2024.04.12

JICA×講談社のSDGsプロジェクト漫画『いま、インドによばれて』  JICA・井本佐智子理事と漫画家・志真てら子先生が語る、インドのジェンダーとエンパワーメント

JICA井本佐智子理事 漫画家志真てら子先生 講談社国際ライツ部古賀義章

JICA(国際協力機構)の協力を経てスタートした、中小企業・SDGsビジネス支援事業「女性のエンパワーメントを推進するコミック普及・実証・ビジネス化事業」。講談社、大日本印刷、ファンタジスタとの取り組みだ。その一環として、2023年9月から『いま、インドによばれて』が、講談社マンガアプリ「Palcy」にて連載された。

今回は、4月12日のコミックス発売を機に、本事業を主宰する講談社の国際ライツ事業部・古賀義章、インド駐在時にインド事務所次長を務めた経験を持つ国際協力機構(以下・JICA)理事・井本佐智子氏、そして著者である志真てら子氏が講談社に集結。プロジェクト発足の背景や、漫画制作を通して感じた日本とインドのジェンダー問題などについて語り合った。

いま、インドによばれて『いま、インドによばれて』は、人生に悩みを抱える漫画家の日本人女性・なつめが、インド人女性・ルビーとの交流を通して、新しい生き方を見つけていくストーリー。女性の生きづらさやジェンダー問題をテーマに、インドで生きる女性たちのリアルな姿を描いている。

「インドの女性を応援したい」。その想いから生まれたJICAとの共同プロジェクト

プロジェクト発足のきっかけとなったのは、古賀の「インドの女性を応援したい」という熱い想いだった。古賀は、クーリエ・ジャポンの創刊から同誌で編集長を務め、その後、学生時代に旅行で訪れてから長年惹かれ続けている「インド」を舞台に、数多くのプロジェクトを手掛けてきた。

そんな古賀がインドの女性が抱える問題に直面したのは、日本の絵本『もったいないばあさん』のインド版を普及しようと活動していたときだった。

古賀義章 講談社国際ライツ部古賀義章/講談社 国際ライツ事業部 担当部長 2010年から国際ライツ事業部でインド事業開発を担当。日印共同制作アニメとして、インド版「巨人の星」を企画・プロデュースした経験ももつ。

古賀 「『もったいないばあさん』は、環境問題を身近に考えられる作品です。深刻な環境問題を抱えたインドで日本の『MOTTAINAI』を広めようと、JICAと共に2016年からインド版の出版、絵本の読み聞かせ事業を行っていました。

活動中に多くの女性たちに出会い交流を深めたのですが、そこで感じたのがインドにおけるジェンダーギャップの深刻さでした。家事をしている人の大半が女性であり、共働き世帯がとても少なく、外出もなかなかできない......。そうしたインドの女性たちが置かれている状況を知り、ジェンダー平等につながる事業の必要性を強く感じました」



もったいないばあさん 6カ国語版

著者は真珠まりこ氏。2004年の発売以来、日本を含む7ヵ国で出版され、発行部数はシリーズ累計で170万部を超える。2016年から始まった「MOTTAINAI for Clean India」では、絵本の普及や読み聞かせによる啓もう活動などを実施。インド版(写真)はヒンディー語を含む6言語で出版され、45万部発行。

古賀はその後、JICAの中小企業・SDGsビジネス支援事業に応募。JICAもその熱い思いにこたえ、2021年から『いま、インドに呼ばれて』の制作プロジェクトが始動することとなった。

インドで注目の日本の漫画コンテンツが、ジェンダー意識の変革につながる⁉

そもそもなぜ、次なる発信ツールとして絵本ではなく「漫画」を選んだのだろうか。古賀はその理由について、「日本のアニメや漫画がインドで注目され始めたことが大きいですね」と語る。

古賀 「今インドでは、日本のアニメを入口に、漫画にも大きな関心が集まっています。昨年末に開催されたデリーコミコンに約4万6000人が参加。あるブースでは日本の漫画を英語版にしたものが輸入販売されていて、日本円で約1300円するものが2日間で約3000冊も売れたのだそうです。こうした状況を目の当たりにしたことで、漫画に大きな可能性を感じました」

「JICAがこのプロジェクトを採用したのも、漫画の力に魅力を感じたからでした」と話すのは、JICAの理事を務める井本佐智子氏。3年間のインド駐在を通して、古賀と同じくインド女性の生きづらさを目の当たりにしてきた一人だ。

