2022.08.04

不穏な時代だからこそ、エンターテインメントができること──「Advertising Week Asia 2022」レポート③

今回のAdvertising Week Asia 2022は、3年ぶりのリアル開催とオンライン配信とのハイブリッド形式で行われました。初日の5月31日、「エンターテインメント」の第一線で活躍している俳優の別所哲也さんと、アーティストのAI(アイ)さんが登場。ジェンダーの枠組みを超えたウーマンエンパワーメントについて考えながら、エンターテインメントの視点で社会課題を解決するためのアプローチについて語り合いました。

アーティストのAIさん(左)と俳優の別所哲也さん

エンターテインメント業界は、ソーシャルグッドな活動の場

別所哲也(以下、別所) AIさんは2020年、次世代リーダーが集まる⻘年版ダボス会議「One Young World Japan」のオフィシャルアーティストに就任されました。

テーマソングの「Not So Different」には、AIさんがいま最も伝えたいSDGsへの想いが込められているとお聞きしています。今日はそんなAIさんとご一緒に、この不穏な時代にエンターテインメントができること、そしてそこからどんなメッセージが届けられるのかを考えていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

AI よろしくお願いいたします。

別所 僕も、俳優や僕が主宰する日本発の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」の活動など、エンターテインメントに関わっています。僕らが関わっているエンターテインメント業界はソーシャルグッドな活動の場でもあると思っているのですが、AIさんはご自身が「ソーシャルグッドな活動をしている」という認識はありますか?

AI 私は「ソーシャルグッドな活動をしている」というよりも、「自分がいいと思うことをしている」という感覚ですね。たとえば私は、「聞いてくれた方がハッピーになるように」と考えて歌詞をつくっています。

また、Instagramで「TAP(Take Action for Peace)」というメディアを立ち上げましたが、「ソーシャルグッドだから」と始めたわけではありません。平和のために自分に何ができるかを考えるきっかけの場がつくれたらいいな、という思いで、企業担当者や社会課題に関わるスペシャリストのインタビュー記事を紹介しています。

AIさんが立ち上げた、平和のために「何が」できるかを考えるInstagramメディア「TAP(Take Action for Peace)

AI 私は、「ソーシャルグッド」の原点は、自分のまわりにいる人が元気で幸せかどうかということに尽きると思うんです。私は誰かに優しくされたり、笑顔で自分の話を聞いてもらえたりすると嬉しいし、元気にもなれます。だから、私自身も身近な人たちにとってそんな存在になりたいと思って行動するようにしています。そういう気持ちを持つ人が少しずつ広がっていくことが、ソーシャルグッドな世界ではないかと思います。

別所 子どもの頃によく親に言われた「自分がやられて嫌なことは人にしてはいけない」ということですよね。僕は、ソーシャルグッドなことをするときに、なぜこれをするのか子どもに説明できることも大事だと思っているのですが、「SDGs」はそういう点で子どもにも伝えやすい概念ですよね。

AI そうですね。いま私のまわりの友人達も当たり前に「SDGs」という言葉を使うようになりました。
実は私、SDGsという言葉が出てきたときは、一過性のブームで終わってしまうのではないかと冷ややかに見ていたんです。でも、メディアや企業がこぞって使い出し、いまはSDGsの概念が当たり前に受け入れられるようになってきたので、これはいいことだなと思っています。

ウーマンエンパワーメントの目的は、一緒に楽しめる世の中に変えていくこと

別所 新型コロナウイルスの感染拡大という、世界みんなが向き合わなければいけない状況に直面し、社会課題や地球環境問題が「自分ゴト」になった部分もありますよね。コロナ禍を経て、ジェンダーギャップやウーマンエンパワーメントの意識も高まったように感じていますが、AIさんはどんなふうに感じていらっしゃいますか?

AI ウーマンエンパワーメントは、女性の活躍を推し進めることですが、私は単純に「女性が強くなる」ということではなく、男性も女性も人に思いやりをもってお互いに協力しあいながら、人として幸せに生きられる社会を目指すことがウーマンエンパワーメントじゃないかと考えています。

私は鹿児島育ちなので、子どもの頃は男女で食事のテーブルが違い、男性が食べて飲んでいる間、女性は台所で忙しく働くという光景がわりと当たり前でした。でもみんなが同じテーブルで食事をしたほうが、もっと楽しいですよね。だから、相手への思いやりを持って、お互いに一緒に楽しめるような世の中に変えていくことがウーマンエンパワーメントの目的なのかなと思います。

