2024.04.22

注目の「AI」、企業の動画発信にどう役立てる?──工夫次第で叶うコスト削減や表現の広がり|「動画マーケティング」2023-2024 成功戦略 Vol.7

認知・リード獲得やナーチャリング、あるいは人材獲得やブランディング。動画はあらゆる目的に対して活かせる手法である。マーケティング関連のサービスや周辺のテクノロジーが進化すれば、動画がもたらすあらゆる効果は、さらに高められていくだろう。

注目の「AI」、企業の動画発信にどう役立てる?

本連載では、これから動画を活用したマーケティングに挑もうとする企業に向けて、「動画マーケティング講座」をお届けする。年間7,000本の動画制作実績を誇る株式会社サムシングファンCOO(執行役員)兼ディレクター・山口貴久氏を迎え、どのような工夫をすれば企業がより魅力的な動画を制作できるのか探求する。連載最終回となる本記事のテーマは「AI」だ。AIはいまや誰もが注目する技術領域だが、動画マーケティングとAIの交点には、いったい何が生まれるのだろうか。2024年現在の所感と、未来のマーケティングがどうなるのかを聞いた。

AIで思い通りの映像を生成できる時代がやってきた

話題性のあるAI関連のソリューションやサービスが次々誕生した2023年は、"AI元年"と呼ばれている。人工知能チャットボット『ChatGPT』や、プロンプトから画像を生成するAIツール『Midjourney』の精度の高さに、驚いた人も多いだろう。そして2024年2月、OpenAIが新たに公開した『Sora』は、プロンプトから動画を生成する。

(Introducing Sora)

テキストで説明したものが、そのまま60秒の動画として生成される。まるで実際に撮影したかのような再現度であることは、上記の動画を見てもらえばわかるだろう。今、動画関連の生成AIはどこまで進化しているのだろう。

山口「生成AIによる動画は、質感の表現や立体物に対する光の入射角など、さまざまな要素が現実に近いものだと感じました。また、表現の自由度が高いのも魅力です。たとえば、ドローン撮影が必要なショットや、ロケが難しい場所の映像なども、生成AIで簡単に作りだすことができます。クリエイティブの可能性をAIが広げていくことは、今の段階でも十分想像できますね」

生成AIが作り出した動画は、すでに企業のCMなどにも使われはじめている。山口氏は続けて、企業の生成AI動画の活用事例についていくつかの事例を挙げてくれた。

山口「伊藤園が『お~いお茶』のCMで"日本初のバーチャルタレント"を起用したことは、大きな話題になりました。また昨年末に発表されたPARCOのキャンペーン広告動画も、生成AIで生成された静止画を、カメラアングルを動かすことで動画化しています。

このように生成AIを活用した場合、実際にタレントを起用したり、セットを組んで撮影するより予算を抑えられるケースもあり、かつAIを活用したという話題性で注目を集められれば、費用対効果は抜群となるでしょう」

(伊藤園 お~いお茶 カテキン緑茶「食事の脂肪をスルー!」篇 TVCM)

(2023 PARCO HAPPY HOLIDAYS)

山口「ただし、これらは先に紹介した『Sora』のように完全に自動で生成されたものではなく、細かなチューニングを重ねて創られた成果物です。AIのパフォーマンスを活かしつつ、クリエイターの力も発揮されているからこそ、こうした完成形に至ったということは押さえておきたいポイントのひとつですね。現状の技術として、AIで動画を生成するところまでは進歩しましたが、それを思い描く表現に一層近づけたり、作品としてまとめたりする部分は、やはり人間の力が求められるところだと思います」

AIにすべてのプロセスを任せることはできないとはいえ、先ほど見たような完成度の高い事例を見ると、「よし、すぐに動画をAIで作ろう!」と言いたくなる。しかし、山口氏はそこには注意点もあると続ける。

山口「もちろんAI活用によって動画マーケティングの可能性は広がるのですが、最新技術だからこそ、企業が活用するうえで無視できないさまざまな課題も残されています。また、先ほど紹介したような『動画を生成する』ことだけが、AI活用の選択肢ではありません」

