さまざまな業界のトップに、その企業が実施した課題解決や将来展望をヒアリングして好評を博したインタビューシリーズ「業界未来図」。「薬品・医療用品」という業種からは、ペプチドリームのリード・パトリック氏に取材に応じていただきました。過去人気だった回を再編集してご紹介します。
2022年に大ニュースになる!? 医薬品業界のパラダイムシフト最前線!
いま、医薬品業界で激変が起きつつある。がんやアルツハイマーなどの難病にも効く薬をつくりだすことができ、しかも将来は薬価が下がる可能性もあるというのだ。この革命を起こす企業が「ペプチドリーム」。東京大学発のバイオベンチャーで、社長のリード・パトリック氏は「将来、日本は医薬品の輸出大国になる」と予言する。
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がん、糖尿病、炎症や感染症、すべての病気に対応できる!
夏目 まず、社名にも使われている「ペプチド」とはどんなものなんですか?
パトリック 2個以上のアミノ酸が「ペプチド結合」によってつながってできた分子を「ペプチド」といいます。"どんなアミノ酸で構成されるか"、"アミノ酸がどうつながっているか"によって区別されるため、膨大な種類があり、様々な働きをします。人間の体の中で働いている信号伝達物質やホルモンも、その多くはペプチドです。
夏目 なかでも御社がつくる「特殊ペプチド」とは?
パトリック 通常のペプチドは人間の生体内にある20種類のアミノ酸(天然アミノ酸)によって構成されますが、自然には天然アミノ酸以外に700種類を超えるアミノ酸(非天然型アミノ酸、または特殊アミノ酸と呼ぶ)が存在します。そして我々は、天然アミノ酸と特殊アミノ酸を結合させたものを「特殊ペプチド」と呼んでいて――当社・ペプチドリームはこれを大量に創製し、新しいタイプの医薬品を開発すべく設立されました。
いままで、特殊ペプチドをつくる際にはアミノ酸と特殊アミノ酸を科学的に1つ1つ結合させる必要があったため膨大な手間がかかり......特殊ペプチドを創薬技術として実用化することは難しいと考えられていました。しかし当社の創業者の1人である東京大学の菅裕明教授は、化学合成でなくバイオテクノロジーを用いて、特殊ペプチドを自在に、しかも簡単に大量につくることができる技術を開発したのです。
夏目 特殊ペプチドを使った医薬品はいままでの医薬品とどこが違うのですか?
パトリック 医薬品の業界では長らく、分子量の小さい化合物「低分子化合物」をもとに開発した「低分子医薬品」が主流でした。これらは分子量が小さいので生産しやすく、体に吸収されやすいため飲み薬になる、という優れた点があります。しかし"副作用が多い"という欠点もありました。低分子医薬品は、病気の原因となる薬の標的分子に対して点で結合するため"ここと結合してほしいのに、隣の箇所と結合する"といったことが起き、しばしば副作用をもたらすのです。
この問題点を解決するために「バイオ医薬品」という新たな医薬品が生まれました。人間の体の中で起きている仕組みを使うもので、その代表が「抗体医薬」です。これは人の免疫細胞が外敵から身を守るために作り出す「抗体」を基に作られています。バイオ医薬品は標的とする分子に対して高い特異性を持って(標的とする分子だけを選んで)強く結合し、その機能を抑えます。だから効果が高くて副作用も少なく、現在、医薬品の販売上位品目の半分以上を占める大きな市場を形成しています。
しかし抗体医薬にも欠点があります。動物細胞や大腸菌などを用いた培養によって生産するため、製造コストが高いのです。また低分子医薬品に比べ分子量が非常に大きく数百倍にも及ぶため、細胞内には入り込めません。病気の原因の半分以上は、細胞内の異常に起因すると言われていますが、抗体の標的は細胞表面や細胞外のものに限定されるのです。さらに、抗体医薬が生まれて20年が経過するため、これから順次特許切れを迎え、利益が出にくくなるという問題も抱えています。
そこで世界中の研究者が、抗体医薬の次に来る新たな時代の主力薬の候補を探しています。抗体医薬と低分子医薬品の"いいとこどり"の性質を持つもので、具体的に言えば「抗体医薬なみの高い特異性、結合力を持ちながらも、分子量が小さく、細胞内標的にも対応でき、製造コストが安い」ものです。そして我々は、当社の特殊ペプチドを用いて開発される医薬品こそが、この最有力候補だと考えています。
夏目 なるほど、では特殊ペプチドの技術を使った医薬品によってどんな病気が治るようになりそうですか?
