2019.08.22

香り市場が『モテたい』から『嫌われたくない』に変化した理由~女性の社会進出と「スメハラ」の舞台裏(後編)

こんにちは。マーケティングライターで世代・トレンド評論家の、牛窪(うしくぼ)恵です。
前回の<前篇>では、2000年代半ばの「ちょいモテ」ブームに代表される「フレグランス(芳香)」の人気から、リーマンショックの翌年(09年)ごろから顕著になったと見られる「デオドラント(消臭)」人気への移り変わりを、おもに景気・経済との関わりから、ご紹介しました。
共通するキーワードは、「モテたい」より「嫌われたくない」です。

NHK総合「所さん!大変ですよ」SP撮影のスタジオより

香りと恋愛の密接な関係

ところで......。香りが「恋愛」にどれほど効果的かについては、ご存じの方も多いでしょう。識者の中には、「香り=惚れ薬」と呼ぶ人もいるほど。私も、レギュラー出演するテレビ番組『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)や、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)などで、何度かお話ししています。

たとえば、イランイラン。世界的に有名なフレグランス「シャネルNO.5」において、主成分として使われている物質です。シャネルNO.5といえば、かのマリリン・モンローや、アニメ『ルパン三世』の峰不二子が愛用していたとも言われますが......、実はそのイランイランの香りをかぐと、男性ホルモンの一種「テストステロン」が刺激されることが分かっています。

男性にとってテストステロンは、自身が「好みの異性」を見たときに多く分泌される物質で、性の衝動と深く関係しています。つまり、イランイラン(シャネルNO.5)の香りを嗅いた瞬間、男性は「いま自分が好きな女性に出逢って興奮している!」と錯覚するのです。
端的にいえば、「恋愛」を重視する女性は、好みの男性を落としたいと思ったとき、イランイランのように「テストステロンが刺激される香り」を身にまとえばいいのです。いわゆるハニートラップですね。

働く女性にとって、「香り」はデメリット?

反面、男性が錯覚を起こすような香りは、職場で「仕事」に集中したい女性にとっては、マイナスに働くこともある。失礼ながら、好きでもない男性に「勘違いされる」リスクがあるからです。
では、多くの女性が職場で「香りによって、変に勘違いされたくない」「仕事に集中したい」と強く願うようになったのは、いつごろでしょう?

それが、<前篇>の最後で「『オス化女子』が話題になり始めた」とお話しした、2011~13年ごろ。
このころ、働くアラフォー前後の女性が、恋愛から遠ざかったり、仕事に没頭し過ぎて生活習慣が乱れたりすることから、「あれ? 私ったら、男性の加齢臭と似たニオイがする」などと、オス化を気にするようになりました。

また、複数の調査でも2011年ごろから、「恋愛より仕事を優先する若者が増えた」との結果が示されました。たとえば、日本生産性本部が「昭和」の時代から毎年続けている、大規模な新入社員への調査です。
この中で、「デートと残業、どちらを選ぶか?」と聞かれて、「残業」を選んだ人の割合は、男性82.4%に対して女性89.8%と、顕著に女性のほうが上回りました(12年調査)。

ちなみに同じ調査で、「デート」を選ぶ男女が最も多かったのは、1990~91年(平成2~3年)のバブル期です。このころ、「残業」派は6割しかおらず、近年1~2割に留まる「デート」派は4割に達していました。さすが、恋愛至上主義とも呼ばれた時代ですよね。

ところが、その後はバブル崩壊と共に「残業」派が急増。もっとも02年ごろまでは、まだ「残業」派が8割にも届きませんでした。
そう考えると、いかに11~12年には「残業」派が多かったのか(男性で8割強、女性で9割弱)が、よく分かります。

その2年後の14年、安倍首相は国会の所信表明演説で、「女性が輝く社会」の構築をテーマとして挙げました。以来、「女性活躍推進」が政策の一つの柱になったのは、周知の通り。
つまり、2010年前後から現在に至るまで、リーマンショック後の景気減速や、女性の本格的な社会進出などにより、働く女性にとっては「香り」のメリット(恋愛)より、デメリット(男性による勘違いリスク)のほうが膨らんでいった。結果的に、女性の間で「フレグランスよりデオドラント」の流れが波及していったのでしょう。

ハラスメントの社会問題化と拡がり

一方で男性は、90年代後半から本格化した「○○ハラ(○○ハラスメント)」と呼ばれる様々な問題と向き合っていくことになります。

ハラスメントの代表といえば、「セクハラ」。いまや、当たり前のように使われている言葉ですが......、皆さんは、いつごろからメジャーになったか、ご存じですか?
実は、日本で「セクシャルハラスメント」という言葉が一気に広まったのは、1989年。イケイケドンドン、「24時間戦えますか」などと言われた、バブル最盛期です。ちょっと意外ですよね。同年、この語が新語・流行語大賞の「新語」部門で、金賞を受賞しました。

