2022.08.04

トレンドワードから考えるデータドリブンな組織づくり |デジタルマーケティングとデータの"越境"<第3回>

本連載では、デジタルマーケティング業界の最新動向について、"越境"をテーマに解説します。昨今はマーケティングを越えた領域でのデータ活用が進んでおり、マーケターが負う業務や役割の境界が曖昧になりつつあります。顧客データを軸に、組織の枠組みや自らの役割を"越境"した戦略を立てるべき時代に入っています。
今回フォーカスする越境は、DX推進を加速する部署同士の越境です。企業の構造に関わる新しい潮流について、トレンドワードを解説すると共に、その中でマーケティング担当者ができることを考えていきます。

縦割り組織が企業のDXを阻んでいる現状

日本企業のDX推進を阻む要因の一つが、いわゆる"縦割り組織"の仕組みです。縦割り組織とは、業務内容に応じて組織が細分化され、上司から部下へという意思決定のラインが作られた組織構成を指し、レガシーな企業では一般的な形と言えるものです。
しかし、企業成長に資するデータ活用を目指すと、自ずと部署や業務内容を横断したデータ統括・管理が必要になってきます。特に顧客データを切り口とするCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を最大限に活用するためには、この縦割り組織の仕組み自体を見直さなければなりません。

DX推進を迫られる中、CDPなどのソリューション導入を急ぐ企業をよく見受けますが、組織改善を後回しにすると無駄足に終わってしまう可能性が高いです。今回は組織そのものを見直すために、まずヒントとなるトレンドワードのいくつかを取り上げて解説します。そして次に、データドリブンな経営基盤を作るためにどのような組織を目指していくべきかを考えます。

新しい組織づくりのヒントになるトレンドワード

サイロ化

「サイロ化」とは、縦割り組織を前提とした業務を続けた結果、部署同士の連携が取りづらくなっている状態を表します。サイロはもともと、家畜の飼料や農産物を貯蔵する容器を指す言葉です。それぞれ異なる内容が混ざらないように設計されているサイロですが、これと同じ状態がひとつの目的に向かう企業の中で起こることは不自然です。本来、企業はミッション実現のために部署同士の連携が必要ですし、それはデジタル化が進む現代でも変わりません。

サイロ化には組織面だけでなくシステム上というニュアンスも含まれます。具体的な例を挙げれば、マーケティング部と営業部がそれぞれ別の顧客管理システムやコミュニケーションツールを使っており、互いのデータの連携がされていないような状態です。多様な機能を持つデジタルツールが乱立していることで、もともとあった部署ごとの分断がさらに深刻化しているという見かたもできます。

サイロ化が顕著な企業におけるDX推進は極めて困難です。個別管理されているデータの統一、それを実現するプラットフォームの導入、またそれを実現するための現状把握に対し、多大なリソースが必要になるからです。

ホラクラシー型組織

次に、「ホラクラシー型組織」について解説します。ホラクラシー型組織とは、役職や階級を持たないフラットな組織体系を指した言葉です。冒頭で述べた縦割り組織(=ヒエラルキー型組織)の対義語となる言葉で、いま事業展開をする上で適した組織体系として注目を集めています。

ホラクラシー型組織には上司という概念が存在しないので、意思決定権が分散されます。マネジメントの役割を担うメンバーはもちろん存在しますが、そのメンバーの意思決定が絶対というわけではありません。
ホラクラシー型組織を導入して成功している企業例としては、アトラエ、Ubie、ザッポスなどが挙げられます。ベンチャー企業を中心に、ホラクラシー型組織によるスピーディな意思決定と組織成長が功を奏している例は増えており、大企業でもこの考えかたを取り入れようという動きが強まっています。

スクラム

「スクラム」は、アジャイル開発(※)のフレームワークの一種で、システム開発の現場を中心にさまざまな部署・チームの中で採用されています。スクラムの優れている点は、短期間でプロジェクトを進めること、複雑な問題に適応することに特化したフレームワークであることです。最低限のルールに基づきプロジェクトを進行することで、チームのスキルを最大化できます。スクラムには明確なガイドが存在し、踏襲するのが容易であることも魅力です。

前述したホラクラシー型組織は組織の仕組みを変えるヒントになる言葉ですが、こちらのスクラムはその組織における働きかたや、業務への取り組みかたを変えるヒントになる概念で、自発的にメンバーが動ける土台を作るのに適した考えかたです。

(※)アジャイル開発......システム開発の進行方向の一種。開発を小さな単位に分け、実装とテストを繰り返しながら進めることを指す。変化に対する柔軟性が高いことが特徴。

フルリモート・フルフレックス

最後に、働きかたとして「フルリモート」と「フルフレックス」について触れます。
昨今のコロナ禍ではリモートワークが推奨されていることが多く、また一時的にではなくリモートワーク前提で、出社は任意でのみとする働きかたも広がりつつあります。