パトリック いままで医薬品の成分が届かなかった場所にも届けることができるようになるかもしれません。また副作用が強く実用化できなかった医薬品が実用化できるようになるかもしれません。具体的に言えば、がんなどの難病だけでなく、糖尿病、各種の炎症や感染症、さらには中枢神経系の病気など、ほぼすべての病気に対応できると考えられます。しかも治療薬だけでなく診断薬にも使えるから病気の予防もしやすくなるはずです。
夏目 それ、大革命じゃないですか......。
ペプチドリームの株主総会後に行われた経営説明会に登壇するパトリック社長(左)
必要なペプチドを検索する"PDPS"って何だ?
夏目 ところで、東京大学の菅裕明教授が開発した技術、すごいですよね。
パトリック はい、専門的な説明は省きますが、現在は特殊ペプチドを簡単につくり出せるだけでなく、試験管より小さいミニチューブの中で、1兆種類以上の特殊ペプチドをわずか1時間程度でつくりだすことが可能になっています。
ちなみにこの技術は菅教授が生物学と化学、両方に精通したから生み出せたと思います。菅教授の研究は当初、生物学者からも化学者からも正しく理解されることはなかったそうです。菅教授はよく「異端を貫けば先端になる」と言われていますが、そうだと思います。そして2006年、この技術を創薬の世界で活かすため、我々はペプチドリームを発足させました。
夏目 そこからは......?
パトリック 会社設立後の数年間は、独自の創薬開発プラットフォームシステム「PDPS(Peptide Discovery Platform System)」を完成させることに集中しました。特殊ペプチドを用いて医薬品開発をしている会社は当社以外にもあります。ただし特殊ペプチドを1兆種類以上作って、その中から最適なものを選び出すことができるのは当社のみです。
夏目 詳しくお教えください。
パトリック 医薬品の開発は、よく"鍵穴に合う鍵を探す"作業ににたとえられます。病気の原因となるものに結合する物質を選ぶことが重要なのです。そんななか、従来は数百万種類の鍵(様々な物質)の中から、鍵穴にはまる(病気の原因となるものと結合する)物質を探し、試行錯誤を繰り返していたから、医薬品の開発には膨大な時間がかかりました。
しかし我々は1兆種類を超える特殊ペプチドをつくることができ、しかも「PDPS」を使えば、バーチャルではなくリアルにある1兆種類以上の特殊ペプチドの中から、標的分子に強く結合するものを短期間に選び出せます。そこからヒット候補化合物にモディファイ(最適化)していけるため、医薬品の開発にかかる時間を大幅に短縮できるのです。
夏目 わかってきましたよ。第一の進歩は、いままで医薬品に使おうにも製造が大変で難しかった特殊ペプチドを簡単に自在にしかもケタ違いにつくりだせることなんですね。これによって、従来の技術ではつくれなかった薬もつくれるようになるかもしれない。そして第二の進歩は「検索」。アナログの情報よりデジタルの情報のほうが優れている理由は"検索可能だから"と言われます。1兆種類を超える特殊ペプチドのなかから"鍵穴にはまる鍵"を絞り込んだ上で医薬品を開発できることが、またすごい進歩なんですよね。
パトリック はい。当社の方法を使うと最初に正解を提示できるため、製薬企業の方たちは驚きます。そこから最適化するのは製薬企業の得意分野です。だからいま、世界中の大手が我々と共同で創薬開発を行っています。
いま製薬企業の開発スキームは、新薬ができる可能性が高い候補化合物を買い、研究を進めることが主流になっています。しかし製薬企業で働く方の多くは、自分たちが一から作り出した物質によって創薬したい、と考えているはず。そして当社と提携すれば、これを実感できます。標的分子の提供は製薬企業が行うので"この薬は当社が一から開発したもの"と言えますからね。
夏目 なるほど。
パトリック しかも将来、PDPSを用いた創薬は医療経済にも貢献する可能性が高いと思います。医薬品の価格は高い要因の一つは、開発までに長期間かかり、それに伴う費用が年々拡大していることです。しかしPDPSを使えば、従来、1~3年かかっていた医薬品の候補物質の絞り込みが3~6カ月で見つけられるようになります。加えて、特殊ペプチドは標的分子に対して高い特異性と結合力を持っているため副作用の発生が少なく、医薬品開発の成功確率が高くなることが予想されます。これにより、PDPSを用いた創薬の開発費用は従来薬と比べて大きく抑えられると考えられます。
夏目 御社が株式市場で高く評価されているのもうなずけますね。
パトリック この高い技術力を背景に製薬企業との契約も順調に増加しており、現在、PDPSを用いた創薬共同研究開発契約を締結している企業は19社になりました。国内製薬企業が7社、海外製薬企業が12社です。そして、まだ特殊ペプチドを使った新薬はできていませんが、当社は上場以降、黒字を確保しており、業績も右肩上がりを継続しています。
夏目 えっ、まだ新薬ができていないのに黒字なんですか?
