2025.03.31
【ミライトーク03】人の感情を動かすストーリーの力を生み出すために重要な7つのELEMENTS(要素)とは──講談社メディアカンファレンス 2024
2024年10月30日に、東京會舘にて開催された「講談社メディアカンファレンス 2024」。本稿では、プログラムの一つとして行われた、メディアと広告の可能性を探るトークイベント「ミライトーク」のレポートをお届けします。
ミライトーク03では、『ゴジラ-1.0』『怪物』の企画・プロデュースを務めた山田兼司さんと、講談社 ライツ・メディアビジネス本部 局次長の長崎亘宏が登壇。山田さんは、2025年2月より公開中の映画『ファーストキス 1ST KISS』でも企画・プロデュースを務め、ヒット作を世に送り出し続けています。
そんな山田さんによる、アカデミー賞やカンヌ国際映画祭で体感した「ストーリーを生み出す環境」の話からはじまり、人の感情を動かすストーリーに秘められた7つのエレメント、それらをコンテンツマーケティングに落とし込む方法まで、盛りだくさんの一時間となりました。
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(左から)講談社 ライツ・メディアビジネス本部 局次長の長崎亘宏、映画ドラマプロデューサーの山田兼司さん
ブロードウェイの映画館で感じた、日本映画がめざす「世界」の姿とは?
長崎 前半は、山田さんのお仕事について伺いたいと思います。山田さんは、第96回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した『ゴジラ-1.0』、第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞の2冠を達成した『怪物』のプロデューサーです。国際的な映画祭で同時期に2作品を成功に導いた日本人は、おそらく史上初ではないでしょうか。これまでのご経験を通じて発見された勝ちパターンや、世界で感じたことについて、ぜひお聞かせください。
山田 私はストーリーを生み出すプロデュースを手がけています。原作は使用せず、オリジナルの物語を創ることがほとんどで、『ゴジラ-1.0』も『怪物』もオリジナルです。そうした経験を積み重ね、幸運にもカンヌ国際映画祭とアカデミー賞という「世界」を体感する機会をいただきました。今回のカンファレンスのテーマが「物語の力」ということで、これまで私が得てきたもの、感じてきたことを、皆さまにお伝えできればと思います。
皆さんは、映画における「世界」とは何だと思いますか。例えば、野球でいえば、大谷翔平選手が戦っているワールドシリーズは、わかりやすい世界の舞台だと思います。では、私たちが生業としている映画において、世界とは何を指すのか。一つの答えをお見せするために、こちらの写真をご覧ください。
写真はブロードウェイの映画館のチケットカウンターにて山田さん(右)が撮影。ハリウッド映画の中に『ゴジラ-1.0』と『怪物』が並んでいる
山田 『ゴジラ-1.0』が全米公開された翌日、私は『怪物』をアカデミー賞ノミネートに向けたキャンペーンで、ニューヨークに滞在していました。せっかくの機会なので、『ゴジラ-1.0』を劇場で観たいと思い、ブロードウェイ最大のAMC映画館へ足を運んだんです。
チケットカウンターのモニターを見ると、そうそうたるハリウッド映画の中に、『ゴジラ-1.0』と『怪物』が並んでいました。アメリカのお客さまの選択肢として、日本映画がしっかりと存在している......この光景こそ、日本映画がめざすべき世界なのだと感動しました。世界標準のマーケットに、日本のコンテンツが選択肢として並んでいる状況こそ、一つの世界ではないかと感じました。
ストーリーの力を高める「カンヌ国際映画祭」というブランド
長崎 山田さんがカンヌ国際映画祭で経験されてきたことをお話いただけますか。
