2017.08.30

ITによって「大量生産」の概念が変わっていく?│コナカ社長インタビュー(後編)

ITによって「大量生産」の
概念が変わっていく?


夏目:さっきおっしゃっていた「常識では考えられない技術革新」の話を伺いたいのですが。

湖中:2016年10月から展開を始めた「DIFFERENCE」です。今まで高価だったオーダーメイドのスーツを、何と3万5000円からお求めいただけます。安くできた理由は、IT化を果たしたからです。まず、テーラーが体のサイズを細かく採寸し、お客様にお好みの形や、生地やボタンを選んでいただきます。するとデータが瞬時に店舗から九州の工場に送られ、機械が縫い、職人技が必要なところだけ人間が手作業を施して、できあがると工場から直接、お客様にお送りするんです。2度目のご注文からは、アプリで生地やボタンを選んでいただけば、ご来店の必要すらありません。発注、生産、お届けまで一貫して自動化したため、この価格を実現できました。

夏目:金融業界に続々「ロボットアドバイザー」が導入されている状況と似ていますね。ファンドなどを選ぶ時、コンピューターなら世界中の様々な金融商品の最新の情報を把握してアドバイスしてくれるから、人間より正確で、しかも人件費がかからずコストダウンできるんです。

湖中:似ているかもしれません。「DIFFERENCE」も店舗が小型化でき、店員数も従来型より少なくなっています。


2016年10月にオープンした「DIFFERENCE」青山店。

夏目:業態開発のきっかけってあったんですか?

湖中:パッと思いついたわけでなく、長い経緯があります。15年ほど前、業界に「パターンオーダー」が生まれました。オーダーメイドは縫製の時、一着一着「型紙」をつくる必要があります。一方、パターンオーダーはあらかじめ様々な型紙をご用意しておき、お客様の体型に一番近いものを選び、着丈や袖丈などの限られた部分を変更して仕上げます。当社は10年ほど前にこれを進化させました。パターンオーダーではあるのですが、よりお客様の体型に合わせ、オーダーメイドに近い商品をつくれる「O・S・V」という業態を展開したんです。
ところが、初めは大失敗でした。私の読みが甘く、工場から「1週間や2週間で納品するなんて絶対無理だ!」と......。

夏目:工場との関係を考えると大変な事態ですね。

湖中:しかし、お客様の体型にピッタリ合ったスーツを安価にお届けするのはテーラーの夢でもあるんです。そこで、納期を短縮するにはどこをIT化していけばよいか、さらにはお客様のご注文をどう工場に伝えればよいかなど経験値を貯めていったんです。そして10年目で青山に「DIFFERENCE」を開店させることができた、というわけです。今思えば「O・S・V」のとき、工場の皆さんから「倍の価格をもらってもできません」と言われたことがいい勉強になっています。

夏目:湖中さんも失敗するんですね。

湖中:ええ、たくさん(笑)。でも、やっぱり失敗しないと成功できないんです。責められますし、つらい思いもしますけど。

夏目:その後、「DIFFERENCE」の坪単価はどれくらいに?

湖中:坪平均の売上が年間300万円~500万円です。俗にいう「繁盛店」レベルなので、立地がよく、賃料が高い物件にも出店できます。今までオーダーの店舗って、その多くが建物の上層階にありませんでしたか? これは目立たなくてよいわけでなく、利益率を考えると、よい立地の1階に出店できなかったのです。また、次々お客さんがいらっしゃっても、スーツをつくる側が追いつけません。しかし当社は看板効果がある物件にお店を展開できます。これも技術革新の結果ですね。
私はITによって「大量生産」が変わると思っています。昭和の時代の大量生産は「とにかく同じものをたくさんつくる」もの。しかし現代の大量生産は、IT化により「一人ひとりにぴったりのものをたくさんつくる」に変わってきているのだと思います。

夏目:ちなみに、お客さんがアプリ経由で注文する割合はどの程度ですか?

湖中:15%に届こうとしているところです。まだオープン直後の店も多く、2度目の購入に至っていないお客様も多いため、この数字は次第に増えていくと思います。買い物のスタイルが変わってきているんです。お客様の中には「大きなショッピングモールで買い物するのが面倒くさい」「なんでこんなに歩かなきゃいけないんだ」という声があるんです。もちろん紳士服の業界にも「お店に行く時間を捻出するのが大変だ」「お店でいちいちサイズを測られるのも苦痛」という声があります。「お買い物の楽しさを味わいたい」とおっしゃるお客様にとってはメリットになるはずのものが、別のお客様にはデメリットになっていたのです。そして今、お客様は「自分ピッタリの商品」だけでなく「自分ピッタリの買い方」もお求めになっているのです。そんな中、忙しい方に新しい買い方をご提案できるのも、「DIFFERENCE」の強みかもしれません。

最先端を行く。だから
はやく、はやく、と思っていた

夏目:湖中さんは市場の動きをどう読むんですか?

