2020.02.27

【学び】"情報"のデジタル化から"生活"のデジタル化へ。「DIRECT_~多接点時代のつながり方~」

2020年1月23日、弊社にて、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所上席研究員の斎藤葵氏による特別講演が開催されました。テーマは、私たちの生活を変えるサービスとは何かを展望する「DIRECT_~多接点時代のつながり方~」。これからの企業はどうあるべきなのか、昨今注目をあびている米国のD2Cブランドや、中国のスタートアップ企業の動向からお伝えします。

特別講師:斎藤 葵さん
(博報堂DYメディアパートナーズ 
メディア環境研究所 上席研究員)

先進企業はもう進めている"多接点時代"の到来に向けた動き

メディア環境研究所では、ここ数年、私たちの生活を変えるサービスは何か、次のメディア環境はいったいどうなるのかをテーマに研究を続けています。この1年でも数百社に、サービス、プロダクト、そして企業の取材を行ってきました。そのなかで感じている重要なトレンドが"多接点時代の到来"です。

これまでの20年、我々の日常のなかでデジタル化が急速に進んできました。しかし、その実態はというと、あくまでも"情報の世界におけるデジタル化"なんです。情報に対する接点はスマートフォンやPC、テレビ、雑誌といったスクリーンに限られていました。

一方で、これから進んでいくのは"生活のデジタル化"。まさに、身の周りに、企業と生活者の接点が増えていくという話で、具体的にその接点が何かといえば、自律走行のクルマの中や、スマート家電といった、多彩なデバイス。これらの身の周りにあるさまざまなモノが生活者とつながる接点になっていき、情報のみならず、生活空間全体のデジタル化が進んでいくのです。

場所やシーンの縛りが薄れ、生活者のアクションがダイレクトになる

たとえば、音声コマンドでさまざまなコンテンツをコントロールすることができる、スマートスピーカーは以前からありますが、さらにその先、たとえばメガネやイヤホンなどにも音声アシスタントが搭載され、さまざまなやり取りができるようになる。つまりメガネやイヤホンといったウェアラブルデバイスも、生活者との接点になってくる。

生活のデジタル化をとり入れた製品も次々に登場しています。たとえばある韓国系のメーカーでは、冷蔵庫などキッチンのさまざまな場所にディスプレイを設置して、料理のレシピを呼び出したり、家族のスケジュール管理をしたりなどの表示ができるといった取り組みをしています。日本でも、鏡に情報を表示させるスマートミラーによる各種サービスが、イベントやコンベンションで発表されています。

モビリティの世界でも、生活のデジタル化による接点としての役割が注目されています。自律走行が実現すると、運転から解放されるので可処分時間ができる。ならば、車内に大型のディスプレイを設置すれば、たくさんの情報をリッチな形で届けられるということで、コンセプトカーなどでは、スクリーンが大きくなったり増えたりしています。

中国・天津の特区で、自動運転のバスがすでに走っているのですが、国際線の飛行機の機内のように、車内がスクリーンだらけです。乗客に向けて、さまざまなコンテンツを映し出せますし、行き先や路線付近の観光地を音声で質問すれば、「このバス停で降りてください」と教えてくれる。さらに、車内にはちょっと大きめの自動販売機みたいな冷蔵庫があって、静脈認証機能により、手をかざすだけで飲み物が買えてしまう。これは、生活者の接点の広がりが垣間見えるケースだと思います。

あらゆるモノが接点でつながると、購買行動は変わる

多くの接点が実装される世の中が、すでに始まっていることを考えたとき、各接点におけるメディア体験の意味合いも、これから変わってくると思います。根本的な変化が起きてくる。限定的なデジタルスクリーンが接点だった従来、生活者はメディアを通じて、情報を知って、記憶して、調べる、という行動プロセスを経ていました。

しかし、多様なデジタルデバイスが生活者の接点になると、それらはより身近なものに変わっていきます。たとえば料理中、移動中といった生活シーンに情報が入り込む状況を考えたとき、現在は身近であると言われているスマートフォンであっても、持ち上げて、ロックを外して、調べて......という手間が求められますけど、そのような手間は今後なくなって、Actionが即座に可能な世の中がやってくる。

そう考えたとき、私たちの研究所でひとつ疑問が湧いてきました。この10年、スマートフォンの普及はキャズム(※注・深い溝)を越えて、「モバイルシフト」や「モバイルファースト」とかけ声がかかった時代がありました。我々メディアは、その時代と同じように、ただ情報を出していくだけでいいのだろうか、と。これから生まれる、新しい多接点のデバイスに、どんどん情報を出していくだけでは、事足りないのではないか。私たちはそう考えました。