山田 カンヌ国際映画祭は、ヴェネチア、ベルリンに並ぶ世界三大映画祭の一つです。アート系作品の世界最高峰の舞台とされ、権威と格式においてはヨーロッパ随一を誇ります。ここで日本映画が選ばれるというのは、非常にハードルが高いんですね。そのため、最高賞パルム・ドールを受賞したことがあり、カンヌの常連でもある是枝裕和監督は、とても尊敬されていました。カンヌでは、言語や人種を超えてクリエイター同士が互いを尊重し合う場が築かれているのだなと、改めて実感じました。
スポンサーについても、BMWやCartier(カルティエ)など、歴史あるハイブランドがしっかりと支えているようでした。関係者に聞くと、新規スポンサーはほとんど受け入れないとのこと。映画祭の権威とブランディングを守るために、価値観を共有できるスポンサーやパートナーのみを厳選しているのだそうです。非常にヨーロッパ的でもあり、長い歴史の中でコンテンツの価値を高めてきた成果だと感じました。
長崎 クリエイターもスポンサーも、全員が一つの価値観や方向性を共有してきたのですね。
山田 その通りです。日本のコンテンツも、カンヌのようなブランディングができたはずなのに、なぜできてこなかったのか。悔しい気持ちもありました。
山田兼司さん(映画ドラマプロデューサー): 2003年テレビ朝日入社、報道局を経て、映画・ドラマプロデューサーとして勤務。ドラマ『BORDER』シリーズ、『dele』などを手掛け、東京ドラマアワード優秀賞を2度、ギャラクシー賞を3度受賞。2019年からは東宝に移籍。映画『怪物』でカンヌ国際映画祭脚本賞、クィア・パルム賞の2冠を達成。『ゴジラ-1.0』では、史上初のアカデミー賞視覚効果賞を受賞
山田 カンヌの会場では、コンペティションに選ばれた作品の公式上映会が行われ、上映後には、世界中のフィルムメーカーが夢見るスタンディングオベーションの瞬間が待っています。10分以上の拍手をいただけるかどうかが、一つの注目ポイント。幸いにも『怪物』は11分半もの拍手をいただき、プロデューサーとして本当に嬉しく感じました。映画がもつストーリーの力を、カンヌという環境がさらに引き立ててくれる。こうした環境が世界に存在し、長い歴史の中で受け継がれていることを改めて実感しました。
新たな才能を輩出しつづける「アカデミー賞」。ネットワーキングと産業化が鍵
山田 アカデミー賞についてお話ししたいと思います。アカデミー賞は、エンターテインメント作品の世界最高峰の舞台です。歴史も非常に長く、映画にあまり興味のない方でも、その年にどの作品がノミネートされたかくらいは、なんとなく情報として入ってくるのではないでしょうか。
また、一大産業の中心に位置するアワードでもあります。北米マーケットでは通常、映画を公開したら、鑑賞料を収益として得ることで、興行成績が評価されます。しかし、アカデミー賞産業では、作品がノミネートされると、さらに何億円、何十億円もの資金を広告につぎ込み、受賞をめざすためのキャンペーンを展開します。ここには多くの雇用も生まれ、劇場も再び盛り上がるのです。アカデミー賞という祭典を中心に産業が成り立ち、ビジネスとしても世界的なインパクトを持っていることが、非常に印象的でした。
長崎 映画ビジネスにおける一大プラットフォームになっているというわけですね。
山田 アカデミー賞にノミネートされると、さまざまなクリエイターから「会おう!」と連絡がくるんです。実際に会うと、「次は何を作りたいんだ?」「作りたいものがあったら、何でも協力するよ!」と、全員同じことを聞いてきます。アカデミー賞の世界には、新しい才能をみんなで応援して、映画産業を盛り上げていこうという空気が当たり前のようにあったように思います。
長崎 アカデミー賞にノミネートされるということは、ゴールではなく、スタートなんですね。
長崎亘宏(株式会社講談社 ライツ・メディアビジネス本部 局次長)
山田 そう感じました。産業のトップ・オブ・トップの人たちが、こんなに無邪気に話しかけてくれて、シェアの精神にあふれて、常に互いを応援し合っている。涙が出そうなほど感動しました。ハリウッドで新しい才能が生まれつづけているのも納得です。