AIを企業がマーケティングで活用するうえで知っておきたい、生成AIと動画のあれこれと、そこにある可能性とリスク両面について、ここから紐解いていこう。

法的リスク、電力消費 ── 動画生成の裏にある課題

山口「リアルな表現ができるからこそ、最近は著名な人物が問題発言をしているようなフェイク動画がSNSなどで拡散され、問題視されています。今でこそ"AIっぽさ"がフェイク動画を見極めるポイントになっていますが、それもやがて見分けがつかなくなっていくでしょう。こうしたフェイク動画は政治利用などを通じ、国際問題にも発展しかねません。米国を中心に、こうしたAI生成された動画や静止画にウォーターマーク(電子透かし、見た目ではわからない情報を埋め込む技術)をつける対策も進んでいます」

技術が発展すれば、当然それを悪用するユーザーも増えてくる。生成AIの技術は一般ユーザーにも開かれているからこそ、こうしたリスクへの対応はまだ追いついていない。

山口「生成される動画や静止画の"元"の素材は何であるかも注視しなければなりません。AIには膨大なデータを学習させたモデルがあり、プロンプト(指示)によってそのモデルから任意の動画や静止画を生成します。さて、この学習に使われたデータがもしも著作権を侵害している場合、生成された動画や静止画は著作権を侵害していない、と言いきれるのでしょうか。こうした法的観点において、AIで生成されたものの扱いやルールはまだあやふやです。さまざまな生成AIのモデルが発表されているものの、著作権侵害が発生しない、商用利用ができる生成AIを謳っているのは、現状Adobe社の『Firefly』のみです」

Adobe社はもともとクリエイティブに利用するためのストックコンテンツを大量に有しており、そのデータをもとにしたからこそ著作権に触れない生成AIモデルの開発に成功した。元素材が何であるかがわからない生成AIモデルについては、2024年現時点では、企業がマーケティングで安易に利用するのは避けたほうがいいだろう。

山口「auが"三太郎"シリーズ10周年を記念して発表した動画は、これまでの実写動画をAIでアニメーション化しています。生成の元の素材は自社のCMから得たものですから、これならば著作権上何の問題もありませんし、話題性もあっていいですよね。法的リスクがあることを踏まえていれば、問題が生じない形でAIを活用する工夫もできます」

(au「さぁ、何やる?」篇TVCM)

続けて山口氏はインフラ面の問題についても解説してくれた。

山口「ちょっと横道にそれますが、AIで動画を生成すると、GPUが大量の電力を消費します。それを多数の人間が同時につかうとなると、ブロックチェーンのマイニング同様、環境問題に発展してしまう恐れがあります。そのため、現状よりも低エネルギーで計算処理ができるインフラが整うまでは、生成AIによる動画制作の一般化は難しいと考えられています」

悪用リスクの対策、法整備、インフラの充実。どんなにAIの技術自体が発展しても、周辺領域の問題が解決されなければ、誰もがAIを使うのは難しい。動画生成から広がる世界は魅力的ではあるが、企業がマーケティングに活用できるようになるまでには、もうすこし時間がかかりそうだ。

AI活用で労務コストを削減しよう

ここまではAIによって動画を生成することについて解説を聞いてきたが、それ以外のAI活用はどうなのだろうか。実際の制作プロセスにおいて、AIが活用されているシーンから紐解いてみよう。

山口「たとえば『ChatGPT』を使ってコピーライティングのアイデアを複数生成したりAIに絵コンテを描かせたり、自動生成したナレーションを動画につけたりすることはあります。また、企業側から『ChatGPT』で書いたシナリオを動画化してほしいといったご要望を受けることもありますね。

AIで動画を生成してCMなどに使うとなると、まだいろいろと課題があるというお話を先ほどしましたが、制作過程のさまざまな業務を効率化するためにAIを活用するのであれば、どの企業も比較的すぐにチャレンジできると思います。たとえば、ウェビナーのサマリをAIに書かせるといった小さな取り組みも、ひとつのAI活用事例と言えますね」

『AIを使って動画を作る』というとダイナミックなものを想像してしまうかもしれないが、まずは労務コストを抑えるところで部分的に業務を切り出していくのがいいのかもしれない。先に山口氏が挙げてくれた業務をAIに任せるだけでも、コンスタントに動画を作る企業においては、生産性が劇的に上がるだろう。ただし、AIには苦手なこともあるので、そこには注意が必要だ。

