2024.04.24

ニッセイ基礎研究所 研究員の廣瀬涼氏に聞く、タイパ時代に変化する「Z世代・オタクの消費行動」とは

ニッセイ基礎研究所 廣瀬涼氏

『辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2022」』(三省堂)で大賞に選出されるなど、注目のキーワードとして話題を集めている「タイパ」(タイムパフォーマンス)。これまで仕事の生産性を上げる、家事を効率よくこなすといった「時短」の側面で語られてきた「タイパ」ですが、昨今はZ世代の若者を中心とした「消費行動」のひとつとして注目される機会が増えています。

なぜ、若い世代がタイパ重視の消費を行うようになったのか......。その背景を探りつつ、エンターテインメント施設やゲーム、マンガ、雑誌などのコンテンツがタイパ時代にどう受け入れられているのかを、『タイパの経済学』 (幻冬舎新書) の著者であり、オタクの消費や若者(Z世代)の消費行動について研究を続けるニッセイ基礎研究所生活研究部研究員の廣瀬涼さんに伺いました。

タイパ追及の背景にある、若者のいますぐ「何者かになりたい」という思い

―──昨今、ファスト映画(映画の内容を要約した短尺の違法動画)や倍速視聴の需要増加などの影響もあり、「タイパ」という言葉を耳にすることが増えました。なかでも若者世代を中心に「タイパ」を重視する傾向があると感じます。そもそもなぜここまでタイパが追及されるようになったのか、廣瀬さんの考えをお聞かせください。

SHIBUYA109LAB動画視聴に関するSHIBUYA109 lab.の調査 によると、Z世代の85.0%が「タイムパフォーマンスを重視する」と回答。 出典元:SHIBUYA109 lab. 「Z世代の映像コンテンツの楽しみ方に関する意識調査」(2022) 

廣瀬 「タイパ」を求める背景には、若年世代の「特定の何者かになりたい=オタクになりたい」という価値観があると分析しています。さらに、彼らが求めているのはその一歩先のところ。オタクになりたいだけであれば「自分はオタクだ」と自己完結すればいいことなのですが、本質的には「○○オタクであることを他人に認識してもらいたい」という願望があると考えています。

「自分がこういった存在である」と周りから認知されることで、自身のアイデンティティを顕在化できるだけでなく、SNS等でコミュニティに参入したり、コミュニケーションを取ったりすることが可能です。その目的のためにいかに時間や手間を省くことができるかという、時短とは異なる側面でタイパが追求されているのです。

たとえば、SNSには「映画オタクになるにはどうすればいいか」という書き込みが散見されるのですが、こうした目的を持つ若者にとっては「映画オタクになる」ということがタイパを追求する動機そのものとなります。だからこそ、倍速視聴をしたりネタバレサイトを見たりと、タイパ重視で効率よくコンテンツを消化し、経験や知識を増やすことが重要視されていると言えるのではないでしょうか。

マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングが実施した調査「動画の倍速視聴に関する調査(2024年)」によると、男女ともに20~30代の視聴経験率は4割強~6割と高め。若年層だけでなく、全世代で倍速視聴の需要は増えているようだ。

―──以前は「オタク」という言葉がネガティブに捉えられた時代もありましたが、Z世代はどういった印象を持っているのでしょうか。

廣瀬 Z世代を中心とした若い世代からすれば、逆にポジティブな印象を持っていると思います。「自分を表すタグのひとつ」として認識している若者も多いですね。

そもそも「オタク」はある種他人からのレッテルで成立している部分があるんです。「トップオタク」と呼ばれる人が存在していたり、「にわか」や「ライトオタク」と卑下するような表現があったりするのも周りからの評価があるからこそ。そのコンテンツが好きでのめりこんだ結果、他人から「○○オタク」と認識されていくのです。

一方で、昨今「オタク」という言葉も大衆化し、コンテンツにかける熱量とは関係なく、自分の趣味や興味対象を表に出して「○○オタクだ」と自称する側面が強くなっていると思います。自分の好きなものを好きと他人の目を気にせずに言える環境になったのだと思いますが、SNSにおけるつながりを重要視するZ世代にとって、その趣味を誰かと共有したいという思いがある。だからこそ、自分が何者であるかを示し、いち早くコミュニティに入るためにはどうすればいいかをタイパ思考で考えるようになったのではないかと思います。

