2024.10.25
味の素のマーケティング改革:明日のブランドマーケティングが変わること、変わらないこと。「Advertising Week Asia 2024」レポート④
生活者のブランド体験の変化、AIをはじめとするテクノロジーの普及などを背景に、マーケティングのあり方は大きな節目を迎えています。これからのブランドマーケティングにおいて、変えるべきことと変えてはいけないことは何なのか。味の素 マーケティングデザインセンター長 岡本達也さんと、日本を代表するPRストラテジストの本田哲也さんが語り合いました。
(右から)味の素株式会社 執行役常務 食品事業本部副事業本部長 兼 マーケティングデザインセンター長 岡本達也さん、
株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト 本田哲也さん
本田 みなさんこんにちは。PRストラテジストの本田です。本セッションでは、これからのマーケティングのあるべき姿について、味の素のマーケティングデザインセンター長、岡本達也さんとディスカッションしていきます。
岡本さん、どうぞよろしくお願いいたします。
岡本 はじめまして。味の素の岡本と申します。
2023年4月に新設した「マーケティングデザインセンター(MDC)」のセンター長を務めています。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
顧客変化の対応のために、新たな組織体制を構築
本田 まずは、味の素さんの変革の旗印となっている「マーケティングデザインセンター」の設立経緯から教えてください。
岡本 味の素は国内にも海外にも、かなり強いビジネスモデルを持っていました。国内だと、スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどに強いパイプがあり、海外では「ウェットマーケット」と呼ばれる、野菜、果物、肉や魚などの生鮮食品を取り扱う市場での現金直売に強みを持っていました。
ところが近年は、インターネットでお客さまが食に関するさまざまな情報を大量に入手できるようになり、ECサイトでも簡単に食品が購入できるようになったことで、これまで我々が強みとしてきたビジネスモデルが「強み」ではなくなってきました。
そこで、1917年に設置した広告部(当時は広告課)と、2018年に創設した生活者解析・事業創造部を統合。新たな組織体制の構築を目指して「マーケティングデザインセンター」を新設しました。
「マーケティングデザインセンター」設立の背景には、強いビジネスモデルがあるがゆえの、顧客変化への対応力不足があった
2つの機能を有する「マーケティングデザインセンター」
本田 「マーケティングデザインセンター」は、どのような組織体制なのですか?
岡本 大きく「サービスセンター」と「プロフィットセンター」の2つで構成されています。
「サービスセンター」は、既存の商品開発マーケティング事業をサポート。マーケティング開発部とコミュニケーションデザイン部にわかれています。
「プロフィットセンター」は、これまでとは違う収益のパイプをつくるべく、D2Cビジネス強化を目的にした、DtoC事業部があります。
この「サービスセンター」と「プロフィットセンター」が相互に作用することで、新たな価値創出、獲得した新たなナレッジを既存事業に活用する役割を担っています。
味の素「マーケティングデザインセンター」は、これまで縦割りだった組織を横串でつなぐことで、新たな価値創出を図った
開発フローを従来の請負型から、スクラム型へと革新
本田 「マーケティングデザインセンター」を新設したことで、何が大きく変わったのでしょうか?
岡本 製品開発とマーケティングプロセスです。スライドで解説します。
「マーケティングデザインセンター」の誕生によって、部署横断、一体となって製品開発を行える組織へと変革した
岡本 左側は以前のビジネスモデルです。
これまでは、既存の事業部からブリーフィングを受けて、その都度、生活者の解析や調査を行い、コミュニケーション設計やクリエイティブを各部門に依頼していました。
右側は、マーケティングデザインセンター設立後のフローです。
製品開発の初期段階から、データアナリスト、リサーチパートナー、コミュニケーションメンバーが事業部と一体になり、同じチームで開発を行うようになりました。
新部署設立の目的は、企業文化の変革
本田 「マーケティングデザインセンター」を新設するにあたり、どのようなことを意識されたのですか?
