芥川賞受賞作家・九段理江氏に問う、「AIに模倣され続けても、人は創り続けることができるのか?」|AI Marketing BB東京@国立新美術館 セミナーレポート#1
Pivot Tokyoが主催する、最先端テクノロジーとマーケティングの融合を探求するイベント「AI Marketing BB東京 」。2024年4月26日(金)、本イベントのクロージングキーノートに登壇したのは、作品の5%はAIを使って書いたと告白し、話題を集めた第170回芥川賞受賞作家の九段理江氏だ。本稿では、「AIに模倣され続けても、人は創り続けることができるのか?」をテーマに行われた九段氏のインタビューセッションの模様をお届けする。
●スピーカー 第170回芥川賞受賞 九段 理江氏(小説家) モデレーター 河野 友香氏(Director, AI Marketing BB)
登壇のきっかけは、「人間にしかない偶然の出会い」
モデレーターを務めたのは、本イベントの主催・運営を担うPivot Tokyoのディレクター・河野友香氏だ。SNSを通して九段氏に登壇をオファーしたと語る河野氏。そもそもなぜ九段氏は、これまで経験のないマーケティングイベントの登壇オファーを受け入れたのだろうか。その理由を「偶然の出会いを大切にしたかったから」と語った。
小説家 九段 理江氏 1990年、埼玉生れ。2021年、「悪い音楽」で第126回文學界新人賞を受賞しデビュー。同年発表の「Schoolgirl」が第166回芥川龍之介賞、第35回三島由紀夫賞にノミネート。2023年には、同作で第73回芸術選奨新人賞、「しをかくうま」で第45回野間文芸新人賞を受賞。2024年に「東京都同情塔」で第170回芥川龍之介賞を受賞した。
九段 「私は、いろいろなところでAI専門家みたいな扱いを受けてインタビューされているんですけど、よく『AIと人間の違いは何か』といった質問をされるんです。そのたびに『AIが即座に切り捨ててしまう偶然を楽しめるのが人間であり、人間には偶然の出会いによって生まれる創造性がある』といった内容を話しています。つまり、自分もそれを実践しなければならないような状況になっているんですよね。
登壇を決めたのは偶然これから地方で出張があって、ちょうど東京に出てくるタイミングだったからという理由なのですが......(笑)。でも、そうした偶然の出会いを大切にしようと思って引き受けました」
「工学部卒業」の学歴はAIの嘘⁉
続けて河野氏は、九段氏のプロフィールについて言及。河野氏がネットの古い記事から得た「工学部出身」という情報を基に、「AIの勉強をしていたのか」という問いを投げかけたところ、九段氏からは驚きの答えが返ってきた。
九段 「河野さんにこの質問してもらえるのが楽しみで来たのですが、その学歴、全部嘘なんですよ。みなさん、びっくりしましたよね。私も昨日河野さんから『工学部出身ということで、学歴の話をしてもいいですか』とメールが来て、本当にびっくりしたんです。
河野さんがお調べになった記事がどれかは存じ上げませんが、それはAIが適当に作ったものではないでしょうか。私は、学歴の話を人に話したことがないので、少し怖いなと思いました。『東京都同情塔』は建築家の話なので、読んでくださった方から『建築の勉強をされていたんですか?』と聞かれることはあるんですけどね」
河野「ほとんどの記事には出ていないので、あえて隠していらっしゃるのかと思いました。AIを昔から研究されていて、それこそアート&サイエンスのナレッジをお持ちの方が作り上げた作品なんだ、という先入観が私にもあったのかもしれませんね」
AI Marketing BB ディレクター 河野 友香氏 BranPeak合同会社の創業者であり、Pivot Tokyoディレクター。Web3BB&AI Tokyoを主宰。
何かを模倣するのはAIもクリエイターも同じ
イントロダクションを経て、インタビューはいよいよ「AIに模倣され続けても、人は創り続けることができるのか?」という本題に。
河野 「0から1を生み出すクリエイターの立場からすると、苦しんで生み出した瞬間にデータとして食われるという刹那的な悲しみがあるように感じます。とはいえ、人間の持つ強さや可能性はあると思うんです。それに対して、九段さんのお考えを聞かせてください」
河野氏の問いかけに対して九段氏がまず語ったのは、「直木賞」と「芥川賞」の違いについてだった。読み手を楽しませるエンターテイメント作品に贈られる「直木賞」に対し、「芥川賞」は純文学作品に贈られる賞である。
九段氏は、わかりやすい例として「直木賞取った作品はいいレビューが付くことが多いのに対して『東京都同情塔』をはじめ過去に芥川賞取った作品は、『私にはこの作品の芸術性が理解できなかった』というレビューが書かれることも多い」といった現状も語ってくれた。
九段 「私のやっている純文学は、効率的にどう収益を上げるかという文脈とは対極にあるもの。答えのない問題に対して、答えを出さないようにただ問いを立て続ける芸術・アートなんです。私はそれをやりたい。
AIに模倣されるかという点に関して言えば、そもそもすべての作家、クリエイターに言えることですが、何も模倣せず0から1のオリジナルを作っている人は1人もいないと思います。特に作家は、これまでの文脈、文学の歴史があり、その上で模倣して、なおかつ歴史上になかった新規性みたいなところに取り組む。そういう芸術だと思います」
AIから着想を得て生まれた『東京都同情塔』
その後、第170回芥川龍之介賞である『東京都同情塔』(新潮社)の話題に。本作の感想として河野氏は「人間の持つ力強さを感じた」と語った。
舞台は、ザハ・ハディドの国立競技場が完成したもう一つの日本。「犯罪者は同情されるべき」という言説のもと、新宿に新しい刑務所「シンパシータワートーキョー」が建てられることに。建築家・牧名が、過度な寛容論、AIと言葉の在り方に疑問を抱きながら日本の未来を問う一冊。作中の約5%で、ChatGPTからの解答をそのまま使っていると発言し話題に。