JICA 井本佐智子理事井本佐智子/JICA理事 1993年JICA入構。南アジア部南アジア第三課長、インド事務所次長などを務め、現地でも活動を行う。広報部長を経て、2021年10月より現職。

井本 「JICAはジェンダー問題を含め、あらゆる社会課題に取り組んでいます。中でもジェンダー問題は、最終的に『人の意識』が変わらないと、社会も変わりません。インドでは今、法律や制度が改善されて社会的な障壁はなくなってきているのですが、一方で『結婚したら妻は夫に従うべき』と考えているインド人の割合が90%近いという調査結果もあります。法律や制度は変わっても、人々の意識が変わるのには時間がかかるんです。

この状況を打破するためにはどうすればいいのかと考えたときに、漫画が有効な手段かもしれないと感じました。例えば、漫画のキャラクターに共感して、自分の中にある思い込みや固定観念に気づくことってありますよね。そこから考え方や行動が変わった、という人も多いはず。だからこそ古賀さんの今回の提案はとても興味深く感じましたし、インドの人々が持つジェンダー意識の変化につながるのではないかと思いました」

主人公は等身大の日本人女性。漫画制作を通して気づく、自分のなかのジェンダー・ステレオタイプ

編集者としての知見はあれど、漫画編集の経験がなかった古賀。肝心の漫画はだれにお願いすればいいのか......まず相談に向かったのは、講談社の女性向け漫画雑誌『BE・LOVE』の編集部だった。そこで出会った編集・伊藤憲和から推薦されたのが、漫画家の志真てら子氏だ。推薦の理由は一体何だったのだろうか。

伊藤 「志真先生の連載を担当するのは今回で2回目。前作では、吉川トリコさんの小説『余命一年、男をかう』のコミカライズを担当していただきました。『余命一年、男をかう』も、女性が自分自身の生き方に向き合う物語。今回のプロジェクトとはテーマが似ていることもあり、志真先生にぴったりの企画ではないかと思いました」

漫画家 志真てら子先生志真てら子/漫画家 2017年『バビュンと彼氏』が「ハツキス」(講談社)に掲載されデビュー。他作品に『上京したあの子』『曖昧なカンケイ』、吉川トリコ氏の小説をコミカライズした『余命一年、男をかう』がある。

志真氏は、『余命一年、男をかう』のコミカライズ以外にも、都合のいい男女関係を切り捨てられない女性が主人公の『曖昧なカンケイ』や、上京した女性たちが抱える悩みや葛藤を繊細に表現した『上京したあの子』など、等身大の女性たちを描き続けてきた若手漫画家だ。インドのジェンダー問題に向き合うのは、本作が初めて。不安もあったと話す。

志真 「インドについての知識やインドの女性たちの置かれている状況を詳しく知っているわけではなかったので、お話をいただいた時は正直迷いましたね。ですが、伊藤さんから『今回もできると思いますよ』と言っていただけて。それならやってみようかなと思い、チャレンジすることにしました。主人公を『売れたい』と頑張っている漫画家にしたのは、担当編集のおふたりが『いちばん描きやすいキャラクターで』と言ってくださったから。自分と性格は違っても、目指すものが一緒だと描きやすいかなと思ったんです」

マンガに打ち込む 主人公なつめ漫画に打ち込む主人公なつめ。同棲している彼氏から「結婚を前提に一緒にインドについてきてほしい」と言われ、モヤモヤを抱えながらもインドへ向かうこととなる。

現地から「インドのジェンダーギャップについて、漫画で扱うのは珍しい」と声が上がるほど、これまでにない今回のプロジェクト。古賀にとっても、志真氏にとっても新たな挑戦だった。伊藤氏も当初は「最初は何を描けばいいのかわからず、雲をつかむような感じでした」と語る。

志真 「ストーリーを考えるのは大変でしたが、漫画を描きながらハッとさせられたことがたくさんありました。例えば、私は夫と家事を分担しているのですが、それを友達に話すと『旦那さんがかわいそう』と言われるし、私も申し訳なく思う気持ちがどこかにありました。漫画家を目指すのも『自由にさせてもらっている』という感覚がずっとあったように思います。なつめの物語を描くにあたって、『女性はこうじゃなきゃいけない』という思い込みが自分の中にもあったのだと気付きました」

女は教養をつけても結婚したら意味がない第2話。なつめがインドで出会った女性・ルビーは、教師になる夢を「女は教養をつけても結婚したら意味がない」と父親に猛反対された過去をもつ。