特殊ペプチドによって、化粧品や健康食品も変わる!
パトリック 当社は世界の大手製薬会社(メガファーマ)を含む国内外の製薬企業と共同研究開発を行っています。そしてこの契約は、開発プロクラムごとに"契約一時金"、さらに"開発ステージの進捗ごとのマイルストーン収入"をいただき、医薬品の発売後は売上高に応じたロイヤルティ収入を受け取る内容となっています。
バイオベンチャー企業の多くは、特定の企業と開発契約を締結し、1つや2つといった数少ない医薬品候補化合物の開発を進めていますが、これはとてもリスクの高いビジネスモデルだと思われます。一方当社は国内外19の製薬企業と共同研究開発を進めており、開発候補物質は自社開発品を含めると98プログラムあります。100近い創薬を進めている企業は世界的にもほとんどないのではないかと思います。――このように特定の企業やプログラムに偏重しないことが創業以来の当社の事業理念なんです。リスクヘッジができていることにより、万が一、どれかの研究が途中でストップしても影響が軽微で済む体制になっています。これは、企業の持続的成長に必要なことでもあるはずです。
夏目 メガファーマはライバルでなく、貴社は手を結んでいるんですね。
パトリック はい。当社はこれまで"我々は得意なものに特化し、得意でないものは得意なところに任せる"という発想でやってきました。当社は医薬品の候補化合物(ヒット化合物等)を見出すことは得意ですが、臨床試験や製造についてはノウハウがありませんし、それを行う企業体力もありません。これまで多くの医薬品を世に出してこられ、ノウハウを蓄積されているメガファーマと一緒にプロジェクトを進めることは、より様々な薬を、より早く市場に届けることにおいて大切だと思っています。
夏目 気になるのは、何年待てばよいかです。「基礎研究はできたけど実際の医薬品ができるまでは何十年もかかる」といった話じゃないんですよね?
パトリック 新薬の発売時期を予想することは非常に難しいですね。正確に「いつ」とは言えませんが、我々は中期計画で"2022年6月末までに1つ以上上市する"という目標を掲げていて、これは達成できると考えています。
夏目 どんな薬が生まれるか楽しみですね。
パトリック 我々と製薬会社は、PDPSから見い出されたヒットペプチドを基に3つのタイプの創薬開発を進めています。
1つ目は得られた特殊環状ペプチドそのものを医薬品化する「特殊ペプチド医薬品」、2つ目は、特殊環状ペプチドから得られる情報(標的タンパク質のどこに、どのように結合しているか等)を用いて候補物質を低分子化してつくる「低分子医薬品」、3つ目は特殊環状ペプチド高い特異性と強い結合力を持つという特性を生かし、標的タンパク質に薬物を届ける"運び屋"として使用するPDC(ペプチド-薬物複合体)医薬品です。PDC医薬品に関しては、今年に入って中枢神経疾患領域で新規契約や既存の開発プログラムの研究開発で大きな進捗がありました。この分野は開発スピードも早いと考えられ、今後おもしろくなってくるとみています。
夏目 医薬品以外の領域にもPDPSは使えるそうですね?
