいですし、客観的に物事を見られる第三者に相談するのも選択肢のひとつです。まずは自社のサービスやブランド、商品の「パーセプション」を知ることをおすすめします。
現実(いま)を知ることが、明るい未来につながる。私はそう信じています。
本田さんの著書『パーセプション 市場をつくる新発想』
「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出されたPR専門家。世界的なアワード『PRWeek Awards 2015』にて「PR Professional of the Year」を受賞している。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。