2018.04.11

社長が自社にクレームを入れるのが成長のポイント!? │あさひ社長インタビュー (前編)

社長が自社にクレームを
入れるのが
成長のポイント!?
「1.5代目」が語る
自転車業界のこれまでと未来


世界で唯一と言われる"株式を上場している自転車の小売店"、「あさひ」を取材した。1972年にたった10坪の街の自転車屋からスタートし、現在は全国に約460店の「サイクルベースあさひ」を運営する同社。彼らはなぜ、この驚異的な成長を実現できたのか? また「趣味・スポーツ用品」の業種で伸びていくポイントはどこに? 下田佳史社長に聞いた。
「それ正しい」からオープンさせた
約300坪の巨大自転車店


夏目:現在、成功している小売店を見ていくと、ユニクロ、JINS、アルペンなど、プライベートブランド(以下、PB)を持っている企業が多いですよね。「つくる会社」と「売る会社」が一体になった「製販一体」の業態です。あさひさんも、これがあって伸びたのかな、と思うんですか?

下田:実はそれより、愚直すぎるほど愚直にお客様の望みを叶えてきたからだと思っています。説明の前に、ちょっと当社の歴史をご紹介したいのですが――。

夏目:どうぞ、どうぞ。

下田:あさひの創業は1949年で、当初は町工場で製造した木製の子ども用乗り物の卸販売をしていました。次第に自転車も取り扱うようになり、1975年に自転車専門店に業態変換しています。といっても私の父が自転車の販売やメンテナンスを行ない、家族はお店の2階に住む、といった規模感でしたが(笑)。
そんななか、自転車業界が変わり始めたんですね。

夏目:たしか、スーパーやホームセンターにセルフ販売の自転車コーナーができて、いわゆる「ママチャリ」が1万円を切るような値段で売られ始めたのが'80年代頃からでしたね。

下田:ええ、同時に価格の下落圧力が強くなって生産拠点が台湾や中国に移り始め、日本の小規模な自転車メーカーは次々と廃業を余儀なくされていきました。一方で同じ時期に別のニーズも生まれてきました。「もっと様々な品揃えの中から選びたい」というものです。

夏目:昭和期はモノが足りなかったけど、'80年代からモノが溢れはじめ、購買行動が「自分にピッタリなものがほしい」と変わってきましたからね。

下田:そうなんです。これを受け、当社も「スーパーやホームセンターの一角でなく、大きい売場でたくさんの品物のなかから自転車を選んでほしい」と、'88年に大型の専門店をチェーン展開し始めました。当時の一番広い店舗は約150坪、現在、最大の店舗は約300坪です。

夏目:一般的なコンビニが30坪くらいだから......コンビニ5~10店舗分の広さに自転車がドーッと並んでるイメージですね。なぜそんなリスクを?

下田:ここが「愚直にお客様の思いを叶える」部分なんです。お客様がたくさんの品揃えから選びたいのであれば、当社にできる精一杯の大きさのお店を開こう、と。しかも、精一杯だからいいんです(笑)。
ところが、次第に別の問題が発生してきました。自転車のメーカーさんが廃業していくと、様々な商品をとり揃えることが難しくなってきたんです。これでは大きな店舗を構える意味がありません。そこで、'96年にPBを立ち上げたんですね。

夏目:ちなみに'96年の段階で何店舗ぐらいあったんですか。

下田:まだ20店舗で、東京にも出店していませんでした。

夏目:巨大店舗を出店して、しかも20店舗しかない段階で海外メーカーに製造を依頼してPBをつくるって、リスクが非常に大きいですよね。

下田:ですね(笑)。ただ......当社の判断基準はシンプルなんです。我々は事業を展開するとき、常に、それが「正しいかどうか」を考えます。
たとえばバブル期以降、自転車が使い捨てにされるようになりました。「修理は面倒、買ったほうがラク」という風潮があったんです。これがいいことなわけがありません。しかも、使い捨てになった理由は「自転車の修理には時間がかかる」といったものが多かったんです。そこで当社はコストをかけて修理スタッフを充実させ、パンクなら10分以内、ほかの修理も80%以上はその場でなおせる態勢をつくりました。すると、お客様から大きな支持をいただけたんですね。これと同様に、「お客様が望むこと」「社会的に正しいこと」は、信念を持って長く続けると、うまくいくことが多いと思っています。仮にうまくいかなくても、大怪我することはないでしょう(笑)。
そんな考え方から、当社は単に規模を求めたのでなく、お客様のご要望に沿うために事業を拡大していったんです。

毎年行われる四国の清流、四万十川のロングライド。
下田社長(写真中央)も愛車のスポーツバイクで参加

趣味・スポーツの業種で
絶対必要な「好循環」とは?

