2023.01.31
多様な声からマーケティングとビジネスを考える|羽生祥子のVoiceHub! Vol.1 ── 松永 エリック・匡史<前編>
本記事は「日経DUAL」「日経xwoman」の創刊編集長・羽生祥子さんが、アカデミックの現場の声(Voice)からマーケティングとビジネスのヒントを届ける連載企画です。1回目は、ビジネスコンサルタントで音楽家でもある、青山学院大学 地球社会共生学部 教授 松永 エリック・匡史さんとの対談。前編では「多様性とグループシンク」をテーマに語り合いました。
青山学院大学 地球社会共生学部 教授 松永 エリック・匡史(まさのぶ)さん(右)と、
本連載の著者、羽生祥子(はぶ・さちこ)さん
学生の共感が集まった「グループシンク」(集団思考)
羽生 今日は、エリックゼミの学生たちに聞いた「多様性」に関するアンケート回答をもとに、メディアではなかなかすくいきれないZ世代の視点を、グイッと解き明かしていけたらと思います。よろしくお願いいたします!
エリック 先日は、羽生さんにアドバイザーとして授業に参加してもらいました。学生たちとの「多様性」についてのディスカッションは、かなり盛り上がりましたよね。
羽生 そう、手がどんどん挙がる。「多様性がないと組織がどうなるか」というテーマでは、集合意識によって間違った合意形成をしてしまう「グループシンク(集団思考)」に学生の共感が集まりました。
多様性がない組織にみられる8つのグループシンク(集団思考)の症状(©羽生プロ)
エリック 僕の授業では日頃からグローバルにおけるダイバーシティの現状を話しているので、多様性に関して関心の高い学生が多いんですよ。とはいえ、「グループシンク」という言葉は、初めて聞いたという学生もいました。
羽生 この「グループシンク」は、一般的に終身雇用制度を採用している大企業や、上下関係の厳しい職場などに多くみられるものです。用語の説明をした後、学生たちに「実際にグループシンクを見たり、体験したりしたことがあるか?」という質問をしたら、約7割の方が「はい」と答えましたね。これには、大変驚きました。
企業や職場で見られる、「グループシンク」を体験したことがあると、学生の約7割が回答した(©羽生プロ)
エリック 僕は逆に、「学生が敏感に反応しているな」と感じた。僕のゼミを通じて、学生たちがダイバーシティ、つまり平等性や公平性という観点について学び、多様性のない集団に対して敏感になっているので、7割が「はい」と答える結果になったのじゃないかな。
羽生 日頃の学びや思考が大事ってことですね。企業のマーケティング活動も、Z世代の若者がダイバーシティ、公平性や平等性にここまで敏感だという視点を意識しないと、今後は共感を得られなくなりそうですね。
エリック そうですね。
多様性がないことに対する嫌悪が強いZ世代
羽生 バイト先などですでに「不平等」を感じている学生や、高校時代に「大学に進学しないなんてあり得ないと言われた」という経験をしている学生もいて、身近な大人がステレオタイプな発言をしてしまうんだなぁと。
エリック 高校生が進路を決めるにあたって「大学に行くべきだ」というグループシンクはかなりありますね。大学の選択でも、「学びの自由」「個性の尊重」と言いながら、現実は高い偏差値の大学を良しとすることに、学生たちは大きな違和感を抱いていると思います。
羽生 今回のVoiceHubを通して、「多様性がないことへの嫌悪や忌避は、Z世代は特に強い」と痛感。「将来、多様性(ダイバーシティ推進機運)のある組織で働きたいですか?」というアンケートで、100%の学生が「はい」と答えたんですからね......。
学生の100%が「ダイバーシティのある組織で働きたい」と回答
エリック うちの学部は全員留学と地球規模の社会課題に向かい合うことが必須で、大学で遊ぶことを期待する学生にはある意味面倒臭い学部です。これは入学前からだと思うのですが、どの学生に話を聞いても社会課題に対して高い意識をもっています。授業では、アドバイザーとしてトランスジェンダーの方をお招きして一緒にディスカッションを行うこともあります。そういう意味では、ダイバーシティをかなりレベルの高いところでとらえている学生が多いことが、「100%」という数字につながっているのだと思います。
羽生 企業やメディアで働く大人の感覚より、ずいぶん進んでいる。
エリック ただ問題点もあります。「ダイバーシティがない会社では働きたくない」という学生は100%ですが、「では実際に、どういう会社で何をすべきか」という具体的なビジョンを持っている学生は100%ではないんです。
「貧困を救いたい」とテーマを掲げても、「じゃあ貧困を救うために、どうする?それはどの会社でできる?」という発想まではまだ描けていない学生が多いのは、課題と考えています。まだ、社会課題というとNGOやNPOというイメージが強いようで、企業と結びついていないケースが多いなと感じています。
企業側も、この「課題解決を具体的に描く」という部分では、まだ遅れているように思いますが、いかがですか?
