2024.08.30
ユーザーと向き合い、話題を作る。リュウ シーチャウが考える、PR発想のブランドコミュニケーション―講談社メディアアワード2024 審査員インタビュー④
講談社と広告主の共創で生まれた広告企画を対象に、優れた企画を選出する「講談社メディアアワード」。今年も、10月30日(水)に開催するビジネスイベント「講談社メディアカンファレンス 2024」内にて、受賞企画の贈賞式が行われます。
今年から新たに4名の審査員、アクセンチュア株式会社のマネジング・ディレクター 太田 郁子さん、株式会社電通のクリエイティブ・ディレクター 越智 一仁さん、PIVOT株式会社のプロデューサー 国山ハセンさん、株式会社サニーサイドアップ 代表取締役社長 リュウ シーチャウさんが加わりました。
審査に先駆け、審査員代表を務める「宣伝会議」編集長・谷口優さんが新審査員にインタビューを実施。仕事をする上で感じる昨今の広告・マーケティング分野の潮流や、クライアントとの関わり方、クリエイティブの可能性などを伺いました。第4回は、リュウ シーチャウさんです。
右 リュウ シーチャウ 株式会社サニーサイドアップ 代表取締役社長
2008年P&G ジャパン入社。レキット・ベンキーザー・ジャパンを経て、ジョンソン・エンド・ジョンソンへ入社し、マーケティング本部長に就任。2017年にはJohnson & Johnson 香港現地社長就任。2018年FOLIO 入社し、 CMO、副社長を歴任。2020年7月レノボ・ジャパンの CMO就任。2023年7月よりサニーサイドアップ代表取締役社長に就任。
左 谷口優 株式会社宣伝会議 メディア・デジタルコンテンツ本部 取締役 兼 月刊『宣伝会議』編集長・社会構想大学院大学准教授
大学卒業後、宣伝会議に入社し、編集部に配属。月刊『宣伝会議』副編集長を経て、2007年10月より編集長に就任。現在は、宣伝会議の出版、メディア事業のマネジメント全般に関わる。社会構想大学院大学の准教授も兼任。
ブランドマーケティングの視点から、自社のブランド戦略に挑んだ1年間
谷口 シーチャウさんは、マーケティングをリードする立場からPR会社の経営者に転身されました。社長就任から1年ほど経過した今、この1年の取り組みやお仕事をする上で感じていることはありますか。
シーチャウ 結論から言うと、あまりやっていることは変わらないと感じています。なぜかというと、私はこれまで、どちらかと言えば広告領域にそこまで時間を使っていないマーケターだったんですよね。 全体の設計の中でどういう風にブランドの売り上げを伸ばしていくのか、新商品どうするのかなど、売り上げに関係する業務に時間を充てていました。自ら商談に出向くことも多かったですね。そのため、今の自分は「サニーサイドアップという会社のブランドマネージャーになった」みたいな感覚を持っています。
谷口 たしかに、会社を1つのブランドとして考えたら、シーチャウさんのこれまでの経験は会社運営に生かすことができそうです。
シーチャウ できると思っています。とりわけサニーサイドアップはこれまで「自社のブランド戦略」について、そこまで考えてこなかったんですよね。PRのプロがたくさんいて、魅力的なブランドを持っていたりもするのですが、あまり自分たちの会社の強みや弱みを言語化できていなかったように思います。そこで私は、自社の強みや弱みはもちろん、ブランド認知度、顧客満足度などを分析することからはじめました。
週1回、今までサニーサイドアップを利用したことがない、または利用を検討していない方々に向けたインタビューも行っています。手厳しい意見をいただくこともありますが、そういった意見は非常に重要です。「こういう風に思われているんだ」と理解することができますし、ちょっとした誤解が生じているのであれば「こうすればよくできる」という点も見えてきます。
そうして見えてきたことを基に、力を入れてやっていくもの、そうではないものを取捨選択してきました。当たり前のことしかやっていない気もするのですが、結果として前期の利益率は高まっています。これって、今まで行ってきたブランドマーケティングと大きく変わるかと言われたら、そうではないと思うんですよね。
顧客満足度は95%だけど、戦略は立てない? 自社分析から見えてきたサニーサイドアップの強みと弱み
谷口 自社の分析から見えてきた、シーチャウさんが感じる「サニーサイドアップの強み」はどこにあると思いますか。
シーチャウ 「顧客満足度の高さ」ですね。『週刊東洋経済』のPR会社特集で行われた、企業の広報担当者に向けたアンケート調査では、サニーサイドアップが「PR会社の満足度総合ランキング」で1位になりました。でも、これまでサニーサイドアップでは満足度についてのアンケートを取ったことがなかったので、会社のみんなも「え、私たちの会社ってすごいんだ!」みたいな感じでしたね(笑)。
