講談社と広告主の共創で生まれた広告企画を対象に、優れた企画を選出する「講談社メディアアワード」。今年も、10月30日(水)に開催するビジネスイベント「講談社メディアカンファレンス 2024」内にて、贈賞式が行われます。
今年から新たに4名の審査員、アクセンチュア株式会社のマネジング・ディレクター 太田 郁子さん、株式会社電通のクリエイティブ・ディレクター 越智 一仁さん、
審査に先駆け、審査員代表を務める「宣伝会議」編集長・谷口優さんが新審査員にインタビューを実施。仕事をする上で感じる昨今の広告・マーケティング分野の潮流や、クライアントとの関わり方、クリエイティブの可能性などを伺いました。第2回は、越智 一仁さんです。
左 越智⼀仁 株式会社電通 zero/Dentsu Lab Tokyo クリエーティブ・ディレクター
大学の専攻はモーショングラフィックス、3DCG、VJ。映像表現、デジタル、PRなどが得意領域。主な仕事に、ネピア「Tissue Animals」、小林市「ンダモシタン小林」、グリコ「GLICODE」、ヤフー「聞こえる選挙」、ヤッホーブルーイング「先輩風壱号」「無礼講ースター」、森ビル「DESIGNING TOKYO」、TOKYO2020「Guide to the Games」など。
右 谷口優 株式会社宣伝会議 メディア・デジタルコンテンツ本部 取締役 兼 月刊『宣伝会議』編集長・社会構想大学院大学准教授
大学卒業後、宣伝会議に入社し、編集部に配属。月刊『宣伝会議』副編集長を経て、2007年10月より編集長に就任。現在は、宣伝会議の出版、メディア事業のマネジメント全般に関わる。社会構想大学院大学の准教授も兼任。
AIと人間の共創について考える
谷口 まずは現在取り組んでいるプロジェクトについて教えてください。
越智 私の所属する電通のDentsu Lab Tokyoは、テクノロジーを起点とした新しいアイデア創出に取り組む、クリエイティブ組織です。私は現在、コミュニケーション・プランニングを主軸としながら、生成AIに関わるプロジェクトなどにも携わっています。
クリエイティブ業界には、「AIに、自分たちの領域が侵食されてしまうんじゃないか」という危惧の声も挙がっていますが、僕は、その辺にこだわりが全くないんですよね(笑)。
AIが出した意見がユニークだったり、効率化を図れたりするのであれば、そのアイデアを取り込むべきだという考えです。加えて、機械相手であれば人間は意見を言いやすいし、合意形成も取りやすいと感じています。
越智 企画を進める中でAIを活用することも多くなってきましたが、例えばAIが考えた数多くのアイデアに対し、参加者で意見を言い合いながら、バサバサ切って選んでいったんです。短時間で全員が「いいね」と思える答えにたどり着いただけでなく、「これだけの中から選んだのだから、ほかにアイデアはないよね」という納得感も得られました。
このように、AIを活用して企画を精査していく機会は、今後ますます増えていくような気がしています。ただ同時に、AIができないこと、人間がやらなければならないことも浮き彫りになってきました。生成AIと人間の共創については、関心が深まっていくばかりですね。
「感情に働きかける文脈」は、人間だからこそ創造できる
谷口 越智さんは大学時代からテクノロジーを活かしたクリエイティブに挑んできましたよね。なぜ、テクノロジーに興味があったのですか。
越智 もともと、テクノロジーで何かをしようと考えていたわけではありませんでしたが、さまざまなテクノロジーに触れるうちに「人間ができないことを実現できる機械は便利だ」と感じるようになりました。そこからテクノロジーとの共創は続いており、時代とともにタッグを組む相手を変えて取り組んでいます。
テクノロジーと向き合うたびに、利便性を享受するだけでなく、「人間にしかできないことが絶対的にある」という気づきを得られるのは興味深いですね。
谷口 現在は、テクノロジーのなかでもAIにまつわるプロジェクトに携わっているということですが、「AIにはできなくて、人間だからこそできること」は一体なんでしょうか。
越智 主に二つあると思います。一つは、ディレクションです。例えば、人間の考えに及ばないような突拍子もない発案をAIがしたとしても、その中から課題に合った最適解を選ぶ作業は人間にしかできません。
