風呂上がりのメールに
「すごい状況です!」
夏目:製品の話も聞かせて下さい。まず、主力の「よなよなエール」、これは日本で一般的に飲まれているラガービールでなく、エールビールですよね。
井手:ええ。あえてキンキンに冷やさず、常温よりちょっと冷たい程度に冷やし、フルーティな香りを楽しみつつ飲むビールですね。こういったこだわりを楽しんでもらえる方は、やはり「知的な変わり者」が多いんでしょう。
夏目:女性向けには「水曜日のネコ」。
井手:一部のビール好きの女性たちから、小麦を使った、ベルギースタイルの「ホワイトエール」が支持されていたんです。そこで、ヤッホーだったらどう造り、どう売るか考えました。なかでも売り方で最初に考えたのは、オピニオンリーダーの女性に愛される製品を造って、口コミで広げていこう、ということ。じゃあそんな女性たちがいつビールを飲むかと調査して推測すると「仕事でちょっと疲れてホッとしたい瞬間」だったんです。そこで、ちょっと疲れがたまった水曜日に、自宅で猫と一緒にいる、そんな雰囲気のネーミングにしたんです。
夏目:販売戦略でも、独自の戦略があったりするんですか?
井手:それなら、ローソン限定の「僕ビール、君ビール。」を販売したときですね。「セゾン」と呼ばれるビアスタイルで、新鮮な若い果実のような香りが特徴の若い方向けのビールです。僕たちは、若い世代に「これが自分たちの世代のビールだ」と感じてもらえるよう、帽子をかぶったカエルのイラストをパッケージに描きました。カエルは、笑わず、怒らず、あせらず、他人に気を使わせるような表情は見せないまま、センスのよい帽子をかぶっている。これは「フラットな仲間とのつながり」を大事にする若い世代の価値観を表現しています。
そして、この製品の発売日、Ustreamでイベントを開催したんです。新発売を記念してファンのみんなで乾杯するだけじゃなく「カエル捕獲大作戦」と名付け、フェイスブックやツイッターで「東京都新宿区で捕獲!」なんて報告が入ると、選挙中継をまねして地図にバラの造花を飾っていくんです。
結果、ローソンの方が「販売初日にこれだけ反響のあったビールの記憶はないです!」と驚くくらい盛り上がりましたよ。しかも僕がうれしかったのは、僕じゃなくてチームの面々が主導してこの盛り上がりをつくってくれたことです。僕は帰宅後、風呂からあがって食事を終え、メールをチェックしました。すると「すごい状況です!」と報告が入っていた。映像をチェックし、SNSを見るうちに眠れなくなりましたよ。ざっと勘定するだけで500人以上のファンが動いてくれて、なかには「買い占めないように3軒に分けて合計16匹捕獲!」なんて報告もありました。控えめに見て、一人あたり3本買っていただいたとしても、1500本です。
夏目:一昔前は「一人ひとりのファンとの結びつき」なんて、手間がかかって難しかったじゃないですか。しかしネットでの口コミやイベントを絡ませることで、一人ひとりのファンとの結びつきが成長の源になるんですね。確実に、ビジネスの潮目が変わってきているんでしょう。
井手:メルマガを始めたばかりの頃、お客様から「オマエのこのものの言い方に納得いかない」とメールをいただいて必死で謝って「わかった。じゃあこれからも飲んでやる」と言ってもらえたことがありました。「缶が壊れた」とクレームをいただき新製品をお届けしたこともありました。そんな姿勢が、じつは、いまの基礎になっているんです。
夏目:会社とお客さんのコミュニケーションも、一気に変わりつつあるのかもしれませんね......。
鰹節を使ったビールが
アメリカで流行の兆し!?
夏目:今後の、ビール業界の全体像も聞かせて下さい。
井手:今年、業界で話題になっているのが、酒税の改正です。現在はビール、発泡酒と、いわゆる「第三のビール」の順に税率が高く、これが価格差に反映されています。しかし「10年後までに段階的に一本化しよう」となったんです。するとビールの価格はいまより安くなり、発泡酒は高くなるんです。そうなれば「クラフトビールを楽しもう」という方がもっと増えてくるはず、と考えられます。
夏目:海外市場はいかがですか? 最近アメリカ輸出専売品を出したと聞いていますが?