フルリモートを前提とすると出勤・退勤の概念も変わるため、併せてフルフレックスを取り入れる企業も増えています。フルフレックスとは、ある単位における総労働時間の枠組みを設け、勤務時間は従業員に任される働きかたを指します。フルフレックスを適用することで従業員は生活と仕事の割り振りが以前より柔軟にできるようになるため、子育てや介護といったライフイベントも並行しやすい点でも評価されています。

このフルリモート・フルフレックスの環境下では、オンラインコミュニケーションが基本となりますが、その影響で役割に応じた部署やチームに限らない、あらゆる切り口でのコミュニティも作りやすいのが特徴です。もちろん、オフラインでしかできない雑談などのコミュニケーションの必要性もあり、一概にこの体制が良いとは言えません。が、DX推進に向き合う組織の基盤としては非常に良い効果を発揮する制度です。

組織の意識・仕組み改革がマーケティングにもたらす効果

さて、ここまで紹介した概念や仕組みは、それぞれ独立しているわけではなく、すべてが新しい働きかた、新しい組織の在りかたに紐づいています。
たとえば、フルリモート・フルフレックスの働きかたを取り入れるならば、意思決定権は個々にあるほうがプロジェクトの進行がスムーズです。ホラクラシー型組織がサイロ化することはまずありませんし、スクラムも自然に取り入れることができます。
働きかた、チームの作りかた、プロジェクトの進めかたといったそれぞれの領域で注目されている事柄は、すべてDXに適した企業の理想形に集約することができ、これらの準備が整って初めて、昨今注目されているソリューションを最大限活用することができるとも言い換えられます。

このような全体的な組織改革が進んでいくと、マーケティングの在りかたもおのずと変わってきます。まず、営業やカスタマーサポート、開発といった別部署との連携がシステム面、コミュニケーション面双方でスムーズになり、マーケティング部だけで独立した動きをすることが少なくなるでしょう。また、顧客データを起点とした全社的な意思疎通、方針の調整を図ることができるようになります。

マーケターが扱えるデータの幅も広がります。オンラインコミュニケーションが一般化することは、これまでオフラインの接点でブラックボックス化していたログデータをマーケティングに活用する可能性にもつながります。店舗での顧客接点や商談機会などのオンライン化に伴い、それらのデータを複合的に活用できるようになれば、マーケティング施策でもそれを反映できます。

さらに、デジタルマーケティングを扱ってきたマーケターにとっては当たり前だったデジタルリテラシーが、今後各部署に浸透することで、意識のギャップを埋めることもできるかもしれません。サイロ化された組織におけるマーケターは孤独な戦いを迫られるという話をよく聞きますが、これからは企業全体がデータから学び、成長していく時代です。マーケターは、その企業改革をサポートする役割も担える存在だと思います。

組織全体を変えるために今からできること

では、こうした前向きな組織改革を具体的に推し進めていくためには、まずどのようなことからスタートすれば良いのでしょうか。

第一に挙げられるのは、SlackやTeams、Zoom、Docusignなど、取り入れやすいところからオンラインツールを導入することです。企業によってはこれらのソリューションを導入することひとつ取っても動きが重い環境があるかもしれませんが、まずは自分のチームなどの小さな領域からスタートし、少しずつ輪を広げていきましょう。
昨今はデジタルツールの無料プランが豊富なので、大きなリスクを抱えることなくソリューションを試せる機会は多いはずです。特にコミュニケーションツールは導入メリットを誰もが理解しやすく、操作も簡易なものが多いのでおすすめです。

次に、デジタル人材の採用強化、育成に注力することです。デジタル人材とは、ここまで説明したような組織や思考のフレームワークに柔軟で、かつそれを促進するデジタルソリューションへの知識も持ち合わせた人材のことを指します。

新しいソリューションに関心が高く、自らチャレンジ精神をもって取り入れられる人材であれば、デジタル人材の素養を十分持ち合わせています。こうした人材要件を改めて明示し、その要件に当てはまる人材を評価する姿勢を示すことで、デジタル人材が活躍しやすい土壌を企業内に作り上げましょう。

DX推進をリードする存在として

企業全体がDX推進という大きな課題に取り組む中で、デジタルマーケティングに取り組んできたマーケターは、データ活用に対してひとあし先に取り組んできたスペシャリティを持つ人材である側面も持ちます。今後、時代の流れに即した包括性のあるデジタルマーケティングを取り入れていくために、マーケターは部署を横断したプロジェクトの推進や、データ活用のリードを取る役割を担うことが増えていくでしょう。

もちろん、組織内の足並みがそろわず、スムーズに改革の歩が進まない現実もあると思います。しかしそんな中でも思い出してほしいのは、今回紹介したようなトレンドワードが示すヒントや、企業が持つ本質的な課題についてです。結果を急ぐ前に、組織やフロー全体を見渡し、改革のポイントを見定めていくことが解決の糸口になるはずです。

マーケティング部やマーケターに求められる役割の大きさは今後ますます大きくなっていくでしょう。担当者の皆さんがそれをキャリアの良い機会と捉え、積極的にチャレンジしていくことを願っています。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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