羽生 まさにそこですね。学生も企業も、社会課題解決は営利組織(いわゆる企業)ではできない、やる術がないと思い込んでいる。ですが、今いちばんマーケティングで熱いのは、営利企業こそが地球全体のモンダイにどう取り組むかというビジネスストーリーなんです。単純には売上や利益につながらない、むしろコストのかかることなので、かなり知恵とノウハウが必要です。
ダイバーシティ&インクルージョンは企業の経営に直結する
羽生 日経xwomanの読者調査では、「ダイバーシティのない組織で働いている女性の50%以上が転職したいと思っている」という結果が出ています。企業からみれば、せっかく採用した優秀な若い社員が辞めてしまうのは、経営的には大きなマイナスです。エリック先生は、学生にもすでにそういう意識はあると感じますか?
エリック 実際にうちのゼミOB・OGからも、優秀な人が男女の不平等を感じたり、結婚や出産をきっかけに会社を辞めたという話をよく聞きます。「僕なら、こんなに優秀な人は辞めさせないのに、もったいないな」と話を聞くたびに思います。
羽生 企業が「ダイバーシティ、やっています」といっても、よく聞いてみると「ダイバーシティ(多様な人を集める)」だけやって「インクルージョン(違いを認めて包含する)」ができていないケースもあります。
これからの企業は、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の両輪が欠かせない。そのためには、まず経営者自身が"腹落ち"して、意識改革してもらうことが必要ですね。
「多様な人がいるのはもちろん、お互いを受け入れるインクルージョンが大事」と羽生さん
エリック そうですね。CSR(企業の社会的責任)の時代は、経営のために形だけ整えていればよかったかもしれませんが、いまはCSV(共通価値の創造)の時代です。ダイバーシティをCSRのひとつだと思っている経営者は、いますぐ経営の問題ととらえ直し、取りかかるべきだと思います。ダイバーシティーは経営マターであり企業価値そのものであると認識すべきです。
羽生 まったく同感です。
数合わせは、ダイバーシティではない
エリック 企業活動において売れる製品やサービスをつくることや、顧客満足度をあげることに、性別や国籍は関係ありません。それなのに、ダイバーシティがない企業というのは結局、従業員をフェアに評価していない企業なのです。アンフェアな評価は優秀な人材の流出だけではなく社員全体のモチベーション低下にも直結します。
羽生 おっしゃるとおりです。
また、「ダイバーシティ=女性活用のための数合わせ」くらいに考えて、女性をひとりだけ役員にするような安易なやり方も問題。これでは、女性が女性の足を引っ張る、女性が孤立するという別の問題も出てきてしまう。
この現象は、「クイーンビーシンドローム(女王蜂症候群)」によるものです。クイーンビーシンドロームとは、男性社会のなかで"ひとりだけ"成功した女性が、自分の地位を守るために他の女性の活躍を邪魔する、という行動心理です。
この問題を解決するために、たとえば大和証券では、10人の役員枠に一度に4人の女性を登用し、ダイバーシティ推進で成功しました。「たったひとりだけ勝ち上がった女性」ではなく、「性別に関係なく能力のある複数の人を引き上げる」組織に変えたことで、突出した女性の足を引っ張るような風潮がなくなったと聞いています。
エリック ダイバーシティを数合わせだけで表面的に女性登用がうまくいっていると見せかけている企業もけっこうあります。そういう企業は、逆にフェアではないと印象付けられる可能性も高いのです。
羽生 そうですね。それと、女性登用のプロセスも重要。たとえば、ある企業で女性が役員に抜擢されたとします。でも、その女性が深夜残業や飲み会、休日のゴルフなど、男性と「同化」することで役員のポジションを得たのだとしたら、それは真のダイバーシティとは呼べない。私は「ニセ女性活躍企業」と呼んでいます。
先ほども申しましたが、違う行動や違う発想・意見を受け入れる「インクルージョン」がなければ、結局見せかけのダイバーシティに終わってしまいますからね。
評価のKPIと企業カルチャーの両輪で進めるのが理想
エリック 僕が日本のいちばんの問題だと思っているのは、評価のKPIが明確になっていないことです。外資系企業の評価はすべて数値化されています。客観的に数字で評価できるKPIがあれば性別や年齢、国籍で差別されることはないのに、日本は違いますよね。主観的な派閥や好き嫌いで評価していてはグローバルから取り残されるだけです。
羽生 たしかに日本では、努力しているとか、長く働いていることが評価の対象になりがちです。
エリック 日本は単一国家なので、これまで阿吽(あうん)の呼吸でやってきました。たとえばアメリカのような連邦国家にはいろいろな国籍の人がいます。多様な考え方や文化、宗教の違う人たちをまとめるには客観的なKPIなしでは難しいのです。客観的な評価のために数値化し、評価する努力は真似るべきだと思います。客観的な評価には性別、年齢、国籍は関係ないのです。
羽生 障がいのある方の採用なども、日本はまだ画一的ですよね。
エリック 障がいのある方を採用することで、従業員に一体感が生まれるという考え方もあります。これはインクルージョンの話ですね。たとえば、なにか障がいをもっていてもチーム内で助け合うことによって高いチーム力が生まれれば、障がい者雇用もパフォーマンスにもよい影響を与える可能性があると思います。それが企業カルチャーになっていくと素敵だなと思います。日本はそれができる国だと信じています。
羽生 そうですね。D&Iは、評価のKPIと企業カルチャーの両輪で進めるのが理想だと私も思います。
(後編に続く)