「相手を思いやる気持ちがソーシャルグッドの原点」と話すAIさん

別所 ウーマンエンパワーメントはもちろん、日本だけの問題ではありません。

世界に目を向けてみると、たとえばアフガニスタンでは女の子はいまだに学校に行くことも認められてないと言われていて、識字率も低く、たくさんの課題があります。こうした状況を少しでも変えるため、日本のあるNGO団体が、「子どもが学校に行く」ことが当たり前の社会に変えていこうと、使わなくなったランドセルを送る活動をしているそうです。

女性の地位や活躍の機会向上のために、世界にはまだ多くの課題がありますが、「SDGs」という共通言語があることで、取り組みやすくなった部分もあると思います。

AI 結局、先ほどの話に戻りますけど、相手の気持ちになったらどう思うかということですよね。あなたもそれをやられていいですかと。相手の立場になって考える人が増えれば、世の中はもっと変わっていくと思いますし、そのために「SDGs」という共通言語をもっと使うべきだと思います。

性別ではなく、それぞれの個性が光っていく時代

別所 女性やマイノリティには、実績や実力があるのに昇進できない「ガラスの天井」があるとも言われてきました。AIさんご自身は自分が女性であるがゆえに窮屈に感じたり、限界を感じたりした経験はありますか?

AI 私は子どもの頃から体を動かすのが好きで、教室で女子と消しゴム遊びをするよりは、校庭で男子と一緒にドッジボールや木登りをするのが好きでした。腕相撲もすごく強かったんですよ。でもそれって、いまにして思えば「女だからといって負けたくない」という気持ちがあったのかもしれません。

私が住んでいた鹿児島では、海の神様が女性だから漁の船には男性しか乗れないとか、そんな男性優位のルールもたくさんありましたが、それは「男女差別」というよりは、体格や向き・不向きによる役割の違いという部分もあったのかなと、いまにしてみれば思います。

別所 僕らが子どもの頃も「男の子だから泣いちゃだめ」「長男だからしっかり」みたいなことは言われました。でもいまは「女性だから」「男性だから」ではなく、それぞれの個性が光っていく時代です。制服も「女性=スカート」という制限はなくなっていますよね。

ただ、エンターテインメントの世界はいまだに、女性が活躍する場が少ない気がします。僕が主宰する映画祭でも女性監督がまだ少ないので、社会全体で、女性が機会を得られる場を作っていくという意識はすごく大事なんじゃないかと思います。

分断ではなく、わかりあい歩み寄ることが大切

別所 男性も女性も一緒になって幸せな社会を作っていくためには、わかりあうことや歩み寄ることが必要です。新型コロナウイルスのパンデミックでは「世界が分断された」と言われましたが、わかりあえない、わかちあえないことが多い現在の状況を、どう見ていますか?

AI 新型コロナウイルスの感染拡大で、家族に会いたくても会えない時期がありました。そんなことが私の人生に起きると思っていなかったので大変ショックを受けました。

いままた、ロシアのウクライナ侵攻によって、離れ離れにならざるを得ない家族がいます。最近は自然災害も甚大化していて、自然の脅威によって家族や大事な人と引き離されることも多いのに、人間が意図的に分断させる世の中をなぜ創り出す必要があるのでしょうか。結局、自分の家族や大事な人が同じ目にあったらどう思うかということを考えてみたら、分断ではなく、その真逆を、これからはしていかなければいけないと思います。

もちろん、個人ではできることに限りがあります。だから、たとえば今日みなさんがこうして会場まで足を運んでくださったように、リアルなライブを開くとか、オンライン配信でメッセージを伝えるとか、分断とは逆のことをどんどんしていきたいですね。

会場には3年ぶりのリアル開催を待っていた参加者が大勢集まった

別所 僕も映画祭を主宰していて、不審や不安に飲み込まれそうになる世の中を、エンターテインメントでどうやって払拭できるかということはいつも考えています。AIさんは音楽活動でどうやってメッセージを伝えているのですか?

AI たとえばNHKの連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」の主題歌「アルデバラン」は森山直太朗さんの作詞・作曲ですが、その曲のなかに「笑って笑って 愛しい人 不穏な未来に 手を叩いて 君と君の大切な人が幸せであるそのために祈りながらsing song」という歌詞があります。

「あなたの大事な人が幸せであることを祈る」というのはすごく共感できるメッセージだなと歌っていて思います。

メロディーに載せて歌詞を歌い上げるAIさんに会場からは拍手が

別所 AIさんの歌詞やメッセージもそうですが、エンターテインメントに助けられている人は多いと思います。いま、ウクライナ問題もそうですが、「分断しない」ためのメッセージとして、世界中のアーティストが声をあげています。僕自身、笑顔でいられる社会でありたいと願っているひとりとして、微力ながら映画や俳優業でメッセージを届けられたらなと思っています。

AI 映画も観終えたあと、「明日からがんばろう」と思えるパワーをもらえますよね。エンターテインメントって、すばらしいなと思います。

エンターテインメントのチカラを使って、課題を解決

別所 ありがとうございます。いまAIさんにもおっしゃっていただきましたが、エンターテインメントには人を動かすチカラがありますよね。

実際、それに気づいた企業や広告会社は、スペックではなくエンターテインメントを使ったストーリーテリングで社会課題や環境課題を解決しようとしています。AIさんは発信する側として、どんなふうに感じていますか?

