2018.05.18

コミュニケーション専門部門が消費者の細かな悩みに対応!│アース製薬社長インタビュー(後編)

コミュニケーション専門部門が
消費者の細かな悩みに対応!

川端:我々はごきぶり対策でも同様の提案をしています。例えば「見るのも嫌だ」という方には「ブラックキャップ」がおすすめです。彼らがブラックキャップの中のエサをたべると、しばらく経って外で効き、集まってきた仲間も退治できます。知らない間にとれているのがいい、という方なら「ごきぶりホイホイ」、部屋中をケアしたいんだ、という方には、くん煙剤の「アースレッド」、出てきたやつを退治する場合は「ゴキジェットプロ」ですよ、と。

夏目:しかし、多様な商品を準備すると、お客様に伝わりにくくなりませんか?

川端:そこで、お店の方向けに勉強会を開かせていただいています。店頭――我々はリアルと呼んでいますが、ここには常にお客様の悩みが寄せられます。それを聞かせていただき、同時に「この商品はこんな悩みにも応えられますよ」とお伝えしているんです。当社には、このコミュニケーション専門の部門もあるんですよ。当然、SNSやホームページも充実させ、お客様と双方向のコミュニケーションがとれるようになっています。

夏目:一方で、新たな薬剤の開発なども行っているんですよね? これは、先ほどのお話にあったホームランにあたるものだと思うんですが。

川端:もちろん進めています。昨今は温暖化の影響もあり、デング熱、ジカ熱といった、これまで日本になかった感染症が入ってきつつあります。また、インバウンドの方が増え――もちろん訪日客が増えるのはすばらしいことですが、日本になかった病気や害虫が入ってくるリスクも高まっています。ニュースで話題になったヒアリもそうですよね。
これらに対し、当社はおもに海外の企業のM&Aによって対応しています。

アースグループの研究者が一堂に会する発表会
「Inspire One Earth」での記念写真(前列中央が川端社長)

海外進出のキモは
「海外」でくくらないこと!?


夏目:なぜM&Aなんでしょう?

川端:理由は簡単で、研究用であっても、有害な外来種は日本に持ち込めないんです。もし持ち込んだら、そこから繁殖する可能性が排除できませんからね。そこで、タイやベトナムの企業を買収して研究を進め、万一、日本に入ってきたらすぐこれを用いる、という体制を築いています。

夏目:なるほど。

川端:当然、我々は世界各国で商品を販売しているので、M&Aは販路の確保という意味でも大切です。しかし世界各国に拠点を持って、それぞれの気候、風土に合わせた研究を行うことが非常に重要なんですね。
しかも、承認されている薬剤は国によってまったく異なります。同じ人間なので、どこの国の方にも同じように作用しますが「向こうでは許可されているけど日本では売れない」とか、その逆とかいろいろあるんです。だから、現地の承認を持っている会社を買収できれば大きいし、日本で開発された薬剤を現地で承認してもらう場合も「この国ではこういう治験をして、こういうデータを集めれば承認される」といった進め方がわかるのが大きい。だからM&Aが有効なんです。
当社が未知の脅威にも対応する先進性を持っていることは、あまりクローズアップされませんが(笑)。

夏目:もしかして、海外から害虫が入ってきても、おおよそ対処できるとか?

川端:風土病にかかった方の治療は医薬品の世界ですが、媒介する虫のケアは我々の領域で、こちらはほとんど準備できていると思います。

夏目:新たな害虫に来日してほしくはないけど、もし時代が動いたら――環境に大きな変化があったら画期的な商品が出せるわけですね。
では、海外進出の現実を教えてもらってもいいですか? 今後、日用品の業界も海外進出が盛んになると思いますので。

川端:まず「海外」とひとくくりにしないほうがいいですね。

夏目:あ、なるほど。

川端:例えばベトナムって、30~40年前の日本に似ているんですね。まず生活していくなかで、ごはんを食べ、服を着るのが重要で、そのへんに虫がいても「それより食べること」という段階なんです。この国に高額な虫ケア用品を売ろうと思っても難しい。また、タイでは虫ケア用品は売れるんだけど、生活のシーンごとに使い分ける、という段階まで進んではいません。ゴキブリ用、ハエ、蚊用のエアゾールは売っていますが、本来は虫が出てから対処するだけでなく、予防できたほうがいいに決まっています。しかし、市場が成熟していなかったから、最近販売を開始したばかりです。

夏目:日本が進んでいるからといって、日本の商品を持っていけば売れる訳じゃないんですね。

川端:そこで、当社はタイで商品発表会を始めました。現地にはこういう文化がなかったから成功するかどうかはわかりませんでしたが、うまくいかなければやめればいいだけ。そして実施してみたら、小売店やマスコミの方に多数参加していただけ、盛り上がりました。タイではそろそろ「出たら対処」と「予防」の2つくらいに分かれてきた、という段階です。
我々は「日本でこういう商売をしているので、現地でもこうしてくださいね」といった形で海外に進出しません。現地の企業に大きな権限を持ってもらって、お互いが技術をシェアして「これは使える」となったものを使っていくほうがいいと思います。