岡本 企業文化の変革をしていきたいと考えていました。
味の素グループ共通の大切な価値観としている「味の素グループWay」においても、「新しい価値の創造」「開拓者精神」は最重要視している行動指針です。
しかし、会社が大きくなるにつれて、「ほんだし®」「Cook Do®」のようなすでに大きな市場をもっているブランドを1パーセント伸ばす方が、新製品を作ったり、新しいキャンペーンを展開したりするより効率がいい、という現象が起こっていました。
こうなると、どうしても守りの仕事になってしまい、新しいノウハウやチャレンジは起きなくなります。
そこで、とにかく"バットを振る(挑戦する)"ことが大事だと、「Swing the bat(スイング・ザ・バット)」という取り組みを開始。成果ではなく、独自の着想や創意工夫を評価する「スイング・ザ・バット賞」も新設し、社員のチャレンジを促しました。
「スイング・ザ・バット賞」は、成果がでなくても"フルスイング"したかどうかが評価軸になっている
本田 これまでにも画期的なプロダクトを生み出してきた味の素さんは、もともと社内のチャレンジ精神は旺盛だったと思います。それが、会社が大きくなるにつれて、徐々に保守的になってきたということですね。
岡本 そうですね。弊社はもともと、ベンチャーのような形で始まり、爆発的なヒット商品を生み出して守りに入る、というスタイルを繰り返してきたところがあります。
ただ、近年は大型のヒット商品が生まれておらず、従来の枠にとらわれず、大胆な発想でヒット商品につなげていかなければいけない、という危機感を抱いていました。
部署横断の仕組みによって生まれた、新たな価値創出
本田 では、センター新設後に発売された新たな価値創出の事例をご紹介ください。
岡本 はい。
「マーケティングデザインセンター」設立によって、新たな視点が生まれ、新製品の誕生につながった
昨年夏に発売した「Cook Do® 極(プレミアム)麻辣麻婆豆腐用」(画像左)と、今年の春発売した「パスタキューブ™」(画像中央)です。
既存のコンシューマーフーズ事業部が、先ほどご紹介した新システム(部署横断のチーム編成)で製品開発を行いました。
岡本 「プロテインスープ」(画像右)は、DtoC事業部が開発したものです。プロテインユーザーを深掘りしていくと、「冷たいのがいやだ」「ご飯が食べられなくなる」というシンプルなインサイトがありました。そこで、「飲んだ後でもご飯が食べられる、温かいプロテイン」という新しいポジションの商品を生み出しました。
動画再生数1000万回を突破! 製品だけでなく、コミュニケーションも変革
本田 製品以外の、新たな価値創出事例についても教えてください。
岡本 では、コミュニケーションの事例をご紹介します。
広告においては、まずはPESOモデル(※)を設計し、どうやったらお客さまにちゃんと受け取ってもらえるかを、あらためて考えました。
※PESOモデル 4つのメディアを活用したマーケティングモデル。Paid Media:広告、Earned Media:パブリシティ、Shared Media:生活者のSNSやブログ、Owned Media:企業ウェブサイトや公式SNSアカウント
その第一弾となったのが、俳優の藤原竜也さんを起用した「Cook Do® オイスターソース」の広告です。はじめに、信濃毎日新聞という長野県のローカル新聞1誌のみに「レタス保存用新聞」と打ち出した広告を掲載したところ、「冷蔵庫を空けると、藤原竜也が出てくる!」と話題に。メディアにも数多く取り上げられ、オイスターソース市場で、トップシェアを獲得しました。
これまでの味の素にはない、新たな広告アプローチによって、SNS上で大きな注目を集めた
岡本 中央の事例は、味の素が取り組む社会課題解決を、お客さまにも一緒に取り組んでもらうために「フードロスラ」というキャラクターを新設した事例です。面白く楽しく伝えることで、興味関心をもってもらいました。
