企業や事業体がマーケティング用の動画を制作するケースが増えています。C-stationでは、これから制作に取り組むつもりというユーザーの方向けに、動画マーケティングの基礎をシリーズで紹介していますが、今回のテーマは「海外で、どのような動画が話題になったか」。海外で制作された5つの動画を紹介し、そのエッセンスをレポートします。
かつては広告といえば、ダイレクトメールやチラシ、新聞や雑誌への出稿といった紙媒体、街頭看板をはじめとする交通広告などが主流で、その上に、大きな影響力をもって広がるテレビCMが君臨するという状況でした。
多くの人にリーチできるテレビCMは、費用も高額で出稿できる企業は限られ、リソースに余裕のない事業者には遠い存在だったのも事実です。それがネット広告の誕生によって大きく変化し、小規模事業者でも世界にアピールすることが可能となりました。さらにネット広告の市場も、テキスト主体の広告からリッチコンテンツへ進化。デバイスや通信環境の発達・普及とも相まって、近年は動画マーケティングが最も業界でホットな領域になっています。
海外でも市場の成長速度は急速で、国内にはみられないスタイルのプロモーションやクリエイティブが日々誕生しています。グローバル展開を目指す企業はもちろん、その多様なアプローチは幅広い事業者にとって大いに参考となるでしょう。以下の5作品は、中でも最新のトレンドをいち早くとらえ、世界で"バズった"動画広告、広く人々の心をつかんだ動画広告です。それぞれの特徴と成功の秘訣をご紹介します。
仕組みを作る! カンタス航空の『Out of Office Travelogue』
Introducing Qantas Out of Office
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最初の事例は、カンタス航空の『Out of Office Travelogue』。こちらはオーストラリアの若年層でとくに利用度が高いInstagramを活かし、休暇旅行中であることを知らせる不在連絡メールと連携させたオリジナルのプラットフォームをツールとして提供。1件1件に広告費をかけることなく、ユーザー行動を次なる顧客への宣伝にしてしまうという仕組みを生み出しました。
その斬新な発想から「Facebook Award 2017」で、心を動かす驚きの優秀広告として高く評価され、「Wow」部門受賞作品に選ばれています。仕組みをもう少し詳しくご紹介します。
まず、メールアドレスとInstagramのアカウントを連携させます。すると、旅行中にInstagramへ投稿した内容が、ハッシュタグで不在メールに自動でリンクされ、添付メールとして送信(連絡への返信として送付)されます。旅行中のユーザーは、いちいち現実に引き戻されるような仕事の連絡を行う手間が省け、休暇を満喫できます。一方、不在の返信通知を受け取った側は、相手が休暇旅行中であることを知るだけでなく、素敵な体験をしていることを画像でダイレクトに感じ、自分もそうした旅行に行きたくなる、というわけです。
面倒だった連絡が、旅の魅力を伝え、"出かけたい"というモチベーションを連鎖的に向上させる旅行記コンテンツとなる。それもリアルな知人・友人によるものだからこそ、宣伝の押しつけがましさもなく、身近で好意的に受け止められやすいところがポイントです。旅行中のユーザーは、メールの自動送信前にプレビュー確認を行うこともできるので安心、休み明けの話の種にもしやすく、ビジネスコミュニケーションを円滑にできるなど、多くのメリットを享受できたようです。
若年層が休暇の旅行先を決める際、最も参考にするのは「同僚や友人の意見」という調査結果をもとに発案された仕組みの広告で、カンタス航空を利用することにより、まだ見ぬ世界へと踏み出せる、新しい体験がすぐその先に待っているんだというイメージを広く定着させることに成功し、実際の予約数アップという着実な効果が確認されたと報告されています。
日本国内では、休暇の"楽しい"アピールが嫌みに受け取られかねないと感じた向きもあったようですが、海外ではおおむね好評で、斬新なアプローチが注目されました。
ハイネケン・共感が広がる社会派広告の成功例!