湖中:お客様を知るには、現場を見て、接客するのが一番です。じつは私、仕事の中で一番好きなのが接客なんですよ。「どのお店に行く」と言わずふらっと訪ねるので、お店にとってはやっかいかもしれませんし、たまに「何しに来たんだ?」という顔をされることもあります(笑)。でも、ヒントはやっぱり現場にあるんですよ。

夏目:例えばどのような?

湖中:いくらでもありますよ。例えば「海外進出時には現地化が大切」と言われますけど、現地化がマイナスに働いたことがあります。昔、業界では「東南アジアでスーツは売れない、暑くて誰も着ない」と言われていました。そこで当社は「とするとプレーヤーが少ないわけで、弊社にチャンスがある」と考え、出店したんです。しかし、熱そうだから現地に合わせようと、半袖シャツのコーナーを大きく、スーツのコーナーを小さくしたら、逆にスーツがよく売れ、涼しいはずの半袖は惨敗だったんです。なぜだと思いますか?

夏目:なぜですか?

湖中:接客しながらお話を伺うと、東南アジアの方には「日本のビジネスパーソンと同じ服を着たい」というご要望があったんです。

夏目:なるほど、そういった「感じ」は現場でつかむ以外ありませんよね。ちなみに接客の時「社長ですが」と正体を明かすことはあるんですか?

湖中:必ず名刺をお渡ししますよ。すると半分くらいの方が「えっ」とびっくりされます。でも半分くらいは「ああ、そう」と(笑)。

夏目:それでも「接客が好き」というところが面白いですね。話を伺うと、湖中さんはやはり、工場や、トニーさんのような方や、お客さんから常に新しい情報を仕入れて、時代にあわせビジネスをデザインしなおしていく仕事をされているんですね。

湖中:社長の一番大切な仕事は、リデザイン、リブランディングです。実感としては、お客さまのほんの半歩か4分の1歩くらい先に進んで、いろんなご提案できるようになれば最高ですね。とにかく、時代は変わるんです。だから当社が育てている人材も「大胆に夢を描ける人物」なんです。「DIFFERENCE」だって、思いも及ばない業態だったかもしれませんが実現しています。もちろんこの業態のまま100年間同じスタイルで営業できるわけではありません。「戦略的マーケティングプラン」なんて難しいものでなくていいんです。目にした何かを、いつも貴重な情報と捉えて「将来はきっとこうなる」、いや「自分たちがこうすれば、将来はきっとこうなる」と夢を描いて熱く語れる人間が本当に未来を創るんです。

夏目:確かに、優れた経営者の方は、想像力が豊かな方が多いですね。妄想していると、たまに「これ実現できるかも」という何かが見つかるのかもしれません。

湖中:そのためにも、楽観的であることって大切ですよね。人生も経営も同じかもしれませんが、お金やモノをなくすことより、勇気をなくすことのほうが恐ろしいことですから......。

夏目:あとは、やはりスピード感?

湖中:ですね。カテゴリのなかでイニシアティブをとるためには、とにかくどこよりも先に動かなければいけません。しかも、どんな業態でも、失敗しながら修正していくしかないんですよ。だから私は「DIFFERENCE」を展開するときも、まだライバルはいないんですが「とにかく急がなければ」なんて思ってました(笑)。
だって、スマホもそうですが、ちょっと前まで想像もつかなかったものをみんなが持っているわけじゃないですか。スーツにも同じことが起きて当たり前ですからね――。

【プロフィール】
湖中謙介(こなか・けんすけ)/'60年、大阪府生まれ。'82年にコナカ(当時の日本テーラー)へ入社、'84年神戸大学法学部を中退。'91年取締役へ就任し、'99年に常務取締役、'03年に専務取締役へ就任。'05年から現職。紳士服のフタタ、KONAKA THE FLAGなど多業態を展開し、連結売上高約700億円の企業を率いる。

夏目幸明プロフィール
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。「マーケティング、マネジメント、技術がわかれば企業が見える」と考え、これらを報じる連載を持つ。講談社『週刊現代』に『社長の風景』を連載、大手企業トップのマネジメント術を取材する。
著書は『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。現在は「夏目人生法則」のペンネームでも活動し、Itmedia、ダイヤモンドオンラインなどで記事を連載する。

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