また、アカデミー賞では、クリエイターたちが良い作品を生み出しつづけられるよう、ネットワーキングにも力を入れているようでした。公式昼食会を開催するなど、授賞式の会場でも自由に会食をしながら誰とでもつながれる雰囲気が演出されています。ネットワーキングの充実度も、アカデミー賞のパワーの一つではないかと実感しました。
長崎 会場は自由で、平和で、フラットな雰囲気があるのですね。
山田 そうですね。ストーリーの力を生み出す場所というのは、これほどに自由で、フラットで、コミュニケーションも楽しく、豊かな場所だということですね。アカデミー賞は、賞の一つに過ぎませんが、人生を変え、世界を変えるインパクトを持っています。長い歴史の中で影響力を築き上げてきたことも驚異的ですし、影響力をさらに盛り上げている環境もすばらしいと感じました。
世界で勝負するストーリーに不可欠な4つの原則
山田 では、「世界で勝負する」とはどういうことなのか。一言でいうなら、「歴史の一部になる」ということだと思います。そして、歴史の一部になるということは、そのジャンルの歴史をリスペクトしつつ、新しい価値を提示することが求められます。
カンヌ国際映画祭やアカデミー賞の経験を通じて、世界で勝つための4つの原則が導き出されたのではないかと考えています。これから、その原則についてお話します。
<1> 歴史/ヒストリー 歴史のなかで唯一無二の価値を見出せるか
山田 1つ目の要素は「歴史」です。映画というアートフォームの歴史の中で、その作品が持つ唯一無二の価値を見出すことが必要だということです。例えば、『怪物』の制作では、歴史を意識する側面がありました。
具体的に言うと、黒澤明と橋本忍という伝説的フィルムメーカーが作り上げた『羅生門』という映画があります。『羅生門』は、「人の数だけ真実がある」というテーマを映画で初めてその当時の新しい手法で表現し、世界に衝撃を与えました。当時の映画賞を席巻し、その後も世界中のフィルムメーカーに影響を与えつづけている作品です。『怪物』が結果的にトライしたことは「羅生門構造を現代の日本映画で更新する」ことだったとも捉えられます。過去の映画史に残る遺産をリスペクトし乗り越えていこうという思いも抱えながら作り上げていました。それがまさに『怪物』です。
一方、『ゴジラ-1.0』では、ゴジラという70年の歴史を持つIPに向き合いました。歴史を紐解く中で見えてきたのは、ゴジラは単なる怪獣ではなく「荒ぶる神」なのではないかということでした。つまり、その時代の人々の不安や恐れを象徴する存在としてのゴジラを再解釈し、歴史の中で再定義することに挑戦していたと思います。
<2> 現在性/アクチュアリティー 答えは、自分の近くにある。
山田 2つ目は「現在性(アクチュアリティー)」。ストーリーの中で投げかけられた疑問に対する答えは自分のすぐ近くにあり、圧倒的な現在性を持っていなければいけない。それこそが、世界で勝負できるストーリーに必要なのではないかと感じています。
『怪物』がカンヌで脚本賞を受賞した際、脚本家の坂元裕二さんからコメントをいただきました。それは「たった1人の孤独な人のために書きました。それが評価されて感無量です」という言葉でした。坂元さんは自分の近くにいるたった1人のためにこの物語を紡いだのだなとあらためて深く感じ入るものがありました。
『ゴジラ-1.0』はどうかというと、これはもう一言で「コロナ」です。ゴジラのストーリーを構想していた時期に、まさに新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るいました。対処法もわからない未知の存在に向き合うという状況下で、私たちはそれをどこかゴジラというキャラクターに重ねていったのです。政府が機能不全に陥り、誰も助けてくれない中で、民間人だけでその脅威に立ち向かうというコンセプトが生まれ、どんどん深まっていきました。結果として、戦後間もない時代設定でありながら、現代の不安を背負った物語に仕上がりました。
<3> コンセプト その作品にしかない発明は何か