夏目:大胆な事業展開は信念があってこそだったんですね。ちなみに、ほかにも「無理」を精一杯やった例があれば教えてほしいのですが。

下田:最近、自転車の出張修理を再開しました。父が街の自転車屋さんだった頃はお客様のご要望があれば出張修理も行っていたんです。しかし多店舗展開すると、店舗にいるスタッフのほかに出張修理ができるスタッフを必ず確保しておく必要があります。これがコスト的に厳しく、中止せざるを得なかったんですね。そんななか当社はドミナント出店(ある地域に集中的に店を増やすこと)を続け、修理スタッフが足りないときは別の店のスタッフが修理に伺える体制を構築し、今は全国でこのサービスを復活させています。父の代から20年にわたって「お客様にとっては出張修理のほうが便利に決まってる」と思い続けてきたことが叶った形です。
店舗でのクイックサービスも同じです。パンクは10分、ほかの修理もすぐ、というご要望に沿うためには、研修を充実させ、マニュアルも整備しなければなりません。大変なコストがかかっていますが、必要だから実施しました。
企業には「お客様は望むもののなかなか実現できない」ことがあると思います。でも、それを精一杯の力でやること――実はこれこそが、大きな成長をもたらすと思うんです。

夏目:お客様の声はどうやって集めているんですか?

下田:社内に「改善提案書、商品開発要望書」という書式があって、グループウェアでスタッフ全員が書けるようになっています。もし、お客様が店舗で「こうだったらいいのに」とご要望をくださったら、その日のうちに中国の工場に要望を出すことも可能です。こうしてお客様の声をすぐ製造側に伝えられることが、SPA――製販一体の強みなので。

夏目:お客さんの声吸収システムが完璧にできてる(笑)。

下田:例えば、「サドル盗難防止ワイヤー」を開発しました。これ「駅前に自転車を置いておいたらサドルだけ抜かれた」といったご意見が多く、ならばと製作したものです。ほかにはパンクや空気漏れをなんとか減らせないかと思って、パンク防止剤を開発しました。タイヤのチューブに繊維材が入った液体を入れ、釘などで穴があいたら、空気が抜ける勢いで液材が目詰まりして穴をふさぐ仕組みです。
趣味に関する商品は、つくるだけでも、売るだけでもいけません。不便を解消しよう、もっと使いやすくしよう、といった思いをスタッフ、経営陣、みんなで共有する必要があります。すると、お客様に必ず、私たちの姿勢が伝わっていきます。当社が自転車屋さんのなかでも異色の存在になったのは、お客様の声を伺って、無理してでも実現し、これがお客様の支持を得てまた様々なご要望をいただける......といった好循環ができたからだと思います。

工場との厳しいやりとりが
目に見えない「財産」になった


夏目:PBを持っているのが強い理由じゃなくて、「お客様の思いを実現しよう」という思いが強い小売店を生むことがわかりました。
ではあえて聞きたいんですが、社内外で反発されることはなかったんですか? たとえば中国の工場との関係です。クオリティを求めるほど難しくなっていく気がするんですが。

下田:おっしゃる通りで、日本のユーザーが求める品質を海外の工場で実現するのは並大抵のことではなく、我々が乗って試して、ここを改善してほしい、ここも、と厳しいやりとりをしたことも数限りなくありましたよ。
そんななか、私はよく、中国の工場の幹部に「当社と一緒に成長しましょう」と語りかけました。そして日本人スタッフを現地に送りこみ、従業員の意識改革の方法から、工作精度を高める手法までお伝えしたんです。ときには裏切られたこともあります。しかし多くが「あさひの成長に賭ける」と技術向上に努めてくれ、当社もまた、店舗数を拡大してPBの売り上げを伸ばし、工場側の期待に応えました。先日、中国の工場の方と会食しているとき、「あさひは取引先を"一家人(イージャーレン=一族)"のように遇してくれた」と言われました。一家人――ありがたい言葉だな、と思いましたね。

夏目:現在、貴社のPBの販売台数はどれぐらいなんですか。

下田:年間約110万台ですね。

夏目:日本では年間に約760万台の総需要がありますから......相当なシェアですね。

下田:最初は大変でした。自転車って、ちゃんと製品になってからは誰も気付かないんですが、例えば直進安定性や操作性の高さを実現するためには、かなり乗りこんで「フレームはこの角度で」と設計していく必要があるんです。しかも「フレームをこう付けると強度が増す」といったこともトライ&エラーからわかってくるものが多いんです。この部分をお客様にやっていただくわけにはいかないので、我々が様々なケースを想定して試乗し続ける必要がありました。これは今も続けています。
しかし、結局はこの試行錯誤が財産になるんですよね。「売場ではわからないけど、よくできてる」「乗ってみるまでわからないけど壊れにくい」――お客様からそんな感想をいただけることになり、これが現在の売り上げに結びついています。

夏目:マネジメントにも直結しませんか?

下田:おっしゃる通りで、スタッフは「いいものをつくって売っているんだ」という確信があってこそパフォーマンスがあがると思うんです。さらにはリクルーティングです。昔は大学を卒業して自転車屋さんに......というと少し珍しげに見られた時期もありましたが、いまは「自転車が好き」と入社してきてくれます。

夏目:例えば昔、ラーメンって安い食べ物の代名詞でしたよね。でも、本気でラーメンと向き合う匠たちが現れて、みんなラーメンに敬意を持つようになりましたからね。
趣味・スポーツ用品の分野は、必死でお客様の要望を叶えることで、業界の地位も向上していく業種なのかな、と思いました。

下田:おっしゃる通りで、少し観念的かもしれませんが、やっぱり本気で向き合えば道は開けるんだと思います。しかも、やるべきことは難しいほどいいんです。これが参入障壁になりますから。

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