2024.08.26

この世界にある差別や偏見を、福祉を起点に新たな文化の創出を目指す「ヘラルボニー」はどう捉え、向き合ってきたのか。代表・松田文登さんに聞く|Across the Border ~見えざる壁を越えて~ vol.2

自閉症の兄がもっと生きやすい社会を作りたい、という思いで、岩手出身の双子が立ち上げた株式会社ヘラルボニー 。主に知的障害のあるアーティストとアート作品のライセンス契約を結び、ライセンス事業やプロダクト開発などを手掛けています。創業6周年を迎える今、「LVMH Innovation Award 2024」で日本初となる「Employee Experience, Diversity & Inclusion」カテゴリ賞を受賞、パリ進出を発表するなど、着実に成長を続けています。

本連載「Across the Border ~見えざる壁を越えて~」では、現代社会に存在する「見えざる壁」を越えるため、各領域でさまざまなチャレンジを続ける人々を取材しています。

インタビュアーは、講談社入社5年目の張蕾。彼女自身もまた、日々の生活の中で様々な壁を感じ、それを乗り越えようとしている一人です。各領域で活躍している先輩に話を聞くことで、壁を乗り越えるための「ヒント」を読者のみなさまと一緒に得たい、という思いでこの企画に携わります。

これまでの常識が通用しなくなっている現代でもなお、私たちは往々にして、無意識の偏見や、現状維持バイアスが色濃く残る状況に直面することがあります。

変わる社会と、変わらない常識。その間で時にもがきながら、道を切り開いてきた松田さんのこれまでと、未来へのメッセージを、張蕾が伺います。

松田文登(写真右)/株式会社ヘラルボニー 代表取締役Co-CEO
岩手県出身/在住。ゼネコン会社で被災地の再建に従事後、2018年に双子の弟・松田崇弥と共にへラルボニーを設立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、福祉領域のアップデートに挑む。

張蕾(写真左)/講談社メディアプラットフォーム部
中国・西安出身。日本の大学・大学院を経て、2020年コロナ禍に講談社に新卒入社。広告部署に配属となり、以降、運用型広告を初めとするデジタル広告を中心に担務。

障害のある作家の作品が「当たり前」に存在するということ

張蕾(以下・張)松田さんにお会いする機会をいただくにあたり、楽しみであると同時に、かなり緊張してるんです。その緊張の源を探ってみると、「障害」というテーマに自分の腰が引けているのかもしれないと思いました。

私は今まで知的障害のある人と密に接した経験がなく、無意識に失礼な言葉を使ってしてしまうんじゃないだろうか、とか、「寄り添う」という姿勢も上から目線なんじゃないか、とか、色々考えてしまって......

松田文登さん(以下・松田)私は、もう生まれた時から、自閉症で重度の知的障害を持つ4歳上の兄がいたので、毎週土日になると兄が福祉団体の皆さんとキャンプに行ったり海に行ったりするのに、双子でついて行ってました。その中には、ダウン症、自閉症などいろんな障害のある方達がいて、それが自分たちにとっては普通だったんです。

日本は障害のある方と関わったことがないという割合が51.9%(※)という調査結果もあって、他国と比較しても高い数値なんですよね。

障害というものへのアンコンシャスバイアスで、兄が「かわいそう」と言われ、「障害」=「欠落」のイメージがあることには、ずっと違和感を感じてきました。

だから、今この社会にある、障害のある人たちは異世界の存在だからどう接したらいいのかわからない、といった腫れ物扱いの空気は、私にとっては逆に意外なんですよ。

そんな分断や思い込みを溶かしていくのがヘラルボニーの役割なんだろうな、と思います。今、講談社さんのシンボルマークを、ヘラルボニーの契約アーティストたちの作品でオリジナルアートにするコラボレーションをさせてもらっていますが、それがエントランスに「当たり前」に存在している、ということが大事だと思うんです。

2024年5月より講談社とヘラルボニーのコラボレーションがスタート。講談社の「多様性」を表す10色のコーポレートカラーごとに、ヘラルボニーの契約アーティストをフィーチャーしたシンボルマークを展開。以下はコンセプトムービー。

ヘラルボニーとしての活動を続けることで、障害のある人との出会いの数をじわじわと増やしていきたいですよね。今、障害というテーマについて日常的に何も考えていない人の方が多いんじゃないかと思うので、まずは気づきを作っていく、という作業が重要だと思っています。

(※)研究推進機構 都市科学・防災研究センター 教授・野村恭代氏の研究結果より。

大切にしたいのは、「本質的かどうか」ということ

張:講談社とのコラボレーションのお話があがりましたが、企業さんとのお取組にあたって、重視しているポイントはありますか?

