【連載】中性化するニッポン 〜なぜ男女マーケに「異性のココロ」が必要なのか〜
こんにちは。マーケティングライターで世代・トレンド評論家の、牛窪(うしくぼ)恵です。連日35度を超えた猛暑が和らぎ、いよいよ秋・9月。もうすぐラグビーワールドカップ2019(日本大会)も始まりますね! 今回は増えつつある「レンタル」「シェア」などの消費行動と、世代や性別について考えてみたいと思います。
NHK総合「所さん!大変ですよ」撮影のスタジオより
秋の恋愛は長続きする?
秋といえば、スポーツの秋、読書の秋、そして食欲の秋と、いろんな言葉が浮かびますが......、もう一つ、実は「恋愛」にも向く季節だということを、ご存じでしょうか?
例えば、「ゼクシィ 縁結び」を展開するリクルートマーケティングパートナーズ(以下、リクルートMP)による調査(15年)。春夏秋冬の四季のうち、「どの季節に始まった恋愛が、長続きするか」を知ろうと、20~30代の独身男女に「恋が長続きした季節」を聞いたところ、「1年以上」の回答が最も多かったのは、「秋から始まった恋」(75.8%)でした。
逆に、一番長続きしにくいのは「春(から始まった恋)」(65.4%)。秋より10%以上少なかったそうです。
秋は、やっぱり人恋しい季節。また、引っ越しや転勤、新入学等が、春ほどは多くない。出逢いのチャンスが限られている分、ビビッときた異性とは「長く付き合いたい」と思うのかもしれません。
12~1月にかけて、クリスマスやカウントダウンなど、イベントが控えているのも大きいでしょう。「クリぼっち(クリスマスにひとりぼっち)」を避けたい、あるいは恋人とカウントダウンコンサートに行きたいなどと考えると、秋から始めた恋を「すぐに終わらせたくない」と考えるのも、うなずけますよね。
とはいえ、ここ数年は「恋愛しない若者」が増え、恋愛熱が冷え込んでいます。クールダウンと言うより、「氷河期」に近いかもしれません。
例えば、国の第三者機関である国立社会保障・人口問題研究所が、18~34歳の独身男女約5300人に聞いた調査(16年発表)。この中で、同男性の約7割、同女性の約6割に交際相手がおらず、さらにその約3割は「交際を望んでいない」ことが分かりました。
恋愛至上主義だった「バブル期」(80年代後半~90年代前半)は、約7割の男女に「恋人がいた」と言われますから、今は真逆の状況ですよね。
恋人をレンタルする時代に
現代は「恋愛氷河期」を反映するかのように、男女関係の「レンタル」「シェア」がドラマのテーマにもなる時代です。
19年7月から放映中の『わたし旦那をシェアしてた』(日本テレビ系)では、女優・小池栄子さんはじめ3人の妻たちが、夫をシェアする妻の役を演じ、16年春に放映された『僕のヤバイ妻』(フジテレビ系)では、俳優・高橋一生さんが「レンタル夫」に扮しました。
振り返ると、恋愛市場に初めて「レンタル」の概念が登場したのは、2012年ごろ。
「恋人代行サービス」と呼ばれる派遣型の接客スタイルが登場し、翌13年ごろから、「レンタル彼氏」「レンタル彼女」などのサービスが、テレビ番組や週刊誌などでたびたび報道され始めたのがきっかけでした。
同業者の多くは、業者の専用サイトに掲載された「恋人役」のプロフィールなどを見て、レンタルする側が「この人がいい!」と指名するスタイル。
その後、日時や場所など条件が合えば、1対1でデートできます。決められた時間中は、二人で手を繋いで街を歩いたり、食事をしたり、あるいはお酒を飲んだり、映画を見たり......と、まさに恋人感覚。
料金は、業界の草分け「レンタル彼氏PREMIUM」の場合で、指名料が1時間あたり7000円~。さらに出張料が、3000円程度(東京23区内)かかります。指名は2時間以上が基本なので、少なく見積もっても、1回あたり1万7000円以上(キャンペーン期間は割引制度あり)。決して安くない値段ですよね。
レンタル彼氏は果たしてアリなのか?
サービス開始から間もない2013年、弊社の某女性スタッフ・A子(20代)が「昨日、レンタル彼氏を取材してきました」と報告すると、ほかの女性スタッフ(おもにアラフォー年齢)が一斉に声をあげました。
「えー?1時間6000円(当時)でしょ。もったいないよね」「ホストクラブみたいで、嫌だー」「それに本当に、そんな"イイ男"が来るの?」
そこでA子が「はい」と専用サイトを見せると、一同の反応は微妙でした。私も覗いてみたのですが......、うーん、確かに彼氏役のメンズは優しそうに微笑んでいるものの、いわゆるイケメンとは違う。
「失礼だけど、この相手に1万円以上支払うのは、確かにもったいないかも......」。
でもそんな考えは、アッという間に覆されました。取材したA子が、彼氏役のB男クンから届いたメールを見せながら、意気揚々と説明し始めたからです。
「ほら、見てください。これが、デートを約束した直後に届いたメール。どうです?優しそうでしょう?」
タイトルは「僕なりに、デートスポットを選んでみました」。見ると、A子が「こんな場所がいい」と条件出しした内容に沿って、B男クンがメールで3つ候補を挙げてきていました。しかも、いずれも親切なURL付き。「私どもで候補をご用意しました。あとはお姫さま、あなたが選んでくださいませ」と言わんばかりの気配りです。
さらにA子の元には、デートの後にもメールが1通届いていました。タイトルは、「ちゃんと帰れた?」。
メール本文は、「ありがとう。今日は楽しかったよ」から始まっていました。デート前には「ですます」調だった文章が一転、いわゆる"タメ口"になっていたのです。
さらに「家まで送ってあげられなくて、ごめんね」「心配でついメールしちゃった」など、まさに女の子が彼氏に言われたいセリフばかり。
メールはラストに近づくにつれ、「楽しかったから、ついタメ口でごめんなさい」と、突如また「ですます」調に戻ります。
そして極めつけは、「A子さんって、お仕事に一生懸命でステキです」「僕も頑張ろうって思いました」「よかったら、また会ってくれますか?」
そう、A子が一番言って欲しかった、そしてたぶん働く女子の多くが「男子に言ってもらいたい」と願う、「君は仕事を頑張っているね」「偉いね」とのニュアンスが、しっかり込められている。そのうえ、「また会ってくれる?」と営業トークにもつなげているのです。これはどうやら、只者ではない!
