2019.09.04

<第3回>ブランディングが苦手な日本人へ(後編)|新時代のマーケティング戦略論

ブランディングが苦手な日本人へ──ノーブランドがブランドになる日

後編:ファンとの共創を生かし、ありのままの姿をブランディングせよ

ブランディング」はなぜ多くの企業にとって難しい課題になってしまうのか?
前編ではこの問いへの答えを模索しながら、ブランディングの定義と取り組み方の基本について確認しました。今回は、そのうえでブランドをうまく活用している企業や商品について紹介し、成功事例の共通点を考えます。
実践できるブランディングはどういったものか、考える契機となれば幸いです。

日本企業で王道のブランディングに成功した『BALMUDA(バルミューダ)』


バルミューダ公式サイト

2003年に設立された家電メーカーBALMUDA(バルミューダ)は、ブランディングに成功したことで一躍注目を集めています。現在は日本だけでなくアジア各国、一部のヨーロッパでも事業を展開し、ブランド力を強めています。

バルミューダが目指すのは、利便性の追求ではなく消費者の感動的な体験を作り出すことです。オフィシャルサイトには各家電の開発秘話がエモーショナルなテキストと写真で語られています。海外の体験や子どもとのふれあいなど、日常のシーンが革新的なアイデアを生み出していく過程は、読者の好奇心を駆り立てるものです。
バルミューダのラインナップはスタイリッシュで、インテリアとしても主役になってくれるルックスの家電ばかりです。一般的な家電よりも高く設定されている価格すら、贅沢な逸品だからこそ手に入れたくなる欲望に訴えるアピールポイントになっています。

バルミューダを魅力的に伝える物語の語り手は、代表取締役社長の寺尾玄氏です。ロックスターを目指して挫折した後、工場への飛び込みからプロダクトの世界に入ったという氏は、自身の出自もバルミューダのストーリーに取り入れています。自著の『行こう、どこにもなかった方法で』は、そうした創業ストーリーを一冊にまとめたものです。
前編で考察したブランディングの礎を作るひとつの手段が、ストーリーを紡ぐことでした。バルミューダは商品の機能でさえストーリーの一部とし、それをカリスマ性のある代表者が語ることで、成功を勝ち得たのです。

バルミューダは家電のなかで後発ブランドであるからこそ、はじめからブランディングを意識したスタートを切れた点も成功につながっているかもしれません。
機能改善の競争を重ねてきた大手家電ブランドやメーカーは、後からブランディングについて取り組んではいるものの、やはり機能性を意識した短期的なプロモーションに傾倒しがちです。
バルミューダのサクセスストーリーは、ブランディングに真摯に取り組めば後発の日本企業であっても市場で戦えるということを証明した良い事例でしょう。

安くて便利なコンビニで、上質で統一感のある『セブンプレミアム』を

コンビニ業界のなかでも揺るぎない業績を誇るセブンイレブン。商品開発や店舗サービスで様々な挑戦を続けてきたセブンイレブンが、ブランディングも含めて成功を収めた事例が、『セブンプレミアム』です。

セブンプレミアムはセブン&アイグループのプライベートブランドの名称で、その領域は食品、飲料、日用品などさまざまですが、ほとんどはメーカーブランドの製品より少し安い価格帯に設定されています。
セブンプレミアムの商品はロゴとパッケージで陳列棚で一目見たときのイメージが統一されています。白を基調としたシンプルな印象が、控えめな価格にもかかわらず上質なひとつのブランドとして、セブンイレブンの象徴となりました。
コンビニエンスストアでは、アクセスや利便性とともに、プライベートブランドもその店の価値として重要です。セブンイレブンはそうした業界のなかで差別化を図るべく、パッケージの上質な印象やロゴの刷新という戦略を取りました。

セブンプレミアムの売上はリブランディング後、好調に伸び続けています。ブランディングが本来持つ意味である『他者との差別化』をうまく利用し、最小限の手法がファンを作った成功事例と言えるでしょう。

POLAのリブランディングに見る適切な方針

POLA 『APEX』公式サイト

化粧品ブランドPOLAは、2015年ブランド戦略を刷新し、そのコンセプトとして『Science. Art. Love』を打ち出しました。一人ひとりの顧客にカウンセリングを実施し、その肌に適した化粧品を届けることに注力してきたPOLAは、他社との差別化をその1点にしぼり、かつ洗練することを戦略の軸としたのです。

