2024.02.21

第56回JMAA海外研修inロンドン・フランクフルトを、研修団団長(バブル世代)と若手プランナー(Z世代)が振り返る。「未来の日本の広告・雑誌コンテンツのかたちとは?」

講談社・長崎亘宏と東急エージェンシー南波祐希

海外メディアビジネスの最新事情に触れ、業界の課題や可能性を探る一般社団法人日本雑誌広告協会(JMAA)主催の海外研修。2023年10月に行われた第56回研修の舞台は、ロンドンおよびフランクフルト。国際雑誌連合や出版社、書店などを訪問するなかで、研修団は何を学び、何を感じたのか......。メンバー19人の団長を務めた、C-stationエグゼクティブプロデューサーでもある講談社・長崎亘宏と、東急エージェンシーの若手プランナー・南波祐希氏が、異なる世代の視点で本研修を振り返りながら、日本の広告・雑誌ビジネスの可能性を語る。

雑誌連合:これからの出版ビジネスは「読者データ」がカギを握る ―FIPP国際雑誌連合

研修団が最初に訪れたのは、世界各国の雑誌協会、出版社などが加盟する国際組織・FIPP(国際雑誌連合) 。スピーカーのCEOのジェームス・ヒューズ氏からは、国際的な視点から見た出版・広告業界の現状、これからの雑誌メディアの在り方などが提示されたという。講談社 ライツ・メディアビジネス局次長 長崎亘宏長崎亘宏/講談社 ライツ・メディアビジネス局 局次長

「研修のはじめに、業界が置かれている現状や課題を俯瞰してとらえることができたのは、研修プログラムとして非常に意味があった」と語るのは、本研修の団長を務めた長崎。なかでも印象に残っているトピックスを聞いてみた。

デジタル時代においても見逃せない、プリントメディアの収益性

紙媒体とデジタルの広告費の推移を示したグラフ。紙媒体の広告費は落ち込みが激しく、2022年にはデジタルに抜かれている。

まず話題に挙がったのは、広告費の現状について。紙媒体の広告費は右肩下がりで推移する一方で、デジタル広告は成長を続けている。しかし、ここでのヒューズ氏の指摘は「デジタル広告がこのまま成長し続けても、紙媒体の最大値には及ばない」というもの。そして紙媒体には「収益性が高い」というアドバンテージがある。だからこそ「紙媒体を捨て去ることはできない」と強く訴えた。

FIPP CEOジェームス氏FIPPのジェームス・ヒューズCEO

長崎 「これからの時代は、デジタルができて当たり前。ですが、雑誌、書籍といった紙製品も残していかないと、課金に対する満足度の低下、場合によっては広告効果の低下にもつながってしまうのではないかと感じました。オールデジタルではなく、紙とデジタルをどう組み合わせていくかが今後の焦点になると思います」

東急エージェンシー メディアプランナー 南波祐希南波祐希氏/株式会社 東急エージェンシー メディア本部 新聞・出版ビジネス局 出版ビジネス部

「研修の最初に紙媒体の価値を再認識できたのはよかった」と語るのは、東急エージェンシーのメディアプランナー・南波氏だ。

南波 「私はデジタルネイティブ世代なのですが、収益性の高い紙媒体を捨ててはならないという話は、雑誌広告を売る立場としても嬉しく感じました。特に、雑誌はその時代を映す鏡であり、なくてはならないものだと思っています。改めてその価値に気づくことができました」

参考にすべきは「音楽業界」? 雑誌はより"ニッチ"で"リッチ"な存在へ

そうした状況のなかで、より紙媒体の収益性と価値を高めていくにはどうすればいいのか。ヒューズ氏からヒントとして提示されたのは、「音楽産業」だった。

世界のレコード音楽産業の売上推移。ストリーミングサービス(青)の著しい成長とともに市場規模はV字回復を遂げている。また、アナログレコード(赤)の復活の兆しも見て取れる。

長崎 「音楽業界が収益改善に至った背景には、ストリーミングサービスという新たなマネタイズの手段を獲得したことが挙げられます。もう一つの側面としてあるのが、アナログレコードの存在です。今やアナログレコードは、日本でもプレミアムなコレクターズアイテムとして親しまれていますよね。こうした、アナログの価値を再定義するという視点が、出版産業の収益改善のヒントになるという話はとても興味深かったです」

紙媒体も「アナログレコード」のように、"リッチ"で"ニッチ"な存在としてメディアの価値を見出す必要がある。ヒューズ氏はその成功事例として、スウェーデン・Bonnier社が発行するトローリング愛好家に向けたマガジン「Marlin」を取り上げた。

Marlinスウェーデン・Bonnier社の「Marlin」。発行部数25,000部。

長崎 「日本でもアウトドア雑誌など、一部でリッチかつニッチな雑誌は発売されていますが『Marlin』の特徴は、読者データを上手く活用している点にあります。読者の72%が船舶を所有しているというデータに基づいて、トローリング大会を企画。参加費で利益を生み出し、事業として高い収益性をあげているのだそうです。もちろん広告単価や販売価格も高めに設定されているのですが、読者データを基に効果的なイベントや有料コンテンツを展開できれば、読者は気持ちよく課金する。非常に参考になる事例でした」

理想は「読者データ」前提のビジネスモデル。日本はどうする?

