2021.05.19

いまこそビジネスに欠かすことのできない「ファンマーケティング」とは? | ニューノーマル時代のファンマーケティング教室[第1回]

今回から、ファンマーケティングのコミュニティマネージャーとして活躍する株式会社Asobica・CCOの小父内信也(おぶない・しんや)氏の連載が始まります。
ニューノーマルの世の中でますます重要性を高める「ファンマーケティング」。その実践のために欠かせない考え方と手法について、じっくりと解説していきます。


「よしっ、俺はこの先、ファンマーケティングやコミュニティを日本中に広める、コミュニティマネージャーとして生きていこう!」
10年近く勤めた会社を卒業し、自宅の庭で空を眺めながら、そう決意したのが、もう2年前の夏のことになります。その間、大変ありがたいことに、多くの企業様とともに、さまざまなファンコミュニティの立ち上げに関わらせていただく機会を得ました。めまぐるしい挑戦の日々は、最高にワクワクする瞬間もあれば、思うようにいかずドーンとへこんだこともありました。

本連載では、そんな私の経験と知見をギュギュッと圧縮し、商品やサービスを愛してくれるファンやコミュニティをベースに、メインテーマである「ファンマーケティング」についてお伝えしていきたいと思います。
初回は「ファンマーケティングとは、そもそもどのような活動なのか」の基本的な考えかたを、その背景から解説します。

ファンマーケティングのはじめの一歩

ここ最近、ファンマーケティングという言葉を、耳にすることが増えたと思いませんか。
これは、私が常にこの言葉にアンテナを貼っているからかもしれません。しかし実際にGoogleの検索件数の動向では、「ファンマーケティング」というワードの検索件数が、この4年間で約10倍と急上昇していることがわかります。着実に世の中に浸透してきている、裏づけのひとつだと感じています。
ただ、「ファン」という言葉は日常的に使われているものの、「ファンマーケティング」となると、ファンと一緒にマーケティング活動をするのだろう...くらいのイメージしかなく、具体的にこれだと説明できる人は少ないのではないでしょうか。


さて、みなさんは、何かの商品やサービスのファンだったり、友人・知人が〇〇の熱狂的なファンだったりということはありませんか。
たとえば、頼んでもないのに好きな野球やサッカーチームの情報をこれでもかと聞かされたり、アイドルのファンクラブに入っている友人にメンバーの写真や動画を何度も見せられたりと。しかし本人からすれば、自分が好きなもの、好きなことであって、なんの違和感もなく自然に人に伝えているものです。
あらゆる業界にファンは存在します。スポーツ、音楽や映画などのエンタメ関連、趣味全般、美容商品、飲食料品、アパレル、そしてITツールやアプリなどなど。どんな業界・業種であれ、寄り添ってくれるファンが大切な存在であることに変わりはありません。

ビジネス領域ももちろんその対象となり、私自身、名刺管理システムを提供しているSansan株式会社で、名刺アプリEightのファンコミュニティを立ち上げた経験があります。そこでは、会社とユーザーのハブとなるコミュニティマネージャーとして、多くのファンユーザーの方々と深く関わらせてもらいました。
そしてその経験をもとに、ファンマーケティング/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社AsobicaにCCO(チーフカスタマーオフィサー)として参画することになり、これまで数十におよぶ企業様のファンコミュニティ立ち上げのご支援をさせていただいています。

2018年8月のEightファンイベントの様子

ファンにもっと喜んでもらうにはどのような向き合いかたをしたらよいのか。ファンをもっともっと増やすにはどんな施策が効果的なのか。そのように、あれこれと試行錯誤してトライ&エラーを重ねることは、大変な作業ではありますが、その反面、こんなに面白い仕事がほかにあるのかというくらい楽しいことでもあります。

読者のなかには、これからファンマーケティングを始めようとする方や、すでに取り組んでいるものの、なかなか軌道にのらず困っている方もいらっしゃると思います。
本連載が、そのような方の心をつき動かし、ファンマーケティングのはじめの一歩を踏みだすきっかけになりましたら大変嬉しいです。

本連載における読者の想定

  1. ファンマーケティング、コミュニティに興味関心がある、企業のマーケターやブランディング担当者
  2. すでにファンマーケティング施策に取り組んでいるが、ノウハウや方法が分からず困っているマーケターやコミュニティ運営者
  3. 顧客との関係性をより良いものにしたいと考えているカスタマーサクセスのかたや経営者
  4. 個人経営のお店やオンラインサロン、趣味の集まりなど、人と人がつながる場を盛り上げたいと考えている方

