2019.07.09

<第1回>SNSマーケティング(後編)|新時代のマーケティング戦略論

マーケティングの様相の変化をキーワードと共に考えるコラム連載。初回のキーワードは「SNS」です。
前編ではSNSユーザーのニーズをふまえた上で、マーケターがどのようにユーザーとの関係性を構築すべきかを考察しました。ユーザーの承認欲求を満たし、コミュニティ形成をサポートするような戦略が、今後のSNSマーケティングの成功には不可欠です。後編ではSNSのトレンドやプロモーションの具体例からユーザーを巻き込む法則を紹介し、SNSを主戦場としたマーケティングに必要な観点を考察します。

自己承認欲求をどう料理するか/令和時代のSNSマーケティング戦略を考える

(後編)SNSのリアルとは。黙するフォロワーの声を引き出す方法

「お金を払うから教えたい」著名人が教えてくれる、SNSマーケティングの荒業

「僕が10000円払うので、僕にサッカーを教わりたい人っていますか?ただ条件があって本気でワールドカップを優勝したいという人に限り、そして僕が教えたい人を好きに選びます!僕がお金を払って教えます!」


 
サッカー選手の本田圭佑さんのこの投稿は、Twitter上で瞬く間に広がり、リプライ欄には希望者の声や投稿に乗じた宣伝が1万2000以上も寄せられました。お気に入り登録数やリツイート数もさることながら、これほどに多くのメッセージが寄せられる投稿は珍しいでしょう。

その直後、Twitterに「僕が〇〇円払うので」から始まるツイートが多発しました。投稿主は各領域で専門性や強みを持つインフルエンサーが中心で、お金を支払って誰かにその専門性を提供することを提案する点で共通しています。一見ギブとテイクの釣りあいがまったく取れない交渉のように見えますが、この投稿は彼らにとって2つのメリットを生み出しています。

1つは影響力です。著名人が同時多発的に投稿した「僕が〇〇円払うので」というテンプレートはトレンド化し、ユーザー層を問わず広く拡散されました。自らフォローする対象を選べるSNSでは、自分に属する業界以外への認知拡大やフォロワー創出が難しいこともありますが、今回彼らは悠々とジャンルの壁を越え、自らのアピールポイントを他業界に認知させることに成功しています。

もう1つは沈黙するフォロワーの能動性を引き出すことです。SNSは誰に対しても言葉を投げかけるチャンスがある一方、閲覧に徹し、黙し続けることもできます。しかし、沈黙の継続はフォロワーの心的距離を広げ、フォロイーの影響力を減衰させます。

したがって、フォロイーが影響力やフォロワーの興味関心を維持させるためには、フォロワーと対話を図る施策が必要です。具体的な手法は質問やアンケート、RT促進キャンペーンなどが一般的でしょう。

しかし、従来の手法ではフォロワーの承認欲求を満たすことができません。フォロイーはフォロワーとの対話に割くリソースが限られていますし、フォロワーの一方的な反応を求める場では対話が成立しないからです。

今回の「僕が〇〇円払うので」というテンプレートの投稿は、フォロイーのジレンマを合理的に解決するひとつの回答でした。フォロイー側が対価を支払うという条件でフォロワーの従属性を壊し、1対1の承認という直接的な欲求解消案を提供することで能動的な反応を引き出しています。

更に、専門的なスキルを教えるという条件は、フォロワーの目を自己実現欲求へ向かわせる効果もあります。今回の企画に便乗するためには、何かを本気でやりたいからプロに教わるという覚悟がなければいけません。

「僕が〇〇円払うので」のトレンドは一部のインフルエンサーによって瞬時に消費され、数日で終わりました。生々しい手法によって増やしたフォロワーや反応数を疑問視する声もありましたが、今回の投稿に対して多くのSNSユーザーが行動を起こしたという事実は注目するべきでしょう。

なりたい姿になれない姿―SNOWのTwitterプロモーションに見るシナジー効果

スマートフォンアプリSNOWは、10代~20代の女性がかわいい自分を作り出すために使う写真加工アプリです。目を大きくしたり顔の輪郭を細くしたり、はたまた動物に変身したりと、どんな顔でも思い通りに加工できる点が優れています。



SNOWはターゲットと同世代のYoutuberをプロモーションに起用し、彼らがSNOWを使ったレビュー動画をTwitterプロモーション広告枠に掲載しました。SNSマーケティングの手法としては、目新しい事例ではないでしょう。

特筆したいのは、彼らの特徴です。体型がふくよかであったり、"ブサイク"を強みにしていたりと、SNOWが目指す容姿とはかけ離れた面々が起用されています。

起用の意図はビフォーアフターの差が如実に出るからだろう、と予想して動画を見てみると、そこまで変化がありません。つまり、いかにSNOWと言えど、いわゆる"SNOWらしい完璧な姿"を手に入れるためには限度があるというオチが待っているのです。

このプロモーション投稿には多くのリプライが寄せられています。SNOWを使ってすら変われない容姿への嘲笑や皮肉に反する形で、加工プロセスを楽しむYoutuberへの好感や共感を示すパターンが目立ちました。さらに、SNOWの機能が作る美より、彼らがその機能を精一杯楽しもうとする姿が美しいという意見まで現れます。それぞれのYoutuberのファンが、彼らをヘイターから守る構図が作られたのです。