「エンターテインメントならストーリーで企業やブランドの思いを伝えられる」と話す別所さん

AI エンターテインメントは、受け取り側のその時の状況や心理状態で感じ方が変わりますよね。

私が「こう思う」と発したメッセージでも、受け取る方が違うふうに感じることもあり、「正解」がありません。一方で、いつもは聞き流している曲があるタイミングで非常に心に刺さったり元気になったり、また逆に、すごく好きだった曲なのに悲しい気持ちになったりすることもあります。

そういうのも含めて、エンターテインメントには、自分の感情を吐き出してストレスを軽減させるチカラもあるんじゃないかと思います。

別所 僕も「人前で演技をして感情をさらけ出す」という行為を通じて、僕自身のメンタルのバランスをとっているなと思うことはあります。

コロナ禍でリモートが進んだり、マスク装着が一般化したりしたことで、多くの方が喜怒哀楽を出せない社会になっていると感じます。

SNSの発達で、どこでどう炎上するかわからない時代、いろいろな意味で自分のイライラや不安を抑えないといけなくなりまして。でも人間だから、泣いたり笑ったり、時には怒ったりイライラしたりも出したいじゃないですか。エンターテインメントはそれを疑似体験できる場でもあると思うんです。

だから早くAIさんのライブに行って声を出したいですし、みんなで大合唱したい。そういうエンターテインメントの一体感が分断の時代を超えて力になっていくような気がします。そして今日聞いてくださっている企業やマーケターのみなさんが、エンターテインメントを通して、人と人の本質的なつながりをつくってくれるんじゃないかなと期待しています。

近年、そのエンターテインメントを使った「ブランデッドムービー」というのが生まれています。

ストーリーで届ける「ブランデッドエンターテインメント」

別所 これは"ブランデッドエンターテインメント"ともいいまして、企業の広告とも違う、ストーリーテリングで動画コミュニケーションをする手法です。企業のSDGs指針やESG投資のあり方、会社のガバナンスなどをメッセージするストーリーテリングの手法として、ショートフィルムを使った取り組みです。

「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」のなかでも、「ブランデッドショートオブザイヤー」という賞を設けて、盛り上げに寄与しています。実際に、AbemaTVさんなどが採用動画などでご活用いただいています。企業がこれからどんなふうにエンターテインメントのチカラでコミュニケーションをとっているのか、ご注目いただければ幸いです。

最後にAIさんから、これからの社会になぜエンターテインメントのチカラが求められるのか、もういちどお考えをお聞かせいただけますか?

これからもエンターテインメントのチカラを信じて、活動していきたい

AI 私のメインテーマは「世界平和」なので、これからもそういうメッセージは発信していきたいです。私たちは平和じゃなければ歌うことができません。自分のためでもありますが、家族や大事な人が元気でいてくれることが私の歌う活力にもなり、それを聞いてくださった方に勇気や元気を届けるチカラにもなれると信じています。

私の曲で「Not So Different」という曲がある。「私たちはそんなに違わない。みんな同じ人間なんだ」というメッセージ。そういうのをみなさんに伝えていけたらいいなと思っています。

別所 いまのように、不穏な時代だからこそ、人と人がつながっていくのにエンターテインメントのチカラは大事ですよね。エンターテインメントを通じて、自分ではないもうひとつの自分に出会えることも、豊かで平和でな社会をつくっていくのに役立つと思います。

これからもエンターテインメントのチカラを信じて、活動していきたいと思っています。みなさんにとって大切なエンターテインメントの世界で、何かご一緒できることがあれば、ぜひお声かけいただければと思います。AIさん、今日はありがとうございました。

AI こちらこそありがとうございました。


Advertising Week Asia 2022
不穏な時代だからこそ、エンターテインメントができること

開催日時:2022年5月31日(火)10:40〜11:20 KEYNOTE STAGE
講演者:
 別所哲也/俳優、国際短編映画祭(ショートショート フィルムフェスティバル& アジア)代表
 AI/Japanese R&B star

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