ファンマーケティングのコミュニティマネージャーとして活躍する株式会社Asobica・CCOの小父内信也(おぶない・しんや)氏の連載です。
ニューノーマルの世の中でますます重要性を高める「ファンマーケティング」。その実践のために欠かせない考え方と手法について、じっくりと解説していきます。
どんな嬉しいことが起こるのか? 一方で、思わぬ落とし穴も...
今回は、ファンマーケティングを実施することによる「メリット」とそこに潜む「落とし穴」について、お伝えしていきます。
これまでの連載で、ファンマーケティングに取り組む必要性や、盛り上げるための仕掛けについて詳しく述べてきました。情報が溢れる現代において、ファンとの関係性をより強固なものにするファンマーケティングが、売り上げの拡大やLTV(ライフタイムバリュー:ひとり、あるいは一社の顧客がもたらす取引開始から終了までの利益総額)の最大化に寄与する施策であることは、イメージができていると思います。
「メリット」は、別の表現で置き換えると「嬉しいこと」とも言えるでしょう。しかしその反面、「嬉しくないこと」、つまり「デメリット」や「リスク」に属することも同時に考えねばなりません。ファンマーケティングは、あくまでマーケティング施策の手段のひとつですから、ビジネスとしてのメリットとデメリットを秤にかけ、計画的に戦略を練る必要があるのです。
売り上げの拡大に結びつくファンマーケティング
はじめに、ファンマーケティングのメリットについて整理していきましょう。
筆頭に挙げられるのが、事業の最終目的の1つである「売り上げの増加」です。第1回の記事でもお伝えしましたが、ファンマーケティングにおける重要な考え方として「パレートの法則」があります。顧客の2割が売り上げ全体の8割を占めるという、非常に有名な法則です。これこそが、まさにファンマーケティングの基礎ともなる考え方です。
そのパレートの法則が成立する背景として、「売り上げの拡大」がどのようなメカニズムで発生するのか、簡単な公式を用いて考えてみます。
【売り上げの公式】
購買数 × 購買単価 × 購買頻度 = 売り上げ
あるブランドの商品を1つでも多く(購買数)、単価の高い商品を(購買単価)、何回もリピート購入してくれる(購買頻度)ことで全体の売り上げが増加する、という計算式です。この要素ひとつひとつを改善すれば、売り上げが拡大していくことになります。
そして、これらの要素はファンマーケティングによって改善されていくものであることに、もうお気づきでしょう。そのブランドのファンになれば、購入する商品が増えたり、よりグレードの高い商品を購入したり、常連さんとして頻繁にリピートしたりしてくれます。
ファンマーケティングは、売り上げの拡大と本質的に近い関係にあるマーケティングなのです。
ファンマーケティングは組織にも効く
次に、ファンマーケティングのメリットを組織活動の視点でお伝えしていきます。ファンマーケティングは、売り上げの増加だけではない、さまざまな恩恵を企業にもたらしてくれます。
組織による事業活動には「商品の企画/開発」から始まり、販売のためのさまざまな環境を作る「マーケティング」、続いて実際の購入を果たす「セールス」、購入後のフォローを行う「カスタマーサクセス/サポート」という大枠の流れがあります。加えて、ブランディングを構築するパートである「広報/PR」もあります。
このような組織活動において、ファンマーケティングがどのようなメリットをもたらすのかをまとめてみました。ただしこれはあくまで一例ですので、皆さんもご自身の所属する組織やポジションを念頭に考えてみてください。ファンとの関わりの深さや強度に応じて、その可能性は無限に広がっていくでしょう。
商品の企画/開発
ファンからの本音のフィードバックが得られることで、サービスやプロダクトの改善につながります。サービスのヘビーユーザーで愛着を持っているファンによる生の声は、お金には換えられない大変価値のある情報です。一般のアンケートやモニター調査では、そこまで深く顧客の課題を掴めないからです。私がコミュニティマネージャーを務める名刺アプリEightでは、ファンからの改善要望をわずか半年で100件近くいただくことができました。
マーケティング
ファンによる口コミが発生し、新規顧客が多く生まれたり、ファンの増加につながったりします。またSNS投稿が大量に生み出されることで、ブランドの認知拡大やSEO対策にも大きく寄与します。類は友を呼ぶ(略して類友)状態ができあがり、ファンがファンを生むスパイラルが生まれます。
セールス