山田 3つ目は「コンセプト」。「この作品でしか提示できない発明とは何か」ということですね。
『怪物』に関して言うと、先ほどお話しした「羅生門構造をどう刷新するか」というコンセプトがありました。『羅生門』はそれぞれの登場人物たちが見た世界を回想シーンを通じて描いている作品です。裁判の場で、各登場人物が「自分が見たものはこうだった」と証言する形で、異なる視点から同じ出来事を振り返ります。『怪物』ではこの回想形式を使っていません。
自分の子どもがいじめられているのではないかと不安を抱くシングルマザーの視点から始まり、次に同じ出来事を、やり玉に挙げられている先生の視点で描きます。最後は、子どもたちの視点から同じ出来事を捉える。回想シーンを一切使わず、その場にいた他者の視点で同じ事象を見返すと全く違った現実が見えてくるという非常に難しい構成にトライしていた。おそらく、映画史において誰も挑戦したことのない表現を、是枝監督が背負って素晴らしいキャストの皆さんと共に描ききってくださった。これが、他の映画にはない圧倒的にユニークなコンセプトだったと思います。
『ゴジラ-1.0』についてですが、舞台は戦後間もない1947年の日本。軍隊もなく、政府も機能していない時代設定です。無政府状態の中でゴジラが襲来したらどうするのか? というシミュレーションが成り立つ映画のコンセプトを構築しました。現実にありそうでいて、これまで誰も描かなかった視点からゴジラを捉えたと言えると思います。
こうした唯一無二のコンセプトこそが、世界で勝負するために必要な要素だと実感しています。
<4> 普遍性 人種や言語を超え、すべての人に届く
山田 4つ目は「普遍性」です。「普遍性」とは、人種や言語を超えて、すべての人々に共通する感情に届くもの、心に響く要素のこと。それが、世界で勝負するために結果的に必要になってくるものだと思います。
『怪物』のテーマはとてもシンプルで、「人の数だけ世界の見方が違う」ということ。皆さんも実感されていることだと思いますが、自分の世界の見方と、パートナーや子どもの見方は違う。国が違えば、アメリカ人の見方、日本人の見方も違いますよね。異なる視点を持つ人々が共存していかなければならない。それこそが、世界の現実であり、映画で描くべき普遍的なテーマのひとつなのではないか。
では、『ゴジラ-1.0』の普遍性とは何か。主人公の神木隆之介さんが演じるのは、特攻隊から逃げて生還してしまった元兵士です。彼は深いトラウマを抱えているのですが、これはいわゆる「帰還兵の罪悪感/苦悩」です。実際、アメリカでこの作品が大ヒットした際、多くのアメリカ人から言われたことがありました。「サバイバーズギルト(帰還兵の罪悪感/苦悩)は、アメリカ社会では非常に身近で共感できるものだ」と。アメリカでは今も世界情勢において戦争に従事している国民がが多く存在し、兵士たちが戦地から帰ってくる状況も現実に沢山あるからです。こうした普遍的なテーマを『ゴジラ-1.0』も内包していたのだと思います。
「歴史」「現在性」「コンセプト」「普遍性」の4つの原則こそが、結果的に世界で勝負するストーリーに重要になってくるのではないかと考えています。
人間の感情はストーリーの"技術"で動かされる。 物語に込めるべき7つのエレメント
長崎 ストーリーの4つの原則は、広告にも応用できるのではないかというお話をこれからさせていただきます。
山田 ここまで、私の経験を通じて「世界で勝つストーリーの力」とは何か、そのエッセンスを皆さんに共有しました。ですが、普遍的な視点で捉え直すと、世界のどの分野でも成功するために重要なのは、実は「ストーリーの力」なんです。今回、講談社さんがカンファレンスで掲げているテーマでもありますね。私自身、ストーリーを生業としていますが、ストーリーの力はどんな業界、どんな分野でも応用できるものだと確信しています。
ここまで「ストーリー」という言葉を何度も使ってきましたが、改めて皆さんに問いかけたいと思います。皆さんにとって、ストーリーとはどう定義されるものなのでしょうか?