SNOWは写真加工アプリの中でも際立った顔の加工機能があることから、「実物の顔がわからない」、「人間離れして気持ち悪い」などの批判が寄せられることもあります。SNOWが目指すかわいい姿をプロモーションに使えば、こうした批判を強める可能性があるうえに、SNOWユーザーの美しさのハードルを高めてしまう恐れもあります。その点、美醜についての議論からSNOWユーザーの在り方に論点を転じたのが本プロモーションの興味深い点です。

そもそもSNOWユーザーがアプリを求める理由は、自信がない自分の容姿を変えたいからです。言い換えれば、SNOWが提供しているサービスの本質は、変われる自分を手に入れるプロセスそのものです。結果ではなくプロセスを楽しむYoutuberの姿は、SNOWがユーザーに届けたいものが何であるかを的確に伝えています。

また、今回のプロモーションに対して寄せられた「SNOWを使って変わろうとしている姿そのものがかわいい」という意見は、潜在顧客へのエールになります。容姿に自信がないことに葛藤する自分を認めていいのだと安心したユーザーは、数多くいるのではないでしょうか。

SNSユーザーの自発的な反応を生み出し、その反応が顧客の承認欲求を間接的に満たすところまで組み込まれた本事例は、極めてシナジー効果が高く、SNSマーケティングの本質をつかんだケースだと考えられます。

3日で5万人フォロワーが増えた女子大生―新世代インフルエンサーの登場

ちょうど平成が終わる頃、一人の女子大生くつざわさんの投稿が瞬く間に拡散されました。内容は日常的によく見る人の行動をモノマネした動画。決して目新しくない手法ですが、その動画はSNSにいる大多数が等しく笑える内容であり、彼女の観察眼やネタ選びの才能は一瞬で人を惹きつけるものでした。彼女は「3日で5万人フォロワーが増えた」という業績をプロフィールに掲げ、現在もフォロワー数を増やし続けています。

くつざわ公式ウェブサイト

投稿が拡散されて間もなく、彼女には担当マネージャーがつき、プロフィール写真はプロの撮影したものに切り替わり、ウェブサイトが誕生しました。そのスピード感や段取りの良さも、類を見ないものです。そして、ウェブサイトのAboutページのプロフィールは、「インフルエンサーと括られがちだが、SNSマーケターとして表舞台に立ちたい。」と締めくくられています。

くつざわさんは本コラム前編で伝えた「インフルエンサーは同時に優れたマーケターである」という言説を、自ら意図する新世代のインフルエンサーです。彼女が動画投稿を開始したのが2018年冬で、分析と定期的な投稿を続け、バズったのが2019年春。半年も経たずに結果を出した彼女の戦略は正しく、まさにSNSマーケターとしての力量を体現しています。

フォロワーが9万人を超えた今も、彼女はリプライやDMに対してまめな返信を続けます。脈絡のない批判でさえ笑いを生む返信をすることで、フォロワーの承認欲求を満たす対話すらもコンテンツ化しています。

彼女の表立ったプロフィールには際立ったスキルやキャリアはありません。ただ面白く、一人ひとりに対等に接する姿勢が彼女の魅力です。彼女のふるまいからは、まるで隣にいる友達のような親近感を感じられるのです。

もちろん彼女は企画戦略の面で優れた才能がありますが、心的に彼女の存在を遠ざからせない身近なキャラクターが、その非凡さをうまく隠しています。

SNSを利用するユーザーの多くが「知人の近況を知りたい」からSNSを使っているのならば、何故インフルエンサーは誕生するのか? そう考えてみると、今SNSユーザーが求めているのは、近況を知りたいと思える優れた知人なのではないかという仮説が浮かびます。これまで成功してきたインフルエンサーは、SNSユーザーが望む優れた知人像に合致しており、会ったことがなくても知人と認識できる親しみや共通点があるのではないでしょうか。

そのニーズを分析からつかみ取り、直接的に欲求を満たすアカウントを運営することで成功しているのが、くつざわさんです。SNSマーケティングが次の時代に目指すべきものの骨子が、彼女の成功に凝縮されています。

SNSユーザーの欲望に根を張るSNSマーケティングを

SNSは、ユーザーのパワーがあるからこそマーケティング手法が生まれます。その前提を考えるならば、企業と顧客間での需要と供給の循環図とは別に、SNSユーザーの課題や欲求を企業がどう解決するかという軸を作ることも、SNSマーケティングには必要でしょう。

SNSユーザーが求める表面的な行為は個人間のやりとりや近況報告ですから、それらに対して企業が突然介入するのは難しいでしょう。一方で、その行為の根幹にある欲望を分析し、企業の持つ影響力や商材を利用することで、その欲望を満たす手法が見つかる可能性もあります。

SNSユーザーが声を発し、行動を伴うとき、そこには意志が存在します。その意志こそが、生々しい彼らの欲望や本音をはらむものであり、リアルです。そのリアルを注意深く観察し、コミュニケ―ションを取ることから、次世代のSNSマーケティングは始まります。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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