Worlds Apart #OpenYourWorld
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2例目は、オランダのビールメーカー「Heineken(ハイネケン)」の『Worlds Apart #OpenYourWorld』です。昨今は世界の分断が大きな問題として取り上げられることが多く、企業広告にもそれを踏まえたクリエイティブが増加しました。
しかしそうした社会派のメッセージ広告は、受け取り方も多様なぶん、一歩間違うと大炎上にも結びつきやすく、実際に大手企業で謝罪、撤回となったケースもみられ注意が必要です。その一方で、大きな成功を収め、絶賛の評価を多数得たのが、このハイネケンの広告でした。公開後4ヵ月で約1,400万回の再生数、およそ65,000のいいねを獲得しています。
広告内容は、ある実験ビデオの形式で、フェミニストと反フェミニスト、地球温暖化に懐疑の念を抱く人と熱心な環境活動家、トランスジェンダーとその存在に違和を抱くトランスフォビアなど、いずれも正反対の価値観や考えをもつ初対面のペアが集められます。
最初は何の説明もなく、共同作業を命じられ、指示に従って場をセッティングしていきます。たわいない会話で少しずつ打ち解けてきたところ、互いが真逆の思想をもった者同士であることが急に提示されます。凍りつく空気に見る側も、どきどきさせられますが、そこに地球儀の中で冷やされた「ハイネケン」ビールが登場。
2人は最後に開けた指示カードで、その部屋を去るか、それともビールを片手に話し合いをするか、選択を迫られます。結果は、みなハイネケンでの乾杯に。激しい口論になることもなく、冷静に互いが意見し合い、オープンに違いを認めながら理解を深めていくのでした。
ハイネケンのビールはただの飲み物じゃない。会話を円滑にする効果があり、コミュニケーションを円滑にし、人を繋ぐ力がある。そうした世界観をうまく描き出し、「心を開けば、世界が変わる」というメッセージを、ブランドスローガンとして訴求しています。この動画は、品がある、社会問題を深くうまくとらえていると世界中から高評価を受け、大いに企業イメージの向上、ブランド力アップに貢献するところとなりました。
これはやりすぎ? ドッキリで話題のLG
Ultra Reality: What would you do in this situation? - LG Meteor Prank
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3例目は、韓国の大手家電メーカー、LGエレクトロニクスによる『Ultra Reality:What would you do in this situation?』です。最新の84インチ薄型テレビを宣伝するコンテンツとして制作されたもので、まさかのドッキリをとらえた面白さが話題を呼び、YouTubeで24,810,555回もの再生数をたたき出しています(2019年2月27日時点)。16万のいいね、2,629件のコメントも寄せられました。
この動画以前に公開された広告でも、自社製品におけるモニタの画質の鮮明さを鍵に、斬新な企画を多く展開させてきたLGらしく、この作品でも振り切ったアイデアのドッキリプロモーションを決行しています。
舞台はチリ。どこにでもありそうな就職面接の会場、宣伝商品のテレビ大型モニタが、参加者には秘密で部屋の壁に設置されます。見た目は本物の窓のようで、外の風景と見まがう映像が映し出されています。緊張感のある空気の中、求職者が入室して普通に面接が進んでいくと思われたところ、面接官の後ろにある窓に見せかけたモニタの空が、左上から徐々に赤みを帯びてきて......現れたのはなんと巨大隕石! 突如落下してきた隕石に、みな大パニックとなります。パニック状態の後、真っ暗になった部屋を不安そうに彷徨う、何も知らない求職者たち。
そこへ面接官ら仕掛け人が登場して、ドッキリの種明かしとなります。かなりやりすぎ感もある内容ですが、ユニーク広告として話題になり、多くの視聴者を獲得。反響もおおよそ好意的で、面白いと肯定的に受け止める意見が多数となりました。
本当の景色と思わず間違ってしまう、まさに驚きのRealityで迫る映像美を、ごく薄型で実現するこの製品ならでは、という企画。最後は「Ultra Realityの世界にようこそ」というキャッチーなコピーで、製品の特徴を強く印象づけています。
ダイレクトな魅力の訴求とリサーチを同時に! GoPro
GoPro Fusion: Relive Reality