長崎 喜怒哀楽? ハッピーエンドか、そうじゃないか......そんなふうにシンプルに考えていましたね。
山田 私が考えるストーリーの定義は、「人間の業の肯定であり、その感情を動かす技術」です。多くの方は、ストーリーが"技術"であることをあまり意識されていないのではないかと思います。
例として挙げたいのが、ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『サピエンス全史』。ハラリが伝える大きなメッセージの一つが、「人類が他の生物と異なり、ここまで発展できた最大の理由は、虚構(=フィクション・ストーリー)を生み出す力にある」。つまり、フィクションを創造する力こそ、人類だけが持つ特別な技術なのです。
私の考えをもう少し突き詰めて言うと、ストーリーというのは「人間が生み出した唯一の感情を動かすことができる技術」です。例えば、ビジネスパーソンの皆さんはロジカルシンキングを学び、ロジックで物事を説得しようとされることが多いと思います。しかし、皆さんも感覚的に感じているのではないでしょうか? ロジックだけでは人の心を動かすことはできないと。
また、夫婦喧嘩の最中にロジカルに分析してロジックで説得しようとしても、かえって対立が深まるだけですよね。必要なのは感情を動かす力。実はそれこそがストーリーの力なんです。ストーリーを用いることで、心を動かし、感情に訴えかけることで、対立を解消できる場合もあるんです。
今日は、そうしたストーリーの力がどのように応用できるか、私が長年にわたり物語を生み出す経験の中で導き出すことができた7つのエレメント理論を少しご説明したいと思います。人間の感情が動くストーリーの力というものは、この7つのエレメントがすべて揃うことで初めて発動されるというものです。
長崎 人々の感情を動かす7つのエレメントについてご説明いただくにあたり、あるCMをご紹介します。2002年にクリエイティブディレクターの高崎卓馬さんが製作した、公共広告機構(現・ACジャパン)のCM「IMAGINATION/WHALE」。当時、カンヌ国際広告賞(現・カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル)で銀賞を受賞した作品です。
このCMには、何枚もの画用紙をひたすら黒く塗りつぶす子どもと、その様子に困惑する大人たちが登場します。しかし最後に大量の黒い絵をつなぎ合わせると、クジラの絵が浮かび上がってくる、という内容です。
山田 このCMで、ストーリーの7つのエレメント理論がどのように活かされているのか解説します。
まず、第1のエレメントは「主人公」です。これは「常識に囚われた大人たち」です。子どもではなく、CMに登場する大人たち全員が主人公です。第2のエレメントは「欠損・欠落」です。ここでは「なぜ少年が黒い絵を描きつづけるか、大人たちには理解できない」ことを指します。
第3のエレメントは「欲求」です。これは大人たちの「子どもを助けたい」という思い。そして第4のエレメントは「行動」で、必死になって原因を探り、治療しようとする一連の行為を指しています。しかし、どれだけ大人たちが常識に基づいて診断し、治そうと試みても、子どもは一向に絵を描くのをやめません。これが第5のエレメント「障害」です。これまでの展開で「どうすればいいのか」という大人たちの迷いがずっと描写されていますが、これが第6のエレメントである「葛藤」になります。
最後、あるきっかけから、ついに黒い絵が実は壮大なパズルのピースだったとわかります。つまり大人たちの常識は打ち砕かれて終わりました。これが最後の第7のエレメント「変化」です。そしてラストカット、メッセージが一つだけ映し出されます。「子どもから想像力を奪わないでください」。見事なテーマへの帰結です。
この短い尺の中で、見事に7つのエレメントがすべて有機的につながっていることが体感できないでしょうか。これこそが、ストーリーの力が生み出す大きなパワーの源泉です。皆さんが感情を動かされたコンテンツを分析すると、必ずこの7つのエレメントが様々な形で含まれていることに気づくでしょう。
ほかにも例えばAppleのCMがなぜ世界中の人々の心を動かしたのか。これも同様に7つのエレメントで分析できます。スティーブ・ジョブズは、ストーリーの力を誰よりも理解し、その技術を駆使したクリエイターであり経営者だったと思います。
長崎 1997年のAppleの「Think Different」キャンペーンですね。当時、IBMが「ThinkPad」をリリースし、「Think」を掲げてグローバルに展開していました。まさに、巨大なテクノロジー企業としての存在感を示していたIBMに対し、Appleは「Think Different」というスローガンでカウンターパンチをくり出したわけです。7つのエレメントがどう活きているか、皆さんもぜひ分析してみてください。
7つのエレメントをコンテンツマーケティングで活かすには?