河野 「『東京都同情塔』は、AIの文章を入れ込むことで、AIに対する皮肉ではないですが、人間の言葉の持つ強さや作家のプライドみたいなものを感じました。もちろん人によっては解釈が違うと思いますが......人間の言葉とAIの言葉をあえて対比させることによって、人間が生み出す力強さを感じました」
九段 「人間だけが持っている、人間特有の言葉の力強さですかね。私は正直、生成AIを5%使っていると発表したときに、こんなに反響があるとは思わなかったんですよね。もちろん批判もありました。家族は記者会見の後すごく心配していたんですけど、私は全然気にしていませんでした。それって本を読んでいない人が言っていることであって、小説を読んでもらえばどこで生成AIを使ったのか、わかるように書いているので。たとえ生成AIが5%であろうと、10%だろうと、自分のオリジナリティはこの小説のなかにあるという自負が確実にあったんです」
実際に小説内に登場するAIの文章は、主人公がAIに問いを投げかけ、それに対して回答を返してくるというシーンで登場する。AIはそのくらい自然な文脈で使われているのだが、読者からは「どこでAIが使われているのかわからなかった」という声もあったという。
また、「文中だけでなく、創作のプロセスにおいてもAIを活用した」と九段氏。
九段 「私が新宿に新しい刑務所立てたいと考えたときに、『現代的な価値観に基づいて刑務所をアップデートするのであれば、どのような名称を考えますか』というプロンプトを打ち込みました。そうすると、『セカンドチャンスセンター』や『リカバリーセンター』といった5つくらいのカタカナの名称が返って来たんです。このカタカナだらけの解答が、『現代的な価値観』とどう関わってくるのか......。そこを考えはじめたことが、この小説を書くヒントにもなっています」
『現代的な価値観に基づいて刑務所をアップデートするのであれば、どのような名称を考えますか』という質問は、AIにこれまでにない問いかけであろう。それでもしっかり返答してくれるAIに対し、九段氏は「その時はすごいと思いませんでしたが、他人からそのことを指摘されて、たしかにすごいなと思いました」と感想を述べた。
クリエイティブの価値は、人間次第
AIの文章を文中に使用するだけでなく、AIからヒントを得て生まれた今回の受賞作。河野氏からの最後の問いかけは、「AIが創作活動に関与することで生まれた新たな視点はあるか」というものだった。
九段 「AIを使ったと発言することによる世の中の人々の反応は、いろいろと考えるところがありましたね。結局、AIが機能の部分を担うことはできても、それにどのような価値を見いだすか、評価するかっていうのは人間次第なところがあります。そういった意味でも、AIに小説を書かせるというのは現実的じゃない、とは思います」
セッションの終盤には、参加者からの質疑応答にも対応した九段氏。和歌をたしなむ参加者から「和歌は制限されたなかで楽しむのと同じように、小説も同じだと感じた。アウトプットよりも、それを生み出す過程を楽しみ、読み手も自分の解釈で楽しむ。それでいいのではないかと感じた」という感想が寄せられた。
これに賛同した九段氏は、改めて純文学に対する自身の思いを交えながら、「AIにはない人間の欲求から、創造性が生まれていくのではないか」とコメント。
九段 「私がなぜ純文学をやりたいかというと、言語を通して人類がどう発展するかを見たいんですよね。ナラティブを通して、どうやったら人間の可能性を広げることができるのかを追求したいのです。動物とは異なり、人間は言語運用能力を通し、対話することによって発展してきたと確信しています。だからこそ、さまざまコンテンツのなかでも、あえて言語や小説を選んでやっているんです。そもそも自分がやっていて楽しいというのが一番にあるのですが、言語や物語を通して自分の可能性が広がっていくのは感じています。
また、AIと人間の違いは、AIが自分で『何かをしたい』と欲求しないところだと思います。人間に与えられたものを学習して何かを生成することはできるけど、自分自身は『何かをしたい』という具体的な欲求を持つことはできないんですよね。その点人間は、何かしらどんな状況においても『もっと文章美しく書けるようになりたい』とか、それこそ『和歌をやりたい』とか、欲求を持つ。じゃあその欲求は何のための欲求なのかを突き詰めていった先に、すごい創造性が生まれるのだろうと期待しています」
また、前日のセッションにも登場した講談社の長崎亘宏氏からは「AIが出力した思いもよらない解答にインスパイアされるケースはあるか」という問いが投げかけられた。
これに対して九段氏は「もちろんあるが、思いもよらないアイデアは人間同士の対話でも出てくるもの。それでも24時間いつでもアイデアを返してくれるという点では、AIは存分に活用できる」と回答し、セッションを締めくくった。
クリエイターの生み出したものが、AIによって模倣され続けているAI時代。しかし、そうした状況のなかでも、クリエイターが持つ「創作への欲求」は失われないだろう。AIを上手く活用することで、クリエイターとAIよる共創の可能性を強く印象付けるセッションとなった。
東京・六本木にある国立新美術館にて開催された本イベント。芸術文化の発信地を舞台に、AI、マーケティング、そして芸術など幅広いテーマを追求する2日間となった。
撮影/安田光優 取材・文/室井美優(Playce) 編集・コーディネート/川崎耕司(C-station)
川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター
C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。