今年からは、自社でもお客様に対してアンケートを取っています。そうしたら、やはり顧客満足度がすごく高くて。使い続けたいと思っているお客様が95%もいらっしゃいました。それだけの満足度があることに気付かないまま、みんな一生懸命やっていたんですよね。それはそれでいいことだと思いますが、良いものを良いものであることを認識したうえで、さらに多くの人に知ってもらうためのマーケティング活動には、力を入れていかなければならないと考えています。
谷口 逆に、「サニーサイドアップの弱み」はどんなところだったのでしょうか。
シーチャウ 戦略を立てない、データを見ない、営業しない、宣伝しない、などですね。でも、それらは良さでもあります。例えば、「営業しない」という点について言えば、営業をしなくても問い合わせが入ってきたり、過去にサニーサイドアップと仕事をした人が転職先からも声をかけてくれたりと、そうしたつながりから会社が成長してきた、ということですよね。
また、営業に時間を使わない分、お客様への提案や企画に時間をかけることができます。私も以前、クライアントとしてサニーサイドアップと仕事をしたことがありますが、金額やクライアントに関係なく、しっかりと向き合ってくれる感覚がありました。営業にかける時間をクライアントとのコミュニケーションに充てることで、満足度の向上にもつながっていると感じています。
そして、「戦略を立てない」という点は、むしろ伸びしろを感じました。その状態でも困っていなかったのですが、きちんと戦略を立てることで、より効率的に業務を進められたり、会社の成長の幅が広がったりすると思うんです。そうしたポテンシャルを秘めていることが分かったのは、自分にとっても良い発見でした。
世の中のムーブメントを巻き起こす。サニーサイドアップの掲げる「PR発想」とは
谷口 サニーサイドアップは、PRというカテゴリーにとどまらないサービスを提供されていますよね。業界的に見るとどういう位置づけなのでしょう。
シーチャウ あえてカテゴリーは定義せず、サニーサイドアップでは「PR発想のブランドコミュニケーション」と呼んでいます。
そもそもサニーサイドアップは、現グループの代表取締役社長である次原悦子が17歳で立ち上げたのですが、彼女が大学でPRの手法を学んだり、PR講座を受講したりした結果生まれた会社ではないんですよね。どちらかと言えば、関係者やクライアントが抱えていた「認知を広げてほしい」、「話題を作ってほしい」、「世の中のムーブメントを作ってほしい」といった願いに応えるためにと、彼女なりの手法で取り組んできたことが、後からPRと括られるようになった会社だと考えています。
つまり、お金を掛けてクリエイティブ的にかっこいいCMを作って流すではなく、お金かけずにバズらせる、話題を作るというペイドではない部分をたくさんやってきたんですよね。「何の業界ですか」と聞かれたらPR業界になるかもしれませんし、PRはたしかに強みでもあるのですが、PRに限らずいろんなことをやっているという感じです。
シーチャウ それって、私の今までやってきたマーケティングの手法と結構似ていて。私もお金をかけなくていいなら、かけたくない派なんですよね。ギャランティの高いタレントを起用したCMを打つよりも、早い段階からインフルエンサーを立てて売り上げを2倍にするなど、どういう仕組みでどのように利益アップにつなげていくのか、ということを自分はずっとやってきました。
「マーケティングやってきたのになぜPR?」とよく言われるのですが、考え方が似ている部分は多いですし、私もその線引きはあまり気にしてこなかったんです。だからこそ、サニーサイドアップでも「これだけをやります!」という決め方はしたくないと考えています。
谷口 「PR発想のブランドコミュニケーション」という言葉がありましたが、シーチャウさんは、この「PR発想」をどのように定義してらっしゃるのでしょうか。
シーチャウ 話題にならなかったら意味がない、という感覚でしょうか。PRは、誰かに話題化してもらうというのが元々の発想ですよね。そうなった時に、 CMを作りました、それを流しましたというだけのクリエイティブは、PR発想ではありません。CMを流した結果、ムーブメントが起きて世の中の流れや人の行動が変わったり、「すごい話題になったよね」と噂になる。これを想定したコミュニケーションがPR発想と言えると思います。
谷口 まさにサニーサイドアップは、そうした社会の潮流を捉えたコンテンツ作りやストーリーの創造に強みがあると私も感じています。シーチャウさんがPR発想でクライアントに貢献する上で、意識しているポイントはありますか。