長崎 それでは「7つのエレメント」をどのようにコンテンツマーケティングに落とし込んでいくのか。まずは、こちらの生活者の広告への態度の変化を示したグラフをご覧ください。
長崎 グレー(左)が2014年、黒(右)が2023年のデータです。「広告はよく見るほう」「広告は買い物をする際に役立つ」「興味のある商品の広告はきちんと見る」といった質問に対する回答なのですが、この10年間で劇的に下がっているようです。
今の時代において、従来型の一方的に語りかけるアプローチは効果的なのでしょうか。注目したいのは、昨今の流れであるブランドのメディア化、つまりナラティブ(物語)を軸にしたコミュニケーションへのシフトです。この現状から、コンテンツマーケティングは最適な手法だと私たちは提言したいと思っています。
ここで先ほどのお話に戻りますが、企業がストーリーの7つのエレメントを応用することはできるのでしょうか?
山田 十分に応用できると思います。企業や法人というのは、いわば1つの人格を持つ存在です。その法人を1つの「主人公」として捉え、先ほどご説明した7つのエレメントをどれだけ深掘りできるかが鍵になります。
特に企業を人格として捉えた場合、多くの企業が避けがちな部分が「欠損・欠落」の深堀だと思います。しかし、実はこの部分こそ、最も豊かな財産なんです。7つのエレメントをもう一度振り返り、半径5メートルの中の自分たちの「現在性」を掘り下げていくと、必ずブランディングやユニークネス、その企業にしかないストーリーが見つかるはずです。
長崎 先ほど、『怪物』の脚本家の方が「たった1人のために作りました」とおっしゃった言葉、これはマーケターの皆さんがよく使う「N=1マーケティング」に通じるものがありますよね。つまり、たった1人の顧客に向けた最適な体験を創り出すという考え方です。ここにも、「ストーリーの力」との共通点が見えてくると思います。
「講談社メディアアワード」は、まさに出版社が今後どのように「ストーリーの力」を活かして進化していくかが問われている場でもあります。今回、エントリーされた企画の印象はいかがでしたか?
山田 出版社というのは、ストーリーを作りつづけた歴史の集積で成り立つ、壮大なストーリーメーカーですよね。企業と出版社が組み合わさることで、企業が持つ独自のストーリーの力をさらに引き出し、出版社の持つコンテンツ力と掛け合わせることで、そのメッセージを強化することができます。さらに、そうした取り組みを通じて、より普遍的なテーマを掘り下げ、世界で勝負できるレベルにまで引き上げることが可能だと思います。
長崎 物語を多彩な形で一緒に作っていく素地があるのが、出版社なのかもしれないですね。
山田 本当にそう思います。皆さんが7つのエレメントを理解されたところまで進んだとすると、その先は技術の領域に入ります。7つのエレメントをいかに有機的に結びつけ、巧みにストーリーテリングできるかが、次のステップです。
ここで鍵になるのが、出版社の役割だと思います。出版社は、長い歴史の中でさまざまなクリエイターと共に物語を作りつづけてきた経験とノウハウをお持ちです。それが、企業の広告やブランディングのストーリーメイキングに活かされることで、さらに成熟したコンテンツが生まれる可能性を秘めていると思いますね。
長崎 ちなみに、今回のアワード受賞企画の中でイチオシはありますか?
