ファンマーケティングのコミュニティマネージャーとして活躍する株式会社Asobica・CCOの小父内信也(おぶない・しんや)氏の連載です。
ニューノーマルの世の中でますます重要性を高める「ファンマーケティング」。その実践のために欠かせない考え方と手法について、じっくりと解説していきます。
判断の優先順位を押し上げる口コミ
今回のテーマは「口コミ」です。ファンマーケティングを語る上で、このワードは欠かせません。
口コミという言葉は、「マスコミ」との対比で生まれたもので、「口頭でのコミュニケーション」の略とされています。つまりそこには「人」が介在しているというところがポイントです。
みなさんは口コミと聞いて、どのようなことを思い浮かべるでしょうか。ここで分かりやすく身の回りの出来事に例えてみましょう。
あなたは、運動不足を解消しようと健康目的でフィットネスジムに通おうと考えているとします。
駅前にできた小さなパーソナルジムや少し離れた大型モールにある大手フィットネスジム、または筋トレグッズを購入して自宅でトレーニングするなど、選択肢は多数存在します。
そんなとき、ちょうど友人が駅前のパーソナルジムに半年前から通っていて、すごく楽しく続けられているという話をあなたにしたとします。特にトレーナーのかたが、元スポーツ選手できめ細かくトレーニングメニューを設定してくれるなど、初心者にも通いやすい環境があるとのことです。さらに今なら紹介制度もあって、最初の1ヵ月は無料で使える特典が付いているとも言っていました。こちらから聞いてもいないのに、友人はそのジムのいいところを、とにかく熱く語ってくれました。
こうなると、あなたの中でその駅前のパーソナルジムの優先順位がグッと上がっていくはずです。そこまで友人が良いと言うなら、何も知らないところへ行くよりも安心だよね、と。
このように、日常の多くの選択に口コミの力が作用しています。
今日のランチ、週末の旅行、誕生日のプレゼント、秋物の洋服、気になる映画などなど、あらゆる場面で自分以外の人の意見や評判を取り入れ、大小様々な判断をしているのです。
口コミを利用したサービスといえば、食べログやAmazonのレビューが代表例です。レビューの星の数が多いことが、「信用」につながり、判断の優先順位を押し上げることになるのです。
情報をくれたのが関係性が深い友人や職場の同僚となると、そのインパクトはもっと大きくなります。また提供者の好きの度合いが高ければ高いほど、伝わるメッセージの熱量もどんどん膨れ上がっていくのです。
それでは、口コミを活用したマーケティング戦略について、どのように考えていくことが大切なのか、紐解いていきましょう。
混同されやすいファンマーケティングとインフルエンサーマーケティング
ファンマーケティングを始める際によく陥りやすいのが、ファンとインフルエンサーを一緒と勘違いしてマーケティング戦略を練ってしまうケースです。
インフルエンサーは、その言葉の通り影響力のある人で、SNSなど自身のネットワークを利用して商品やサービスのプロモーションをします。これが「インフルエンサーマーケティング」で、憧れの対象やリーダーシップのある人物にからの言葉に「私も買ってみよう」とか「自分もこうなりたい」というニーズを喚起し、最終的な購買行動に繋げるマーケティング戦略になります。
一方ファンマーケティングにおいて、ファンは心から愛着をもった商品を、対価がなくても能動的に発信したり、シェアしたりしてくれます。ある意味、報酬の発生しないプロモーションといえます。
つまり何が大きな違いかというと、受動的か能動的かという点です。インフルエンサーは、明確な対価のもとに受動的に発信をします。そこに企業側の情熱や想いが重なるかというと、必ずしも一致するわけではありません。よって、真の意味での熱量が伝わるかどうかもわかりません。
情報が溢れる現代社会において、多くの商品やサービスから選ばれるためには、ファンが心から良いと言ってくれて、周囲に伝播してくれるようなファンマーケティングに注目すべきであることがおわかりいただけるでしょう。