推しがいる、オタ活をしている

SHIBUYA109 lab.の調査 によると、Z世代の82.1%が「推しがいる/ヲタ活をしている」と回答。8割が何かのオタクだと自認している様子がうかがえる。出典元:SHIBUYA109 lab. 「Z世代のヲタ活に関する意識調査」(2022) 

情報過多な社会だからこそ生まれた、「消費に失敗したくない」という価値観

──『タイパの経済学』 (幻冬舎新書)ではタイパが求められる背景として、外部的な要因やZ世代の消費行動の変化についても言及されています。どのような特徴があるのでしょうか。

廣瀬 「失われた30年」という言葉があるように、不景気であるということはタイパを追求する要因のひとつだと分析しています。収入がなかなか上がらない一方、ネットやSNSの普及により、得られる情報やコンテンツは圧倒的に増加していますよね。お金も時間も有限ななかで、膨大にある情報やコンテンツをどう処理していくのか......。デジタルネイティブであるZ世代は、その取捨選択にかなり慎重になっているのだと思います。言い換えれば「消費に失敗したくない」という価値観があると言えるでしょう。

コンテンツの消費を失敗したくない 、時間を無駄にしたくないと思うからこそ、SNSの投稿を見て消費の疑似体験をしたり、疑似体験を通して「本当に自分がそのサービスや商品を消費する必要があるのか」を見極めたり。コスパ・タイパ重視の消費を選ぶ傾向があると考えています。

さらに、彼らの消費は「リキッド消費」と呼ばれるような特徴が見受けられます。リキッド消費とは、簡単に言えば流動的な消費の仕方のこと。興味対象はどんどん変化するし、今日話題になったものが明日には流行っていないかもしれない。そうとなると、何かを所有すること自体がリスクとなるわけです。Z世代のオタクはそうした認識が強い。だからこそお金と時間をかけずに趣味を楽しんだり、自分がしたつもりになれるような満足感の高い消費を行おうとするのではないでしょうか。

コンテンツ別に見る、タイパ時代の消費のかたち

──ここからは、様々なコンテンツをテーマに、タイパの側面からどう受け入れられているのか伺ってみたいと思います。

①エンターテイメント施設 ―課金サービスで得られる効率性とプレミアムな体験

──まずは、エンターテインメント施設について伺います。東京ディズニーリゾートは、2022年5月に時間指定でアトラクションを予約できる有料サービスを開始しました。追加料金を払うことで、効率的に園内を楽しめるようになったのではないかと感じます。こうしたサービスが増えている現状をどうお考えですか。

廣瀬 このような有料サービスは海外のディズニーランドをはじめ、さまざまなテーマパークで導入されていますが、ゲストに対して「いかにプレミアムな体験を提供できるか」ということに重きが置かれているように感じます。優先的にアトラクションを楽しめるという点では、たしかにタイパの側面に繋がっているでしょう。ただそこには、パークでの充実感、ロイヤリティ向上という側面もあるはずです。

たとえば、6月に東京ディズニーシーに誕生する新エリア「ファンタジースプリングス」。このエリア内にオープンする「ファンタジースプリングスホテル」は、ディズニーが有する他のホテルに比べるとやや高価格ですが、新エリアを優先的に楽しむことができたり、宿泊者しか利用できないレストランが存在していたりとメリットも豊富です。前者はタイパの側面、後者は他の人たちよりも良い体験ができるという側面があり、ディズニーとしてはその両方を意識している印象です。

――たしかに、エンターテインメント施設に対して「そこでしか得られないプレミアムな体験」を求める消費者は多いですよね。

廣瀬 ただ、いまやSNSには多くの消費行動があふれていて、他人の経験から疑似体験することも可能です。そのため、より希少価値のある「トキ消費」に価値が見出されているのかもしれません 。

イマーシブフォート東京

感情を強烈に揺さぶるライブ感に満ちた"完全没入体験"を提供するイマーシブ・テーマパーク「イマーシブ・フォート東京

3月に東京・お台場にオープンした「イマーシブ・フォート東京」は、まさに消費者が経験する体験価値を差別化し、希少価値のある体験を提供する施設ですね。従来の「トキ消費」は群衆の一人としてコンテンツを傍観的に消費することが多かったように思いますが、これからは「イマーシブ・フォート東京」のように、消費者が能動的に動き、その時にしか味わえない「非傍観型トキ消費」を提供する取り組みが増えていくと感じています。