等身大の女性が主人公だからこそ、読者の共感を生み、自分が抱えているジェンダー・ステレオタイプにも気づくことができる本作。漫画を読んだ井本氏にも感想を聞いてみた。

井本 「インドにいると常に自分が試されているような、自分のあり方を問い直さなきゃいけないような感覚になります。それが、よく言われる『インドに行くと人生が変わる』ということだと思うんですよね。なつめも同じように、今まで日本で『こうあるべきだ』と縛られてきた考え方や価値観が、インドに来たことでどんどん覆されていく。その姿が見ていてなんとも清々しかったです。インドは自分が180度ひっくり返るような経験ができる国だとあらためて感じました」

日本とインドは「似ている」? 現地取材で知る、日印共通のジェンダー問題とは

漫画制作にあたって行われた、インドの長期取材。何度も訪印している古賀に対して、志真氏はこれがはじめてのインド訪問となった。「インドは自由な国というイメージがあったのですが、取材で女性たちの話を聞き、そうではない現状もあるのだと知りました」と、取材を振り返る志真氏。取材で印象に残っているエピソードを話してくれた。

志真 「お手伝いとして働く女性2人から話を聞いた時、大変なことをあまり大変だと思わずに仕事や生活をされているんだなと思いました。私だったら『逃げてしまえばいいのに』と思ってしまうことも、『やらなきゃいけないから』と当たり前のように考えていて、使命感のようなものを感じましたね。また、家庭内で暴力を受けている女性もいました。話が重くなってしまったので、少しでも明るい話題をと思い『休みの日は何していますか』と質問したら、『休む暇もないし自分の好きなことをする時間もない』と言われてしまって......。ジェンダーの固定概念がまだまだ根強くあるのだと実感しました」

インド女性ルビーの実家に招かれたなつめは、ルビーの母親と姉が結婚を機にキャリアを諦めたことを知る。インドにおいて、ジェンダーの固定観念が根強く残ることを実感させられるシーン。

ジェンダーによる性別役割分業、そして女性たちが受けている性差別は決してインドだけでの問題ではない。井本氏も「日本とインドで起きていることには、共通点があるんですよね」と語る。

井本 「インドでは、男性は家族を養う大事な存在で、女性は結婚すると他の家の人になってしまうので、女の子より男の子を大切にすべきという考え方が根強く、それが固定的な役割分担にもつながっています。日本ではそこまで極端でないにしても、やはり男女の役割分担の考え方はまだありますし、家事は女性がすべき、子育ては母親がいないとダメ、なんて言われることも多いですよね。少しずつ変わってきているとはいえ、これまでの伝統や文化の中で培ってきた考えを引きずって自分たちを狭い枠の中に閉じ込めているという意味では、インドも日本も問題点は同じだと思います」

2話母の背中第2話。なつめが、自分の母とインドの女性たちの状況が似ていると気付くシーン。

そうした日本とインドの女性が直面する共通の問題については、本作の各所に落とし込まれている。第2話では、主人公なつめが、インドと日本の女性が置かれている状況について「インドは目に見えていて、日本は隠れているだけで根本的には同じなのかもしれない」と考えるシーンも。

古賀 「第2話のこのエピソードは、インドの若者が強く反応した一つでしたね。『ジェンダーの問題は、インドと日本の状況が非常に似ていることがわかった』と、とある若者からも感想をもらいました。漫画を通して両国の女性が抱える問題点を発信できたことは、ジェンダー問題に対する意識変革の第一歩になったのではないかと感じています」

自立したインド女性から見る、女性のエンパワーメント。その背景にある「教育」の重要性

主人公なつめがインド出会う人たちは皆、取材を通して出会ったインドの女性たちがモデルとなっている。自分の生き方に誇りを持ち、タクシードライバーとして活躍するインド女性・ルビーもその一人だ。

ルビーなつめと出会い、共に行動することになるインド人女性・ルビー。父親から結婚をせかされるも、自立して働き、自分の好きなことに邁進する前向きな女性。

志真 「取材では、お手伝いとして働く女性たちだけでなく、部長クラスのキャリアウーマンとしてバリバリ働いている女性など、異なる立場の女性10人程に話を聞きました。ルビーのように自立した女性たちの印象は、強い覚悟を持っているなと。皆さん目指すものに向かってものすごく勉強されてきたことが伝わってきましたね」

エネルギッシュに活躍するインドの女性たち。しかし、その背景にも複雑な格差が重くのしかかっている。

井本 「インドはジェンダーギャップ指数が146ヵ国中127位の国。ですが、志真さんが出会った方々のように、グローバルに活躍している女性もたくさんいるんですよね。例えば、今の財務大臣やシャネルのCEOはインド人の女性ですし、過去にはインディラ・ガンディーという女性の首相もいました。