本日お伝えしたいのは、まさにここなんです。多接点時代の生活者とのつながりは、どうあるべきなのか。この疑問に答えるキーワードは、"DIRECT"ではないかと考えます。生活に直接的に作用する、生活者との関係をつくるということです。

「ダイレクト」というと、ダイレクトマーケティングのような販売方法と捉える方もいらっしゃるでしょうけど、それだけではなく、多接点時代の生活者とのつながり方全般を見据える、大きなキーワードとして捉えています。生活者とのつながり方が、より直接的なものになっていくということ。この概念をとり入れて、"Conversation"、"Content"、"Community"といった、企業が生活者とつながる三つの術をアップデートしていく取り組みが見えてきました。

生活者と企業が上下関係をなくし、つながりを深める

会話することで生活者の要望を奥深くまで捉え、絆を深める

まず、"Conversation"のケースです。昨年あたりから"Conversational economy"という概念も注目され始めており、"会話が実体経済を動かす"という報道も増えてきていて、実際に大きな市場を生み出しています。象徴的な企業の取り組みを、2社ご紹介しましょう。

米国の「Curology」という、スキンケア用品のD2Cブランドです。この会社は脱アルゴリズム宣言を掲げて、会話で顧客ととことん向き合うことを大切にしています。日本でも、セッション形式の肌診断を行い、あなたに合う商品はこれですよと教えてくれる化粧品ブランドがありますが、それとはちょっと違って、専門の担当員が付くんです。担当員はチャットで日々、顧客の状態や悩み、普段の生活スタイルのあいまいなところまで語り合ってくれる。肌の状態は顧客に自撮りしてもらって、貴方に合った製品を届けますという継続的な関係を築いています。しかも、ただ商品を勧めるだけではなくて、「きょうは頑張ったね」といった会話を顧客に投げかけるなど、暖かみがあるコミュニケーションを目指している。肌の悩みが改善されたら一緒に喜びますし、改善されなかったら、何が原因なんだろうね、と会話によって掘り下げダイレクトに向かい合うことで、顧客と直接関わり続けています。

続いては、中国平安保険グループが手掛ける"グッドドクターアプリ"です。24時間、医師に直接相談ができて、日々の健康不安を即座に解消するオンライン問診サービスで、病院に行くほどではないけれど、ちょっと体調が優れないといった、微妙な状態の人がよく利用しています。このサービスのアプリを開くと、その時点で問診可能な医師が、画面上にずらっと並びます。さらに、医師1人1人にグルメサイトのような評判情報や、いままで問診した人数などが明記されていて、顧客は相談したい医師を自由に選べます。問診の結果、処方箋が必要ない薬なら自宅にすぐ届けてくれますし、処方箋も発行してくれる。自分の体調以外の質問もできて、病院が近くにないがどうしよう、地方に住むご両親が心配なのでいろいろ教えてほしい、など利用シーンが多岐にわたるため、とにかく便利だし不安がなくなる。自分にとって医師が非常に身近な存在になる点もポイントです。

ご紹介したケースはどちらも、生活者の暮らしに直接関わるために、会話を通じて人と直接向き合い、欲や悩みを引き出して解決するサービスです。いままで、そういった役割は、たとえばカリスマ店員との会話や、SNS上で魅力的な会話を発信する企業担当者の存在など、限定的な役割の方が担っていました。でもこれからは、スマートフォン以外のスマートデバイスから、チャットやボイスを通じて、生活者の欲や悩みをその場で解決に導くようなつながり方が可能になっていく。生活者と企業の上下関係がなくなり、いい会話が同時多発的に広がる世の中になっていく。これが"Conversation"の重要なポイントです。

楽しんでもらえたらそれでよし、が通用しない時代へ

何がほしいかだけではなく、何がどう叶うかまで提案

生活に対しダイレクトに作用する、"Content"のケースを紹介します。まず、米国の「ウォルマート」が、動画レシピメディア「Tasty」と協力した、食べられるレシピです。アプリで調理動画を観て、「作りたいなぁ」と思ったら、その料理を作るために必要な食材を、アプリ内から直接買うことができるんです。

続いては、中国「アリババ」杭州本社横の商業施設で展開している、スマートミラーについてご紹介します。「新しい服にチャレンジしたい」という願望を、スマートミラー上のファッション診断コンテンツで後押しするものです。巨大なスマホのようなディスプレイの前に立つと、3Dカメラが自動的に、対象となる人の姿を撮影し、身長や体型、性別を判別します。さらに、その人の体型や雰囲気に合わせたファッションを提案してくれるんです。診断コンテンツで気持ちを高めるだけでなく、生活に直接作用する関係を生んでいる。その場でそのまま商品を購入できますし、ECで購入することも可能です。