②ゲーム ―消費に失敗したくないZ世代にとってメリットの大きい「ゲーム実況」

――ゲームについても伺ってみたいと思います。最近は「スイカゲーム」など、短時間で楽しめるゲームが話題に挙がることが多いと感じていますが、そこにもタイパが関係しているのでしょうか。

廣瀬 たしかに、日常のスキマ時間にサクッとできるものや、明確なゴールがなくエンドレスにできるゲームが求められている印象があります。いまや私たちは、日常のスキマ時間をスマホで埋めることが習慣化していますよね。ショート動画やSNSなど、そのスキマ時間を上手く潰せるようなコンテンツを無意識に選んで消費するようになっている。そうした理由から、ゲームもクリアまでに時間や手間のかかる作品ではなく、サクッと完結するような、時間に追われないものが好まれているのだと考えています。

また、消費に失敗したくない、時間を無駄にしたくないZ世代にとって「ゲーム実況」を見ることはメリットも大きいと感じています。ゲーム実況を見ることで、本当に面白いかわからない、自分がクリアできるかわからないといったリスクを回避し、プレイをせずともゲームを楽しむことができるのです。私もはじめは、実況で満足してしまい、ゲームを購入しない層が増えるのではないかと考えていたのですが、実際に購入に至るというケースが増えています。コンテンツを認知させ、購入につなげるという意味でもゲーム実況の存在は大きいと思います。

スイカゲーム

Aladdin X株式会社が開発・運営を行う「スイカゲーム」は、二つのフルーツを合わせて大きくしていき、大きなスイカを作っていくパズルゲーム。1プレイ5分ほどで手軽に遊ぶことができる。 ©︎ 2021 Aladdin X Inc.

③SNS・動画 ―展開がわかりやすい短尺動画に集まる支持。「コメント欄」が消費の指標にも。

――ここ数年でTikTokやYouTubeショートといったショート動画サービス がSNSの主流となっています。Z世代から選ばれる理由にもタイパの側面があるのでしょうか。

廣瀬 特にTikTokのコンテンツは、短い動画のなかでも起承転結がわかりやすいのが特徴です。「この音楽が流れたらこのパターンの動画だ」と展開がすぐわかる動画も多いので、見続けるべきか飛ばすべきか自分のなかですぐに取捨選択できます。短い時間でインスタントにエンターテインメントを享受できるからこそ、消費に失敗したくないと考えるZ世代からポジティブに捉えられているのです。

また、タイパ重視という意味では、TikTokやYouTubeのコメント欄、X(旧Twitter)のリプライ欄にある投稿を見て、そのコンテンツに価値があるのかを把握するユーザーも多いと思います。

――たしかにコメント欄や概要欄で内容を把握し、コンテンツを見るかどうかの参考にする消費者は増えているかもしれません。

廣瀬 今やSNS動画は、コメント欄を含めてひとつのコンテンツといえるでしょう。特にYouTubeにはコメントから特定の再生時間にジャンプできる機能もあり、動画のハイライトがわかりやすい。効率よくコンテンツを消費することができると思います。

そして、コメント欄はコミュニケーションの場でもあります。自身の感想を書き込んだり、他人と交流して盛り上がったり。言い換えれば自分の想いを共有したい、そのコミュニティに帰属したいというような欲求がインスタントに叶えられる場にもなっているのです。これを「インスタントなカーニヴァル化」と呼んでいるのですが、サッカーワールドカップ開催後の渋谷のような瞬発的な盛り上がり(カーニヴァル化)が、SNSのコメント欄など、インターネットのいたるところで起きているのです。

④マンガ・雑誌 ―若者世代の生活の一部となった「SNSマンガ」

――『ちいかわ』や『ねこに転生したおじさん』など、SNS上でさっと読むことができるマンガ作品に人気が集まっています。なぜSNSから多くのヒット作が生まれているのか、廣瀬さんの考えをお聞かせください。

