2019.10.31

新時代のマーケティング戦略論 <第5回>インクルーシブ・マーケティングへの理解と挑戦(後編)

インクルーシブ・マーケティングへの理解と挑戦

後編:インクルーシブ・マーケティングが拡張する顧客層と影響力


最新のマーケティングをさまざまな視点で語る連載コラム。今回のテーマは「インクルーシブ・マーケティング」です。
「ダイバーシティ&インクルージョン」が注目される昨今、企業は正しく包括・包摂の意味を捉える必要があります。前編ではその定義と取り組む際の注意点を解説し、自社の取り組みで再考すべき以下のポイントをまとめました。

●ターゲティングによって排他されている消費者はどんな消費者か?
●その消費者層を包括する手段は何か?
●自社商品・サービスを伝えるための手段がステレオタイプになっていないか?

後編では、そうした配慮が訴求力にも直結した具体的な事例を取り上げ、インクルーシブ・マーケティングの可能性を探ります。

事例1:小豆島ヘルシーランド
インクルーシブな事業拡大とコンセプトが島を変える

はじめに、国内でインクルーシブな考え方を企業全体で取り入れることで、あらゆる課題を解決している好例をご紹介します。


提供:小豆島ヘルシーランド

香川県小豆島にある小豆島ヘルシーランド株式会社は、特産品であるオリーブから作られた食品・化粧品などのプロダクト開発をはじめ、書籍出版や地域活性化など手広い事業を展開しています。
商品開発のほか、島の活性化につながるギャラリー運営やプロジェクトを並行して実施することで、小豆島のブランド力を高めることにも貢献。島の持つ力や人々が、商品マーケティングや企業ブランディングに直結する仕組みを育てたのです。
"地方"は消費活動やマス向けのターゲティングからは排他されがちです。しかしそれは、反面から見れば独自性でもあります。小豆島ヘルシーランドはこの排他性を強みとして捉え、小豆島そのものを企業の魅力と直結させ、マーケティングを展開しました。

また、同社は、都市部で心身に問題を抱えた人々をオリーブ農園の従業員として受け入れ、彼らの回復を促す環境を整えました。この取り組みは、都市の働き方から排他されざるを得なかった労働力を生かし、島の過疎化解決にも貢献しています。
商品を通じて広がる島の価値観や暮らし方は、現代の幸福の捉え方にひとつの選択肢を増やすものでしょう。その魅力は、徐々に人々の心を動かし始めています。

近年小豆島への移住者は増え、特に東京・大阪など都心からの移住の問い合わせ数も顕著になりつつあります。定住率も移住後3年で7割と多く、家族での移住者がその半数以上だそうです。
インクルーシブ・マーケティングは、短期的に見た訴求力は明らかではないかもしれません。しかし、継続的に見た際の波及効果は高く、対顧客という観点でなく、社会そのものを変える可能性すらあることが、本事例からわかるでしょう。

事例2:「Dating Around」
惹かれ合うドラマは誰にも等しく訪れる

NetFlixを通じて配信されているウェブドラマ「Dating Around(邦題:5ファーストデート)」は、俳優ではなく一般人を出演させる恋愛ドラマです。

ひとりの主人公が5人の人とデートをし、最終的にひとり誰かを選ぶという筋道のなかで、さまざまな組み合わせが登場します。"リアル"な表情や展開を期待して、視聴者はドラマを観るでしょう。
このドラマの秀でたポイントは、そのデートのカップルに同性や高齢同士の組み合わせを入れていることです。シーズンを重ねていくなかで多種多様な恋愛が織りなされていきますが、そこには若い男女と同じく葛藤や感動、そして恋があります。

マジョリティに向けられた恋愛ドラマというコンテンツのほとんどが若い男女を描いていたことに気付かされる瞬間を、このドラマシリーズはいとも自然に作り上げました。その挑戦は今まで恋愛ドラマに共感を抱かなかったシニア層やLGBT+にも広がり、現在は人気番組のひとつとして各国に受け入れられています。
ポイントは、「Dating Around」が特定のマイノリティを取り上げたドラマではなく、あくまで恋愛ドラマであるということです。普遍のテーマを描くなかで、今まで描かれなかった人々を取り上げました。それはまさに、インクルーシブ(包括・包摂)の在り方そのものです。

どこまでが制作側の意図によるかはわかりませんが、ドラマというコンテンツ商品の開発に、インクルーシブ・マーケティングの考え方を取り入れた事例としてご紹介しました。動画コンテンツやストーリーテリングへの関心が強い昨今、学ぶべきところの多いコンテンツと考えられるでしょう。

事例3:SK-II「Timelines」シリーズ
"排他"と"包括"を第三者視点で両面から描く

ここまで、企業そのものがインクルーシブな考え方を取り入れている事例と、コンテンツそのものがインクルーシブである事例を紹介しました。では、既存の商品やサービスがある状態で、企業が何らかのメッセージを発信する方法はあるのでしょうか。