始めはあれほど、「嫌だ」「もったいない」と洩らしていた弊社の女性スタッフも、「キャー、私も言われたいー」「こんな取材に行けて、羨ましいー」と180度、スタンスが逆転しました。そして、こうも言ったのです。
「考えてみれば、これだけしてもらえて2万円弱って、安くない?」「月1回なら、『エステ感覚』で使えるよね」
恋愛に深入りしない男女
「エステ感覚」とは、どうやら「心のエステ」の意味。いわく、ボディだって月1回程度、エステでリフレッシュするのだから、メンタルにもエステがあっていい。それでストレスが解消できて「明日からまた、仕事頑張ろう」と思えるなら、決して高くないと言うのです。
私は首を傾げて、彼女たち(おもにアラフォー女性)に聞きました。「でもわざわざおカネを払わなくても、リアルの彼氏や旦那さんが、そのぐらい言ってくれないの?」
すると一同、大ブーイング。「言ってくれるわけ、ないじゃないですかー!」。
もっとも彼女たちは、現実の彼氏や旦那さんを責めてはいませんでした。「仕方がないですよ、あっちもいろいろ余裕ないわけだし」「レンタルの彼氏は、プロなんだし」
確かにその通り。多くの恋人代行サービスでは、恋人役を務める男女が一定期間、いわゆる「研修」を受けます。
ボディタッチや「自撮り」等はどこまでならOKか?また、異性はどんなことを言われたら嬉しいのか? ......様々な基礎知識を身に着けたうえで、デートに臨んでいるのです。
また、恋人がいない女性スタッフ二人(いずれも20代)は、「それに、恋愛もレンタルのほうが、気がラク」だと口を揃えました。
「だって、リアル恋愛と違って『後腐れ』ないじゃないですか。どっちがおカネ払うかとか、昨日どこ行ったとかで揉めなくていいし、別れたあともストーカーにならないし」。
まさに1年後、これと同じことを若者から山ほど聞かされた私。おかげさまでベストセラーにもなった『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)で、20代男女に取材したとき、彼らは「現実に付き合っちゃうと、何かと面倒」「それぐらいなら、深入りせず(恋人にならず)に、友達のままでいい」と口ぐちに洩らしたのです。
所有か、レンタルか? 世代と性別に見られる傾向とは
所有するより、レンタルやシェアのほうがいい......。その感覚は、07年に取材した、彼らより1つ上の「草食系世代」(おもに現30代)が、住宅や自動車を評するセリフに似ていました。
すなわち、家やクルマを買う(付き合う)前の段階では「いいな」「手に入れたいな」と憧れる。でも実際に買って(付き合って)しまえば、しょっちゅう気を遣って手入れ(連絡)するなど、何かと面倒だ。買った(付き合った)あと、維持するパワーやコストを考えると、その時々の「気分」に合わせて、レンタルやシェアを利用するほうが、長い目で見て「おトク」ですよね......?
なるほど、確かにその通り。しかも10年ほど前からは、やましたひでこさんが考案した「断捨離」が流行語になったり(10年)、片付けコンサルタント"こんまり"こと近藤麻理恵さんが「ときめく片づけ」の本を出版(10年)して、海外でも大ベストセラーになったりと、「持たない暮らし」を標榜するミニマリストが、世界じゅうで人気を呼ぶようになりました。
11年3月、東日本大震災が起こった後はさらに、こうした「必要最低限のモノで暮らす」との流れが定着することに。家やクルマに留まらず、洋服や家具(インテリア)、そして「恋人」に至るまで、無理してまで「ゲットする(買う)」より、気軽にレンタル、シェアすることが当たり前の時代になったのです。
誰かと競って「ゲット」したいと願うのは、男性特有の「狩猟本能」が成せる業。対するレンタルやシェアは、どちらかといえば「共感」や「協調」を好む女性の感性に近い欲求です。つまり、「買うより借りる」は、中性的な消費スタイルと言えるでしょう。
消費市場が、ゲットからレンタル・シェアに向かった理由は、いくつもありました。例えば、「作って壊して」や「中古嫌い・新しいモノ好き」のバブル世代を、「ああはなりたくない!」と半ばバカにする現代の若者たちの存在。
あるいは、13年7月に登場した、フリマアプリ「メルカリ」であれこれ売り買いする女性、例えるなら「メルカリージョ(女)」の台頭などもそうです。
なぜこうしたサービスがここまで人気を呼んだのか、その理由については、次回のこの連載、そして拙著(『なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?』)でも、詳しくご紹介しています。よろしかったらぜひ、ご一読くださいね!
筆者プロフィール
牛窪 恵(うしくぼ めぐみ)
世代・トレンド評論家。マーケティングライター。修士(経営管理学/MBA)。大手出版社勤務等を経て、2001年4月、マーケティング会社・インフィニティを設立、同代表取締役。著書やテレビ出演多数。「おひとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)は新語・流行語大賞に最終ノミネート。新刊は「なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?」(光文社新書/共著)