井手:ええ。鰹節を使ったビールですね。
夏目:鰹節(笑)。くわしく聞かせて下さい。
井手:原料に鰹節を使うと、発酵の段階で酵母と反応して、非常にフルーティーな香りを醸し出すんです。だから鰹節の味はしませんが(笑)、非常に華やかでトロピカルな香りがしておいしいんですよ。
じつはこれも、日本と似た売り方をしています。アメリカには、約5000ものクラフトビールメーカーがあって、そこに「日本のクラフトビールです」と持っていっても、埋もれてしまいます。しかも運賃がかかる分、割高で飲み続けてもらえません。アメリカのインポーターにも「日本らしい個性がないと難しい」と言われ、ずっと頭に残っていたんですよ。そこで担当者がこのビールを醸造し、「これは日本人の心・ミソスープに入れる鰹節を使ったものだ」と持っていって「飲んでみなよ」と言ってみた(笑)。すると「魚の味はしないけどおいしいじゃないか」と言われ輸出が決まり、アメリカのテレビの番組にも取り上げてもらえたんです。アメリカで行われたビアフェスでお披露目した際、ヤッホーだけ行列が出来、非常に好評でした。
すると、それを聞きつけたローソンさんが「販売させてほしい」と言ってくれたので、日本でも1度だけスポットで販売しました。すぐ完売しましたよ。
夏目:残念、飲めないのか!
井手:でも、同じくらいとがったビールをまた出していきますから、それでいいじゃないですか(笑)。
働くのが苦痛では
ファンは寄りつかない
夏目:わかってきましたよ。日本は運送会社が人手不足で困るほど、購買行動がWEB経由の通信販売・宅配にシフトした世の中になっている。アメリカも同様です。とすると、そこにしかない個性を思いっきり出さなければWEBページを見に来てもらえない。逆に言えば、わざわざ通販でも手に入れたくなる個性があれば、会社の規模は小さくとも製品はじゃんじゃん売れていく、というわけだ。
井手:そして、個性を出すためには、私のような人間が一人で頑張っても無理なんです。だから、同じ目線で働ける仲間を採用し、チーム作りに驚くほど多くの時間をかけ、会社として個性を出していくわけです。
当社は私を筆頭に、社員が本音で仕事を楽しんでいるから伸びた会社なんですよ。たまに大手企業のイベントに行くと「こういうことをやればお客さんが喜んでくれるはず」と考え、本人たちはすごく大変だ、苦痛だ、と感じている雰囲気が見えたりしませんか? 参加した側も「なんか違う......」と感じますよね。また商品も、誰かがコンセプトを考え、それをあまり理解してない人が作り、別の人が広報して、別の人が売る、というんじゃお客様に伝わるわけがない。だから当社は、社員みんなで「うちはこういう会社だ」という価値観を共有し「だからこういう製品を出し、こう伝えよう」としてきたんです。
夏目:最後に、何か課題ってありますか?
井手:やはりコミュニケーションです。クラフトビール市場が盛り上がっていると言っても、まだまだ「飲んだことはない」という方がたくさんいらっしゃいます。そんな方に飲んでいただき、衝撃を受けてほしい。そこで最近「ネオ三本締め」という動画をつくりました。ファンに「面白いから見てみなよ」と広めてもらえるといいな......と考えてのことです。
夏目:反応はいかがですか?
井手:笑ってもらってますよ。私たちらしくファンの皆さんに協力してもらって、早朝から練習を重ねて「チャチャチャン、チャチャチャン、チャチャチャンチャン」なんてくだらないことを、超真剣にやってみたんです。見てくれた方には「これすごく練習してるよね」とか「まねしたくてもできないよ」と笑ってもらってます。
あとは、やっぱり楽しく働くことですね。僕はみんなと夢を共有しているんです。「最高に楽しく働ける会社をつくろう! そしてファンを増やしていこう! 2020年までにビールのシェアの1%を目指そう!」と言っています。
夏目:貴社が続けてきたのは、とがった組織を根っこに、とがったビールを造り、とがった売り方をしよう、という試みだったんですね。仮装も朝礼もその一環だった、と明確に見えました。
飲料メーカーは、大きなところが多い。しかし、こう戦えば小さいところも存在感を出せる、という見本のような話ですね。