最初にお伝えしたように、ひとり(または一社)あたりの売り上げの拡大につながります。クラフトビールで有名なヤッホーブルーイングでは、上位10%のファンによる売り上げが、全体の約65%も占めています。これは驚くべき数値で、パレートの法則以上を示しています。マーケティング段階での口コミによる新規顧客の増加も、売り上げの拡大に直接影響します。
カスタマーサクセス/サポート
顧客同士の課題解決や自己解決率の向上が見込まれます。商品の人気が高まるほど、顧客対応にはサポートメンバーを増やすなどのリソースが必要になることが多いのですが、SNSでファン同士が語り合ったり、初心者ユーザーの疑問に即座にヘビーユーザーが回答してくれたりすることで、リソースの削減に結びつくケースも発生します。ファンは対価を気にせず、他のユーザーや初心者のかたのサポートを喜んで引き受けてくれるからです。
広報/PR
認知の拡大やブランド力の向上が見込まれます。ファンが企業の代弁者として、ブランドを語り、広め、世の中へと浸透させてくれるためです。
このように、ファンマーケティングはあらゆる事業活動において大きなメリットがあります。しかし、私は敢えてここで警鐘を鳴らしたいと思います。
それは、「メリットだけを目的としたファンマーケティングは、真のファンマーケティングではない」ということです。あくまで、自社のサービスや商品に共感し愛着を持ってくれているファンに寄り添い、ファンとともにより良い未来を目指していく姿勢が前提であることを、忘れてはいけません。
ファンマーケティングの落とし穴とは
それでは、メリットの裏側に潜む「落とし穴」についても触れていきますが、その前に確認しておくべきことがあります。あなたは、ファンマーケティングを成功に導く第一条件は何だと思いますか?
ファンマーケティングの成功の第一条件は、「ファン」がいることです。
とんちのような答えになりますが、ファンがいなければどんなファンマーケティング施策を講じたところで、誰もついてくることはありません。口コミが発生することもなく、ましてや売り上げの拡大にも結びつきません。
少し辛口になってしまいますが、最初の落とし穴につまづかないためにも、まずは「自社にファンがいるのか?」、もしいなければ「サービスや商品を磨くことがスタートだ」と認識を改めるようにしてください。
では、どのような落とし穴があるのか、さまざまなケースをあげていきます。
押し売り
ファンに対して、何でもかんでも押し売りしてしまう残念なケースをこれまで幾度も見てきました。ファンやコミュニティに対して、直接セールスしたくなる気持ちも分からなくもないですが、ファンからすると無理矢理押しつけられては、ブランドへの熱意も失ってしまいます。
よく陥りがちなこの間違いを起こさないよう、ファンマーケティングを行う際にはまずしっかりとゴールや目的を議論し、定義することが大切です。活動において推奨すること・やってはいけないことなど、あらかじめルールを定めておくべきなのです。
暴走化
ファンの熱量が予期せぬ方向に行ってしまうリスクです。例えば「私はこんなに好きなのに、なぜ応えてくれないんだ!」というような一方的な熱量で、特定のファンが再三クレームをあげたり、SNSで炎上を起こしたりするケースです。このような方は、ファンといえど企業にとって「良いファン」ではありません。
ブランドには望むべき顧客像というものがあります。これはペルソナとも表現されますが、事前に明確化すること、そして望まない顧客には時に毅然とした態度で向き合うことも必要になります。
単発化
1発ずつ大きな花火は上がるものの、ネクストが意識されていない施策が多く見られます。打ち上げ花火のようなイメージで、その時は盛り上がっても、後に残らないケースです。
イベントを実施したら、その後のアンケートで客観的な評価をして、第2回、第3回へとつなげていく。また、そこでつながった顧客との関係をオンラインコミュニティに移行して継続する。このような連続的なマーケティング活動を前提に、施策を検討するべきでしょう。
マンネリ化
いつものメンバー、いつもの企画というように、施策自体に動きがないと次第に飽きてしまいます。マンネリは、顧客の活動を最小化するリスクがありますから、常に新しい試みや機能を計画的に打ち出していくことが大切です。企画は担当が一人で頭を抱えるのではなく、ファンミーティングなどでファンに聞きながら、一緒に考えていくことも効果的です。顧客のことは顧客に聞けということですね。
迷走状態
「目的を見失ってしまう」ケースがこちらです。ファンマーケティングは、それ自体がとても楽しい活動です。顧客が喜んでいることで満足して、当初立てた目標や目的から離れてしまい、ある時「あれ? なんのためにやっていたんだっけ?」と気づくような事態になりかねません。