とはいえ、バブル期(1989~91年)の企業各社は、まだ「うちもセクハラ対策をしないとヤバいぞ」とまでは考えていませんでした。私もまだ20代前半で、大手出版社にいたころです。当時、酷いセクハラに何度も遭いましたが、社内には「まぁまぁ、その程度のことで騒ぐ必要もないじゃないか」といった雰囲気が蔓延していました。メーカーや商社に勤めていた友人も、同様です。
当時は、コンプライアンスの部署を設ける企業などほとんどなく、インターネットもSNSもまだ普及していませんでしたから、声をあげようにも難しかったのです。

ところが96年、日本企業を大きく揺るがす出来事が起こります。それが、ある自動車メーカーのアメリカ法人で起きた、大規模な「セクハラ訴訟」。結果として、同企業が女性たちに支払うことになった対価は、3400万ドル、日本円に換算して、当時の約49億円にのぼりました。
このとき、「こんなに支払わされることになったら、たまったものじゃない」と痛感した企業も多かったでしょう。「だからセクハラはダメ」という問題ではないのですが......、それでもこの事件によって、企業は「セクハラは自社ブランドを毀損し、場合によっては膨大な対価を支払わされることにもなる」と気づいたはずです。

ほぼ同時期の97年、政府は86年に施行された「男女雇用機会均等法(均等法)」の改正に乗り出します。このとき、いわゆる「男女差別」が明確な禁止事項になったのと同時に、職場における「性的嫌がらせ」への配慮も、法に盛り込まれました。
さらに2000年代に入ると、セクハラだけでなく「パワハラ(パワーハラスメント)」が社会問題となり、企業各社はセクハラ・パワハラ防止のガイドラインを強く意識し始めます。
そして00年代半ば以降は、「え? それもハラスメントなの?」と戸惑うほど、「○○ハラ」といった言葉が、加速度的にどんどん増えていったのです。

おそらく大きな要因は、インターネットの浸透・拡大やSNSの登場・進化によって、キーワードが一気に広まる時代になったからでしょう。
ちなみに近年は、「道徳(モラル)」を理由にした言葉(説教)や態度で嫌がらせをする「モラハラ」や、女性が「妊娠(マタニティ)・出産」を機に、職場で嫌がらせなどを受ける「マタハラ」、あるいは独身者に対し、「まだ結婚しないの?」「いい人紹介しようか?」など、「結婚(マリッジ)」を理由に責めたり詮索したりする「マリハラ」など、「○○ハラ」は枚挙にいとまがありません。

香りを消す行為=「中性化」

本稿の主題、「スメハラ(スメルハラスメント)」もその一つ。体臭や口臭など、身体から発せられるニオイによって周りに不快な思いをさせることを指す言葉で、<前篇>でもお伝えしたとおり、サービス業などでは既に「スメハラ対策」に乗り出す企業もあります。

たとえば、パナソニック。2018年1月15日号の『日経ビジネス』(日経BP社)によると、同社が数年前から配布するマナーブックには、同社に勤務する従業員に聞いた「気になるニオイ」の項目が書かれているといいます。
一例が、「タバコのニオイ」や「汗のニオイ」、そして「きつすぎる香水のニオイ」など。そう、ビジネスシーンでは体臭や口臭だけでなく、「きつすぎる香水」にも配慮が必要との見方があるのです。

また、化粧品メーカーのマンダムが、働く男女約1000人に行った調査(17年)でも、回答者の6割超が「同僚の体臭や口臭などのニオイが気になる」と回答。いわゆる汗や身体のニオイ以外で「気になる」としてあがったのは、「香水・化粧品」が3割、「柔軟剤・芳香剤」が1割でした。
つまり、たとえ「好みの異性を落としたいから」と考えて、「ちょいモテ」風のセクシーな香り、あるいは男性を勘違いさせるイランイランのような香りを身にまとったとしても、職場の誰かに「香りがきつい(強い)」と感じられたら、「スメハラ」になりかねない。
そのリスクを冒すぐらいなら、初めから「芳香より消臭」で、香りを"被せる"よりニオイを"消す"ほうが安全ですよね。

このようにバブル崩壊後、不況や災害、女性の社会進出や「○○ハラ」など、様々な要素に翻弄されてきた男女。彼らは香りにおいても、自分たちの男性性や女性性を強調するより、むしろ性的な要素を「消す」、すなわち「中性化」へと、向かってきたのです。

さらにここ数年は、もう一つ、ネットやSNS、あるいは「シェアリングエコノミー(モノやコト、場所などを多くの人と共有・交換して利用する社会的な仕組み)」の登場によって、「男女の消費」に大きな変化と差異、中性化がもたらされました。
次回は、シェアリングエコノミーの代表格「メルカリ」を例に、その変遷と男女のナマの声をたっぷりご紹介します。どうぞお楽しみに!

筆者プロフィール
牛窪 恵(うしくぼ めぐみ)

世代・トレンド評論家。マーケティングライター。修士(経営管理学/MBA)。大手出版社勤務等を経て、2001年4月、マーケティング会社・インフィニティを設立、同代表取締役。著書やテレビ出演多数。「おひとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)は新語・流行語大賞に最終ノミネート。新刊は「なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?」(光文社新書/共著)

講談社が提供する各種プロモーションサービスのご利用に関するお問い合わせ・ご相談はこちら