2017.10.03

国の政策のゆがみを正すのは民間だ│東洋ライス社長インタビュー(後編)

国の政策のゆがみを
正すのは民間だ

夏目:雜賀さんの話を伺うと「自分の眼で見て、自分の頭で考える」って大切だなぁ、と思うんですね。世の中には、本当は何とかなることが平気で「これはこういうもんです」と当たり前の顔をしてのさばっています。雜賀さんがそれを退治していく姿は痛快ですらありますね。

雜賀:幸運なことに、とくにお米の業界はできることが多かったんです。もともと変化が少ない市場でしたから。

夏目:そうなんですか?

雜賀:この業界は国に守られていたんです。日本では、お米の供給が需要を下回ったら大変なことになるため、戦時中から食糧管理制度がしかれていました。お米は生産すれば農協が全部買ってくれ、地域には許認可を得たお米屋さんがあり、各戸に届ける仕組みがあったんです。もちろん、食料が足りない時代は必要な制度だったんだと思います。しかし、制度に守られていると「お客さんが関心を持ってくれるものを新たにつくろう」といった動きがなくなってしまう。その証拠に、お米の業界には、ほとんど特許の出願がありませんでした。そしてある日、法律が変わって多くのスーパーマーケットなどでもお米を販売できるようになり、数多くのお米屋さんが廃業に追い込まれたわけです。

夏目:旧国鉄やJALも同じでしたね。守っていたからこそ非効率が生まれ、破綻してしまう......。

雜賀:私は子どもの頃、国の政策というのは神様のような間違えない人がつくってるもんだとばかり思っていました。でも、そんなことないんです。昭和28年に、国は食糧不足を受け、デンプンを固めた「人造米」をつくるよう奨励し始めました。麦やトウモロコシや質の悪い米を加熱して糊状にして、米粒の形に固めるものです。でも私は「絶対おかしい」と思いました。食糧不足の解決になってないじゃないですか。しかも、やっぱりまずくて全然売れなかった。後年「政府がやることやから」と人造米をつくって大損をしたという人にも会ったことがあります。国のやることは、ちょくちょく間違うんですよ。

夏目:逆に、さきほど伺った無洗米は、国が手をつけなかった環境問題を雜賀さんが解決したようなものですしね。そんな意味で、雜賀さんにはまだまだ正したいことがいろいろあるんじゃないですか?

雜賀:ありますよ。それは「健康」に関する問題です。「医療費がかさむ」「もっと国民の負担を増やすべき」などと議論されています。しかし国も国民も、そもそも病気になる人を減らせれば一番いいはずです。じつは私、40年も前からずっと、この問題と向き合っています。

夏目:最近、コンビニが健康を気にする人向けの商品を拡充していますが、雜賀さんの話は歴史が違いますね(笑)。

雜賀:それが「金芽米」と「金芽ロウカット玄米」です。

夏目:どういうものですか?

雜賀:歴史を学んだことをきっかけにつくりました。日本人の健康状態は、精米の度合いによって大きく左右されてきたんです。元禄時代から「江戸患い」......今でいう脚気が流行しはじめました。それまで庶民はみそや塩で玄米を食べていたんですが、元禄時代の江戸で、精米して食べる習慣が広まったんです。米ぬかには、すばらしい各種の栄養が含まれており、これを食べていれば病気にはならずにすむんですが、当時の人にそんなことはわかりません。そしてこのあと、全国で精米されたお米が好まれ、脚気は結核と並ぶ日本の国民病になっていくんです。日露戦争の時には脚気が原因で数万人単位で兵士が亡くなったと言われています。そして皮肉なことに、日中戦争で食糧事情が悪化し、政府が7分つきのお米を奨励し始めたら脚気の患者は一気に減ったんです。

昭和37年前後、ズラリと並んで出荷を待つ石抜き機

夏目:精米し過ぎちゃいけない、ということですね?

雜賀:その通りです。漢字はよくできているもので、糠(ぬか)という字は"米"に健康の"康"と書きます。一方、米に白だと粕(かす)になってしまう。漢字が成立した昔、一部の人は、どちらに栄養があるか知っていたのかもしれません。
また、大規模な研究でも同じことが言われています。アメリカのフォード大統領が「なんでこんなに病人が多いんや、調べようや」と世界中から学者を集めて長期間にわたって研究させたんです。その結果が「マクガバンレポート」。内容は簡単で「われわれ食べ物間違うてた」「加工し過ぎたものばかり食べてたからや」と言うんです。「肉ばかりじゃあかんで、野菜も食べようや」という常識はここあたりから根付いたもので、その中にはちゃんと「穀物も精製したものじゃダメだよ」と書いてあるんですよ。

夏目:ただ、その理屈だと、精米機は「米から栄養豊富な部分を除く機械」になってしまいますよね?

