最近よくライザップのロゴを見る、例えば牛丼の吉野家とのコラボ商品「ライザップ牛サラダ」やファミリーマートで売っているチョコやスイーツ......。でもちょっと待て。ライザップと言えば"痩せそうな会社"のはず。なのになぜ甘いものや牛肉を? 訊けばこれ、やたら深いマーケティングの結果うまれたものだった。
イケメン爽やかマーケッター登場!
最初、率直に「ライザップのブランド力があれば、やっぱりこういうもの、売れますよね?」という方向で話を振ってみた。しかし、同社マーケティング戦略本部の渡邊利生さんは、爽やかな笑顔で「少し違います(^_^)」と話す。
左がRIZAP「芳醇クリーミー杏仁豆腐」右が
「濃厚チーズケーキ ダブルベリーソース」。
次々いろんな商品を出して飽きさせない
これが吉野家の吉野家の「ライザップ牛サラダ」。
サラダに牛丼の具がかかっている感じがナイスで、
ちなみに筆者はこれに「追い牛」をかけると満ち足りる
「5Diet(ファイブダイエット)ダイエットサポートバー」。間食をしておなかを
すかせない、ライザップメソッドを体現したお菓子。なぜ間食を勧めているのか
など、理屈は説明すると長いからこっちを見てねっ! >>5diet
「我々はこれらをライザップのゲスト(ボディメイクをしている人)に寄り添うために開発したんです。ダイエットしていても、チョコや牛丼ってほしくなりますよね。私だってやめられません(笑)。であれば高タンパク質で低糖質=ライザップのメソッド通りのスイーツや牛肉料理をつくろう、と考えました」
キャベツやもやしを使った低カロリーのなんとか、みたいな方向じゃいけなかったんですか? と訊くと、渡邊さんはこれまた爽やかな笑顔で「じゃあ、それつくりますか!」と受け、こう話を継いだ。
「ただ、ライザップはポジティブなんです。たまに"茹でたブロッコリーと鶏の胸肉以外を食べたらトレーナーの人に怒られそう"といったイメージをお持ちの方もいらっしゃいますが、それは違います。我々は常々"絶食は最悪の方法"と言っていますし、ある程度の節制は必要としても"ガマンし続けて下さい"とも言わないんです」
マーケティング戦略本部 商品開発ユニット長の渡邊利生さん。
肩幅が広く、今も空手の大会に出るほど強いのだとか。
どうも、ライザップの黒に金のマークをつけて痩せそうな商品を出せば売れる! といった雰囲気とは違うようだった。
この商品、ライザップのブランディングにも結びついてた!
ちょっとここで、そもそもライザップが支持された理由から紐解いていきたい。
筆者は同社がここまで流行ったのは「結果にコミットする」からだと考えている。筆者は瀬戸健社長のインタビューをしたことがあって、高校生の時のおもしろエピソードが記憶に残っている。彼が高校生の時に付き合っていた彼女は少しぽっちゃりしていて、常々「痩せたい」と言っていた。そこで瀬戸氏が彼女と一緒に走ったり、何を食べたか教えてもらって、時に「綺麗になりたいんじゃなかったの?」などと励まして寄り添うと、彼女は本当に痩せていった、と言うのだ。
瀬戸氏はこの話のあと「でも綺麗になった彼女は大学生と付き合い始めて僕はフラれたんですけどね」としっかり話を落とすが、この時彼は「人は誰か寄り添ってくれる人がいれば自己実現を三日坊主で終わらせない」という学びを得ていた。
その後、瀬戸氏は"自己実現の面白さ"に目覚めていく。高校では成績最下位をとるほどの劣等生だったが、猛勉強して明治大学に入学、この過程で彼は"ガマンするのでなくポジティブに努力するほうが目標を達成できる"といった"自己実現の心理学"を体得していった。
ここで渡邊さんの言葉を引用したい。
「我々はカウンセリングの時に"何㎏痩せたいですか?"でなく"痩せてどうなりたいですか?""痩せたら何をしますか?"と伺って、お客様に"なりたい自分"を強く思い描いていただきます。そして頑張る過程も楽しんでいただくんです」
きっと「ライザップはポジティブ」というコメントはこのあたりが根っこにあるのだろう。渡邊さんもどこか眩しい。閑話休題、その後、瀬戸氏は起業し、健康食品「豆乳クッキーダイエット」の販売を始める。そして、お客さんを励ますうち、彼は重要な気付きを得た。
今、世の中に必要なのは、知識でも商品でもなく、自分が身につけた自己実現へのメソッドだったのではないか――?