女性に限りませんが、インドでは『教育こそ最大の武器』という共通認識があります。さまざまな格差がある中で、その事態を好転させるのは教育しかないと考えられているんですね。質の高い教育を受け、努力をして、自分の力で道を切り開いてきた女性たちがいることはインドの素晴らしいところだと思います。一方で、そのようなチャンスがあるのは中間層より上の層。教育の機会があり、お手伝いさんを雇えるような人たちがほとんどです。つまり、社会で活躍できる女性たちも、同じ女性による低賃金の労働に支えられているという側面があります。インドのジェンダー問題は、ひとことで語ることができません」

英語版いま、インドによばれてベンガルールコミコンにて無償配布した『いま、インドによばれて』の英語版。

インドで重要視されている「教育」。インドで配布した『いま、インドによばれて』も、そうした教育の観点で制作している。

古賀 「英語ができないと成功は難しいという認識があるようで、本は親が子どもに買い与える教育的な内容のものが多く、英語で書かれたものばかり。そうした理由から、インド版の『いま、インドによばれて』も、ヒンディー語ではなく英語で制作しました。女性のエンパワーメント推進にもつながるのではないかと期待しています」

ベンガールコミコン

ベンガル―ルコミコンでは、志真氏によるスピーチやドローイングイベント、サイン会を開催。大勢のインドの若者が集まった。

ジェンダー問題の解決、そしてSDGsのゴール達成につながる、日本の漫画コンテンツのチカラ

JICAでも、インドのジェンダー課題を解決するためにさまざま取り組みを行っている。JICAが長年協力し、2002年に開通した「デリーメトロ」のプロジェクトもその一つだ。

井本 「デリーメトロは、デリーの女性たちの暮らしを大きく変えました。インドでは女性が一人で出歩くことは、性被害や事件に巻き込まれる可能性があるため危険だと考えられています。そのため、子どもが中学を卒業して高校に通おうとしても、学校に行くまでの交通手段がなければ進学をあきらめないといけない人もいるんです。そこに階層は関係なく、インドでは当たり前のこととして考えられていました。

デリーメトロは現在、東京メトロよりも広い路線で、デリー市内であればどこでも行くことができます。駅には必ず防犯カメラがあり、女性の駅員がいて、電車には女性専用車両も。デリーメトロは今や『デリーで最も安全な場所』とも言われるほどです。これにより女性たちの行動範囲が広がったことはもちろん、女性の能力に対する考え方も変わるきっかけにもなりました。デリーメトロの工事の監督を務めたのも、女性のエンジニアなんですよ」

日本の女性土木工技術者が挑み、JICAが支援してきた本プロジェクト。そのプロジェクトストーリーをJICAでも漫画としてまとめているという。

俺たちのメトロ!_書影『マダム、これが俺たちのメトロだ! インドで地下鉄整備に挑む女性土木技術者の奮闘記』

井本 「日本の技術が活かされ、インドの人々の生活を変えたことを多くの人に知ってもらおうと、実はJICAでもデリーメトロができるまでのストーリーを描いた漫画をつくりました。私たちも漫画の持つ力、可能性を信じています」

『いま、インドによばれて』も、困難を抱える女性たちに寄り添い、新しい視点、そして勇気を与えてくれる......そんな力を持つ漫画作品だ。最後に著者の志真氏、そして古賀に本作に込めた想いとこれからの展望を語ってもらった。

志真 「はじめはインドのこともジェンダーのことも詳しくありませんでしたが、学びながら覚悟をもってこの作品を描いてきました。ジェンダーギャップや『こうあるべき』という価値観について、考え直す入り口になったらうれしいですし、『私には関係ないと』思って生きてきた方たちにこそ、ぜひ読んでもらいたいです」

古賀 「今回のプロジェクトは私にとっても新しい挑戦ではありましたが、これからも日本のコンテンツを通して、インド、そして世界の社会課題の解決を目指したいと考えています」

JICA 井本佐智子理事 漫画家志真てら子先生 講談社国際ライツ部古賀義章

いま、インドによばれて書影とインド版書影マンガ初!の日印同時発売(2024年4月12日)。左が日本版。右がデジタル配信されるインド版。インドでは、漫画のプラットフォーム、Manga Planet India(大日本印刷とファンタジスタが協業)から配信。日本版はこちらから。

撮影/村田克己 取材・文/土居りさ子、室井美優(Playce) 編集・コーディネート/川崎耕司(C-station)

川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター

C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。

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