ちいかわ

著者のナガノ氏がX(旧Twitter)に掲載している人気マンガ『ちいかわ』。コミックスは第6巻まで発売されており、電子版を含む累計発行部数は320万部。

廣瀬 SNS発信のマンガが商業用としてマンガアプリで連載を開始したり、単行本が発売されたりするケースは確かに増えていますよね。SNSマンガは、PVやいいね、リツイート数など、SNSユーザーがいてはじめて成り立つもの。ユーザーとの関係性がうまく保たれているからこそヒットにつながっていくのです。ですから、タイパという側面というよりは、SNSユーザーの日々のルーティンに入り込めるかどうかが重要だと考えています。

前述の通り、いまや巷にあふれる情報やコンテンツは膨大です。消費しなければいけないコンテンツが多すぎる現代社会だからこそ、コンテンツが埋もれないような工夫が必要となってきます。そうした意味でいえば、SNSマンガは毎日決まった時間に更新されることが多いため、ユーザーが目的意識を持って消費するコンテンツのひとつになりえたのだと思います。

――雑誌についてはいかがでしょうか。タイパ志向の若者世代からどう受け取られているとお考えでしょうか。

廣瀬 90年代のように雑誌が最先端で情報やトレンドを発信していた時代とは、向き合い方は大きく変わっています。いかに早く情報を得ることができるかというタイパな側面でいうと、現在一番前を走っているのはSNS。今や情報取得のために雑誌を購入している層は少ないと思います。どちらかといえば、雑誌の内容や付録に対して単発に興味を見出したり、好きな俳優やアイドルが掲載されていれば彼らそのものに対してロイヤリティを感じた人が購入している印象です。受動的な購入から、能動的な購入に変わっていると思います。

タイパ時代のコンテンツ制作は、「SNSとの連動性」「スピード感」がキーワード

──タイパが重視されるいま、コンテンツ制作におけるポイントはありますか?

廣瀬 まず考えるべきは「連動性」ですね。SNSを中心としたインターネットメディアと連動し、コンテンツとの接点を増やしていくことは非常に重要だと思います。連動性は必ずしも制作サイドが生み出すものではありません。切り抜き動画や解説動画、まとめサイトなど、ファンが生み出すものも含まれます。そのコンテンツが好きな人や、他の人に見てもらいたいと思っているファンと結果的に連動できたかどうかが大事なのです。

あとは、「スピード感」です。前述のリキッド消費の話に繋がるのですが、いまの若者世代は、興味対象が猛スピードで変わっていきます。グッズ化が決定し、1ヵ月後に発売したとしても、その時にそのコンテンツがまだ流行っているかどうかは未知数。だからこそ、ますますスピード感を意識したコンテンツ制作が必要となってくると思います。

──制作サイドもタイパ重視の制作が求められてくるのかもしれませんね。そしてますますSNSはコンテンツの成功につながるかかせない存在となりそうです。

廣瀬 小さなヒットやムーブメントを生み出すのは、やはりSNS。マスメディア主導でSNS発のコンテンツを動かしていくことは難しいかもしれませんが、そのコンテンツをより拡大させるという意味では、まだまだ重要な役割を果たしていくと思います。

ただ、マンガでいうと『ワンピース』や『ゴールデンカムイ』といったメガヒット作品はいまだマンガ雑誌発のものが中心です。『ちいかわ』などの例外もありますが、大衆に向けて発信されマスとして残り続けるコンテンツのほうが、まだまだ市場規模は大きいはず。その流れは大きく変わらないと感じています。

ニッセイ基礎研究所 廣瀬涼

廣瀬涼

大学院博士課程を経て2019年、ニッセイ基礎研究所に入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主な研究テーマとし、10年以上にわたってオタクの消費欲求の源泉を研究している。昨今は自身の経歴を活かして若者(Z世代)の消費文化についても研究を行い、講演や各種メディアで発表している。NHK『おはよう日本』、テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』、TBSテレビ『マツコの知らない世界』などで若者のオタク文化について制作協力。著書に『あの新入社員はなぜ歓迎会に参加しないのか Z世代を読み解く』(金融財政事情研究会)がある。生粋のディズニーオタク。

撮影/市谷明美 取材・文/室井美優(Playce) 編集・コーディネート/川崎耕司(C-station)

川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター

C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。

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