松田:まず、長期的にご一緒できる関係性を育めるか、ということは大事な軸です。「IRの資料にポンとアートのあしらいだけ入れたい」など、消費的に利用されることは避けたいなと。

企業さんとのコラボレーションに関わらず、「本質的かどうか」という点は、意識しています。

例えば、今、障害者雇用の法定雇用率が現状の2.3%から2.7%(2026年度)に上げるという話が出ていますが、雇用率を上げることばかりに注力するのは、私は意味がないと思っていて。法定雇用率は達成できないけど、その分納付金を払えばいい、と割り切っている企業さんも多いですし、障害のある方を雇用するためだけに特例子会社を作って、社員は障害のある方とは日常の中で出会わない、みたいな解決策って、果たして本質的なのか、と気になってしまいます。

大前提として、障害というものへの気付きや理解がないと、健常者前提の資本主義経済を前提とした社会の中でつくられた人事評価制度も紐づかないし、雇用したはいいけどとにかく大変、という状況になってしまいますよね。とはいえ、綺麗事だけでやっていけないというのも、よく分かるので......

張:いろんな矛盾が存在していると思います。人の意識が変わったり、国の制度が大きく変わったり、というのは時間がかかることですよね。ヘラルボニーさんが創業時に「福祉実験カンパニー」と称している理由がわかった気がします。正解がわからない中で、いろんなことをやっていこう、という気持ちの表れなのでしょうか。

松田:そうですね。福祉って保守的で、失敗してはいけないという世界でもあるので、本来、実験という考え方とは水と油だと思うんです。でも、私たちは福祉の中の人たちよりは外側の世界に発信していって、そこで成功したことを福祉の中に逆輸入するみたいなことをしたいんですよね。

社会の中に新たな価値観を投じていく一つの運動体であろう、という意志は強く持ち続けていきたいな、と思います。

白い水の中に、違う色のしずくを一滴垂らすような営み

張:今年で創業6周年ですが、ヘラルボニーさんの存在感は着実に増していると感じます。この6年間で、何か、社会の変化を実感することはありますか?

松田:作家の親御さんの意識の変化などは、如実に感じますよね。泣いて喜んでくださる方もいます。

就労支援の事業所で働く障害のある方の平均工賃は、月額で約1万5,000円、年間で20万円くらいという世界なんです。それが今、ヘラルボニーからの収益で、確定申告ができるまでの収益を得られる作家さんが続々と出てきています。

作家のご家族から「いただいたお金で焼き肉を食べました。人生で一番おいしい焼肉でした」と言ってもらえたこともありました。それは、焼肉の味がどうこうではなくて、作家さんが稼いだそのお金で食べているからこそ、美味しかったわけですよね。

現在の福祉施設は大切なセーフティネットだし、守らなきゃいけないもの。でも、挑戦したいと思う人がいるんだったら、ヘラルボニーは挑戦の場を用意できる存在でありたい。生み出した作品が評価されることで、作家さんやその家族が社会の中で「一歩前に向いていける状態」を作れているな、という実感はあります。ただ、社会全体の障害への眼差しに大きく影響を及ぼせているかというと、本当にまだまだだな、と。

張:「社会の変化」という大きくて漠然とした質問をしてしまったのですが、今のご回答で、それぞれの人や家族の個別具体の変化を、それぞれ丁寧にご覧になっていることがわかりました。

松田:それは何より大事にしていると思います。私たちがやりたいのは、「差別、偏見はダメ」と声を高らかに叫ぶことではなくて、「こういう考え方があるんだよ」と、白い水の中に、違う色のしずくを一滴垂らすような営みだと思うんです。違う色がじわっと広がっていくことで、人々がいろんな価値観や概念に気づくきっかけになったらいいな、と。

福祉のためにできることを考え続ける

張:5月には、LVMH Innovation Awardのカテゴリ賞も受賞されました。おめでとうございます! 福祉の本質的な部分を大事にしながらも、資本主義のド真ん中で勝負をするという、一見相反するように見えることを両立されていてすごいです。

松田:ありがとうございます。LVMHグループから事業推進のサポートを受けられますし、ずっと狙ってたんです。本当に嬉しかったですね。でもやっぱり、PRの方法については考えることがあります。キラキラに見えすぎてないか、みたいな。一般のブランドのテキスタイルデザイナーとはまた違った背景があるので、どういうふうに情報を打ち出していくのか、ということは、メンバーとすごく考えます。

ヘラルボニーの事業は、資本主義によればよるほど搾取構造に見えるし、福祉によればよるほどビジネスにならない、という現実がある。本質の部分を守るために、とりあえずビジネスを拡大すればそれでいい、ということにはならないんです。

会社としての成長を追い求め、挑戦を続けていくことは大事だけれど、同時に、作家さんをきちんと守る行動を取るし、福祉のことを考え続ける。全社会議とかでも、私はすごい福祉の話をしてます。

ヘラルボニーでは、アートを纏い社会に変革をもたらすブランド「HERALBONY」として、ファッションアイテム・グッズも展開。

例えば今、福祉施設やグループホームを作りたいと言っても、それは営業利益が20〜30%取れるのか、投資回収率はいくらだ、という話になって、できないわけですよ。でも、私たちには、10年後、20年後に目指している世界があるので、それを見据えた上で、今のヘラルボニーの箱で表現できることをしたいな、と。