「読者データの重要性」は、FIPPが提示した出版ビジネスの可能性を示したフレームワークでも語られている。

FIPPが提案する出版産業ビジネスモデル

これからの出版産業は、『ライフスタイル』『ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)』『サステナビリティ』『テクノロジーの蓄積』4つのテーマ(桃色)を柱に、紙とデジタルの両方から多様なマネタイズ手段を模索していくことが重要だと指摘。その基盤として「ファーストパーティーデータ(読者データ)」(水色)があることは、このフレームワークからも読み取れるだろう 。

しかし、この点について長崎は「日本でこのビジネスモデルを真似するのは難しい」と感じたという。

長崎 「欧米で雑誌を買う人たちの過半数は定期購読。だからこそ読者データを手に入れることができるし、それを基にオフラインでも勝負することが可能なんですよね。一方で日本の出版物は取次や書店を介した流通が一般的なので、『読者データが重要』といっても読者データを入手する土壌がないというのは非常に厳しいと感じました」

イギリスのニューススタンドイギリスのニューススタンド

南波 「ヨーロッパでは書店に雑誌が置いていないことに驚きました。現地で人気の雑誌を探そうと、巡り合ったのは駅のニューススタンド。だから、定期購読が主流なのかと感じました。日本が欧米のビジネスモデルを真似することは難しいのかもしれませんが・・・・・・」

南波氏が指摘する「日本は欧米のビジネスモデルを真似できるのか」というテーマは、メンバー間でも盛んに意見が交わされ、研修の最後まで響くものだったという。このテーマについて、考えを聞いた。

視察団は夜も議論を重ねたロンドンのレストランにて、食事を楽しむ長崎と研修団のメンバー。年齢も性別も多様なメンバーの間では、毎晩のように意見交換が行われていたという。

長崎 「段階的に取り組む必要があるとは考えています。まずは、デジタルの世界で突破口をつくること。すでに取り組みを始めている出版社も多いですが、デジタルコンテンツを提供する際は、くまなく会員登録・課金制にするなど、デジタルから変えていくことが大事ではないでしょうか。

もちろん雑誌の世界でもチャレンジをしている出版社はたくさんあります。定期購読するとグッズや特典がもらえるサービスを提供したり、それこそイベントを開催したり......。どのように読者とつながっていくべきかは、今後も手を変え品を変え取り組んでいかねばならない大きな課題ですね」

広告会社:「D&I」の視点で広がる雑誌広告の未来 ―Amplifi・PAMco VOGUE UKが挑む 雑誌におけるD&I

南波氏が印象に残っている訪問先としてあげたのは、Amplifi。Dentsuイージスネットワークのメディアエージェンシーとして、国際的なクライアントのプランニングを担っている会社だ。話を聞く上で南波氏は、イギリスと日本の「D&I」や「サステナビリティ」に対する意識の差を感じたのだという。

VOGUEUK_2023年5月号2023年5月号の『VOGUEUK』。障がいのある活動家たちを表紙に起用した取り組みが話題に。

南波 「FIPPでも『D&Iやサステナビリティが重要だ』という話を聞きましたが、Amplifiでも同じように、日本の出版業界はもっと推進すべきだと熱く語っていました。その一例として挙げていただいたのが、イギリス版VOGUEの取り組みです。表紙に障がい者の人たちを起用したり、点字版VOGUEを制作したりと、D&I推進を言葉だけで終わらせず目に見える形で雑誌に落とし込んでいる点がとても印象的でした」

Amplifiでは、3名の女性マネージャーがスピーカーとして参加。その点に関して長崎も「女性が活躍する様子を見て、D&Iが進むイギリスと日本の違いを感じた」という。

VOGUEの挑戦を目にした南波氏は、続けて「D&Iの推進は出版社が先導していくべきだ」と、Z世代の視点から語ってくれた。

南波 「私達はD&Iは当たり前にあるべきものだと感じている世代です。だからこそ、出版業界が率先してD&Iやサステナビリティに取り組み、こうした雑誌を発売してくれたら好意的に受け止められると思います」