広報担当はこう話す。
「瀬戸はよく"我々は手段を提供しているのでなく、結果を提供している"と言います。英会話も、ゴルフも同じです」
そして今回の商品は、ライザップ社内に今も受け継がれる「意地でも結果にコミットしようとするDNA」が生み出したものだった。商品を栄養学的に分析した管理栄養士の柳井美穂さんが詳しく話す。
「私はライザップのカウンセラーをやっていた頃、まだ吉野家には牛皿がなく、お客様に『牛丼を食べてもいいけど、ごはんは控えて下さいね』と言ったことがあります。でもそれって、罪悪感がありますよね。こういう感覚がハードルになるんです」
彼女はそのハードルを下げたかった。
「だから吉野家さんとのコラボの話が出た時は嬉しかったですね。また、当社は食品の通販も行っていますが『出張に行くといつものメニューがなく、何を食べていいかわからなくなる』という声がありました。これも吉野家さんとコラボすれば解決できます。もちろん、甘いものが食べたい時もファミリーマートさんなら手軽に買えます。しかも、どちらも24時間営業です。食べたい時に食べられることによってハードルは下がりますよね!」
教育開発部 ボディメイクアカデミーユニット 管理栄養士の
柳井美穂さん。彼女も渡邊さんに劣らずとってもポジティブな感じだった。
しかも柳井さんいわく「ライザップを卒業した人にも楽しんでいただけます」とのこと。「確かに」としか言いようがない。
ようするに、ライザップは安易に物販で儲けようとしたのではなく、ゲストに寄り添おうとしていた。そして恐るべきは、これらがライザップのゲスト以外にも大いに売れたことではない。この商品群は、ライザップそのもののブランディングにも結びついていたのだ!
ファミマにはこんな商品も。RIZAP「サラダチキンバー
ブラックペッパー」と「サラダチキンバーレモン」。
「商品にモノを言わせる」マーケティング
渡邊さんが話す。
「ライザップは勘違いされやすいんです。揚げ物を食べたら鬼みたいなスタッフに怒られ、行くとひたすらキツいトレーニングをさせられると思っている方が多く、我々はわざわざ"そんなことないですよ"というCMを打つくらいでした。そんななか、スイーツや牛サラダによってこのイメージは払拭されるはずなんです」
柳井さんが話す。
「だから、スイーツも牛サラダも、メーカーの方に"ここまでこだわるか"と思われてしまうほど何度もつくりなおしました。吉野屋さんは、丼に入れる品目が増えるとオペレーションが大変になりますが、ご理解いただきました。またメーカーの方に"もう少し甘く"と言われても、なんとか別の方法でおいしくできないかを模索し、ライザップのメソッド通りのものをつくりあげています」
確かに、見る人が見ればよくできていることがわかる。吉野家の商品は豆や鶏胸肉がふんだんに使ってあって高タンパク質で低糖質、しかも牛丼の具と合っていて、主観だが、筆者はおいしいと感じた。いや、吉野家も驚くペースで100万食に到達したのだから一般的にもおいしいんだろう。「5Dietダイエットサポートバー」も、ザクッとかみごたえがあって、なんかおなかに貯まった気がする。
そして、この"メソッドがしっかりしていて、ちゃんとハードルが下がっている感じ"が吉野家やファミマで多くの方に消費者に伝わり、ライザップに次のゲストを呼ぶのだ。そう「ブランドを大切にする」というのは、多分こういうことなんだろう。商品やサービスを体験してくれた人が、その会社の考え方を理解し、共感する。そして、同じ会社のほかの商品を買ってくれたり、サービスを体験してくれる――。
この商品を出せば、ライザップは......
・(筆者が最初に思っていたように)ブランドを活用して物販ができる
・ゲストに寄り添うことができる
・商品を買った人がライザップにより興味を持ってくれる=ブランド力が高まる
と一石三鳥、さらには吉野家も今までにない客層が来るようになって喜んでいるようだ。これってすごい。
こうなると、少しでもマーケティングを勉強した身としては、最初に「キャベツを使った何とかじゃダメなんですか?」と言ったことが恥ずかしくなってくる。ダメに決まってる。野菜の会社が出すならわかるけど、ライザップじゃない。でもって渡邊さんは、多分、筆者に悪いと思って「じゃあ、つくってみますか!」と受けてくれたのだ。内心、ちょっと苦笑しながら。
そんな筆者の思いが伝わっちゃったのか、渡邊さんが言った。
「ライザップのブランドに甘えていいなら、物販はすごく簡単だったでしょう。でも、安易な商品を出したら短期間の利益は挙げられても、長期的に見ればマイナスになってしまいます」
ちなみに、この商品はライザップの「生涯のパートナーになる」という理念も伝えているのだという。確かに「ボディーメイクを終えた後でも皆さんのそばにいますよ」という姿勢が伝わるんだろう。
そう、本当のマーケティングは「商品にモノを言わせること」なのだ――。
と、そんなわけで取材を終え、筆者は渡邊さんと「スポーツは何やってるんですか?」「はい、空手です(^_^)」といった会話を交わし、『5Dietダイエットサポートバー』のチョコ味をかじりながら一緒に撮影した。
そして筆者が「これ、おいしいですよね」「僕はチョコ味が好きで、いつもつい一気に食べちゃうんですよ」とかじろうとすると、渡邊さんが、またとびきり爽やかな表情で言った。
「ダメですよ(^_^)」
帰り道、ちょっと情けなくなりながら、やっぱり残りはかじった。
取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)
経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。