この連載では、ビジネス向け動画配信プラットフォームのグローバルリーダーであるブライトコーブのシニアマーケティングマネージャー・佐野通子氏が、自社オウンドメディア開発を成功させてきた企業のプロジェクト担当者にインタビューを行い、オウンドメディア開発に向けた企業の戦略事例をお伝えします。これからオウンドメディア開発をしていく方や、改善を検討している方に向けて、プロジェクト管理の視点からの開発ストーリーです。
第1回は、LIXILのBtoB向け動画オウンドメディア "LIXIL-X" の事例です。ブライトコーブのプラットフォームを活用してつくられた「LIXIL-X」ですが、効果的に開発をすすめるためのシステムを自社でアジャイル開発したということです。プロジェクト担当のマイク高橋氏に、オウンドメディア開発の進め方や公開後のプロジェクト管理などについて聞きました。
株式会社LIXIL マイク高橋氏
短かったオウンドメディア公開までの開発期間
佐野 まず、新しい動画オウンドメディア "LIXIL-X"の開発の背景について、お聞かせください。
高橋 LIXIL-Xの開発プロジェクトが本格稼働を始めたのは2021年の夏でした。しかし、公開日は翌22年の3月1日と決まっていたので、開発期間は半年強しかありませんでした。
開発の方法として、当初はウォーターフォール開発※も検討していました。LIXILのBtoBサイトに実装されている、以前フルスクラッチで制作した「動画検索サービス」を、LIXIL-Xに作り変えるという案もあったからです。
しかしその場合には、開発ベンダーの選定からスタートしなければなりません。選定が終わるまでには少なくとも1ヵ月程度はかかるでしょう。さらに初めて組む相手となると、要件定義だけで2~3ヵ月を要する可能性もあります。そこから実際に開発がスタートしたら、サイトローンチまでにはどんなに速くても半年以上はかかってしまう。これでは社内でコミットしている3月1日の公開には到底間に合いません。
また、フルスクラッチでのウォーターフォール開発となると、フロントとバックエンドの両方のエンジニアグループが必要です。そうなるとアサイン可能なエンジニアが社内では手薄なため、社外からアサインしなければなりません。予算計上もしなければならないため、そこでもまた時間がかかります。そういったさまざまな理由から、ウォーターフォール開発で行うことを断念しました。
※ウォーターフォール開発:上流工程から下流にそってシステム開発を進める、オーソドックスな開発手法
アジャイル開発に切り替えできた理由
佐野 それなりの規模感の動画オウンドメディア構築に半年強という開発期間は、確かにかなり厳しいスケジュールですね。
高橋 はい。そこでウォーターフォール開発を断念した後、従来から使用しているブライトコーブのプラットフォームを活用したアジャイル開発※ができないか、検討を始めました。
※アジャイル開発:工程を機能別に小規模に分けて進めるシステム開発手法。設計〜リリースを繰り返して実施することが多い
一般に動画活用支援のグローバルプラットフォームサービスは、他社のサービスとの連携でさまざまな機能を実現するものが多くありますが、独自の機能を構築するには少し弱いところがあります。
一方、ブライトコーブのプラットフォームは独自APIがたくさん公開されています。APIを活用すれば、あらかじめ決めたルールに従って動画を呼び出し、さまざまな見せ方で動画を再生することが可能になります。すると、データベースを組む必要がなくなり、バックエンドのエンジニアがいらなくなるため、小さなフロントエンジニアのチームだけで開発が進められるとわかったのです。エンジニアにもレビューしてもらったうえで、APIを活用してオウンドメディア開発することに決めました。
それを前提に、少人数のエンジニアチームで、とにかく3月1日までに最低限の機能を備えたプロトタイプを公開し、公開後に改善していくという形で完成形を目指していくことにしたのです。
プロトタイプ制作ではデザイナーを入れずに進行
佐野 他にも、開発スピードをアップするための工夫をなされたそうですが。
高橋 短期間で開発を進めるにあたって、デザイン工程も最低限にとどめることにしました。
最初のモックだけはグラフィックデザイナーにお願いし、色と大まかなレイアウトを決定しました。UIデザイナーやWebデザイナーを入れず、あとはエンジニアのメンバーにカラーコードだけ合わせて作ってもらいました。3月1日のプロトタイプ公開まではこのやり方で進めたのです。