もう一つは、ファクトチェックです。AIのアウトプットにはエラーが含まれている可能性もあるので、ここを正すのも人間の仕事です。
とは言え、最近では広告コピーライティングに特化した生成AIが発表されたり、商品の特徴的な機能を上手に訴求することもできるようになってきましたし、驚かされることが多いです。
一方で、非言語的な領域......とても抽象的ですが、人の感情に働きかける文脈をクリエイトする力は、人間の方が得意なのではないかとも思っています。
これからのクリエイターに求められる、「合意形成」のスキル
谷口 越智さんがクライアントと向き合うなかで、クリエイターにはどんな視点やスキルが求められるようになったと感じますか。
越智 クライアントの合意を取るために、これまで以上に理論やロジック、裏づけが求められるようになったと思います。今は広告宣伝部だけでなく、事業部やマーケティング部など、多様な立場の方がクリエイティブに関わるようになりました。
その結果、従来のように「CMを打ちましょう」「今ある制作物を拡張すれば面白いものがつくれます」という説明だけでは通用しません。そもそも、CMをつくる際には多様なデータをもとに策を練るわけですが、明確な説得材料が必要不可欠となっているのです。
つまり、「マーケティング調査をこうやります」「結果はこうでした」「だから表現はこうあるべきです」といった筋道の通った文脈をつくるスキルが、クリエイターに必要な素養の一つだと感じています。
谷口 関係各所との「合意形成」にも、生成AIなどのテクノロジーが大いに活用できそうですね。
越智 AIには、人に聞けないようなことも相談できますし、瞬時に100のアイデアを出してほしいと頼むこともできますからね。企画をする中で、AIを活用するようになって感じたのですが、間にAIが存在することで、人間同士の合意形成が結果としてうまくいくこともあるのだと思います。
谷口 越智さんのように、ここまで「合意形成」に着眼しているクリエイターは珍しい気がします。
越智 自分のことを、「仲介企画屋」だと思っているからかもしれません。思いもよらないアイデアは、決して自分だけでは生み出せないもの。だからこそ、クリエイターはもちろん、いろいろな視点を持った人の力を借りようという発想を持っています。
クライアントからでも、営業のチームメンバーからでも、何か良いヒントや発案があればぜひ参考にしたいですし、それだけ多くの人を巻き込んでプロジェクトを進めていくためには、合意形成が非常に重要だと感じています。
映像制作で重要なのは、「リアル」を重視した視点
谷口 多くの映像コンテンツを生み出してきた越智さんに、映像コミュニケーションにおける潮流やトレンドについてお伺いしたいです。何か感じることはありますか。
越智 「つくられたものを信じる時代」が終わりつつあるように感じます。TikTokをはじめとするSNSの動画コンテンツには、映像的クオリティがそれほど高くなくても愛着や親近感を評価されるものがたくさん出てきました。評価はマーケティング効果にもつながるので、「クオリティが高くなくても良いコンテンツだ」という判断基準も生まれたわけです。
越智 そして今や国民総クリエイター、国民総メディアの時代。僕らがクライアントの要望のなかで映像制作をする一方で、日々自由に投稿している人がいます。そうした個人の投稿を評価する概念も生まれているので、「これだけ手間をかけてクオリティを上げたから」という理由だけでは、クライアントに良いコンテンツだと納得してもらえません。さらに「こういう表現であれば効果的」と言いづらくなっていると思います。
谷口 難しいですね。たしかに、「クオリティが高くなくても、リアリティのある映像が良い」という声も耳にします。また、最近は縦型動画をCMに採用する企業も増えていますよね。
越智 たしかに、数年前からTikTokをはじめとする縦型動画の制作依頼は多いですね。僕らの世代の感覚では、映像は横型が普通であるとかキャストの関係性を描いたり背景を分かりやすく伝えるためにはその方が適切であるといった常識があると思うのですが、もうそういう固定観念は捨てなければならない時代なのだと思っています。