続いて、ニューヨーク発のコスメブランド「Glossier」は、有名ファッション雑誌に携わっていた方が発信していたブログ"Into the gloss"から発生したブランドです。インスタや自社の広告も使って、情報やストーリーを配信しつつ、顧客の美的願望をダイレクトに応援し高めて、意識を変える環境を作っています。店舗では、お客さんと店員さんが気軽に会話を楽しんで、その場で欲しくなったら即、決済できてしまう。お店自体がファンの聖地になっていて、ブランドと顧客の絆が強く結びついているブランドですね。

次のケースは、米国のフィットネス業界で注目されている「Peloton」という会社です。フィットネス器具って、一回売ってしまうとそれで終わりで、そこから先は生活者に委ねられてしまいがちですけど、この会社の器具にはディスプレイパネルが付いていて、動画配信スタジオから発信されたフィットネス動画を観ながらトレーニングできます。インストラクターが発信するレッスン動画で、運動したいという願望を日々刺激していって、ひとり自宅で運動していても、みんなと一緒に頑張っている感覚が得られます。スタジオには多くのファンが出入りしていて、有名なインストラクターと撮影ができたりもします。願望を後押しして叶えることで、生活者との関係性を高めてダイレクトに作用を及ぼし続けているんです。

いままでのメディアは、生活者にコンテンツを見せて、楽しませて、というところまでしかやってなかったと思うんですけど、これらのコンテンツはさらにその先、やりたいことができてしまう、希望が叶ってしまうというところまで取り組んでいる。それが身近なデバイスで直接届きますし、単発で終わらないんです。1回の配信や発行で終わりではなく、継続的にコンテンツを配信し続けたうえに、何かをやりたいっていう気持ちを叶える場所も用意することで、人々の願望を直接後押しして叶えるコンテンツになっているのです。

生活者と企業が仲間となり、手を携え社会を変えていく

生活者に居場所を提供できない企業は淘汰される

最後は"Community"についてです。生活に直接作用するコミュニティを、2つご紹介します。1つめは、ご近所仲間との居住者マッチングシステムを提供する、中国のスマートマンション"ウィープラスコミュニティ"です。10億人ほどのユーザーを抱えるSNSのサービス"WeChat"を運営する「テンセント」とマンションが連携しています。このマンションは、コンパクトな部屋が500戸ほどある大規模マンションで、20代~30代をターゲットにしており、どうしても近所付き合いが希薄になってしまう。そこで、ライフスタイルが似ている人同士を、プライバシーを保ちながらマッチングさせるシステムを導入しようと考えているのだそうです。かつての町内会みたいな強制的な集まりとも違いますし、関係性が希薄な中で、生活者1人ではどうしてもできない関係づくりを後押しするシステムとなっています。

2つめは、身近な生活だけでなく社会全体を、企業とともによくしていこうというアパレル「EVER LANE」です。米国には、毎年11月に、ブラックフライデーという買い物のお祭りがあるのですが、このブランドは値引きをしないかわりに、社会をよくする目標を毎年掲げて、生活者はこの活動に「消費」という形で関わるという方法をとっています。

「ご近所同士つながりたい」や「環境によい生活をしたい」といったことは、生活者が自分ひとりで達成しようとすると、なかなかハードルが高い作業でした。そんななかで、多接点のコミュニティでは、簡単に参加し、つながり、生活をよくすることができるのです。

つまり、生活者と企業が、社会に対して直接作用する関係を、ともに作っていこうという取り組みとなっています。この視点は、大企業にとっても、今後必須になってくるのではないか。先日開催されたCESでも、SDGsやダイバーシティといった社会的な論点が、たいへん多く語られていました。こういった視点は、ご紹介したD2Cブランドのみならず、大企業にとっても重要なのではないかと思います。

生活に直接作用する場所や体験を、継続的に

最後に、"Conversation"、"Content"、"Community"という3つのダイレクトが生み出す社会に対し、メディアはどう対応すべきなのか。

接点は今後、指数関数的に拡大していき、2030年には、グローバルで204億ものデバイスが、多接点でつながるとの予測もあります。そうなってくると、今までのように見せて、知らせて、楽しませるというだけでは、生活者は満足しない。さらにその先、生活に直接的に作用する場所だったり、体験だったりというものがきちんと提供できるか、しかも、それらが継続的に生活者とつながっていけるものなのか、という視点が必要になっていく。そこまでの設計も含めて考えていくことこそ、メディアに求められることなのではないかと思っています。

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