ただし、プロトタイプとはいえ"スタイリッシュに見える"ようには工夫しました。サイト上に表示される動画のサムネイルなどはカラーを統一するのが難しいですが、サイトのベースとなるカラーは使用する色を徹底的に減らしたのです。工数削減につながるだけでなく、見栄えも整ったサイトになり、実際に社内からも「カッコイイ」と好評でした。
もちろん、公開後の現在は、サイトUIもきちんと考えないといけないため、UI専門のメンバーに入ってもらい、改修を行っています。
アジャイル開発のもうひとつのメリット
佐野 アジャイル開発では、開発スピード以外のメリットも強く感じられたということですね。
高橋 短期間でプロトタイプを公開し、そのあと改善を繰り返すアジャイル開発の大きなメリットは「予算の決済者を説得しやすいこと」だと思いました。
システム開発の決済者を説得するには、開発中のシステムの画面を見せる必要があります。システムを一度テストリリースして実際の反応を見たうえでないと、なかなか予算承認が下りないケースもあるでしょう。
しかし、上流から下流へと一度に開発を行うウォーターフォール開発となると、決裁者に納得してもらうために、80点くらいの完成度まで持っていかなければならない場合が多いのではないでしょうか。その点アジャイル開発の場合は、40点くらいの完成度のものでもよいでしょう。短期間で開発し、プロトタイプを公開して実際の反応を見てもらえば、よりスムーズに決済者に納得してもらえます。
LIXIL-Xの場合も、プロトタイプ公開後の反応を見ながら、40点を100点に近づける作業をしました。つまり、公開前よりも公開後の方が時間をかけて開発していることになります。
各部門からのフィードバックを高速PDCAで実装
佐野 公開後も開発を続けているとのことですが、その際にどんなことに気をつけておられるのでしょうか。
高橋 LIXIL-Xの公開後は、次の改善やアクションのPDCAサイクルを高速で回し、その成果をステイクホルダーに共有することを心がけています。
LIXIL-Xのプロトタイプを公開した後から、特に実際にクライアントとやりとりをする営業部門やショールームの人たちから、さまざまなフィードバックがありました。
そこで、フィードバックをくれた人全員にアポを取り、LIXIL-Xの使い勝手を直接ヒアリングしたのです。そのヒアリング内容をエンジニアと共有し、フィードバックの内容を高速PDCAでLIXIL-Xに実装しました。そしてその結果をステイクホルダーに逐一報告をしていきました。
API活用によって実現したコストの大幅削減
佐野 APIをご利用いただいたことで、コスト面でもメリットが高かったと伺いました。
高橋 はい。APIが活用できたおかげで、開発コストも大幅に削減できました。
もしブライトコーブのファイルサーバーだけ使い、フロントとバックエンドの両方をフルスクラッチで開発していたら、1,000万単位のお金がかかったと思います。
しかし、バックエンドの開発はAPIの使用によって不要となりました。しかもブライトコーブのAPIには使用料がかかりません。バックエンド開発にかかるコストが丸ごとなくなり、フロント開発にかかるコストだけとなったため、全体の開発コストは半分以下に収まったのではないでしょうか。
今回、オウンドメディア公開までの期間が充分に確保できていたら、もしかしたらウォーターフォール開発を選択していたかもしれません。ただ、私たちのように開発期間や予算などが決まっている場合や、代用できるプラットフォームやシステムなどを有している場合は、アジャイル開発の方が結果としてよかったと感じています。諸条件や開発環境に応じて、最適な開発手法を選択することが重要なのではないかと思います。
佐野 本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
総合出版社は、近年、動画の制作にも積極的に取り組んできました。雑誌の企画編集力を動画にも活かし、ターゲット層の話題を呼び、強く訴求するプロモーション動画を制作します。SNSなどでバズを呼び、拡散させる展開も得意としています。詳しくはこちらをご覧ください。
聞き手プロフィール
ブライトコーブ株式会社 シニア・マーケティング・マネージャー
佐野 通子(さの みちこ)
ネットワークインフラ、SaaS等の業界でBtoBマーケティングを約20年経験、マーケティング活動全般をマネージメントするオールラウンダーとして活動。財務管理SaaSソリューションのグローバル企業においては、関連企業のCFOと連携しPRやマーケティング活動での実績を上げたことにより企業DNA賞受賞。その後、数社のグローバル企業でのフィールドマーケティングでの実績を積み、2021年8月ブライトコーブ入社。