化粧品ブランドSK-Ⅱ(P&Gジャパン)は、「運命を、変えよう。~change destiny~」というブランドテーマを掲げ、2019年秋よりキャンペーンの一環として動画「Timelines」シリーズをYouTubeに展開しています。
キャスター、ジャーナリストであるケイティ・クーリックがインタビュアーを務め、各国の女性たちが自身の人生観について語る本編。独自の働き方や結婚観、夢を持つ彼女らは、時に社会との違和感を抱きながら生きています。
そして、彼女を見つめる家族や親友は、彼女を受け入れながらも、一方で彼女の価値観と社会の慣習の差に戸惑っています。
動画終盤では、双方がタイムラインとしてまとめられた価値観を共に見つめ歩むことで、互いを理解し合おうとします。関係性を持続するために必要なのは、価値観の同一化ではなく、互いへの理解であることが本編の一貫したメッセージです。

現在「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉に紐づく事例を見ていくと、LGBT+や障害、人種、年齢、ジェンダーなど、明確に対象を捉えられるケースがほとんどです。一方で、カテゴライズの難しい"排他"を感じながら日々を過ごす人々もおり、潜在的であればあるほど、理解を得るために言葉を紡ぐことは難しいでしょう。

インクルーシブの意味を今一度考えたとき、解決は身近なひとの価値観を理解することから始まるのかもしれません。そうした希望の光を見せてくれる本キャンペーンは、企業が今後発信すべきメッセージのひとつの在り方を示しています。

このキャンペーンは、ターゲティングを言語化できない点でインクルーシブ・マーケティングの成功事例といえます。周囲とのかかわり合いのなかで価値観の違いや生きづらさを覚えたすべての人々を、この動画は共感によって包み込むのです。潜在的顧客への訴求の拡張は、今後新規顧客の獲得につながるひとつの道を開拓したと考えられます。

事例4:「注文を間違える料理店」
インクルーシブな社会を発信する店舗型プロジェクト

最後に、企業ではなく一般社団法人が展開したプロジェクトをご紹介します。本事例は、インクルーシブ・マーケティングに取り組むことが、どのような結果を生み出すのが望ましいかを考えるのにふさわしいものです。

2017年、認知症当事者が料理のオーダーを聞く「注文を間違える料理店」がメディアで注目されました。

注文を間違えるかもしれないけれど、おいしいメニューが食べられる。このコンセプトは、主にふたつの"排他"への問題提起となりました。

ひとつめは認知症当事者の社会的排他です。認知症当事者の増加と自立への課題意識が強まる一方、社会的に彼らが活躍できる場はほとんどありません。物忘れは事故やトラブルの元とされ、ネガティブな要素として周囲から受け止められてしまうからです。
ふたつめは完璧なホスピタリティを求める日本のサービス業に潜む、ミスや失敗への排他的意識です。顧客に対するサービス精神は働き手へのニーズを増やし続け、その競争が過剰な完璧主義を生み出しています。

「注文を間違える料理店」は、認知症当事者を店舗スタッフとして迎え入れることで、そうした顧客の意識や社会慣習そのものを変えようとしました。寛容な心でミスや物忘れを受け入れる意識が浸透すれば、働き手として活躍できる人材がいて、サービスを心豊かに楽しめる場が生まれるのです。
「注文を間違える料理店」は成功し、クラウドファンディングやネット募金の支援を受けながら、現在でも全国各地での開催が続いています。

インクルーシブという概念は、まだ浸透の過程にあります。企業が取り組むべきインクルーシブ・マーケティングは、まだインクルーシブという概念を知らない消費者、生活者へのメッセージ発信そのものにほかなりません。
自社商品やサービスを通じて、どんな排他に対して取り組むことができるのか。その問いへの答えが、各企業のインクルーシブ・マーケティングへの最適解を生み出すはずです。

インクルーシブ・マーケティングは、身近な排他への気付きから始まる

今回ご紹介した事例では、この問いに対するさまざまな答えが内包されています。
例えば、小豆島ヘルシーランドは特産品の発信と島の活性化を同時に進めることで、企業ブランドを確立するとともに、過疎化の進む地方を自由に働ける楽園として再定義しました。都市部の生活から排他された層を、自社や島の一員として包括することがその手段です。

ドラマコンテンツ「Dating Around」は多くの人間が共感する恋愛というテーマを描くために、すべての人々を対象として包括することで、新しい感動を生み出しました。ステレオタイプな恋愛ドラマの常識を刷新する第一歩となったでしょう。

「Timelines」は排他の構造について身近な人々を通じて描き、排他されている人々そのものを浮き上がらせました。そして包括することの重要性を訴えかけ、自社ブランドの向上と潜在的顧客への働きかけに直結させています。

最後に、「注文を間違える料理店」は社会のステレオタイプに異議を唱えるプロジェクトそのものが、明確なメッセージとして受け入れられ、話題を呼び起こしました。このプロジェクトは飲食業や認知症当事者の身近にいる人々の意識を変えていきながら、波及効果を強めていくでしょう。

インクルーシブ・マーケティングへの第一歩は、社会への意識と、その社会から排他されている人々への気付きから始まります。すべてを包括する社会を叶えるためには、あまりに多くの課題が残されているでしょう。しかし、ひとつの焦点に絞ってメッセージを発信することから、あるいは商品を見直すことからなら、できるかもしれません。どんな課題に取り組むか、ぜひ考えてみてください。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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