右の事例は、タレントのクロちゃんさんを起用したSNS動画事例です。クロちゃんさんのご自宅にお邪魔し、クロちゃんさんの彼女が「Cook Do® 香味ペースト」を使った料理をつくっている場面をスマホで撮影。TikTokに投稿したところ、オーガニック総再生数が1000万回を突破しました。食品業界で、SNSの投稿が100万回再生を突破することは、ほぼありませんから、この数字には大変驚きました。
本田 こうやってみると、良い意味で今までの味の素さんらしくないですね。アプローチが"フルスイング"している感じがあります。
岡本 それは私にとっては最高の称賛です。ありがとうございます。
SNSの声を活かした、「冷凍餃子フライパンチャレンジ」
本田 ここで、私も関わらせてもらった、味の素冷凍食品の「冷凍餃子フライパンチャレンジ」をご紹介させてください。
「味の素の冷凍ギョーザがフライパンに張り付いた」というSNSの投稿を見た味の素冷凍食品の担当者がSNSですぐに反応。「改善のために検証したい。着払いでいいので、みなさんのフライパンを送ってほしい」と発信したところ、3日間で3520個のフライパンが味の素に届き、そこからブランドアクションにつなげていったという取り組みです。
本田 ありがとうございます。
「顔」が見えることで、双方向のコミュニケーションが生まれる
本田 ここまで「従来と変わった」マーケティング事例を紹介いただきました。商品開発においても「変化」を感じることはありますか?
岡本 日本はどのメーカーの、どの食品も本当に美味しく、表面上の不安を抱く消費者は少ないですよね。だからこそ、お客さまが気づいていないけれど、本当は不安に感じていることを、課題になる前に「発見しにいかなければいけない時代」になってきたなと感じます。
本田 ゴールデンタイムに、テレビCMを流せば商品が売れていた時代ではなくなりましたからね。
岡本 そうですね。「顔の見えない企業」が発信する情報が受け入れられなくなってきていますよね。
一方で、SNSの発信にしても、企業担当者の「顔」が見えていると、お客さまも心を開いてくれて、双方向でのコミュニケーションができるようになると感じています。
最近だと、弊社の「やさしお®」という塩分半分の塩が、なぜ食べると冷たく感じるのかと手紙をくれたお子さんに担当が返事を書いて送ったところ、送り主の保護者の方がXに投稿。44万「いいね」がつき、Yahoo!ニュースなどでも大きな話題になりました。
炎上をおそれず、共有・共創していくことが大切
本田 知名度や認知率において、味の素さんはほぼ100パーセント。ですが、重要なのは、知られているかどうかではなく、"人格"として認識されているかどうかです。
一方で、マスメディアを中心としたコミュニケーション、特にSNSの場合、炎上に気をつければ気をつけるほど、保守的になり、企業の顔が見えにくくなる傾向にあります。そのあたりは、どう意識されているのでしょうか。
岡本 大きな会社なので、どうしても慎重になってしまいますが、会社の代表として、ブランドを背負っているという責任感のもとで、ある程度は権限委譲してやってもらうようにしています。結果、間違った発言をしてしまったとしても、謝罪すればいいわけですから。
本田 私もそう思います。もちろん、表現や発信方法は気をつけなくてはいけませんが、たまに少し失敗するような人間味があるからこそ、人格が見えてくることもあると思います。情報も多様化していますので、お客さまとも画一的ではない向き合い方をしていく必要がありますね。
岡本 まさにその通りです。昔は「情報開示」という言い方をしましたが、いまは、閉じていたものを開く時代ではありません。お客さまとの共有・共創・会話のなかでやっていく時代だなと思っています。
本田 先ほどの「冷凍餃子フライパンチャレンジ」もお客さまとの共創ですよね。
フライパンを送った方も、SNSでのやりとりを見守っていた方も、まるで自分も一緒に商品の企画・開発に関わっているような感覚が生まれてくる。それが新商品の売上向上にもつながったのだと思います。
ブランドは無形資産。大事にしなくてはいけない
本田 一方、ブランドには、変えてはいけないこともあります。そこで気をつけていることはどのような点ですか?