山口「現状の技術においては『AIで生成されたものは修正が難しい』という特徴があります。生成されたものを部分的に修正したいとき、任意の部分だけ修正して再生成するのは簡単なことではありません。たとえば自動生成したナレーションに専門用語などが含まれる場合、その用語のイントネーションだけおかしいといった問題も起こります。もしも人の声であればそこだけ再録音すればいいのですが、生成されたものだとそうはいきません。ただし、生成AIを開発・提供する会社はこうした課題への対応を進めているので、今後アップデートによって改善されていくでしょう。最新のアップデート情報をキャッチアップしつつ、AIが何をできて何をできないのか、そしてどう活かすのかをその時々の技術に応じて考えていくと良いでしょう」

AIの強みをいかに活かすか、どう工夫すればコスト削減につながるか。何を任せて、何を自分がやるべきか。今後のマーケターには、そういった判断力が求められていくのかもしれない。

未来の動画マーケティングはどうなる? 大きな変化の予兆

最後に、動画マーケティングの未来に関わりそうな先端技術のホットトピックをいくつか挙げていこう。

山口「動画広告・バナー広告に生成AIを組み合わせて、データに基づいて最適化された広告が数秒で生成されるというサービスが、現在開発されているそうです。こうしたサービスがリリースされれば、個々の興味・関心によって最適化された動画広告を、ほぼ自動で出せるようになっていくでしょう。以前から動画の中にユーザーの名前などを入れて届ける『パーソナライズド動画』という手法がありましたが、ここにAIが組み合わさることで、"パーソナライズド"の幅はかなり広がると思います。『100万人に100万通りの動画広告を届けられる時代』が到来すると言っても過言ではありません」

これまで本連載では、『動画マーケティングを成功させるためにはPDCAを回すことが重要だ』というメッセージを伝え続けてきた。AIが浸透してくると、このPDCAにおいて人が請け負うべき内容も変わってくるのかもしれない。さらに、山口氏は取得するデータのほうでも新たな動きが出てきていることを教えてくれた。

山口「Apple社から『Apple Vision Pro』がリリースされましたが、これは今後のマーケティングを考えるうえで注目しておきたい商品だと思います。一見すれば従来のVRゴーグルのように見えますが、Appleは本商品を通じて、キーボードから指先でのタッチ、そして声にまで進んだインターフェイスを、目でのインターフェイスへ進化させていくでしょう。人の関心と目の動きがデータとして蓄積されていったとき、それに紐づいてどんなコンテンツを作れるかというところに、未来のマーケティングのヒントがあると思います。ここまで話してきた生成AIは、あくまでコンテンツを作るうえでのひとつの手段です。その手段を経てどう表現するかという部分の技術も進化してくると、コミュニケーションの在り方自体が変わっていくのではないでしょうか」

(Hello Apple Vision Pro)

そのほかにも、任意のバーチャル空間がリアルタイムで生成される技術や、タレントが見る側の嗜好によって変化する広告など、興味深いトピックを取材時には聞くことができた。こうして未来の話をすると痛感することだが、技術やそれを取り巻く環境は日進月歩で変化する。動画マーケティングを成功させていくためには、どんな技術を活用できるのか日々キャッチアップしていく姿勢が何よりも大切なのだろう。

本連載が2023~2024年の時点で語ってきた動画マーケティングの成功の秘訣も、数年後には大きく変わっているかもしれない。だからこそ、これを読んでいるマーケターの皆さんが新しい技術やトレンドに興味を持ち、自社のマーケティング戦略をアップデートし続けられるよう、C-stationは動画マーケティングの最新情報や成功戦略を引き続き届けていく予定だ。これからどんな技術が生まれるのか、それをどう活用できるのか。その高揚感を、読者の皆さんとこれからも共有できたら嬉しい。

【「動画マーケティング」2023-2024 成功戦略 シリーズ記事】

動画マーケティングの現在地

株式会社サムシングファン
COO(執行役員)・ディレクター 山口 貴久


ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業後、映像制作全般に携わる。撮影技術、制作、ディレクションなどで活躍しながら自主映画を制作。2013年に脚本を担当した映画がPFF:ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞・日活賞W受賞、2014年にIFFR:ロッテルダム国際映画祭に招待。以降も脚本執筆を続けている。2013年、サムシングファンに入社し現在は動画DX事業の執行役員。

聞き手:宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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