雜賀:そうなんです。そこで40年かけてつくったのが「金芽米」だったんです。


"神様がつくったもの"に
回帰する時代がやってくる

雜賀:金芽米は、精米に工夫を加え、精米時に糠と共に取り去られていた「亜糊粉層(あこふんそう)」という部分を残しています。白米同様の色、食べやすさなのに、お米の風味が強く、栄養は玄米に近い。こんな商品があれば! と思ってから、精米する方法の着想を得るまで40年もかかりました(笑)。金芽ロウカット玄米は、玄米なんだけど非常に食べやすいものです。植物の種は、身を守っています。米も同様で、ロウ層という防水性の高い部分で周囲を覆っているんです。ここだけとったから「金芽ロウカット玄米」。栄養価は玄米そのものなのに食べやすい。しかも、両方とも同じ量の白米に比べローカロリーです。
ところが「これを食べてるとあれにいい、これにいい」とは書けないんです。これも国の指導によるもので、金芽米であればせいぜい「おいしさと栄養が両立したお米です」くらいのことしか言えない。こんなん消費者からしたら、何のこっちゃ分からない。

夏目:世の中に怪しい健康食品もあるからと言って、経験的にこれだけいいものを「いい」とはっきり言えないのはおかしいですよね。

雜賀:食糧政策と同じです。政府が口を出し過ぎるとロクなことにならない。みんな「本当はおかしいよな」と思いながら、過保護になってみたり......。そして、おかしなことが当たり前になっていくんです。

夏目:病気になってもあまりお金がかからないから、国民の健康に対する意識が低くなっている、という説を耳にしたことがあります。そして、食品の業界はこれを正す方向に進んでいる、ということでしょうね。

雜賀:私はいつも思うんですよ。人間がつくったものより、神様がつくったものを大切にしないとあかん、と。

夏目:どういうことですか?

雜賀:元々、植物なんかはそのまま食べればよかったんですよ。果物だって、皮においしさや栄養があるものって多いですよね。でも、食べにくいところや、味が悪いところをとったりしたくなる。だから文明が発達して道具や機械が便利になると、人間は食品をどんどん加工しちゃったんです。お米も、麦も、その典型的な例ですよ。そもそも米は炭水化物と思われていますが、今ほど精製していなかった昔は滋養強壮の生薬でした。それを加工しすぎて、本来のあるべき姿が壊れてしまったんです。

夏目:興味深いですね。言われてみれば、食品業界は「加工しすぎたものをちょっとだけ元に戻す」時代が来ているのかもしれません。ローソンで売れている「ブランパン」も、麦で同じことをやった、ということですからね。
しかも、制度だって同じかもしれません。あまりに保護したり、口を出したりすると、社会の構造がおかしくなってしまう......。

雜賀:そうなんです。お米だって、農協が全部買ってくれて、他の人が作ったお米と混ぜて売るんじゃ、農業者の方たちの工夫はまったく報われません。だから農業に魅力がなくなって、いまや農業就業人口の平均年齢は70歳近くになっています。

夏目:そういうゆがみを正していくところに、今後のマーケットもあるのかもしれませんね。ただ、雜賀さんはそういった発想はなさらないんでしょうが(笑)。



【プロフィール】
雜賀慶二(さいか・けいじ)/'34年、和歌山県生まれ。'49年和歌山市立城東中学校卒業後、家業の雜賀精米機店に従事。'61年東洋精米機製作所の設立に参加。'85年に同社代表取締役社長へ就任。'05年トーヨーライス株式会社代表取締役社長へ就任。'13年二社を合併し、東洋ライス株式会社へ社名変更。

夏目幸明プロフィール
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。「マーケティング、マネジメント、技術がわかれば企業が見える」と考え、これらを報じる連載を持つ。講談社『週刊現代』に『社長の風景』を連載、大手企業トップのマネジメント術を取材する。
著書は『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。現在は「夏目人生法則」のペンネームでも活動し、Itmedia、ダイヤモンドオンラインなどで記事を連載する。

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