山田 『東海道新幹線とは何か』ですね。本当に素晴らしい試みだと思います。
長崎 新幹線60周年、そして現代新書60周年に合わせて、この一冊が作られました。新幹線に対する思い入れやエピソードを、30人の有名作家や文化人、タレント、スポーツマンが寄稿して作り上げたものです。なぜ、この企画を選ばれたのでしょうか?
山田 企業のブランディングで一番大切なのは、「そのブランドを愛してもらい、感情移入してもらうこと」ではないでしょうか。それは愛着を持ってもらうことにつながります。そして、これからの時代は、「個のストーリーの時代」になると思っているんです。今や誰もがSNSを通じて自分の物語を発信できる時代になっていますよね。その中で、一つのブランドが様々な「個の物語」を集約できるということは、非常に強いブランドなのだろうと思います。
この本では、東海道新幹線という1つのブランドに多くの個の物語が集められている。それは読者にとって、一生廃れることのない、変えがたい価値として、人生に不可欠なパワーとなっています。これを読むと、東海道新幹線というブランドは決してなくならないのだろうと、強く感じます。永続的なパワーを秘めた一つの試みとして、すばらしいと思いました。
長崎 最後に少しだけ、講談社の取り組みをご紹介させてください。先ほどご紹介した公共広告機構のCM「IMAGINATION / WHALE」の公開から約20年が経ち、このCMを絵本としてまとめた一冊『まっくろ』を、弊社で出版しました。ストーリーやコンテンツに密度がなければ、フィジカルな形にした際にどうしても廃れてしまうことが多いのですが、この絵本はおかげさまで売り上げも好調です。コンテンツの密度がいかに重要かを示してくれるケースだと感じています。
もう1つご紹介したいのは、札幌ラガービールのファンサイト「赤星探偵団」です。弊社で9年間手がけてきました。コンテンツマーケティングにおいては、皆さんが作り上げたストーリーを、その瞬間だけで終わらせるのではなく、フィジカルな形に転用したり、ロングランのプロジェクトとして継続したりすることが大切です。こうした取り組みが協業を通じて実現できれば、さらに素晴らしいものになるのではないでしょうか。
長崎 アカデミー賞とは程遠いかもしれませんが、メディアアワードが存在することも非常に意義深いことです。こうした場があるからこそ、ストーリーがより高いレベルに引き上げられるのだと感じます。
山田 アワードをどう盛り上げるか。点で終わらせずに、環境を設計することは大事だと思いますね。
◆本プログラムを含めた、ミライトーク01・02・03のアーカイブ動画 および、「講談社メディアカンファレンス2024」贈賞式 完全版アーカイブ動画は、メルマガ登録者限定でご視聴いただくことができます。ご登録のお手続きはこちらから。
【講談社メデイアカンファレンス 2024 ミライトーク03】
人の感情を動かすストーリーの力を生み出すために重要な7つのELEMENTS(要素)とは
登壇者:
・山田 兼司(映画ドラマプロデューサー)
・長崎 亘宏(株式会社講談社 ライツ・メディアビジネス本部 局次長)
撮影/村田克己(講談社写真映像部) 取材・文/室井美優、水溜兼一、中牟田洋子(Playce) 編集・コーディネート/丸田健介(講談社SDGs)

丸田健介 エディター・コーディネーター
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。