2020.09.29

「人生で必要なことは、すべてマンガが教えてくれた」経済アナリスト 森永卓郎──マンガから学んだことvol.4

さまざまな分野で活躍する人から「マンガから学んだこと」を聞く、シリーズ連載。第4回は経済アナリストの森永卓郎さん。『巨人の星』をはじめ、"マンガ"は森永さんの人生に、大きな影響を与えていました。

経済アナリスト 森永卓郎
ミニカーをはじめ、有名人の名刺やフィギュアなど、多数のコレクションを所有。
私設博物館「B宝館」には、マンガやアニメ関連のグッズも多く展示されている

マンガだけが楽しみだった「少年時代」

──森永さんといえば、経済のプロフェッショナルであり、東大卒のエリートです。「挫折」した経験はありますか?

森永 もちろんです。僕の中での最大の挫折は「小学生」のとき。父の仕事の関係で、海外暮らしをしていたのですが、最初の半年は、何を言っているのかまったくわからない。辛かったですね。しかも1カ国ではなく、3ヶ国。英語、ドイツ語、フランス語と、住む場所が変わるたび、新しい言語に悪戦苦闘していました。当然、学校の授業なんて、まるでわかりませんし、"外国人"ということで、いじめられるし、友だちもいない。孤独な少年時代でした。

当時、唯一の楽しみだったのが、発売から2ヶ月遅れで日本から届く「マンガ雑誌」でした。時代は1960年代、インターネットなんてありませんから、僕にとっては日本のことを知ることができる、ただひとつの情報源でもありました。

マンガを読んでいるときだけは、寂しさを忘れられる。マンガだけが僕の救いでした。だから毎号、むさぼるようにして、隅から隅まで読んでいました。

そのなかで日本語(漢字)を学び、そして人生を学びました。東大で理科系に進んだのも、当時読んでいたマンガ雑誌に、マツダのロータリーエンジンの話が掲載されていて、それを読んで深く感動したからです。将来は技術者になろうと、思ったのがきっかけでした。

──当時、好きだったマンガ作品は何ですか?

森永 特に好きだったのは、『巨人の星』と『あしたのジョー』ですね。2つのスポ根マンガは、僕の価値観形成に大きな影響を与え、おかげさまで、人生は気合と根性、努力すれば道は必ず拓けるのだと、信じ切っていました。 

(左)巨人の星(1) 原作:梶原 一騎 著:川崎 のぼる
(右)あしたのジョー(1) 原作:高森 朝雄 著:ちば てつや

昭和という時代の価値観に、スポ根マンガは見事にハマっていました。多くの子どもたちが、星飛雄馬から「努力の大切さ」を学んだと思います。また当時のマンガ家というのは、リベラルで、ときに作品を通して反戦を訴えるなど、メッセージ性も強い傾向にありました。手塚治虫先生はその代表格といえるでしょう。

森永さんのコレクションのひとつ「巨人の星とコラボした野球盤」

──森永さんのマンガ好きは、大人になっても続いていますよね。

森永 40代の頃は、『島耕作』にハマっていました。当時は僕もサラリーマンでしたから、『島耕作』に自分を重ねていましたよ。ただ、彼のように、仕事がうまくいかないと、キレイな女性が現れて、さっと助けてくれるなんてことは、僕の人生では一度も起こりませんでしたけども(苦笑)。いわば、サラリーマンの願望が詰まった"夢物語"なわけですが、よく出来ていますよね。

最近だと、リアリティを追求しているという点で『グラゼニ』はハマりましたね。同作は、プロ野球を舞台に、「お金」の話をメインに描くという斬新な作品です。プロのシビアな世界を「年棒」という視点で知ることができるというのは、心底驚きました。

(左)課長 島耕作(1) 著:弘兼 憲史
(右)グラゼニ(1) 著:アダチ ケイジ 原作:森高 夕次

かつてのマンガというのは、『鉄人28号』だって『巨人の星』だって、リアリティのかけらもない。「大リーグボール養成ギプス」なんて、現代の若者からしたら、「?」ですよね。

一方で、現代はそれくらい情報があふれている時代ともいえます。だからこそ、マンガもリアルな方へと進化したわけです。盗人にも三分の理じゃないですけど、悪人にも悪に手を染める理由があるんです。どんないい人だって、正義感だけでは動けない。人間という複雑な生き物をちゃんと描こうと、作者の方が大いに悩み、作品を生み出している。だから面白いんですよね。

最近だと、フェミニンな男性が人気ですけど、これも「わかりやすいもの」とは逆方向の潮流だと思うんです。強そうな見た目で男らしい性格じゃ、つまらないというわけです。難しい時代になりましたよね。それだけ価値観が多様化しているともいえると思いますが。

──時代が変わっても、衰えることのないマンガやアニメの人気については、どのように感じていますか?

森永 ひと昔前までは「オタク」と称された分野でしたが、今では「クールジャパン」の代名詞になった。日本だけでなく、世界からも愛されているカルチャーとして、すっかり浸透しましたよね。

マーケティングの視点で見ると、マンガはアニメ化されると、市場規模が急激に拡大する傾向にあります。さらにその人気が加速すると、リアルにまで影響を与えます。たとえば『らき☆すた』という作品は埼玉県鷲宮が舞台なのですが、"聖地巡礼"といって、ファンがそこを訪れたことで、街が賑わい、最終的に街中が『らき☆すた』に染まり、今ではオタクの街と呼ばれるようになりました。

これはつまり、マンガ、アニメによる地方活性化。街ひとつ変える力がそこにはある。すごいことですよね。

──マンガやアニメは、今も昔も、多くの人々に影響を与えてきましたが、現在ではライフスタイルの一部を担っている印象すらあります。だからこそ、その影響力も昔より大きくなっているのでしょうね。

森永 そうですね。それはマンガが時代に合わせ、進化してきた証ともいえるでしょう。『新世紀エヴァンゲリオン』で、主人公の碇シンジは、何度も戦うことに抵抗し、「嫌だ嫌だ!」という。これって、すごくリアルですよね。昔の作品なら絶対あり得ない。でも、ちゃんと時代性を反映しているから、共感が生まれ、愛される。だから僕みたいなコレクターがグッズをあれこれ収集するわけです。

森永さんのコレクション「巨人の星のフィギュア」

この共感性の高さというのは、マンガの圧倒的な武器だと思います。私自身は3年前から農業を始めまして、「本格農業マンガ」の原作を書くのが、今の夢です。講談社さん、いつでも僕はオファー待ってますよ(笑)。

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筆者プロフィール
C-station編集部

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