パトリック はい、たとえば化粧品にも使えるため、より効果的な商品が生まれる可能性があります。健康食品やサプリメントに使えば、医療費の削減にもつながるかもしれません。さらには動物にも使えるため、ペット業界や畜産業にも大きな影響があるかもしれません。しかも新しい農薬ができるかもしれません。いま我々が行っているのは、それほどにイノベーティブな事業なんです。
マサチューセッツ工科大学の学生たちがペプチドリームを訪問。
中央がパトリック社長
医療の現場で問題になる貧富の格差を解消したい
夏目 貴社の技術によって業界が一気に変わろうとしていることがよくわかりました。では最後に、現状や貴社の課題を伺いたいのですが。
パトリック 既に当社のPDPSが持つ能力は国内外の製薬を中心とする多くの企業から注目を集めており、現在、当社は世界のメガファーマ10社のうち7社と契約を締結しています。そして、進行しているプロジェクトのうち2件は臨床試験まで進んでいます。今後、PDPSを使った医薬品の開発は、製薬業界のさらに大きな潮流になっていくでしょう。
夏目 一方、課題はいかがでしょう?
パトリック 特殊ペプチド医薬品の課題は製造分野にありました。これまで世の中になかったものですから、既存の受託製造会社(CMO)に依頼しても製薬企業が望む品質や価格で製造することが難しく、これが開発スピードに影響を与えていたんです。そこで我々はこのボトルネックを解消するため、塩野義製薬や積水化学工業と提携を結び「ペプチスター」というペプチドの原薬製造受託会社を立ち上げています。これによって今後、前臨床試験や臨床試験に使用するペプチド原薬の供給が可能になるため、開発の進捗スピードはさらに早まると予想しています。
夏目 では最後に、未来を予測したいと思います。まず、今後も低分子医薬品や高分子の抗体医薬はそのまま残るんでしょうか?
パトリック あくまで私の予想ですが、抗体医薬が担っていた役割は、今後、ペプチド医薬品が多くを担うようになっていくと思います。一方、低分子医薬品は、PDPS由来の副作用の少ない低分子医薬品が出てくることで活性化されるのではないかと思います。
夏目 「人がより長生きする世の中が来る」とも感じたのですが?
パトリック そうですね、PDPS由来の医薬品が、これまで有効な治療薬がなかった疾患領域に新薬を提供する時代がそう遠くない未来に来るのではないかと思っており、人が若くして亡くなる確率が低くなるのかな、と思います。
夏目 生命保険業界の方が、今後は「長生きがリスクの時代が来る」と言っていました。がんなども治る時代が来るからこそ、今まで以上に老後の蓄えが必要だ、と言うんです。終身生命保険に入っておいたほうがいいかな......(笑)。
パトリック しかし、平均寿命の長短には、薬や医学だけではない様々な要素が絡んできます。これは薬だけでキュアするものではないので、生活習慣を変えていくことが求められますね。今後は多くの病気が治る世の中になるからこそ、個人個人が健康寿命を伸ばしてより充実した生活をおくる努力が必要なのかもしれません。
夏目 では最後に......日本の医薬品産業は毎年2兆5千億円近い金額の輸入超過、いわゆる貿易赤字を記録しています。これも将来は変えていけそうですか?
パトリック はい。当社及びぺプチスターのビジネスが順調にすすめば、日本の医薬品産業は黒字化し、日本経済のけん引役になるかもしれません。というより、そうしなければなりません。私の将来の夢は、いい薬をつくり、当社を世界最大の製薬会社にすることなんです。
夏目 かっこいい!
パトリック さらにもう一つ夢があります。創薬の効率化をさらに進め、薬価を下げていきたいんです。日本だけでなく世界中で高齢化が進んでおり、医療費の上昇に各国の政府は頭を抱えています。このままでは、お金を持っている方だけが最先端の医療の恩恵を受け、そうでない人は助かるはずの命も助からない世の中になってしまいます。
――私は将来、これも解決していきたいんですね。
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【プロフィール】
リード・パトリック
1975年、米国バーモント州生まれ。2003年にダートマス医科大学を卒業し、2004年から東京大学先端科学技術センター特任助教授に就任し、2005年、東京大学国際産学共同研究センター客員助教授就任。その後、ビジネスと医学、両方の知識を活かすため、2007年にペプチドリーム株式会社へ参画。2012年に常務取締役、2017年に代表取締役社長に就任し、以来現職。
取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)
経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。
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※この記事は2019年5月に前編後編に分けて掲載したインタビューをまとめて1記事に再構成し、再掲載したものです。インタビュー本文は、取材当時に掲載したものから変更はございません。