そもそもファンマーケティングとは何か

この問いに対する、私の答えはこうです。
「ファンマーケティングとは、自身のサービスやプロダクトを愛してくれるファン(顧客)とともに、事業活動全般をよりよい状態へと昇華させる営みである」と。
これをもう少し噛み砕くと「熱狂的なファンと共創しながら、事業を拡大したり、クチコミにより新しい顧客を連れてきてもらったり、サービスの改善を進めたりすることで、事業をプラスに転換する活動」と表現することができます。
このような考えは、最近始まったわけではなく、江戸時代に広く伝わった近江商人の経営理念である「三方よし」(「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」)に通ずる思想だと感じます。 

私は、ファンマーケティングに取り組むということは、いかに顧客と向き合っているかを形にする行為と捉えています。つまり、企業姿勢の現れだと言い換えることができます。そして、ファンマーケティングに関わるみんな(ステークホルダー)が、嬉しいこと、楽しいことが、とても大切だと考えています。そこで私はいつも、FANマーケティング=FUN(楽しい)マーケティングであると心がけるようにしています。

ファンマーケティングに欠かせない「コミュニティ」

このようなファンマーケティングにとって、切り離せない重要なものがあります。それが「コミュニティ」です。
ここではファンが集う、「場」を総称してコミュニティと表現します。場といっても、リアルなコミュニケーションをとるオフラインのコミュニティだけではありません。昨今のコロナ禍の影響もあって、オンライン上でのコミュニティも大変重要です。実際に、私の所属するAsobicaへの、ファンマーケティングやコミュニティのご相談件数も、昨年と比べ数倍にまで増えています。

コミュニティについては、また別の回で詳しくご紹介しますが、私が関わるファンコミュニティ運営者に、いつも伝えている大事なメッセージがあります。それは、「ファンはお客様であり、同時に"仲間"である」という言葉です。これこそがもっとも基本的なスタンスで、これまで私がブレずに、ファンコミュニティを運営していけている柱だと感じています。

先ほどファンマーケティングは、ファンとともに共創する営みであるということをお伝えしました。もはやベンダー側の自己満足によるプロダクトアウトの考えかただけでは、ユーザーの深層心理に響きわたる商品、サービスを提供し続けることは不可能です。
顧客のことは、顧客に聞け。これこそが鉄則であり、事業成長における基本精神なのです。だからこそ、お客様と仲間としてつながることができるコミュニティがとても重要であることを、まずお伝えしておきました。
次に、企業にとってファンマーケティングが必要不可欠である理由について、さらに深く説明していきたいと思います。 

なぜいまファンマーケティングが大切なのか、その理由と効果

どうして、ファンマーケティングが、いまこそ必要なのか。いい機会ですので、みなさんも少し考えてみてください。
それは、ひとことでいうと「時代」だからです。
それだけ? と感じるかもしれませんが、これ以上に表現する言葉が見つかりません。
背景には、大小さまざまな理由があるものの、ぎゅっと圧縮すると、やはり「時代」なのだと、私は確信しています。
そしていま、単にファンマーケティングをやればいいというレベルの次元ではなく、競合ひしめく過酷な生存競争を生き抜くためには、そこに注力することがもはやマストであると思っています。

私が「ファンマーケティング」は時代の要請であると考える理由をさらに因数分解すると、以下の3つになります。

ファンマーケティングが、この時代にマストである3つの理由

  1. 情報爆発時代の到来
  2. ファンによる売り上げ貢献度の上昇
  3. SaaS/サブスクリプションモデルの台頭

1.情報爆発時代の到来

情報量に関して、興味深い話があります。現代の日本人は、「江戸時代の1年分」の情報量を、わずか1日で受け取っているというのです。
この間、人間の脳の大きさや質が劇的に変化したというわけでありません。脳の機能も1日の時間も変わらないのに、受け取る情報量は爆発的に増えている時代なのです。
しかし、逆の発想からすると、信頼のおける情報の価値が飛躍的に高まっているともいえるのです。いわば、信頼情報にはプレミアムがついている状態といえます。

ひと昔まえは、テレビCMや新聞広告など、不特定多数の消費者をターゲットにした、マスマーケティングが主流でした。
しかし、情報爆発時代の到来により、マスマーケティングの限界が浮き彫りになってきました。認知は獲得できても、背中を押すまでの説得力は伴わず、結果的にコンバージョンには結びつきづらい状況にあります。また次から次へと新規サービスや新商品、類似商品が登場し、競合との争いも激化する一方です。
そうなると、限られた時間の中でどのように信頼のおける情報を効率的に提示し、受け取っていただけるのかという論点にシフトすることになります。

そこで出てきたのが、「遠くの広告より、近くの知人」理論です。自分の身の回りの友人や知人、家族、同僚など、より近い存在の人たちの発する言葉の重要性が増しているという、私が勝手に名付けた理論です(笑)。いわゆる「クチコミ」というもので、あの人が言っているなら間違いない、というイメージです。

みなさんも経験があると思います。たとえば、同僚に死ぬまでに食べたほうがいいと言われたラーメン屋さんや、友人から勧められた観ないと人生を損する映画シリーズ、などなどです。
自分とは無縁のタレントによるマス広告(テレビCMや雑誌、オンライン広告等)よりも、信頼のおける家族や友人、同僚のクチコミのほうが、何倍も信憑性があり、背中を後押ししてくれるのです。
そして、その語り手の熱量が高ければ高いほど、その熱量は伝播して、周囲の人の心を動かすトリガーとなります。この熱い人こそが...そうです、みなさんご存じの「ファン」なのです。
情報が溢れる現代では、信頼のおける情報の価値が飛躍的に高まり、より近い人たちのクチコミの影響力が大きくなったことが、ファンマーケティングをいまやるべき、1つ目の理由になります。

2.ファンによる売り上げ貢献度の上昇

続いて2つ目の理由は、ファンマーケティングによってファンによる売り上げが上昇する、というはっきりした効果です。このことについて、しばしば引用されるのが、かの有名な「パレートの法則」です。
パレートの法則とは、20%の要素が全体の80%を生み出しているという状態を示す経験則です。これをファンマーケティングに置き換えると、わずか20%のコアファンが、売り上げ全体の80%を占めているという状態になります。例えば、カードマニアの人が大好きなカードを大量に大人買いしたり、アイドルの熱狂的なファンが全国のライブに参加したりする活動の結果と考えればわかりやすいでしょう。

このような例だけでなく、誰もが知るような大手食品企業や飲料企業をはじめ、アパレル業界や不動産業界、BtoB企業のサービス利用状況などでも、この割合に近かったり、さらに大きく売り上げに貢献したりしていることは珍しくありません。
私がコミュニティマネージャーを務める名刺アプリEightでも、このパレートの法則のように、少数のヘビーユーザーが、圧倒的なアクションを起こしているという事実がありました。
では、コアファンが売り上げの大部分を占める舞台裏について、以下のファンマーケティングループの図をもとに解説したいと思います。

この図は、顧客のロイヤリティを三角形で分類したもので、上にいくほどファン度が高いということを示しています。三角形の下には、見込み顧客、潜在顧客が広く存在している状態です。ファンの定義は、さまざまですが、ここではヘビーユーザー以上、アンバサダーまでをファンと定義づけしています。
根強いファンになればなるほど、購入額や購入回数が増える傾向にあります。新商品が出るたびに購入してくれたり、減ったり消耗したときにはすぐにリピート購入してくれたりするのです。

マーケティングの世界では、「5:1の法則」もよく知られています。これは、新規顧客の獲得コストが、既存顧客にリピートしてもらうコストに比べて、5倍かかるという経験則です。つまり新規顧客に躍起となって手をつくすよりも、既存の顧客にアプローチして、リピーターになってくれる努力をしたほうが、事業の成長には効果的ということになります。

さらに、熱狂的なファンは企業の代弁者として、SNSで発信したり、クチコミしたりすることによって新しい顧客を連れてきてくれるのです。積極的なシェア(共有)のステージです。
これは、まさに「類は友を呼ぶ」状態です。この言葉は、ファンマーケティングの世界でも、そのまま当てはまる考えです。また距離感が近い人たちは、似たような趣味、思考を持つ傾向があり、同じようにファンになりやすいというメリットもあるのです。

ポイント

  • わずか20%のコアファンが、売り上げ全体の80%を占めるほど、貢献してくれることがある
  • 既存顧客のリピート購入にかかるコストは、新規顧客獲得コストの5分の1
  • 類は友を呼び、新しい顧客を連れてきてくれる。そうして集まった人たちは、同じくファンになりやすい傾向にある

このように、ファンに向き合い共創しながら事業活動を続けることで、ファンがファンを呼び、自然とその輪が大きく広がっていきます。その結果、売り上げや利益に大きな貢献をもたらします。 