例えば、ひとりでダンスを踊るようなコンテンツには縦型のフレームが有効でしょうし、テキスト配置なども工夫されていたりと、縦型映像の特色を上手に利用した表現なども生まれてきています。
では、なぜTikTokのような縦型動画が受け入れられているかといったら、当然ですがスマートフォン・ネイティブにとっては縦型が当たり前だから。
その上で ユーザーは、「いつも見ている人だから」「この人は嘘をつかないから」など、映像の奥にある文脈、作り手の思いなどを肌で感じ取り、最終的に「信じられるか」「信じられないか」を判断しているのだと思います。
谷口 企業の映像コミュニケーションにおいては、「誰が語るのか」――つまり、キャスティングも大事な要素になりそうですね。
越智 キャスティングについては、あるクライアントが非常にリアリティにこだわられていたのが印象的でした。
広告を見る消費者からしても、その製品が世の中に浸透しているものだという"事実"、キャストが本当にその製品を選んで使っている "事実"がなければ、企業に対する信頼や関心は生まれにくい。こうした「リアル」を重視したコミュニケーションの視点は、これから非常に重要になってくると思います。
驚きと共感を生むクリエイティブが、ユーザーの愛と敬意をもたらす
谷口 越智さんにとって広告クリエイティブのお仕事で実現したいこと、パーパスはどんなことですか。
越智 「愛と敬意の獲得」ですね。これが達成できれば、マーケティングに貢献できると思っています。
愛と敬意を獲得するにはまず、驚きと共感が必要です。共感は、ユーザーへの思いやりから始まるもの。「何のファンなのか」「何に一生懸命になっているのか」「何に挫折してきたのか」など、相手を理解し、気持ちに寄り添う文脈をつくることが大切です。また、驚きは、ユーザーを振り向かせるためのコミュニケーション上の工夫です。「何を見たことがないのか」「何を常識としているのか」を想像しなければなりません。
このような文脈をもった広告クリエイティブを生み出すことが、クリエイターの役目です。ユーザーがプロダクト、ブランド、サービスを好きになれば、敬意をもってもらえる。敬意が継続していくと愛に変わる――といったサイクルを生み出していきたいと考えています。だからこそ、安易に嫌われる恐れのあるもの、炎上するようなコンテンツをつくってはいけない。サステナブルなものをつくる意識は非常に重要だと思います。
谷口 驚きはテクノロジーで表現できそうですが、「愛と敬意」を得るというのは面白い発想だと感じました。
越智 「愛と敬意」という感覚は、人間ならではですよね。AIは忖度のようなものがないので、僕らの思いや熱意とは違うベクトルで、客観的な事実を淡々と並べてくれます。そこに偏りがないのが、AIと人間の違いです。人間は偏りを持っているからこそ、「偏りを理解したコミュニケーション」を考えることも必要だと感じています。
谷口 最後に、メディアアワードの審査会に向けて、楽しみにしていることを教えてください。
越智 「何かと何かを掛け合わせたときに、こういう結果が生まれました」「そこから、こんな素敵なストーリーが生まれました」という企画が並ぶ様子を見てみたいですね。そのなかにはきっと、企画制作に関わる人々や企画に触れた人々からあふれる「愛と敬意」を感じることもできると思っています。
もう一つ、僕の基準で「これがいい」と選んでも、他の審査員の方は全く違う切り口から企画を見ているはずですよね。みなさんがどのような基準で企画を選ぶのかにもとても興味があります。
谷口 ディスカッションする時間もあるので、それぞれに話を聞くのも楽しみですよね。
越智 あっという間に時間が過ぎてしまうと思います(笑)。僕自身も、「これが良い」と思う基準は日々変わっていると思いますし、受賞したから良いというわけでもない。何よりも、良いアイデアのショーケースを、多角的な視点から学習することに意味があると思っています。間違いなく自分自身のアップデートの場にもなるはずです。
撮影/森清 取材/谷口優(宣伝会議) 文/佐藤理子(Playce) 編集・コーディネート/川崎耕司(C-station)
川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター
C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。