その戦略がわかりやすく見えるのが同社ブランドラインのひとつである『APEX』です。APEXのパッケージは数字と森羅万象のイメージを併せた幾重にも重なるカラーが特徴で、商品が提供されるごとにそのデザインは変化し、一人ひとりが違うパッケージを手にすることになります。
シンプルさや機能性、安価が重視される風潮のなかで、あえてオンリーワンを狙い、手間がかかること、時間をかけて積み重ねるものを選ぶことの価値観を打ち出したこのブランドは、自らの美しさを選び取ろうとする次世代の女性の生き方とも共鳴するでしょう。

POLAのリブランディングが優れている点は、国内・国外それぞれの競合との差別化をどのポジションで行うか、また、顧客が何を求めているかを正確にとらえている点です。高級志向、日本らしい職人技の持つ独自性、ミドル世代の美的感覚などの要素を点で捉えず、線でつないだ結果がブランドとして開花しました。
ユーザーの視点をおろそかにしがちなブランド戦略において、丁寧なアプローチが光る一例と言えるでしょう。

個人の言葉がアパレルブランド『ha│za│ma』を生み出した


ha│za│maの公式Instagramアカウント

ファッションデザイナー、松井諒祐によるブランド『ha│za│ma』のブランディングは、その運営方法やマーケティング手法と併せて独自の路線をひた走り、成功の礎を築いています。

ha│za│maのブランディングで特筆したい点は、デザイナー個人が運営するSNSがha│za│maそのもののブランドと直結していることです。定期的に開催される受注展示会でも、松井諒祐は全国各地を周り、自分自身の名刺を展示会の来場者に配ります。
ネームバリューのある作り手がアパレルブランドのなかで注目されることはしばしばありますが、作り手の個人的な思いや言葉がそのままブランドストーリーとして機能している例は、極めて稀です。彼はSNS上でファンと直接やりとりし、自分の作るブランドの素晴らしさを語りあいます。彼自身がもっとも自分のブランドのファンであるかのような構造は、とても身近であり、結果としてファンの心をつかむ様相を作り上げています。

運営、製作、プロモーション、ユーザーコミュニケーション、全ての行程が個人によって行われることで紡がれるブランド。それは他者との差別化を一人の人間がどこまでも突き詰めた結果生まれた、個人的かつ新しい形のブランドと言えるのではないでしょうか。

海外トップブランドたちの戯れ

最後に、日本企業の事例では見受けられないユニークな海外企業のブランド展開を見てみましょう。

メルセデスベンツによるBMW100周年記念広告

2016年、100周年を迎えた大手自動車メーカーBMWに、メルセデスベンツから挑戦的な祝福の言葉が寄せられました。「100年間競争してくれてありがとう。君の居なかった30年間は少し退屈だったけれど」というメッセージは、相手に敬意を表すると共に、自らが30年前から自動車業界に君臨していたことをさりげなくアピールしています。

また炭酸飲料水の二大巨頭であるペプシコーラとコカ・コーラは、公式Twitterアカウント同士で事あるごとに対抗し、お互いを挑発しあうようなコミュニケーションを取ることが話題を呼んでいます。

停戦を呼び掛けたペプシ公式アカウントのツイート

コカ・コーラ発祥の地であるアトランタで北米アメリカンフットボールNFLの優勝決定戦が開催された2019年1月、同大会メインスポンサーであるペプシはコカ・コーラに"停戦"を呼びかけ、双方の創始者の銅像が乾杯しあう写真を投稿。更に、その話題性を生かした寄付促進キャンペーンを行い、2社の対話が顧客の慈善活動に通じるよう仕掛けました。

ブランディングに成功してトップを勝ち取った企業は、もはやそのブランドがキャラクターを持ち、他社やファンと積極的なコミュニケーションを取っています。そのやりとりは戦略のもと行われているというよりは、もう少し自然なものであるように感じませんか?
                                        

自然なオンリーワンは、ファンとの共創の先に

ブランディングに成功している企業は、他社と競争するのではなく、他社を差別化の踏み台とし、全く別のフィールドに躍り出ているとも言えるかもしれません。
そのための手法は、ストーリーテリング、語り手である人物のキャラクターを活かす、ロゴやデザインを刷新するなど、様々です。その全てに共通するのは、ユーザーにとっての魅力とは何かをしっかり認識することです。

企業から発信するメッセージはユーザーの行動や心を動かすものでなければなりませんが、それと同時にユーザーのニーズに寄り添う企業であれることも、また忘れてはならない点でしょう。
その相互の適切なコミュニケーションの媒介となるのが、ブランドという概念なのかもしれません。ユーザーが明確にその企業を"認識"できるために、何を語るべきか?
その答えは、ユーザーとの共創のなかに見いだせるかもしれません。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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