3.SaaS/サブスクリプションモデルの台頭

そして3つ目の理由。それがSaaS/サブスクリプションモデルの台頭です。
これまでパッケージ化して提供していたソフトウェアは、技術革新やニーズに伴い、インターネット上で提供・利用する形態が主流となりました。SaaS(サース)と呼ばれるこのサービス形態は、もはや一般化していて、日常で意識することは少ないのではないでしょうか。

また同時に、サブスクリプションという定額制でサービスを利用できるようになる事業モデルが、ものすごい勢いで浸透しました。
おなじみのAmazonプライムやNetflix、各種音楽配信サービス。ランチやお酒を定額で契約する飲食店も珍しくありません。私の身の回りを見渡しても、絵画のレンタル、コーヒーの定期便、雑誌の定期購買、洋服やくつ、カバンなどのアパレル関連など、あらゆるものが高速でサブスクリプション化していっている時代です。

矢野経済研究所「サブスクリプションサービス市場に関する調査を実施(2018年)」より(2019年4月9日発表)

ここで注目すべきは、いずれも継続を前提としたサービスであることです。
以前はサービスの契約を取るまで、もしくは商品を購入してもらうまでが、売り上げのほぼ全てでした。つまりマーケティング&セールスが中心の事業モデルでした。しかしながら、このようなサービスにおいて必要なユーザーとの関わりは、短期的・単発的な関わりではなく、継続を前提とした中長期的な関わりです。
顧客の満足度をいかに向上し、顧客との関係性を強固にできるかを追求する「ファンマーケティング」の重要性が高まっているのです。

ファンマーケティングやカスタマーサクセス、コミュニティなどに注目が集まり、事業活動の中心に据える企業が増えている理由が、おわかりいただけましたでしょうか。いま取り組まないと、あっという間に淘汰されてしまう時代がすぐそこに来ている。そう感じている企業も多いことでしょう。


ファンマーケティングは、コロナ禍でさらに重要になっていく

この1年、私たちの日常をガラリと変えてしまったコロナ禍。これもまた、ファンマーケティングやコミュニティの推進を後押しする大きな要因のひとつになっていることについて、最後に付け加えておきます。

コロナ禍により、店舗での接客や客先まわりなど、直接的で濃度の高いコミュニケーションが難しくなりました。しかしそんななか、これまでの結びつきをもとに、会社やサービスを深く愛してくれているコアファンは、事業を継続する上で、大きな支えになってくれました。
コロナの影響で売り上げが落ちてしまい、倒産するかもしれなかった飲食店や企業が、多くのファンの支えのおかげで復活しサービスを継続することができた姿が、SNSやニュースなどで多く観られました。
このことは、ファンの力が本当にすごい可能性を秘めていることを示す結果となりました。そして、大きなムーブメントを巻き起こすのは企業だけでなく、ファンがいてこそ実現できることを証明しました。
ぜひこの機会に、あなたやあなたの会社がファンとどのように向き合ってきたのか、またこれからどう向き合っていくのかを、考えてみてはいかがでしょうか?

次回は、「ファンとは何者なのか?」というテーマで、そもそもファンはどこにいて、どんな人で、どのように関わっていけばいいのか、詳しく解き明かしていきます。お楽しみに!

ファンマーケティングのおすすめ本:1冊目 「コミュニティ」

「アンバサダーマーケティング」 ロブ・フュジェッタ著

熱烈な顧客=アドボケイト(Advocates)について、アメリカのマーケティングの第一人者である著者が、豊富な経験とさまざまな事例をもとにマーケティング観点で整理した書籍です。原作のタイトルは「BRAND ADVOCATES」で、邦題は、「アンバサダーマーケティング」と訳されており、まさにファンマーケティングの直球ど真ん中の内容になっています。
顧客との向き合いかたや考えかた、企業ブランディングなどの参考になることが多く、私自身の仕事観が変わったきっかけにもなりました。何度も何度も読みなおし、その都度マーカーやペンで書き込みしすぎて、早3冊目です(笑)。
発刊は2013年ですが、いまでも色褪せない内容は、むしろいまの時代にこそマストな概念だと教えてくれる、おすすめの一冊です。

筆者プロフィール
株式会社Asobica CCO 小父内信也(おぶない しんや) 

20歳から工事現場で働きながら、日夜、音楽活動に没頭。25歳、結婚を機会に大手電子機器メーカーへ入社。社員5000人のうち0.5%しか選出されない社長賞を2度受賞。在職中に中小企業診断士を取得し、2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に参画。データ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。
現在は、カスタマーサクセス/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社Asobicaで、CS責任者として数十のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。

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