アビーロードを征く視察団アビー・ロードを歩く、研修団一行。ビートルズも人種差別と闘った。出版業界もD&Iを推進していけるか。

長崎 「ただ世の中のためにやるという姿勢だけでなく、そこに出版社がこれまで得意としてきたストーリーやエンターテインメントを加えていくということがポイントになると思います。昨今、メディアやコンテンツの境目がなくなりある種の画一化が進むなかで、出版社らしく、かっこよくD&Iに取り組んでいきながら差別化できたら理想的ですね」

障がいの有無や性指向まで網羅 プランニングに生きるPAMcoのデータ

では、どうしてイギリスでこうしたビジネスが成り立つのか......。その背景にはPAMCoの存在があるという。PAMCoは、イギリスにおける出版ブランドの測定や計測データの指標作成、データの共有、提供を行う非営利団体だ。年間約100万ポンドを代理店と第三者機関等が出資。メンバーに出版社や広告主が含まれており、データの客観性・透明性を保っている点も特徴だ。

彼らが持つ読者データは、イギリスの15歳以上の人口の90%を網羅。全国規模のデータベースとして信頼度も高いのだという。

長崎 「PAMCoで収集されている個人データには、障がいの有無やと性的指向といった情報も含まれているそうです。VOGUEの取り組みを聞いた時、これがビジネスになるのかと衝撃を受けました。ですが、そうしたエビデンスやインサイトがあるからこそ、出版社や広告会社だけでなく、広告主もプラン策定に踏み切れるのだと実感しました」

データベースに基づいたメディアプランニングは、広告主の満足度の向上にもつながる。こうしたイギリスの動きを見て南波氏は、「雑誌メディアもアップデートが必要」と代理店の目線で考えを示す。

南波 「これまで雑誌というメディアの価値は、ターゲティングがしやすいところにあると感じていました。その優位性を活かしたプランを広告主に提案していましたが、最近では、デジタルメディアはもちろん、テレビでもより詳細な個人の視聴データが取れるようになっています。だからこそ、PAMCoのような動きを参考に、よりターゲッティングできるメディアとしてアップデートしていくべきだと思いました」

出版社:ドイツで感じた、MANGA市場の拡大 ―Carlsen Verlag

続いて話題に挙がったのは、ドイツのMANGA市場について。フランクフルトでは、MANGAや児童書の出版社Carlsen Verlag(カールセン)に話を聞いた。

フランクフルト_カールセン_CEOと編集長8日間の日程で行われた本研修。ロンドン・フランクフルトの2つの都市で合わせて10箇所もの訪問・視察を行った。写真はカールセン社の漫画部門編集長・シュヴァルツ氏とマネージャー・フィルニグ氏

ドイツのMANGA市場はコロナ禍を経て劇的な成長を遂げ、300%以上の伸長を記録。漫画好きだという南波氏の目に、ドイツのMANGA市場の現状はどう映ったのだろうか。

南波 「一番衝撃だったのは、漫画の購読者層が狭いこと。性別年齢問わず漫画を読む日本に対し、ドイツでは若者がメインの読者層で大人は読まないのだそうです。また、電子漫画が売り上げに占める割合はたったの3%。縦読み文化がないドイツには需要がなく、ビジネスモデルが成立しないということも知りました。今や日本では『漫画は電子派』という人も多いです。ドイツの現状はまるで数十年前の日本を見ているかのように感じました」

ドイツの一部若者たちから熱狂的な支持を得ているMANGA。その背景には、Netflixのアニメの影響がある。それまであまり人気のなかったスポーツ漫画も、アニメから入り、手に取る人が増えたという。長崎は「アニメを起点にMANGA市場が拡大していくという流れは、これからも世界的に広がっていくと思います」と、希望を語った。

書店:「本好き」「雑誌好き」に心地よい空間。日本の書籍も注目を浴びる ―FOYLES, Hugendubel, MAGCULTURE

海外の書店で見出した、日本の子ども向けコンテンツの勝機

研修では、ロンドン・フランクフルトの書店を訪問する機会も多かったという。率直な印象を南波氏に聞いてみた。

南波 「独立系の書店が多いからか、どの書店も本好きの人たちの情熱を感じさせる工夫が散りばめられているなと感じました。店内のあちこちにテーブルと椅子が置かれているのが当たり前で、ゆっくりと本を楽しめる空間が広がっているんですよね。日本でもそうした書店が増えれば、もっと人々と本・雑誌の距離が縮まっていくのかなと思いました」

FOYLE_ロンドンの書店ロンドンの大型書店「FOYLES」。MANGAや、日本の女性作家の本なども多く陳列されていた。

加えて「どの書店も児童書のコーナーが充実していた」と南波氏。店頭の目立つところに置かれ、なかには日本の作品もあったそうだ。そうした光景を見た長崎、そして研修団のメンバーは、日本の子ども向けコンテンツに可能性を感じたという。