このように似ているようで実は全く異なるファンマーケティングとインフルエンサーマーケティングは、切り分けてそれぞれ別の戦略として設計していく必要があることを理解しておいてください。
どちらが良い悪いという話ではなく、サービスの成熟度やファンの人数や規模、商品特性などを勘案し、効果的な施策を講じていくことが重要なのです。
口コミのKPIは「バイラル係数」で設定しよう
口コミの効果を測ることは、非常に難しいとされています。人が何かを選択し、判断する際は、ブランドの持つ特性や購入者自身の過去の経験、価格、競合商品、イメージなど複雑な要素をまとめて咀嚼して、総合的に意思決定しています。その意思決定に、口コミがどう影響しているかを切り出して計測することが困難なためです。
では、口コミの効果はどのように測ればいいのでしょう。それには数字にできない意思決定ではなく、ユーザーが友人や知人を招待してくれた人数と成約率(CVR)によって計測する手法が一般的です。これは「バイラル係数」と呼ばれるもので、口コミによってユーザーがどれくらい広がったかを示す指標になります。
バイラル係数(K) = 1ユーザーあたりの招待数 × 招待の成約率(CVR)
バイラル係数が「0」以上であれば、プロダクトは成長していくということになります。この係数を増やすためには、一人あたりの招待数を上げるか成約率(CVR)を上げることがキーポイントになります。
たとえば、初期ユーザー数が100人のサービスプロダクトがあったとします。1週間にユーザーの50%(=50人)が4人を招待し、そのうちの50%がそれを受けて新規ユーザー登録した、という状態をイメージしてください。100人からスタートし、1週間後には100人増加して、総ユーザー数は200人になった計算になります。
50人×4人=200人が招待数ですから1ユーザーあたりでは2名で、50%が成約率です。このときのバイラル係数は、1週間で「1」ということになります。
ここで問題です。この「バイラル係数1」の流れが続くと仮定して、2ヵ月経過した場合、ユーザー数はどうなっていると思いますか?
答えは、2ヵ月後には「25,600人」。何と250倍以上に膨れ上がっているのです(ユーザーの離脱はここでは一旦無視します)。
最初は少人数からスタートしたサービスが、このように爆発的にユーザーを増やすというような事態は、いろいろなところで発生しています。
コロナ禍によってオフライン活動が制限され、オンラインでの活動を強いられた矢先に登場した音声SNS「Clubhouse」が、その新規性と絶妙なクローズド空間、さらにコロナ禍の追い風を受けて、爆発的な話題となりユーザーを一気に増やしたことは記憶に新しいと思います。
このときは有名人や著名人が次々に使用し、普段聴くことができない生の声をラジオ感覚で体感できるサービスとして、見る見るうちに輪が広がりました。このように、口コミは非常に強力なマーケティングの手段といえるのです。
では次に、口コミの効果を大きく発揮した成功事例をいくつかご紹介していきましょう。
口コミの成功事例4選
江崎グリコ
(Twiiter_Pocky Japan公式アカウントより)
まずはポッキーで有名な江崎グリコの事例です。実はこの記事を書いている今日が、偶然にも「ポッキープリッツの日」の11月11日です。ポッキーが数字の1に似ているところから、毎年1が並ぶ11月11日にイベントを開催しています。
過去にはこのイベントで、「ポッキー」を含むツイートでギネス記録に挑戦し、見事に世界記録を更新するなど、ファンと共に大きなムーブメントを巻き起こしています。
「ポッキー」世界記録更新!"ポッキー"を含んだツイートで、 11月11日(月)に371万44ツイートを記録
(引用:PR Times)
ファンマーケティングの原点とも言える、「共感」と「感動」を日頃から重要視し、ファンとの距離をグッと近づけてきた江崎グリコならではのプロモーション。口コミが大きな成果を生んだ好事例といえます。
世代を超えて、大人から子供までみんなが楽しめるコンテンツをコミュニティでも多数展開していて、ファンマーケティングに関わるかたは、ベンチマークとしてぜひウォッチされることをオススメします!