シーチャウ ユーザーにとって魅力的なコンテンツになっているかどうか、というのは大きなポイントだと思います。とはいえ、我々はPR会社ですので、お付き合いをしているのはメディアです。メディアにさまざまなクライアントの案件をアプローチしていくのですが、関心を持ってもらえないと取り上げてもらえません。
私たちがプロモートしている相手は、ユーザーのことを理解しているメディアの裏側。そのため、メディアがどう思っているのか、メディアがその先のユーザーのことをどう考えているのか、というところまで見据えてアプローチしてきました。そうした発想がベースとして会社のDNAに組み込まれているからこそ、結果的にストーリーのある魅力的なコンテンツ制作に繋がっているのだと思います。
谷口 PRだけでなく、店舗運営やイベント開催など、ユーザーと向き合う事業も手掛けているサニーサイドアップだからこそ、メディアの先の人たちの気持ちまでわかるのでしょうね。
シーチャウ たしかに、そこは大きいと思います。サニーサイドアップは、シドニー発のオールデイダイニングレストラン「bills」の運営や、「CRAFT SAKE WEEK」という日本酒のイベント運営なども行っています。「PR会社と何の関係があるの?」と感じる方もいるかもしれませんが、分野や範囲を限定せずに事業を展開して来たからこそ、さまざまな知見を持って語ることができるんですよね。それは、サニーサイドアップの強みでもあると思います。
これからの消費者コミュニケーションは、「広告っぽくない広告」がカギを握る
谷口 サニーサイドアップは必ずしも「PR」というカテゴリーで括られる会社ではないと理解しているのですが、昨今のPRに期待される価値や役割について、何か感じることはありますか?
シーチャウ コミュニケーションのニーズとして、「広告っぽくない広告」が求められるようになったと思います。「いかにも広告です」みたいなものって、いまや消費者の心に入ってこないし、刺さらないですよね。私はずっと「広告っぽくない広告をやりたい」と考えていましたし、サニーサイドアップがやっていることも、そこにすごく近いと感じています。
ただ、それらを知ってもらう手法が変わってきているんですよね。これまでは広告がメインだったんですけど、今は「YouTubeがオススメしているから買ってみました」「TikTokを見て買いました」など、さまざまな所で情報が得られるようになっています。うちの会社の社員に「最近買った商品は、どこで情報を得て買いましたか?」というアンケートをとっても、SNSやYouTubeなどの情報を見て買った、という声が多かったですね。
そうした現状を見ていると、やはり、自然と消費者に受け入れられるようなクリエイティブやコミュニケーションが選ばれているのだと実感します。
他の審査員との議論を通じて、新たな視点に出会いたい
谷口 最後に、メディアアワードに期待することや、楽しみにしていることをお聞かせ願えますか。
シーチャウ 私はこれまでさまざまな審査に関わらせていただいているのですが、その度に自分にとってすごく勉強になっていると感じます。事例を知ることもそうですし、ほかの審査員の方と議論するなかで「こういう考え方もあるんだ」と、学ぶことも多いんです。
昨年、Google主催「YouTube Works Awards Japan 2023」の審査員を務めたのですが、審査員のなかにいたYouTuberの方の意見は印象に残っています。マーケティング業界にいる審査員からは同じような意見が出ていたのですが、その方はいつもほかの審査員のみなさんとは違う意見を言っていました。実際にコンテンツを作っているクリエイターの目には、このクリエイティブはこういう風に映るんだ、と感じた瞬間でしたね。
もちろん、審査をする立場なので自分の価値を出すことも意識していますが、さまざまな事例に触れたり、ほかの審査員の話を聞いたりして、新たな視点を得られることがとても楽しみです。
谷口 サニーサイドアップの「PR発想のブランドコミュニケーション」という言葉を借りると、講談社メディアアワードのファイナリストに選ばれた企画はどれも「出版社発想のブランドコミュニケーション」から生まれたものだと感じています。審査も面白いと思います!
シーチャウ 出版社は、読者の気持ちとか、一歩先にトレンドを作るという立場でもありますよね。綺麗で壮大なクリエイティブというよりも、発想や企画、アイデアが勝負になってくるのだと思います。出版社の発想はPRととても近いと感じますね。
撮影/森清 取材/谷口優(宣伝会議) 文/室井美優(Playce) 編集・コーディネート/川崎耕司(C-station)
川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター
C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。