Hugendubel_ドイツの書店130年の歴史を持つ、ドイツのHugendubel。フランクフルト店は8万タイトルを誇る大型店。ここでも児童書コーナーが目を引いた。

長崎 「日本が世界に勝てるものは何だろうと研修中ずっとみんなで考えていたのですが、児童書など、子ども向けのコンテンツは非常に可能性があると思いました。日本がつくる子ども向けコンテンツの魅力は、なにより『飽きられない』こと。例えば、ハローキティやドラえもんは、大人になっても好きだという人が多いですよね。『窓際のトットちゃん』は今でも世界各国で親しまれています。長く愛され、成長しても離さない。そうした日本のコンテンツは、世界でも勝負することができると感じます」

世界中の雑誌が集まるセレクトショップ 日本の雑誌の評価は...?

MAGCULTURE_ロンドンの雑誌専門店ロンドン郊外にある「MAGCULTURE」。芸術品のように並べられた雑誌とのセレンディピティな出会いが楽しめる 。

また、ロンドンの雑誌専門店「MAGCULTURE」も訪問。

長崎 「芸術作品やファッションアイテムのように雑誌が陳列されていて、まるでセレクトショップのようでした。ラインアップはニッチなジャンルの専門書が多く、セレンディピティな出会いが楽しめる専門店でしたね」

世界中のニッチでリッチな雑誌が並ぶなかで、日本の雑誌はマガジンハウス社の「POPEYE」だけだったという。その理由について、長崎はこう分析する。

長崎 「日本のほかの雑誌が勝負できないのは、『言葉を超えられない』からなのだと思います。良くも悪くも日本のカルチャーの場合「言語」が障壁になることがある。やはり海外の人たちにとって、日本の雑誌は文字が読めないから難しいと思われているんじゃないでしょうか。

一方でMANGAや児童書は、文字がなくても世界観や雰囲気を伝えることができる、つまり言葉を超えるからこそ世界でも人気です。ただ、その人気の理由はただ単純な翻訳の世界だけではないと感じるんですよね。では雑誌が、言葉を超えるにはどうすればいいのか......。そこはこれからも業界全体で考えていくべきテーマだと思っています」

総括:欧州で考えたのは、言葉を超えて、世界に日本を発信する方法

最後に、今回の研修全体を振り返り感じたこと、新たに見つけた日本のビジネスの可能性を聞いた。

長崎 「今回ロンドン・フランクフルトを巡るなかで、改めて日本の独自性や強みを知ることができました。そこで得た知見を基に、もう一度日本を世界に発信していかなきゃならないという使命感を強く感じた8日間だったと思います。では、世界で通用する日本のコンテンツは何か。これは、8日間の研修でメンバーと毎晩のようにレストランで討論したテーマの一つでしたね。個人的には、やはり『言葉を超えるもの』が大事だと感じています。

私は、イギリスのレストランに行くたび、店員に『とにかく明るい安村というコメディアンを知っているか』と聞いていたのですが、ほぼ全員が知っていました。もちろんイギリスの感性にピッタリはまるネタだからこそ人気を集めたのだとは思いますが、彼のパフォーマンスも『言葉を超えるもの』ですよね。そういうもの、まだまだ日本には眠っていると思うのでぜひそれを見つけて世界に発信していきたいと考えています」

日本の可能性を見出し、世界に発信する方法を異国の地で模索し続けた研修団メンバーたち。日本の可能性を見出し、世界に発信する方法を異国の地で模索し続けた研修団メンバーたち。

南波 「私は今回の研修を通して、あらためて日本の雑誌が持つ編集力の高さを感じました。イギリスの出版社で聞いて驚いたのは、イギリスにはタイアップ広告がないということ。なぜタイアップ広告がないのか、という背景まではお伺いできませんでしたが、一方で日本のタイアップ文化がここまで発展しているのは、日本の企画力、編集力がたけているからこそではないかと思いました。

今回は私たちが海外で現地の取り組みを学ぶ研修でしたが、今度は海外の人々に日本の技術力や強みを伝える機会があればいいですね。日本の出版・広告ビジネスのノウハウを世界に発信していくこと、これも大事な視点ではないでしょうか」

講談社・長崎亘宏と東急エージェンシー南波祐希

ポートレート撮影/大坪尚人 取材・文/室井美優(Playce) 編集・コーディネート/川崎耕司(C-station)


*日本雑誌広告協会(JMAA)のサイトでは、会報「雑誌広告」1月号の特集・海外研修団レポートもお読みいただけます。

川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター

C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。

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