日清食品
ファンが既に多く存在するからこそ、冒険ができる典型例と言えるのが、カップヌードルの日清食品です。
異なる味を組み合わせた「合体シリーズ」や不思議なリズムに乗せてラップするCMなど、業界屈指の奇抜なプロモーション戦略で、多くのファンを魅了し続けています。
先日、発売50周年を記念した「カップヌードル 50周年コンプリートセット」を数量限定で発売しました。中でも話題になったのが、セットに含まれる「カップヌードル ソーダ」(全4種)。カップヌードル×ソーダ=?という違和感を巧みに利用し、一度飲んでみたい! という消費者の心をくすぐる仕掛けとなりました。結果的に、Twitterを始め、SNSで大きな話題を集め、予約段階から即座に限定数は完売したそうです(リツイートは3.8万件もありました)。
(Twiiter_カップヌードル公式アカウントより)
シャープ
シャープの公式Twitterは、尖っていることで知られています。正直でなおかつユニークなコメントに、共感するユーザーが増加しています。
例えば、「おすすめの全録レコーダーありますか」というユーザーからの質問に「全録なら東芝さんへ」とまさかの他社製品を推薦する返信を送っています。通常なら、自社製品のアピールをしそうなところですが、このようなユニークな返答にファンが共感し、楽しんでいる状態をうまく築いています。
そのほか、「投げ銭はいいから家電をかってくれ」というツイートが、8,000件におよぶリツイートを獲得するなど、SNSをフル活用したプロモーション戦略が効果を発揮しています。
この背景には、長い歴史の中で構築した揺るぎない実績とユーザーとの向き合いを大事にしてきた企業姿勢がベースにあります。顧客に信頼されているシャープブランドならではの展開といえるでしょう。
カメラを止めるな!
2018年に公開された日本映画で、制作予算はわずか300万円で制作された作品です。最初は小さな映画館のみの上映でしたが、爆発的な口コミにより興行収入30億円を越える大ヒットとなりました。その裏には、口コミが大きく影響していました。
『カメラを止めるな!』の口コミの成功は、そのプロモーション戦略にありました。上映後の劇場で監督や出演者が舞台挨拶をした際の写真をSNSで拡散するよう観客に促しました。さらにSNSでの投稿に対して、監督や出演者が積極的に「いいね」やコメントをつけたことでファンの熱量が上がり、作品自体の面白みと相まって、次から次へと口コミが広がっていきました。またAKB48の指原さんやタレントの水道橋博士ら有名人が次から次へとツイートしたことで、彼らがインフルエンサーとなり、全国的なブームを起こすまでに発展しました。
口コミの落とし穴に気をつけよう
口コミは非常に効果の高いコミュニケーションですが、逆にリスクもあることは忘れてはいけません。
ポジティブな口コミであればプロモーションとして拡散し、新たなファンや購入者が増加するメリットがあります。
しかし、ネガティブな口コミも世の中には多く存在します。炎上などはその最たるものですし、人は得よりも損に対する感度のほうが3倍大きい、という実験結果もあるほど、自分にマイナスになることを極力避けたがります。
ですからネガティブな口コミが生まれることのないよう注意し、生まれそうなときには迅速に対応することが必要になります。
また、企業からの働きかけによって口コミを促そうとする際に注意が必要なのが、「ステマ」の表現でよく耳にする「ステルスマーケティング」です。
ステルスマーケティングとは、消費者に広告と明示せず、あたかも商品のファンやユーザーを装って、口コミを誘発しようとする宣伝手法です。一見、自然なファンの発言に見えるものも、実際は企業から対価が支払われているなど、消費者を欺く行為として、世間的にはNGとして扱われる手法です。時々、芸能人や有名人によるステマ疑惑のニュースなどが流れているので、なんとなく知っているというかたも多いでしょう。
ステマを疑われると、ポジティブな口コミの効果が一気にネガティブに動いてしまいます。ステマにならないよう、また疑われないよう、特に気をつける必要があります。
ファンマーケティングにおける口コミ戦略で重要なことは、その名の通り「ファン」が存在し、「ファン」が自ら発信してくれることです。日頃からファンと向き合い、大切にその関係を育んだ結果、初めてファンがファンを呼んでくれるシステムが成立するのです。
ファンマーケティングのおすすめ本:7冊目
尾原和啓 著
情報が溢れ、あらゆる物・ことが均一化し、差別化が難しくなってきている世の中。企業オリジナルのプロセスや想いを積極的に公開して、その物語に共感してくれる「ファン」を作っていくことが重要だと説いています。
個人的には、「プロセスはコピーできない」という一文が、とても腹落ちしました。従来のアウトプットエコノミーではなく、プロセスにフォーカスする考え方が非常に新しく、まさに共感できる一冊です。
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筆者プロフィール
株式会社Asobica CCO 小父内信也(おぶない しんや)
20歳から工事現場で働きながら、日夜、音楽活動に没頭。25歳、結婚を機会に大手電子機器メーカーへ入社。社員5000人のうち0.5%しか選出されない社長賞を2度受賞。在職中に中小企業診断士を取得し、2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に参画。データ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。
現在は、カスタマーサクセス/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社Asobicaで、CS責任者として数十のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。