夏目:文明論みたいになってきましたね。ニューギニアの人は、算数のような先進国の人間が得意なことはあまりできないけど、電気を使わず火をおこす、といったことは我々より得意で、いわゆる「先進国」とそうでない国は上下の関係にない、と聞いたことがあります。

川端:日本の虫ケア用品は優秀で、よく効くし、非常に安全です。日本人は「万が一」を考えるから、間違って体に入っても、肌につけても大丈夫なようにつくります。でもこれは、日本独特の良さなんですよ。例えば東南アジアでは「飲んだ人が悪い」「それよりも安いものを」となりますから、価値観を180度変えて望むくらいの覚悟でなければ失敗します。日本で暮らしていると、ワンプッシュで24時間蚊を駆除する「おすだけノーマット」が一番便利に感じるかもしれませんが、家屋の気密性が低い国、風通しをよくしないと暑い国では、逆に不便かもしれません。こういった様々な事情を大切にするためにも「海外」でひとくくりにしてはいけないと思うんです。

「虫ケアの売り上げが1割程度」
の未来も視野に!?


夏目:では、将来の話も聞きたいんですが、川端さんは、日用品の業界はどうなっていくと思いますか?

川端:これからもお客様のニーズは変化し続けるでしょう。もしかしたら「ごきぶりホイホイ」だって捨てないといけない未来だってくるかもしれません。そんなとき、捨てる覚悟があるかどうかが問題です。「この商品はうちの土台を築いたものだから捨てられない」などと言っていたら成長はありえません。また「これはうちの分野じゃないから」という先入観も捨てるべきです。
私が入社した25年前は、当社の売り上げの9割を虫ケア用品が占めていたんです。だから冬場は営業に行くと「まだあんたの季節には早いやろ」なんて言われていました(笑)。ところが、時代の変化と共に経営環境が変わり、現在、虫ケアの売り上げは――シェアナンバーワンになったにも関わらず、グループ連結で3割程度しかないんです。ここから10年後「虫ケアの売り上げは1割程度」といった未来がきてもおかしくありません。

夏目:業際化が進んでいるから「うちの分野じゃない」と遠慮する必要がないんですね。貴社も社名に「製薬」と名がついていますが、企業のカテゴリーでは「化粧品・トイレタリー」に入ります。シナジーが出せること、蓄積した経験が活きることはどんどんやっていくべき時代なんでしょう。
そういえば、貴社は帝人フロンティアさんと一緒に、虫を寄せ付けない特殊な加工を施した繊維を開発しましたね。

川端:「スコーロン」ですね。高い防虫機能・洗濯耐久性があって、UVカット機能も持つ画期的な防虫素材です。アウトドアシーンを快適に過ごしていただけます。
ここで重要なのは、誰も「これが売れ出したらウチの虫ケア用品が売れへんようになるやん」「やめとけよ」とは言わなかったことです。そういう短絡的な視点はあえて持たず、それが世の中の役に立つならやろう、という考え方を持っていなければ時代の変化にはついていけません。誰がどうあがいても、時代は変わるもの。現在の商品を捨てる覚悟も持ってなければ、いつか時代遅れになってしまいます。

夏目:それも一つの「ホームラン」の打ち方ですよね。やっぱり、送りバントとホームラン、その両輪が機能しているから、自然と売り上げが伸びていったんですね。

川端:その通りで、何も奇をてらったことをやったわけではないんです。お客様目線を徹底するためにコミュニケーションを活発化する、海外進出や企業買収の時は他国や他社の文化を尊重する、といった経営の基本通りを進めてきただけです。ただ、それが空文にならないよう徹底しています。さっき夏目さんがおっしゃったように、ぶれずに何度も言葉にしてこそ「企業文化」は定着するんです。また、企業文化が機能するシステムもつくっています。例えば小売店さんと勉強会のほか、グループ企業とのシナジーを生むためお互いの技術を伝える場も定期的に設けています。

夏目:なるほど、組織を作り替えていくことでも企業文化を徹底させることができるんですね。やっと、アース製薬さんがぐんぐん伸びている理由がわかってきました。これからも川端さんが頑張ってくれれば、ごきぶりや蚊なんかどんと来やがれ! ですね(笑)。

【プロフィール】
川端克宜(かわばた・かつのり)/1971年、兵庫県生まれ。近畿大学商経学部(現在の経営学部)を卒業し、'94年にアース製薬株式会社へ入社。大阪支店長等を経て、2014年に代表取締役社長へ就任、以来現職。主力製品の殺虫剤だけでなく、「バスロマン」「モンダミン」等の商品や家庭用園芸用品を経営の柱として成長させる

夏目幸明プロフィール
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。「マーケティング、マネジメント、技術がわかれば企業が見える」と考え、これらを報じる連載を持つ。講談社『週刊現代』に『社長の風景』を連載、大手企業トップのマネジメント術を取材する。
著書は『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。現在は「夏目人生法則」のペンネームでも活動し、Itmedia、ダイヤモンドオンラインなどで記事を連載する。

講談社が提供する各種プロモーションサービスのご利用に関するお問い合わせ・ご相談はこちら