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4例目は、広告クリエイティブを多角的に活用した、ウェアラブルアクションカメラのGoProによる『GoPro Fusion:Relive Reality』です。チャンネル登録者数で669万という大きなコミュニティを形成し、GoProの利用者や購入検討者に広く共有されています。
この動画クリエイティブは、まとめ動画プラットフォームとして公開されており、ユーザーそれぞれから自分のカメラで撮影した動画を投稿してもらうことで成り立っています。100万を超える再生回数を獲得した動画も多く、高い関心が寄せられていることが分かります。
雲の中を滑空していく、ここでしかできないであろう体験がリアルに満喫できる動画や、街中の風景を切り取ったもの、川下りや雪山のパラグライダーといったアクティビティを撮影したもの、動物の生命感が生き生きと伝わるものなど、どれも見応えがあります。
投稿動画を通して、製品における画質の鮮明さもそのまま実感でき、視点を好きなように動かしながら楽しめるため、360度カメラならではのよさを、身をもって感じられます。こうした製品がもつ魅力は、実際に撮影された結果を通じてダイレクトに理解されるところとなり、強いアピール力でリーチ層の購買意欲を高めるものになっていきます。
この特徴だけならば、通常の動画広告とあまり変わりませんが、このクリエイティブの大きなポイントは、商品魅力の訴求と情報拡散という第一目的だけでなく、同時にコメントや評価から市場動向をチェック可能なリサーチの場としても機能する仕掛けになっている点です。広告コンテンツを最大限に活用し、次のプロモーションや製品開発につなげていく、優れた事例といえるでしょう。
ストーリーを丁寧に描く、シンガポールテレコム
Mr Lim's Reunion Dinner
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最後の事例は、シンガポールテレコムの『Mr Lim's Reunion Dinner』。通信会社として、人と人とのつながりに重点を置き、旧正月をテーマに家族の絆を感じ、考えさせる動画広告です。その優れた演出とストーリー性で注目され、YouTube上で1,428,905回の再生回数、4,050いいね、410件のコメントを獲得しています(2019年2月27日時点)。
動画は、シンガポールで暮らす1人の高齢男性を映し出すところからスタート。それぞれ外国に暮らす子どもたちが、旧正月に帰ってくることを楽しみに、市場で買い物をするなど準備をしながら、日常が過ぎていきます。
旧正月がいよいよ迫る中、子どもたちから連絡が。聞くと、みな仕事で帰れない、ディズニーランドに出かけるなど、帰省しないといいます。家族が集い、春節を祝う食卓を囲むのが当たり前、普通の幸せだった時代が過去のものになっている、そうした現代世相を反映した内容です。
子どもたちの幸せを願い、淋しさを隠して強がる男性。1人用意したご馳走を前にこみ上げる思い......見る者の心も締めつける展開で、ラストが気になりますが、最終的にはバラバラだった家族が連絡を取り合ってサプライズ帰省。帰るはずではなかったにもかかわらず、用意された数多くのご馳走を前に、親の思いをかみしめることとなった子どもたちの心にも温かな思いが広がり、見る者にも感動の輪が広がっていく内容です。
最後は「家族が大切、つながり続けること」というストレートなメッセージを伝え、絆やつながりの本質、心の交流を丁寧に描き出しました。身近な春節というイベントをテーマに、映画のようなクオリティで優れたストーリー性をもった現代的コンテンツとしたことで、感動や共感から広く話題となり、企業イメージのアップに成功しています。
ターゲット層や商品の特性を考えた上で、参考に!
どの動画広告もそれぞれ個性的なアプローチで迫り、広く話題を呼ぶクリエイティブになっています。既存のプラットフォームをベースとしながらも、新しい仕組みに昇華させたり、単なる宣伝以上のツールとして用いたりするカンタス航空やGoProのスタイルは、成功した場合、高い費用対効果を得られるでしょう。
また、製品の特長を活かした訴求は広告の基本であり、ただそれを訴えるだけでなく、振り切った手法で一気に注目を集めるLGエレクトロニクスのような展開は、ネット動画広告との相性の良さもあり、王道のアプローチともいえます。今後も多く制作されると見込まれる、現代社会を反映させたタイプの動画広告では、ハイネケンの姿勢や、ストレートでも丁寧に描き込むシンガポールテレコムの手法が、大いに参考になるでしょう。
ターゲットとしたい層や広告掲出の目的、商品の特性などをよく考え、適したスタイルから学んでいくと、より成功を引き寄せやすくなるのではないでしょうか。