岡本 味の素のブランドは、大切な無形資産です。ですから、そこはすごく大事にしています。
結局、ブランディングって、好きな人に好きになってもらうための仕事ですよね。好きな人に自分のいいイメージをもらうために、突然顔やスタイルが変わるようなことがないように、ブランド資産は大事にしなくてはいけないと思っています。
「好きな人と会話をするように、お客さまと会話ができるようなブランドを意識している」と話す岡本さん
AI活用の利点と注意点
本田 パッケージデザインや世界観、トンマナといったところですね。ちなみに、AIを活用したコミュニケーションについては、どうお考えですか?
岡本 AIによってチャレンジの幅を広げられることはあると思います。
人間の頭では抜け落ちてしまったり、失敗してしまったりするようなことを、よりスピードを上げて抜け漏れがないようにやっていく仕事は、AIを活用すると非常に便利なのではないでしょうか。
本田 最近はAIでCMを作るという話も出てきましたが、それについてはどのようにお考えですか?
岡本 先日、まさにある会社さんで、AIでブリーフィングから配信まで1日でできるという話をお聞きしました。すごいなと思う一方で、倫理面やお客さまにリアルとして伝わるかどうかというところで、活用には熟考が必要だなと感じました。
本田 AIを活用することでお客さまとのコミュニケーションや購買につながればいいですが、「新しいからやろう」ではうまくいかないということですね。
「冷凍餃子フライパンチャレンジ」をはじめ、味の素グループの支援にも関わっている本田さんは、日本を代表するPRストラテジスト
岡本 そうですね。ただ、メディアも多様にしなければ届かない時代なので、テレビ広告だけを一生懸命つくっていた時代から、作業量も膨大に増えています。これを間違いなくオペレーションしていくためには、テクノロジーの力を借りるという選択肢もあると思います。
縦割りからの脱却。今後は「横串」でつながることも必要
本田 テクノロジー活用を円滑に進めていくためには、どのような人材が必要でしょうか。そして組織はどうあるべきだとお考えですか?
岡本 お客さまの状態を見て、会社としてのベストソリューションをご提供するために、縦の事業部制の弊害をどう壊していくかが、今後の課題だと思います。
日本の会社は縦の事業部制が多く、欧米の会社は「機能別の組織」が多い印象です。事業部制は、経済成長している環境下では非常に有効に機能します。ひとつひとつのビジネスユニットが成長し、それを足し算していくと全社成長につながるからです。
ただこれだと、それぞれのブランドが勝手にお客さまにLINEやDMなどを送ってしまい、受け取るお客さまが迷惑することも起こりかねません。縦の事業部制のよさを生かしながら、事業部間の連携をいかにうまくまわしていくか。そのために、事業部間が横串でつながることも必要だと思います。
本田 マーケティングデザインセンターは、まさに「横串」そのものですよね。最後に、マーケターや広告会社の方に、メッセージをお願いします。
岡本 我々がやっている仕事は、生活者の"心の中"と向き合うという仕事です。これは、神の領域に近い、非常に難しい仕事だと思っています。
日々チャレンジばかりですが、生活者のインサイトを考え、それを価値に変換していくために、スピードを上げて変革を受け入れ、お客さまにさらなる価値をご提供し続けていきたいと思っています。
本田 ありがとうございました。
開催日時:2024年9月19日(木)14:00〜14:40
セッションタイトル:味の素のマーケティング改革:明日のブランドマーケティングが変わること、変わらないこと。
登壇者:
岡本達也/味の素株式会社 執行役常務 食品事業本部副事業本部長 兼 マーケティングデザインセンター長
本田哲也/株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト