2018.04.12

「好き」だから、僕は「2代目」でなく「1.5代目」│あさひ社長インタビュー(後編)

「好き」だから、僕は
「2代目」でなく「1.5代目」

夏目:ときに、下田社長自身はよく自転車に乗られるんですか?

下田:実は私自身、「自転車少年」でした。父の店が自転車のレーシングチームを運営していたためか、自然と感化されたんです。中学校1年生の秋に琵琶湖1周・170㎞を走破して、今も週末はロングライドを楽しみ、平日は自転車通勤をしています。電車を使うと自宅から会社まで1時間20分かかりますが、自転車なら50分程度。体力もつくし、ダイエットにもなるし、時間の節約にもなるからいいことずくめですよ。

夏目:社長がこれなら、社内に「自転車バカでいいんだ!」という雰囲気が伝播しますよね。

下田:2016年には、幹部メンバーと一緒に台湾1周、約1000キロ弱を7日間で走破してきましたよ。逆に、私が自転車に乗ってなければ会社はおかしなことになってしまいます。

夏目:というと?

下田:社内に対して社長の立場で口を出したら押しつけになることがあります。でも、お客様の立場でものを言えば、私の発言が曲解されることはないでしょう。だから私、ときにはクレームを入れるんです。

夏目:社長が会社にクレーム(笑)!! 見出しにしていいですか?

下田:どうぞ、どうぞ(笑)。例えば先日、外注先から仕入れた電子部品が機能を果たさなくなることがあったんです。ずっと「経年劣化かな?」と思っていたんですが、僕が「こういう環境下だと動かなくなる」と法則性を発見し、社内に改善するよう頼みました。社員もこぞってボクと同じことをやってくれていて、みんな、口やかましい(笑)。だって、自転車が好きで入社してきた人間ばかりですからね。

夏目:わかってきましたよ。「趣味・スポーツ用品」の分野は、まず「好き」でなきゃどうしようもない。一方「好き」であれば、会社と社員とお客さんの輪ができる。
例えば登山のショップに行くと、いつも山に登ってそうな店員さんが「お客さんならこっちがお勧めだよ」なんて知識を披露してくれますよね。しかも、登山サークルがあって参加できたり......。あれが理想型なんだ!

下田:しかも当社はPBを持っていて、お客様の声を商品開発に活かせますからね。私は父から数えて2代目ですが、自転車が好きで好きで、今も社員と一緒に努力を重ねています。だから私は自分を「1.5代目」と呼んでいるんです。「好き」というスピリッツを継いでいるから、悪い意味での「2代目」ではありませんよ、と思って(笑)。

2016年11月、幹部メンバーと一緒に台湾を一周。
約1000キロ弱を7日間で走破した(写真中央が下田社長)


お客様の声を謙虚に聞けば、

自然と、時代についていける


夏目:商品のことも伺いたいんですが、最近の売れ筋はどんな?

下田:例えば「88CYCLE」――当社では「パパチャリ」と呼んでいる商品です。ピックアップトラックのような見た目で「お父さんがカッコよく乗れる」「子どもも乗りたがるデザイン」「カスタムを楽しめる」という要望を形にしました。もちろん、荷物もたくさん積めますよ。

夏目:いままでママチャリはあってもパパチャリはなかったですからね。

下田:先行予約で発売した88台は即完売、いまも定番商品として売れています。ほか、3万円を切るクロスバイク「WEEKENDBIKES(ウィークエンドバイクス)」もよく売れています。安価で頑丈なだけでなく、グリップ、サドル、タイヤ等をカスタマイズできるんです。いままでカスタマイズにはかなり高額な費用がかかりましたが、当社はチェーン店の強みを生かして、どれも数千円単位で変更ができます。「イノベーションファクトリー」という自転車は大人用、子ども用、幼児用があり、大人用はカゴやキャリア、幼児用は泥よけや手押し棒がカスタムにできます。娘さんや息子さんが「カゴはこの色がいい! フレームは......」と選べるんです。やはり「自分だけの一台」といった意識があると、子どもも大切に乗ってくれますからね。

夏目:小売り業はまさしく「カスタマイズの時代」ですよね。時代についていっているんだな、とも感じます。

下田:お客様のニーズは常に変化します。これに向き合うことが「時代についていく」ことですよね。そんななか当社は自転車が好きな大勢のスタッフがお客様の声を聞いているから、自然と時代についていけてるのかな、と思うんです。

夏目:時代についていくより、「好き」な人間がお客様と対話するほうが大切なんですね。

下田:オムニチャネルも同じ状況から生まれました。当店の場合は、ネットで注文した商品を、お近くの店舗で受け取っていただけます。その際、使い方の説明や、お客様の体にあわせたフィッティングを実施できます。これも、お客様のご要望に向き合ったからこそ生まれたサービスなんです。現在、インターネットの売上構成比は約7パーセントですが、将来的には20%くらいまで伸びていくのかな、と思っています。

夏目:しかも、通販を充実させるとお客さんのデータベースが構築できるのが大きいですよね。

下田:ええ。ただしセールスのために使うのは主目的じゃないんです。

夏目:なぜですか?

下田:データベースは、お買い上げいただいた自転車の定期点検のご案内や、電動アシスト自転車のバッテリー交換時期のお知らせなど、購入後のサポートに重きを置いて活用します。自転車には自動車のような車検制度がありません。だからたいてい、お客さまが気付いたときには壊れてしまっています。そこで「壊れる前にメンテナンスを」とお伝えするために使おう、と。
共感していただくことが、当社とお客様とのコミュニケーションで最も大切なことですからね。

夏目:セールスしないことがセールスに繋がるわけですね。でも、ネット経由のコミュニケーションって本来、そういうものかもしれませんよね。

私たちは社会の動きを
「脅威」とは捉えない

夏目:最後に、今後の業界の展望をお聞かせください。

下田:趣味・スポーツ用品の分野は大きな追い風を受けています。「健康づくり」に社会的な関心が高まっていますからね。

夏目:登山、スキー、スノボ、さらには自転車......。将来有望ですよね。

下田:とくに自転車はダイエット効果抜群です。日常生活の中に運動を取り入れていただいたほうが長続きしますからね。自治体の対応も進んでいます。いま自転車は、車道を走れば危なくて、歩道は走りにくい、という問題を抱えています。高度成長期からモータリゼーションが発達し、その中で自転車の利便性が忘れられてきた結果なんでしょう。
しかし2017年に自転車活用推進法が施行され、これまで各行政機関が担っていた自転車を活用するための環境整備について国土交通省が、ガイドラインを出しています。都市交通の手段としても見直しが進み、さらには健康増進にもなるため、行政の皆さんが動いてくれた形です。しかも、地域活性化の一環としてスポーツバイクを使ったイベントも日本各地で開催されるなど、追い風を実感しています。

夏目:ちなみに海外進出は?

下田:今は中国で店舗展開を始め、東南アジアにも代理店を通じて当社のPB商品を提供しています。これは次の柱になる事業ですね。そんななか、中国では新しい流れが生まれ、少し方向転換をしているんですが......。

夏目:というと?

下田:中国では最近とくに「シェアバイク」の文化が普及し始めたんです。

夏目:東京都も都心部に電動アシスト自転車を置いて、自転車シェアリングの広域実験をしていますよね。ちなみにフランスでは盗難されたり壊されたりする例が多く、サービスを終了せざるを得なかった、というニュースも聞きました。
率直に、シェアバイク、成功するんでしょうか?

下田:それはわかりません(笑)。当社も一昨年、ソフトバンクさんの子会社と業務提携し、埼玉、東京都内の「サイクルベースあさひ」にステーションを構え、シェアサイクルの事業実験を進めているところなんです。でも、基本理念は素晴らしいと思います。東京で成功したら、観光地など不特定多数の方が多く移動される場所でも展開していけるのではないでしょうか。

夏目:しかしこれ、売り上げの面では脅威じゃないんですか?

下田:いえ、私たちは社会の動きを「脅威」とは捉えません。

夏目:なぜですか?

下田:お客様のご要望にお応えしている限り、企業はヘンな方向にはいかないと言いましたが、これも同じです。社会は我々の事業スキームとは関係なく変わっていきます。仮にシェアバイクが普及していくなら、我々がそちらのベクトルに向くべきだと思います。

夏目:例えば行政にシェアバイクのシステムと自転車を売って、どの街でも容易に導入できる体制を整える、といったことが可能ですよね。

下田:さらに、新しい機種を開発する必要があれば、当社はそれにも対応できます。事業は継続性が必要なので、利益を上げることも大切です。しかし......自社が自転車を売っているなら、自転車の文化や可能性に対して真摯に向き合う、それがこの業種で事業を続けていくために重要なことだと思うんです。

夏目:なるほど、下田さんのスピリッツが理解できた気がします。しかし下田さん、最初から最後まで何を聞いてもおっしゃることがまったくブレないのがまたすごいですね......。

【プロフィール】
下田佳史(しもだ・よしふみ)/1971年、大阪府生まれ。'94年に近畿大学法学部を卒業し、株式会社あさひへ入社。'99年に商品部長、2008年には取締役商品本部長兼商品部長就任。'10年からは北京の愛三希自転車商貿有限公司執行董事兼総経理(現任)を務め、'12年より現職

夏目幸明プロフィール
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。「マーケティング、マネジメント、技術がわかれば企業が見える」と考え、これらを報じる連載を持つ。講談社『週刊現代』に『社長の風景』を連載、大手企業トップのマネジメント術を取材する。
著書は『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。現在は「夏目人生法則」のペンネームでも活動し、Itmedia、ダイヤモンドオンラインなどで記事を連載する。

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