利益の一部を福祉施設にちゃんと還元するためにはどうしたらいいか、とか、考え続けないと、目指しているのとは違う方向に事業が行っちゃうだろう、と自分は思ってるので。

実際に出会い、「握手する状態」を作る

張:今、経営の観点からもDE&Iが注目されています。ヘラルボニーさんは、昨年から組織のDE&Iを促進するための体験型プログラム「DIVERSESSION PROGRAM(ダイバーセッション・プログラム)」を提供されていますね。今、DE&Iに関してはいろんな企業が試行錯誤しているかと思いますが、何かアドバイスはありますか?

松田:このプログラムに限らず、私は岩手にお客様をアテンドするときに必ず「るんびにい美術館 」にお連れするのですが、実際に体感して、出会うことで皆さんの考え方が変わるんですよね。そういう「握手する状態」を作っていくことが大事なのかな、と思います。

るんびにい美術館:岩手県花巻市の美術館。主に知的障害のある作家による作品を中心にボーダーレスで多彩な企画展を開催。文登さんと双子の崇弥さんがここを訪れたことがヘラルボニー創業のきっかけになった。※写真は花巻観光協会公式サイトより

「DIVERSESSION PROGRAM」は、研修や講演会、ヘラルボニーの契約アーティストが所属する福祉施設を訪問して一緒にアート創作をするワークショップなどで構成されているのですが、そのプロセスにおいても、人の認知が変わる瞬間を見てきました。自分のアイデンティティと向き合ったことで、新たな自分らしさに気づいた、という人もいます。

張:「日本では、障害のある方と関わったことがないという割合が51.9%」という数値もご紹介されていましたが、実際に「出会う」という体験が本当に大事なんですね。企業のDE&I推進の中でも、講談社のようなメディア企業に期待されることはありますか?

松田:ああやってシンボルマークを通じて発信してくださっているから、認知拡大という点で非常に大きいことだと思いますよ! あとは、絵本とかはどうですか? 長く愛され、読み続けられていくものが作れたら、と考えたら、すごくワクワクしますよね。ヒットさせるのが難しい業界だというのは、重々承知の上なのですが......

講談社では、コラボレーションにより生まれたシンボルマークをあしらったノベルティグッズも作成した。

子どものうちから障害というテーマに触れることができますし、親も一緒に読み聞かせをすることで、新しい体験を得られるかもしれません。

あなたにとっての「Across the Border」は? 松田さんの答えは......

張:今回のインタビューのテーマは「Across the Border」で、「見えざる壁」、つまり、いろんなステレオタイプを越えるためにどうしたらいいのか、ということを松田さんのお話から考えたいと思っていました。松田さんは、どういうふうに壁と向き合ってきたのでしょうか。

松田:答えになってないと思うのですが、壁を越える必要がないフラットな状態を作りたい、と思ってやってきた感じがしますね。障害のある人と普通に生きることができる状態。

張:インタビューの冒頭で、「分断や思い込みを溶かしていくのがヘラルボニーの役割」とおっしゃっていました。

松田:そうですね、「壁を溶かす」が近い気がします。この世界から差別や偏見を完全に無くすのは無理だと思っているからこそ、一滴のしずくを垂らすように、新しい価値観があると発信していきたい、という思いが強いんですよね。ぜひ、「壁を溶かす」でお願いします(笑)

***

インタビューを終えて―

張:松田さんへのインタビューを経て、自分が最初に持っていた障害のある方と接する時の不安が和らいだ気がしました。

障害に対する知識がゼロ、かつ今までも障害のある方と接した経験がない、というのは、単なる自分が障害のある方々から目を逸す言い訳になっていたのではないか、とも思いました。「距離が遠いからこそ、自分ごとにできない」と言い切っているようにさえ聞こえてきました。

ただ、この世の中、「障害」というのはどの人にも、どの家庭にも降りかかる可能性があります。「自分と関係ない」という考え方は、本当にいつまでも通用するものなのでしょうか。

そんな時、意識せずとも、日常の風景に溶け込むような、「障害」との距離を縮めてくれるヘラルボニーの仕事の重要性は改めて感じました。

※本記事では、株式会社ヘラルボニーの表記に則り「障害」という表記で統一しています。
(以下、株式会社ヘラルボニー:ヘラルボニーが大切にしているワーディングスタンス、より抜粋)
「障害」という言葉については多様な価値観があり、それぞれの考えを否定する意図はないことを前提としたうえで、ヘラルボニーでは「障害」という表記で統一しています。「害」という漢字を敢えて用いて表現する理由は、社会側に障壁があるという考え方に基づいているためです。

撮影/西田香織 取材・文/清藤千秋 編集・コーディネート/張蕾・丸田健介(講談社C-station)

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