ただ楽しいだけではなく、真の価値を提供するためにはどうすれば良いのか。顧客との関係性をより良くするためには何ができるのか。そのような視点を忘れずに活動してください。
ROI算出の難解さ
いわゆる「投資対効果」の算出がしにくいというデメリットです。
ファンマーケティングは、それだけで売り上げの増加量を測ったり、関係値を数値化したりすることが難しく、また長期的な活動であることから成果が出るまでに時間を要します。最初にファンマーケティングに適合したゴールと目的、KPIを明確にして、PDCAサイクルを回していく必要があります。
短期目線
四半期や半期ごとに評価があるベンチャー企業やスタートアップによく見られる傾向です。事業のスピードが命ともいえる企業では、成果を短期で出すべきという視点が強くなりがちです。
ファンマーケティングやファンコミュニティは、少なくとも数年にわたる施策です。さらにいえば、永続的な顧客との関わりであり、企業マインドの現れでもあります。1ヵ月や2ヵ月で信頼を構築することなど、到底不可能であることを理解して進めていきましょう。
実は見落としがちな、ファンマーケティングの最大のメリット
最後に、とても重要なことをお伝えしたいと思います。
ここまでたくさんのメリットをあげてきましたが、私の経験から考えるファンマーケティングの最大のメリットは「インナーブランディング」にあります。
インナーブランディングとは、社内に向けて行うブランディング活動のことで、強い組織を構築する上で、欠かせないものです。普段、直接顧客と関わらないメンバー、例えばIT企業であればプロダクト開発に携わるエンジニアであったり、メーカーであれば管理部門の事務メンバーなどがイメージしやすいと思います。
このようなメンバーに対して、ファンからの嬉しい声や感謝の言葉をシェアすると「こんなにうちのサービスを好きなファンがいたんだ! 知らなかった!」という声が多くあがるものです。
意外かもしれませんが、自社にファンがいることを認識しているメンバーは、実はそう多くはないのです。よっぽどSNSなどで情報収集をしているような方でないと、普段関わりのない顧客のリアルな状況や声を知ることはできません。
そうしたメンバーの目の色が輝く瞬間を、私はこれまで何度も見てきました。すべての組織のメンバーが「自分も顧客とつながっているんだ」と実感することで、仕事に対するプライドが芽生え、ポジティブな姿勢で日々を過ごすようになります。私がファンマーケティングを強く推奨したい理由がここにあります。
ビジネスである以上は、どうしても分かりやすい成果物や売り上げなどに目が向きがちです。しかし、ファンマーケティングに向き合うことで、すべてのメンバーが改めて顧客目線にたち、その企業の真の価値を考えるきっかけになるでしょう。
ぜひ皆さんもファンに寄り添い、ファンとともに強く愛されるブランドを創りあげてください。
ファンマーケティングのおすすめ本:5冊目
田中森士著
北米を中心に、熱狂的なファンを生む「カルトブランド」と呼ばれる概念が存在します。「カルト」というと一見、怖い・怪しいという印象を持たれるかもしれませんが、「カルトブランディング」は、徹底的な顧客中心主義で顧客に寄り添い熱狂を生む、ブランディングの原理原則に忠実な考えであると解説しています。
著者の田中氏は、元産経新聞の記者で、アップルやハーレーダビッドソンなどの具体的な事例を記者の視点でわかりやすく紹介しています。ファンマーケティングにも密接に結びつくヒントが多く盛り込まれた、おすすめの一冊です。
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筆者プロフィール
株式会社Asobica CCO 小父内信也(おぶない しんや)
20歳から工事現場で働きながら、日夜、音楽活動に没頭。25歳、結婚を機会に大手電子機器メーカーへ入社。社員5000人のうち0.5%しか選出されない社長賞を2度受賞。在職中に中小企業診断士を取得し、2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に参画。データ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。
現在は、カスタマーサクセス/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社Asobicaで、CS責任者として数十のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。